「祐一さん、安全に急いで下さい!」

 「分かってる!まさか車でいくとこんなに時間を食うなんて思ってなかったんだ!」

 「私が起きていれば、ナビができたのですが……」

 「いいんだよ、主役はちゃんと寝て、疲れを取っておいてもらわないと」

 「主役なのは祐一さんもですよ……」

 「確かにっ!そうだっ!!なっ!!!」


 前方に迫るカーブ。

 スピードを落とさない祐一さん。

 何をするかなんて、選択肢は必然的に一つ。  



 「いっけーーーーーー!!」

 「どうしてドリフトなんてするんですかぁぁー!!」


 寝起きの頭に、自らの大声が響く。

 くらくらするのは、いつもの事。

 この人の突拍子無い言動に。

 この人の優しさ、暖かさに。

 出合った時から、分かってた事。

 否が応でも、目が冴えます。


 ギャギャギャギャギャギャ


 「結婚式の日にドリフトをする新郎新婦なんて、そういないと思います」

 「やったな、世界初だ!」


 ふぅ……と小さく溜息を一つ。

 きっと昔なら小言の一つも言っていたかしら、なんて思ってみたり。

 今さらになって気付いてしまった・・・ほんと、今さらになって。

 こんなにもあなたに惹かれていたことに。
 


 「……そうですね、世界初でしょうね」

 「なんだかそう冷静に返されると、お父さん悲しいぞ」

 「あなたが悪いんですよ、こんな私にしたのですから」

 「そ・れ・も・そ・う・だ・なっっっとっっっ!」



 おそらく、先に会場で待っている方々、私の両親、祐一さんの義父様義母様、水瀬先輩、美坂先輩、北川先輩、栞さん、その他の友人達……

 あそこを会場にしたのは私達の我侭なのに、その私達が到着しないのでやきもきしている事でしょう。 

 でも、このペースならなんとか間に合いそうですね……



 「責任なら、もう取ってるじゃない……かっ!ダーー!!」



 今が平日の昼前でよかったです、交通量がかなり少ないですから。

 この日取りに合わせてくださった皆さんに、本当に感謝しきれません。  



 「ええ、今日取られてしまいますから、その前にもう少しだけ言わせてもらいます」

 「はははっ……違いない」



 私達は今、あの町に、ものみの丘に向かっています。

 物語の地。

 私達の物語の終焉。

 そして私達『二人』の始まりの場所。










 「相沢の奴、何やってるんだ……」

 「全くね、主役が到着しないと、進めようが無いじゃない……名雪、携帯に連絡はつかないの?」

 「く〜〜〜」

 「………」

 「秋子さん、名雪の携帯、見てもいいでしょうか?」

 「了承」

 「えっと……11時の時点であそこのICなら、もうすぐ着くわね」

 「あ〜、それなら一安心だ、司会泣かせな新郎新婦だぜ、全く」

 「まあ、無理矢理こんな平日の昼に、この町で式を挙げるんだから、仕方ないけど……」

