『起きないから奇跡って言うのよ』
誰かにそんなことを言われたことがあるような気がする。
だけど俺は諦めなかった。そうしたら、奇跡が、起きた。
起きた…ような気がする。
とにかく、今俺の周りには幸せで満ちている。
そう、たったひとりの少女を除いて…
紅き魔本を持つ少女
第一話 運命の出会い
(真琴は、帰ってきた。それなのに…)
美汐は、はぁ…と溜め息をつく。
(これでいったい何回目の溜め息でしょうか。
もう数えるのも億劫ですね…)
美汐は一時は同じ境遇でありながらも、自分のようにならなかった祐一の強さに惹かれていた。
祐一の傍にいられれば、いつか自分も変われるかもしれない。
…そう、思っていたのに……
(相沢さんには、奇跡を起こせる何かがある。
でも私には、相沢さんのように奇跡は起こせない。
…もうあの子は…帰ってこない……)
美汐は、祐一が羨ましかった。
不治の病だったはずの栞さんの病気が治り、事故にあった秋子さんも助かった。
7年間眠り続けていたあゆさんも目を覚ました。
…そしてなにより、真琴が帰ってきた。
(私は、なんて嫌な女の子なんでしょう。
真琴が帰ってきたことは、嬉しいはずなのに…
心のどこかで、私は相沢さんに嫉妬している)
真琴は帰ってきたのに、あの子は帰ってこない。
もし、あの子が私ではなく、相沢さんに出会っていたとしたら、あの子は帰ってこれたのだろうか。
そう思うと、真琴が帰ってきたことを素直に喜べない自分がいる。
そんな自分が嫌で…祐一に、そして真琴に嫉妬してしまう自分が許せなくて…
そして再び、美汐は周りとの関わりを絶とうとする。
しかし、そんな事を祐一が許すはずがなかった…。
「よう、天野。 偶然だな。 一緒に帰らないか?」
帰り支度をして教室を出ると、祐一が声を掛けてきた。
祐一は偶然だと言っているが、本当は待ち伏せしていたのだろう。
なぜなら、祐一の言葉を聞いてクスクスと笑っている人がいるのだから…。
「ごめんなさい。 今日は用事があるので…」
「なあ、天野。 お前最近俺達のこと避けてないか?」
「…それは相沢さんの気のせいじゃないですか?」
「だったらなんでまともに話しもしてくれないんだよ」
「…ごめんなさい、急いでますから……」
「お、おい、天野!!」
「はぁ…やっぱり避けられてるよな。
やっぱり真琴が帰ってきたから…なんだろうな」
天野が真琴が帰ってきたことを喜ばないはずがない。
だけど天野の言っていた『あの子』はまだ帰ってきていない。
だから真琴が帰ってきたことを素直に喜べない自分が許せないのだろう。
「だけど、なんとかしないとな…」
祐一の性分だからなのか、それとも別の感情が存在するからなのか…
とにかくどんなに拒絶されても祐一には天野をほうっておくことは出来ない。
「とにかく、あとでまた電話してみるか。 …っと、なんだ?」
祐一がとぼとぼとあるいていると、何かに躓いた。
拾ってみると、それは紅い本だった。
「何の本だ? …って、これ血が付いてるのか!?」
「か、返して!! その本は…ううっ」
「え? お、おい、大丈夫か!? しっかりしろ!!」
祐一が振り返るとずぶ濡れの少女が壁によりかかって倒れていた。
祐一は慌ててかけよると、少女は完全に気絶していたが、命に別状はないようだ。
「と、とにかくなんとかしないと、このままじゃ風邪ひくよな。
まあ秋子さんならどうせ1秒で了承だろうし、とにかく家に連れて帰るか」
そして祐一は少女を背負い、駆け出した。
先程手にした紅い本が仄かに輝いていることにも気付かずに…。
「私は…何をしているのでしょうか…」
祐一から逃げ出した美汐は、気が付くとものみの丘へと足を運んでいた。
風になびく草原の上に寝転び、空を見上げる。
『あの子』に出会ったのも、風が春の香りを運んでくる快晴の夕暮れ時だった。
夕焼けが世界を紅く染め、まるで全てが血に染まったようだ。
美汐はそんなことをふと思ってしまう今の自分が酷く脆い存在であるように感じて、悲しくなった。
『誰…か…たすけて…』
「え? 誰?」
微かに誰かの助けを求める声が聞こえたような気がする。
美汐は立ち上がり、辺りを見まわしてみる。
『誰…か……』
「誰? どこにいるんですか?」
やはり、声が聞こえる。 気のせいではない。
美汐は昔もこんなことがあったような気がして、ふらふらと歩き出す。
(たしか、この辺りで…いた!?)
そこには子狐が血だらけで倒れていた。
しかも昔美汐が『あの子』を見つけた場所で…。
「今の声は…まさか…この子が?」
「くぅん…」
「だ、大丈夫? すぐ助けてあげるからね」
慌てて美汐は子狐を抱え、家に向かって駆け出した。
子狐は瀕死の状態で、腹には切り裂かれたような跡がある。
急がなければ、このままだと助からないかもしれない。
(この子は絶対に、死なせたりしない!!)
美汐は子狐を助けるため、必死で走る。
子狐の背負う蒼い本が仄かに輝いていることにも気付かずに…。
「はぁ、せっかく今日は部活お休みなのに、祐一先に帰っちゃうなんて…」
今日は部活が休みなので、久しぶりに祐一と帰ろうと思っていたのだが、授業が終わるなり祐一はさっさと教室を出て行ってしまった。
「もう…祐一のバカ」
香里は今日も部活があるらしく、名雪は結局今日もひとりで帰ることになった。
ひとりでは寄り道をする気にもならないので、これなら部活で走っていたほうがましだった。
「にゃ〜」
「え!? ね、ねこさん!?」
「にゃ〜」
白い子猫が名雪の足元にまとわりついてくる。
その子猫の背には白い本が括りつけられていて、そのために子猫はふらふらとしている。
「ねこさん…可哀想に…すぐ外してあげるからね」
「にゃ〜」
名雪は子猫から本を取り外すと、子猫を抱き上げた。
「うにゅ〜、可愛いよ〜♪」
名雪はいつまでも子猫を抱きしめ続けていた。
アレルギーが出ないことにも、手にした本が仄かに輝いていることにも気付かないままで…。
本を手にしたこの時より、魔界の王を決める闘いが幕を開ける。
しかし、今はまだ祐一達はそのことに気付いてはいなかった…。
涼>名雪が猫アレルギーを起こさない猫…名雪が狂喜乱舞してます。
名雪>ねこ〜、ねこ〜♪
猫?>うなぁ〜ごろごろ♪
涼>この猫…オスか?
名雪>ううん、この子は女の子だよ。
涼>なんだ、ただのエロ猫じゃなかったのか。
名雪>なっ!? 失礼だよ!!
猫?>ふぎゃ〜!!
涼>痛っ!? 引っかかれた…。
名雪>自業自得だよ…。
涼>…まあいい。 それでは次回予告スタート!
猫?>にゃ〜♪
〜次回予告〜
かつての友に裏切られ、心を閉ざした魔物の少女
総ての魔物を敵視する彼女は白き猫に戦いを挑む
そこに新たな魔物が現れて…
次回、重なり合う二人の心
次回もまた見てください