水瀬家の家主でもあり、未亡人の水瀬秋子
彼女は今、悩んでいた……




****    秋子 〜魅惑の午後〜      ****
****    未亡人に囁く、甘くて熱い誘惑  ****




「ふぅ……」

夕飯を食べながら何度目かのため息をついてしまいます、箸も進みません。
原因は分かっています。それは……

「秋子さん、どうかしましたか?」

向かいに座る祐一さんが心配してくれます。この冬から我が家に住む事になった姉さんの息子の
祐一さん。その目にはやましい心の欠片も見受けられません。娘の名雪を始め数多くの女の子
に好意を向けられているだけのことはあって、どことなく安心させてくれる雰囲気を持っています。

叔母と甥という関係でなかったら、私も祐一さんに……

……私の歳が気になった人、そんなアナタにはこの「甘くないジャム」を食べて貰いますね。 

それはさておき、

「いえ……」

「箸も進んでないようですし……何か心配事でもあるんですか?」

さらに心配そうに尋ねてきます。普段は鈍感だとか言われているそうですが、こういう時は鋭いんですね。

「いえ、何もありませんよ」

「じゃあ、何処か体の具合でも……?」

これ以上祐一さんを心配させてはいけませんね。

「大丈夫ですよ。心配かけてごめんなさいね。本当に何でもありませんから」

そう言って笑ってみせます。実際、私の身体はどこも悪くありません。
健康そのものといっても良いでしょう。だからでしょうか? あんな……

「そうですか? でもここ最近様子がおかしかったものですから」

やはり見抜かれてますね。でも誤魔化さなくては……祐一さんや名雪に知られる訳にはいきません。

「そうですね……最近仕事が忙しいので、少し疲れているのかもしれませんね」

「あ……」

その言葉で祐一さんは黙ってしまいます。私が家事全般と仕事で大変だろうと何時も気にして
いますから……でも、辛いと思ったことはありませんよ。だって大切な家族の為ですから。

「すいません……俺に出来る仕事があったら言ってください。秋子さんの負担を少しでも減らして
 あげたいですから」

「ありがとうございます。その時はお願いしますね」

「はい!」

罪悪感がこみ上げてきます。いっそ本当の事を打ち明けるべきでしょうか?……駄目です。
それは出来ません。だって……

え、名雪ですか? えぇ勿論ちゃんといますよ。我が家では用事の無い限りは皆揃って食事というのが決まりですから。

「く〜……わたし、にんじんもぴーまんもたべれるぉ〜」

……寝てますね。えぇ、それはもう見事なまでの眠りっぷりです。(意味不明)寝ながらの食事ですか。我が娘ながら
とんでもない特技を身につけているものです。なんでも噂では、起きている時と眠っている時の性能差は
ボールと某赤いザクくらい違うとか。赤い人も真っ青です(もっと意味不明)

まあ娘の事は置いといて(ぇ)、なんとか祐一さんを誤魔化せました。でも、このままで良いのでしょうか?
そんな気持ちが私の中を駆け巡っていました…………


次の日

仕事から戻った私は夕飯の準備をしていました。もうすぐ祐一さんも帰ってきます。あ、名雪もでしたね。
え、私の仕事ですか? 企業秘密です……しつこいですね……ジャム、食べますか?

(コホン) 

…………この時間なんです。この時間帯に最近の私を悩ます原因があるのです。



……来るんです、あの……誘惑が。


私に囁きかける、あの甘くて熱い、とろけるような甘美な誘惑が……私の心と身体を惑わすのです……


ああ! 来ました……聞こえます。あの誘惑の声が……あの男性(ひと)の声が……

『駄目よ、秋子! いけないわ!』

母としての私の心の声が叱咤します。

『貴女は名雪の母であり、また祐一さんにとっても母親と同じ存在なのよ!? その貴女がそんな誘惑に負けてはいけないわ!』

「えぇ……そうね、こんな事をしてはいけないわ」

そう言って自分を奮い立たせます。負けてはいけません!