 「二人そろって忙しそうだからな、本人達はもうちょっとのんびりしたいらしいが」

 「私達も、もう就活が目の前よ、北川君」

 「それを言われると痛いな……水瀬はもう体育教師まっしぐらだから羨ましいぜ」

 「そうね……まあ、人それぞれじゃないかしら、進む道なんて」

 「確実に言えるのは、あの二人が凄いってことだけだよ、全く」

 「同感よ」

 「いい天気………だな」

 「ほんと、いい天気ね」



 ものみの丘に突如あらわれた、ちょっとした仮設式場

 北川君の大学でのつてとつきあいを総動員した結果の、それなりの会場。

 「この場所でやりたい」っていう二人のたっての希望をうけおった以上、親友としては一肌脱がねばとはりきっちゃって。

 このやる気を、もっと他の事に向ければいいのに。


 
 「しかし、どうしてこの場所なんだろうな、あの二人」

 「さあ?でも、いい場所よね、何か、懐かしい感じ」

 「こっちは天気予報とにらめっこだったんだぜ、全く、こんな梅雨時に外で結婚式を上げようなんて普通考えるか?」

 「はぁ………」

 「エット、ソノタメイキハ、ナンデショウカ、ミサカサン」

 「呆れてるのよ、ちょっと考えれば分かる事でしょ?」

 「???」

 「あら、栞も来たみたいね。それじゃあすぐに衣装がつけられるようにするから私はもう行くわ」

 「お、おい!ちょっと!答えをくれよ、さっきの!」

 「ほら、名雪!いつまでも寝てないで、手伝いに行くわよ!」

 「うにゅ?もう祐一達着いたの?」


 
 馬鹿ね………ジューンブライドが女の夢だなんて、好きな男の前でいえる言葉じゃないじゃない」 
  
 「んん?香里、何か言った?」

 「北川君の馬鹿っていったのよ」



 あの二人は、私達が高校三年の頃に付き合いだして(お互い否定してたけど)、さらに相沢君が元いた町の大学に行ったのを一年後に追い駆けて行って同棲。

 で、二人で一緒に物語を書いたりしてたら、それを読んだ知り合いが試しにコンクールに送って、出版社の目にとまって、たちまちのうちにベストセラー化、各地の講演やらなにやらに引っ張りだこ。

 あの子はともかく、相沢君に文才があるなんて思いもしなかったわ……それもあんなに純情なのを、恥ずかしくて途中で進めなくなったじゃない。

 それで大学を休学して仕事に専念して、今年になって思い立ったようにゴールイン……

 二人のご両親も、あっさり認めたみたいだし。大体、反対するなら同棲の時点よね………

 まるで栞の好きな三文小説みたいね……あの子は結構二人に懐いてたから離れるの嫌がってたっけ。

 「今日は久しぶりに会えるから嬉しいですっ!」なんて言って、始まる前から浮かれっぱなし。

 我が妹ながら、少し見てられないわ、全く。

 そういえば、本のタイトルはなんだったかしら?


 
 「栞、ちょっと聞いていい?」

 「何ですか?お姉ちゃん」

 「最初に出した本のタイトルって、なんだったっけ?」

 「祐一さんが最初に出したやつですか?あれは本当に泣けるのに、どうして忘れちゃうんですか!ほら、『 ―――――









 
 ――――― ゆめのおわりに』」 

 「………夢に終わりがあるならば」

 「愛さなければよかったと」

 「夢に終わりがあればこそ」

 「愛さないではいられぬと」

 「………いきなり、どうしたんだ?」

 「いえ………いえ、何でも ―――――

 「何でもないわけないだろ、な」



 車が止めて、祐一さんはエンジンを切る。

 いつのまに、ついていたのでしょう。

 ここからは、丘の上まで、歩いて行くのですが。



 「で」

 「で、とは?」

 「いや、突然『ゆめのおわりに』なんて呟いてさ」

 「………自分で付けたタイトルに、『なんて』というのはどうなのでしょう」

 「無理に、とは言わないけどさ。いつも言ってるだろ、今話したい事は今話せって」

 「………」

 「これでもここまで我慢してたんだぜ」



 からかい半分、心配半分の笑みでこちらを振り返る彼。



 「車の後ろで眠ってる時うんうんうなされてるし、朝あっちを出るとき靴を履き間違えるし」

 「………」

 「大体さっき寝てたのは、昨日の晩眠れなかったからだし……っとと」

 「祐一さん……起きてたのですか?」

 「隣であんな顔されて、先に寝るほど俺は薄情じゃないよ……極め付けがこれだ、よっっっと」


 
 そういいながら、祐一さんは鞄から折り畳み傘を取り出し ――――― 折り畳み傘。



 「ほら、これはお前の分。前日の準備でこいつを入れるのを忘れるなんて、普段ならありえないだろ?」

 「私も、これには気付きませんでした……」

 「これじゃあほんとに雨が降るぞ?せっかくの天気だってのに」

 「もしかすると ―――――

 「もしかすると?」

 「本当に、雨が降って欲しかったから、かもしれません」










 「で、そこで主人公が彼女をおぶって冬の寒空の下、連れて帰るシーンなんて、もう……」

 「はいはい、分かったから、続きはファンの集いでやってなさい」

 「いいえ!お姉ちゃんは分かってません!どれだけあの作品が素敵かを」

 「知ってあげてもいいけど、この式が終わってから。ミーハーもいいけど、何事もほどほどにしなさい」

 「えぅ……」

 「そろそろ着くころね……誰か、下まで迎えに行ってきて」

 「香里が行ってくればいいよ〜」

 「あら、名雪はいいの?」

 「私は、親戚の人たちに呼ばれたから行かなきゃいけないんだよ」

 「大変ね、じゃあ北川君は?」

 「『最後の仕込みだー!』とかいって、駆け回ってたから捕まえるまで時間がかかりそう……」

 「じゃあ仕方ないから行ってくるわ。そこのうるさいのも一緒に連れて行くから」

 「うん、わかったよ〜」

 「うるさいのってなんですか!」

 「ほら、迎えに行くわよ、一番に会いたいっていってたでしょ」

 「そうと決まれば迅速です」

 「いってらっしゃ〜い」



 栞と二人で、丘を下ってゆく。

 ほんと、梅雨の最中だと思えないほどのいい天気。

 結婚式日和、って名付けたいくらいの。

 隣でぎゃーぎゃーうるさい妹の口を思わずつまんでしまうくらいの。


 
 「何するんですかっ!いきなりっ!」

 「何って、見た通りよ」

 「大体、ほんとに読んでなかったの?祐一さん達の作品なのに」

 「どうしても最後まではね……私には、ちょっと耐えれなかったのよ」

 「あんなにいいものなのに、頭が固いんだから」

 「はいはいはいはい、ちょうどいい機会だし、明日生協で最後まで行ってみるわ」

 「ぜえったぁいに、買いたくなるからね!」
 
 「はいはい」



 熱くなっている栞の言葉は軽く流すに限るわ、昔からだけど。

 確か、この丘の伝承を題材に書いたんだったかしら?本人から聞いたのに、もう忘れてしまったわ。

 私だって、それなりに伝承には興味あるわ、でも……

 なんだろう、相沢君と一緒にいた頃、それがありえなくもないと感じた事があったような気がする……

 確か名雪が貼ってたプリクラに乗ってた娘……確か名前は ―――――










 「まあ、言わなくても、分かるけどな……大体は」

 「はい……」

 「どんな夢、見たんだ?」

 「……あの子達が、いるんです」

 「二人ともか」

 「はい……あの子達がいて、私のほうをじっと見るんです、なぜ見ているか聞いても答えてくれなくて」

 「それで、じっと見つめあって、去っていったと思うと目が覚めるんです」

 「何かの暗示だって、言いたいのか?」



 そう、あなたには、分かってしまうんですね。

 あの子達は今の私をどう思ってるのでしょうか?