『ふふふ、そんなこと言って良いの?』

あの魅力に逆らえない、女としての私の心の声が囁いてきます。

『アナタは母親である前に一人のオンナなのよ、秋子。あの魅力に逆らえる人なんていないでしょ? ふふふ、もっと
 自分に素直になりなさいよ……ね? 秋子……』


くっ……負けそうです。最愛のあの人を喪ってから名雪と二人で寂しく暮らす毎日……祐一さんという甥が
来てはくれましたがそれでも……。

『ホラホラ、早くしないと行ってしまうわよ? いいの、それでも?』

誘惑秋子がより一層迫って来ます。叱咤秋子の声は弱々しくなっています。

嗚呼、私はどうすれば……駄目……もうすぐ祐一さんと名雪が帰ってくるのに……でも……


『秋子』

『秋子』


私は………………









誘惑に負けました……





これからの甘美な一時に、恍惚とした顔になるのがわかります。恋する少女のように頬が赤く染まります。






止められません、この胸の高鳴りを。






押さえきれません、このときめきを。





急いで玄関へと向かいます。






ごめんなさい、あなた…………名雪…………そして、祐一さん。





私は弱い女です…………






また今日も…………





玄関を開けてしまいます…………禁断の扉を…………








そして…………
















「お芋屋さぁ〜〜〜〜〜〜んっ!!」

『い〜〜〜〜しやぁ〜〜〜〜きぃ〜〜〜〜いもぉ〜〜〜〜〜〜、おイモ! 甘くて〜〜〜〜〜美味しい〜〜〜〜〜〜〜
 ホッカァ〜〜〜〜ホカッ!』

拡声器から男性の声が聞こえてきます。ゆっくりと走っていく軽トラック。その後ろに積まれた煙突の着いた箱。
その中には熱せられた石で焼かれたお芋が……そうです、あの『石焼き芋』です!!!

『早く〜〜〜〜来ないと〜〜〜〜〜行っちゃ〜〜〜〜〜うよ?』

いかにゆっくり走っているとはいえ、止めなければ行ってしまいます。私は呼びかけながら追いかけました。ダッシュです!!
あの名雪の母ですから、これでも足には多少の自信があるんですよ?

キキーッ

ゆっくり走っていた車が停まって、焼き芋屋のおじさんが降りてきます。

「いらっしゃい。また来てくれたね、秋子さん」

そう言いながらおじさんは微笑みかけてきます。常連ですから名前を覚えられてます。

「好きなんだねぇ、ホントに」

「ああ……言わないで下さい」

恥ずかしさのあまり、俯いてしまいます。

「いつもので良いんだね?」

「……ハイ、お願いします」

おじさんは車の後ろに回り、箱の蓋を開けます。するとより一層つよくあの焼き芋の香りが辺りに漂います。
たまりませんね、この甘美な香りは……

「ゴクン」

思わず私の喉が鳴ってしまいます。

「ふふふ、もう待ちきれないかね? もうすぐだからね」

喉の鳴った音が聞こえてしまったのか、おじさんはそう言って笑いかけます。
私は余計に顔を赤くしてしまいます。
おじさんは一つ一つ、いとおしそうに焼き芋を取り出しては新聞紙で作った袋に入れていきます。

「はい、今日は特別だ! いつも買ってくれる秋子さんには特別に大きいのをサービスしといたよ!」

「あぁ……そんな……」

そう困惑する私の意志とは裏腹に、身体が勝手に動いて袋を受け取り、代金を支払います。

品物を受け取ったは良いが、お金が無くて逃げるどこぞの「うぐぅ」な娘とは違うんですよ!
……何を言っているんでしょうか?

袋に入った焼き芋から熱が伝わってきます。熱いです、でもこの熱さが魅力なんです。紫色の皮にほどよくついた焦げ目、
割ってみれば黄金色に輝く中身!! あぁ……最高です。

「お芋屋さ〜〜ん」

気がつけば、ご近所の奥さん達も姿を見せ始めてお芋屋さんの周りに集まってきています。
既に皆さんも常連ですから、おじさんも名前で呼んでいます。ですが
奥さん達の間では言葉をかわすことはありません。だって魅了されてしまった者同士ですから。
アイコンタクトで充分意思の疎通は図れます。

『貴女も好きなのね』と。そして『家族には内緒よ』と……

さぁ、任務完了! ミッションコンプリートです! 急いで家に帰りましょう。ここでもたもたして折角の焼き芋を
冷ましてしまう訳には行きません!