 何度も、断ち切って、受け入れてきた感情が、また少しだけ芽生えてしまう。



 「どうしてでしょうね……今この場に来て、また思ってしまうなんて」

 「そりゃぁ……ここに来たからだろ?」

 「そうですね、愚問でした……」

 「じゃあ、これが最後かもな。責任取ったらもう言わせないぞ?」

 「では、責任を取られる前に、言ってしまわないといけませんね」

 「おう、しっかり、返してやるからカモン」

 「ふふっ……」



 笑うべきところじゃないのに、笑いがこぼれます。

 いつもそう。

 いつも、そうなんですから。



 「私は、あなたの事を好きで、いいのですか?」



 あの子を、あなたと誓いを交わした真琴を、さしのけて。

 傷の舐め合いだと思っていたのに。

 もう、誰も愛さないと思っていたのに。

 この気持ちが本当なのか。

 あなたの気持ちが偽りでないのか。

 真琴がもし帰ってきたら、あなたは私から離れてしまうんじゃないか。

 あの子が帰ってきたとき、私はあなたを好きでいられるのか。



 でも、祐一さんは、決まって、笑って、次のように答えるんですから。
   


 「俺が好きだから、何の問題もないさ」



 いつもの答え。

 いつもの笑顔。

 いつもそうやって ――――― ん……


 
 「 ――――― ……ん」

 

 そう、いつも唐突。

 いつも私をからかって。

 いつも私を、包んでくれる。

 でも、いつもやられてばかりじゃ駄目ですよね。

 もう一度、今度は私から。










 「狐を題材にした話なんて、ごんぎつねだけで十分よ」

 「他にも色々あるのに……」

 「あなたも、いつまでも恋愛小説やドラマに入れ込んでないで、早くいい人見つけなさい、時は待ってくれないわ」

 「その言葉はお姉ちゃんにお返しします」

 「あら、言ってくれるじゃない。私はこれでも見つけてるのよ?」

 「え……?」

 「今日ブーケを取ってしまいたい気分よ」

 「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……」

 「そんなに驚くことかしら?」

 「こんなの、私のお姉ちゃんじゃないですー!偽者!まさか中身が名雪さんと入れ替わったんじゃ!」

 「心外ね……」

 

 確かに、こんなことをぽろっと口にするなんて、どうかしてるわ。

 もしかしたら、狐にだまかされてるのかもしれないわ……なーんてね。

 あら、あんなところで………

 ………

 いつまでやってるつもりかしら?

 熱いわね……二人とも。



 「えぅっ!!」



 この子ったら、あれだけ色々読んでて、実際には免疫ないんだから……私も人のことは言えないけど。



 「もしもし、北川君?王子様とお姫様を発見。時間までには連れて行くわ」



 さて、主役も揃ったことですし、私達の話はひとまずおきますか。










 「「ぷはっ……」」



 ふふっ……少しは驚かせたでしょうか?

 こういう風に考えてしまうのも、染まった証拠なのでしょう。

 そして、それがいいことだと思える私も。



 「なっ、問題ないだろ?」

 「……はい……」

 「自分からやっておいて、黙られても困るんだが」

 「それは……そうですけど」

 「きっとさ ――――― 」



 また空を見上げて



 「 ――――― あいつら、俺達の事を祝いたかったんだよ」

 「………えっ………?」

 「だってさ、そう考えりゃ簡単な話さ、あいつら、祝いたいけど素直じゃないから自分から言い出せなかったのさ、ほら、辻褄が合った」

 「それは………そうですけど」

 「恨まれるんなら俺のほうだろ?誓いを捨てて、お前の事を奪って。あまつさえあいつらのことを本にしちまって」

 「そんな……」

 「大丈夫、ごらんの通り、ぴんぴんしてるじゃないか」

 

 あの話を書くときも、出版する事になった時も、今日みたいになったんですよね……

 最初から最後まで全部一緒。

 いつも全部背負おうとして、私の分も持っていって。

 ずっと心の奥のほうでいつも悩んでるあなた。

 自分が元気なのをアピールするのに飛び跳ねなくてもいいと思うのです。

 余計空元気に見えるじゃないですか…… 

 

 「子供ですか………」

 「心はいつまでも子供のままでってな、そこで、だ」

 「はい?」

 「あいつらの分も、俺が祝ってしんぜよう、何でも言っていいぞ」

 「……ほんとに、何でもですか?」

 「ああ、できれば、一生のうちにできる範囲がいいが」

 「そうですねぇ……今決めなくてはいけないのですか?」

 「そうだな、今がいい」 



 何をして欲しい?と急に言われても、困ったものです。

 でも、答えないと動きそうにないので考えないと……



 「今、めんどくさいって思っただろ?」



 別に祐一さんの色に染まったからといって、表情が読みやすくなるのは勘弁です。

 余計からかわれてしまう……からかわれる……? 

 ふと、思い浮かんだ懐かしい言葉。

 初めて、二人でゆっくり話したときの事。



 おかし……」  

 「ん?」

 「空からお菓子が降って来たら、素敵だと思いませんか?」



 初めて私が彼にからかわれて、彼に冗談を言って。

 
 
 「そうだな……、素敵かもな……」

 「いやじゃなかったのですか?」

 「あの時はそうだったけど、今はそうでもないんだ……というより、今、だけかな」

 「『今』だけですか?」

 「ああ、今だけだ」



 どうして、今だけなのでしょう?

 それにしても、我ながら何をお願いしたことか。

 なるべく負担にならないことをと考えて、口にしたのが昔の夢。



 「一生果たせないかもしれないし、なんだか今ならできる気がしたり」

 「一生果たせなかったらどうするんですか?」

 「ああ、一生果たせなかったら、一生傍にいるよ」

 「では、もし今できてしまったら?」



 答なんて決まってても、聞くのが流れというものでしょう。



 「もちろん、一生傍にいる」

 

 ええ、傍に、いてください。

 もう一度、私達は顔を近づけて ―――――









 ――――― 顔が離れる。

 「もうそろそろいいかしら?」

 「どわっっ!!」

 「きゃっっ!!」

 「お姉ちゃん、無粋です」

 「香里!栞!いつからみてたんだっ!」

 「はじめてから終わるまで、っていうか今までね」

 「見てたなら声をかけろよ……時間、やばいか?」

 「見てたから声をかけられないのよ……ほんっと、おあついわねぇ、二人とも」

 「お久しぶりです、二人とも」

 「お久しぶりです、香里さん、栞さん。お元気そうでなによりです」

 「ええ、二人も元気そうねぇ……妬けるわ」

 「……そんな……」

 「あ、後で新刊にサインしてくれませんか?皆に自慢したいんです」

 「あ〜それくらいならいくらでもOKだぜ」

 「あなたたち、何話してるの。ほら、さっさと行くわよっ、着付けと化粧、結構時間かかるんだから……」

 「あ〜、2時からにしといてほんと良かったな……後、こっちから来るって良く分かったな、裏道なのに」

 「出席者に紛れて丘を登ってくるなんて様にならないって考えるのが普通でしょ?だからってキスしてるなんて思わなかったけど」

 「別にいつもの道でもやったぞ」

 「それは威張って言う事じゃないわ……ほんっと、相変わらずね、安心と諦めが同時に襲ってきたわ」

 「お姉ちゃんだって話してるじゃないですか」

 「行きますか、皆さん」

 「そうね、相沢君はもう少しゆっくりでもいいんだけど」

 「ま、別に分かれて行く必要性も無いしな」

 「次の新作のネタバレを話しながら行きましょう」

 「誰が話すか、栞」



 すっと、祐一さんが手を出してきます。

 私が握り返します。

 そっと耳に囁いてくれます。



 「続きはまた後で」

 