先程以上のスピードで帰宅した私はリビングに駆け込み、テーブルの上に焼き芋の袋を置きます。
さぁこれからです! 飲み物を用意して、これから甘くて熱い、魅惑の午後の一時を過ごします……

焼き芋を一つ取り出して、その熱さを堪えつつ、皮を丁寧に剥いていきます。皮のすぐ下は若干の焦げ目がついていますが
それがまた香ばしい香りを放ち、より食欲を刺激します。そして一口頬張ります。

あぁ……このホクホクとした歯触り、この甘さ……最高です。熱さのあまりハフハフと口を動かして空気を送り込み、
口の中の焼き芋を冷ましつつ咀嚼していきます。

「焼きたてが最高だよね」でしたか? どこぞの「うぐぅ」な娘もいい事を言いますね。

そうして、時折飲み物で喉を潤し、口を冷ましつつ焼き芋を食べていきます。

この魅力に逆らえる人なんているのでしょうか? 焼き芋は繊維質が豊富で腸の働きを活発にしますし、腸内を綺麗にして
大腸ガンなどの予防に役立ちます。ですが腸を活発にするという事は……その……アレが……ナニを言わせるんですか!
そういった意味でも女性には恥ずかしがられる食べ物なんですが……

で、でもでも! 食べすぎはよくありませんが適度に取れば美容にも良いんですよ。ビタミンCも豊富ですから。
石焼き芋の料理法というのは一旦石を焼いて、その熱でお芋を温めますよね? 熱の伝わり方がゆっくりなんです。その為に
芋のデンプン質がビタミンCを保護する膜のようなものに変わる時間があるから熱に弱いビタミンも残るんです。
これが、切って茹でたりしたら台無しですが。

なんかどこぞの「自称:物腰が上品な娘」みたいになってきましたがそれはさておき、

「ふぅ……いただきました」

ついに全部食べ終わってしまいました。





甘い一時は終わりです………





その後、私に訪れたのは後悔でした………





「また……誘惑に負けてしまったのね……」





これじゃいけないわ……





だって………








夕飯が食べられないじゃないですか!


夕飯が近い時間にこんなにお芋を食べてしまった自分を責めますが、流石の私も時間までは元に戻せません。
そのかわりという訳ではありませんが、過去の情景が脳裏を過ぎります。

子供の頃の事です。姉さんと二人で夕飯前につまみ食いをしたのです。その為に夕飯が食べられなくなってしまい母に怒られ
ました。それ以来随分と厳しく躾られました。姉さんは懲りてなかったようですが……

そんな事があってか名雪にも注意してきましたが、あの子は部活をやっているせいか間食してもきちんと三食は摂ります。
うぅ……注意した母親である私の方が誘惑に負けてしまい夕飯を食べられないなんて……




こんな私を祐一さんは軽蔑するでしょうか? あの人は…………




はっ! そろそろ祐一さんが帰ってきます! 私は慌てて後片付けをして、焼き芋の痕跡を一切消し去ります。





「ただいま」

「ただいま〜」

祐一さんと名雪が帰ってきました。どうやら今日は部活が無かったようですね。

「お帰りなさい」

私はすでに玄関にいて二人を出迎えます。先程までの事は一切顔には出していません。二言三言会話をして二人は2階へ
上がり、私は夕飯の準備の続きをするためにキッチンに向かいます。




何気ない平和な日常を送っています……ですが…………




「ふぅ……」

夕飯の時に、私はまたため息をついてしまいます。

「秋子さん……」

祐一さんが昨日と同じように心配しています。

「お母さんってこの時期になると、いつもご飯の時にため息ついているよね?」

今日は起きていた名雪がそう指摘します……寝ていてもちゃんと見ているんですね。やはりボールと赤いザク位性能が……
いえ、それはともかく。

「やはり何かあるんですか?」

「お母さん……」

「何でもないのよ。本当に……」






私は今日も嘘をついて生きています……ごめんなさい、あなた……ごめんなさい、名雪……祐一さん。




終わり






言い訳(あとがき)


エエト、ワタシハイッタイナニヲカイテイルンデショウカ?

こんにちは。またSSを投稿させていただいたうめたろです。

今回はちょっと(ちょっとか?)季節外れな話を書いてみましたがいかがだったでしょうか?

簡単に登場人物が変えられるこのSSですが今回は秋子さんで書いてみました。色々詰め込めそうだったので^^;

でも秋子さんなら自分で石焼き芋作るだろうなぁ、と思いついたのは書き上げた後でした(ォィ

秋子さんの背徳的でえちぃSSを期待してしまった方々(いるのか?)、申し訳ないですm(_ _;)m

焼き芋云々の薀蓄は、某料理漫画の受け売りだったりします^^;

焼き芋って好きですよね? 私は好きですが。

う〜ん、これ以上後書きを書いても言い訳とか謝罪くらいしか出てきそうに無いのでとっとと終わりにします(ぉ


最後に

私の作品をHPに載せてくださった管理人様。

私の作品を読んでくださった皆様に感謝して終わりたいと思います。


ありがとうございました。

では。

                         うめたろ