 「ふぅ……なんとか間に合いそうね」

 「すみません、何から何まで」

 「いいのよ、こういうのは裏方の仕事。主役は黙って構えてればいいんだから」

 「水瀬さんも、水瀬さんのお母様にも手伝っていただいて……」

 「秋子さんはこういうの好きだからいいのよ、名雪も似てきたのかしら?」

 「え〜、私は昔からお手伝い好きだよ〜」

 「確かに、そうじゃなければ教師になんてなろうと思わないわね。名雪の場合それしかなれなかったのかもしれないけど」

 「何かひどいこと言ってる……」

 「言葉通りよ」

 「前で北川君が前座をやってるけど、彼、MCで食べていけるんじゃないかしら?」

 「北川さんには、ほんとうに感謝しています」

 「いい天気だし、最高の結婚式になりそうね」

 「……はい!」



 そして、私はウェディングドレスを身に付けた私を見ています。

 試着で一度着ていたとはいえ、いざ着てみると、やはり恥ずかしいですね……

 祐一さんは、神式にするか?なんて言っていましたが、やはりこちらのほうが良かったと思います。



 「そろそろ、時間です」

 「はい、大丈夫です」



 北川さんの声が響きます。


 
 「それでは、新郎新婦の入場です!」



 祐一さんは、想像どおり、いえ、それ以上に決まっていました。

 普段からスーツをあまり着ないのも相まってでしょうか?

 妙に顔がぎこちないですが、やはり緊張しているのでしょうね。

 かくいう私も、いつ右手と右足が一緒に出ないか、心配でしかたがありません。

 会場はステージの設備を借りて作ったもので、一段高い場所から皆さんを見下ろす事ができます。

 こんな私達のために、これほどの人が集まるなんて……誰にも心を開かなかったあの頃には、想像もできなかった……



 「……泣いてるのか?」

 「えっ……?」



 いつのまに……


 
 「行けるか?」

 「……はい」



 ぐいと拭って、一度だけ空を見ます。

 あの子達も、祐一さんの言うように祝ってくれていたら、いいと思って。 










 「 ――――― 誓いますか?」

 「はい」

 「では、誓いの口付けを」



 本日4度目の口付。

 軽く、触れるだけの。

 一番短く。

 でも一番大切な想いを乗せて。



 ワァァァァアアアアアアアアアアーーーーーーーー!!!



 「じゃあブーケ行くぞー、行き遅れたくなければ必死でつかめ!」

 

 いつのまに、祐一さんはマイクを握っているのでしょう?

 お義父さんは笑ってますし、お義母さんは呆れ、父は既に酔いつぶれ、母はそれを介抱中。

 仲人を買ってでてくださった秋子さん ―― 水瀬さんのお母様は、にこにこと笑っていますし、誰も止める方はいませんね。

 止めようとしても止まらないでしょうが ――――― 



 ワッ、キャッ、ヒュ〜

 再びあがる歓声。



 「 ――――― !?!?!?!」

 「ほら、暴れるな」

 「だ……だ……だ……」

 「こうしたほうが、遠くに投げられるだろ?」

 「突然、抱き上げられたら誰でも驚きます!!」

 「嫌か?お姫さまだっこ」

 「そんな、嫌じゃないですが……」

 「全部マイクにはいってるんだがな」

 「っっ!?うぅぅ………」
 
 「さ、女性陣がお待ちかねだぞ」

 「普通ブーケ投げは最後にやるものじゃないんですか?」

 「いや、邪魔だしなぁ……披露宴途中で抜ける人のことも考慮して、早めになったんだ」

 「また無茶苦茶ですね……」

 「そいじゃ、GOGO」

 「はい」



 できるだけ、高くに投げて。

 ゆっくりと落ちてくるブーケ。

 そのときなぜか、狐の鳴き声が聞こえた気がしました。



 「おっとぉ〜、取ったのは……美坂香里嬢だぁぁあーーー!!」

 「お、香里が取ったのか、あいつもこういうの興味なさそうに見えて、結構あれだな」

 「そうですね……」



 北川さんの解説とともに、沸きあがる拍手。

 もしかすると、これが北川さんに告白されるきっかけになるのでしょうか?

 もしそうなるならば、それほど素敵な事は無いのですが。










 「では、続きまして、新郎新婦に、全テーブル挨拶してもらいます」

 「はぁっ!?」

 「はい?」

 「つきましては、来場の際にお渡ししたものを使って、盛大に祝ってください」

 「やられたな……さすが北川」

 「サプライズ企画ですか……あれは……」

 「ライスシャワーだな」

 「そうみたいですね」

 「残念、お菓子は降って来なかったようだ」

 「本当に降らせるつもりなんですか?」

 「当たり前だ、じぇんとるめん祐ちゃんはしっかり責任を取るぞ」

 「そうですね、もう責任……取ってもらいましたしね」

 「いやいや、結婚式は、終わるまでが結婚式です」

 「それもそうですね」

 「……そんなさらっと流さないで下さいよ、奥さん」

 「あら、まだ奥さんじゃないですよ?」

 「くっ……これは厳しい」



 壇上から降りて、皆さんに拍手を受けつつ、誘導されて歩きます。

 祐一さんは、さっきみたいにお姫さまだっこでお願いします、と言われていましたが、「腰が痛いからやだ」と言ってましたね。

 本当は恥ずかしいだけでしょうけど。

 ええ、私も恥ずかしいです。



 「そういえばさっき」

 「さっき?」

 「さっき、狐の鳴き声がしたな」

 「……ここでやっている以上、狐の鳴き声もするでしょう」

 「聞こえてたんじゃないのか?」

 「……はい」

 「そっか……」



 また空を見上げます。

 よくこの梅雨時にこんなにいい天気の日があったものです。

 さすがに雲一つ無いとまでは行きませんが。

 隣で祐一さんが、服についたお米を投げ返しています。



 コツン



 「はい?」

 「何だ?」


 
 コツン、コツン



 「これは……飴?」

 「飴……ですね」



 コツンコツンコツンコツンコツンコツン ―――――



 誰もが、目を見張っています。

 それもそのはずです、空から……

 そう、空から。

 雨ではなく、飴がゆっくりと、降ってきているのですから……  
  


 「……あ……あ・い・つ・ら……」

 「………」

 「くっ…くくくくく」

 「ふふっ…ふふふっ……」

 「「あははははははははははは」」



 誰もが驚くような声で、でも、それもお構いなく。

 この状況を、笑わずにいられるでしょうか?

 笑いは伝播して、いつのまにか会場全体が笑っていました。



 「ほらな、あいつら、祝ってくれただろ!」

 「ふふふ、そうですね、本当に」

 「しかし、飴だなんて、洒落たつもりか?まあこの辺が妥当だと思うが」

 「これ以上を求めるのは、人として酷でしょう?」

 「ちがいないな、ははは」

 「本当に……こんなことをするなら出てくればいいものを……」

 「夢の中に出てきたんだろ?それで十分じゃないか。俺なんて夢にも出てきてないぞ?」

 「そうでしたね」

 「天気雨……『狐の嫁入り』ってか」

 「私は狐ではありませんよ?」

 「その子孫かもしれないって言ってたのはどこのだれだったっけ?」

 「……そんな昔の事は忘れました」

 「お菓子のことは覚えておいて、そっちだけ忘れるってのは、祐ちゃん悲しいぞ」

 「ええ、忘れましたよ、ふふっ」

 「はははっ」










 そのうちに、『飴』は止み、再び式は続けられ、その後はつつがなく執り行われました。

 北川さんは飴のことを大変気にしていましたが、祐一さんが「どうだ?驚いただろ?」と言って自分の仕掛けと思い込ませたために、会場は大拍手、北川さんは大変悔しがっていました。

 香里さんに祐一さんが余計な事 ―― もちろん北川さんの事についてですが ―― を聞こうとしたのを止めたり、栞さんや他の方々の本にサインを入れたり。

 そして、いつのまにか次の日の夜 ―――――



 「これで片付けは終わりね、ほんと、楽しかったわ」

 「ありがとうございました」

 「最後まで付き合わなくても良かったのに」

 「いえ、やはり私達の式ですから、私達が最後まで見なければ」

 「それもそうね、じゃ、私はもう帰るけど、相沢君たちはどうするの?」

 「ああ、俺たちはもうちょっとここを見てから、あっちに帰るよ」

 「じゃあお別れね……時々はこの町にも遊びに来てね、栞がうるさいのよ」

 「ああ、もちろんさ。香里もがんばれよ、きたがはっ!」

 「では、香里さん、また連絡をとって会いましょう」

 「ふふっ、そうね、そうそう、相沢君、もうそのことに関して私は決めたから、からかってもむ・だ・よ」

 「ぐふ……小突かれ損じゃないか」

 「自業自得です」

 「じゃあね」

 「ああ、またな」



 香里さんが去っていって、途端に静けさが襲ってきます。

 ふと辺りを見回すと、あのころのままのものみの丘。

 そう、今初めて、ものみの丘に本当に帰ってきた気がします。

 懐かしいかおり、懐かしい空気、隣には変わらずにこの人が。



 「静かだな……」

 「そうですね」

 「あいつら、元気そうだったな」

 「……ええ」

 「なあ」

 「はい?」

 「今、幸せか?」

 

 なんて直球なんでしょう。

 私にどう言えというのでしょうか、この人は。



 「そうですね……あの子達がいたとき、私たちは束の間の奇跡の中にいる、そう言いましたよね」

 「ああ、言ってたな」 

 「いうならば、あの頃、夢の中にいたんです、私たちは……夢の終わりを、私は恐れ、夢の終わった後の現実から、ずっと逃げていたんです」

 「………」

 「でも、今は違います」


 
 意味もなく、意味はなく、くるっと回ってから答えてみます。



 「いうなれば、今も夢を見ているんですよ」

 「今も、夢、か」

 「はい、今も夢です。その後も、その後も夢です」

 「夢の後の夢、ってか」

 「夢に終わりがあっても、また次の夢があり、それが続いていくんです」

 「なんだか、ファンタジーだな」

 「だから、私は今、夢の後の夢の中にいるんですよ、祐一さん」

 「俺もそう考えようかな、なんか楽しそうだ」

 「あら、もっといい考え方を探してください。使用料を取りますよ?」

 「ぐぬ、このあくとくしょうにんめがー」

 「そうですね、使用料は何がいいですか?」

 「俺に聞くのか?」

 「そうですよ。今決めてください」

 「あー……そうだな……」



 ふぅ、久しぶりに祐一さんをやりこめることができそうです。

 

 「ここでこのまま初夜でもどうだ?」



 ・ ・ ・ ・ ・ ・



 何を言っているのでしょう?

 しかも、なんだか本気っぽいのですが?

 え、そんな、その、心の準備とか、ここは外ですよ?不衛生極まりないですとか?

 って、もうすいっちはいっちゃってるのですか?

 ちょ、ちょっとまってくださ



 ザーーーーーーーーーーーー!!!!!



 「うおっ!」

 「ひゃっ!!」










 突然の雨。

 助かりました、ええ、あのまま行ってもよかっただなんて、これっぽっちも思っていません。

 ここ一週間忙しくて構ってもらえてなかっただなんて、全く思っていませんよ、ええ。

 ふぅ……。


 
 「折り畳み傘、持ってきてよかったな」

 「はい、これに関しては祐一さんに感謝です」

 「これに関してだけかよ……」

 「とりあえず、車に戻りましょう」

 「ああ、その前に」



 何をする気でしょう?

 森のほうに向かって、大きく息を吸って。



 「このやろう!!!お楽しみを邪魔しやがって!!!また来てやるからそんときは覚えとけよ!!!!!それと ――――― 」


 
 一息すって、小さな声で。



 「 ――――― ありがとな」



 全く、素直じゃないのはこの人に似たのでしょうか?あの子達は。



 「さ、帰るぞ、さっさと帰るぞ」

 「祐一さん」

 「ん、なんだ?」

 
 
 せっかくだから、私も言っておきましょう。



 「愛してますよ、祐一さん」










 これで私達の結婚式も終わり。

 晴れて、私、天野美汐は……相沢 美汐になるとします。


 
『ゆめのあとのゆめ』