第7話「君の想い」



 ホテル<ろんどん>の一室に少女三人と青年一人の姿。今日はマイトゥナの部屋だ。

 ネオパーシヴァルは空きの客室に寝かせてある。メモを一枚書き残しておいたので、目を覚ましたら状況を理解するだろう。

「まさか魔法デバイス……それもカートリッジ付きのを作っているとは思わなかったよ」

 ペンダントにして首から提げた桜色のビー玉を軽く撫でるさくら。

「マイちゃんが時空管理局で臨時の魔法教官をやっているのは知ってるけど、よく最新型デバイスのデータなんか送ってもらえたね。このカートリッジの山もそうだけどさ」

 圧縮魔力が込められた、弾丸らしき形状の物質。それが一ダース詰まった箱が、テーブルの上に二つ積まれている。

「あそことはそれなりに古い付き合いがあるから。カートリッジのほうは、あたしの知り合いに作成協力をお願いして、長距離転送でここに直送してもらったのよ。ちなみにその人、一番偉いときで艦隊指揮官、執務官長までいった提督さんでね……数年前に辞職して故郷のこの国に帰ってきたの」

「じゃあ、その人はこの世界の人間なんだ」

「そそ、イギリス人。このカートリッジを作ってくれたのは、その使い魔のほうだけどね。あたしとは気が合うから、お願い聞いてくれたってわけ」

「だったら、わざわざボクをアメリカから呼ばなくても、その人たちに協力してもらえばよかったんじゃないの?」

「隠棲中だから巻き込みたくないのよ。それに結構いい歳だしね、ゆっくり老後を過ごしてもらいたいじゃない」

「あのー、時空管理局ってなんですか?」

 平然と二人の会話に割り込むアイシアであった。空気の読めなさぶりは健在だ。

 さくらとマイトゥナは顔を見合わせて、「あー」と頷き合った。

「そっか、アイシアはまだ知らなかったね。時空管理局っていうのは――」

 簡単に説明を始めるさくら。

 次元空間には無数の「世界」が存在する。さくらたちの住むこの世界も次元世界の一つに過ぎず、時空を越えてたくさんの世界が平行して存在し、歴史を重ねているのである。

 そして「時空管理局」とは、現在最も魔法技術が栄えて安定している世界「ミッドチルダ」をはじめとするいくつかの高度文明世界が共同で運営している、各次元世界の安定・平和維持を目的とした超巨大な管理機構のことなのだ。

 別世界へ渡る能力を得た世界は、この時空管理局から適正な管理を受けることとなる。

「どう、理解できた?」

「一応……分かりましたけど……」

 納得したようなしていないような、そんな複雑な表情。

「それって、なにか変じゃないですか?」

「うにゃ? なにがヘンだっていうの」

「だって、いくつかの世界で勝手に決めたことを、どうして他の世界が従わないといけないんですか」

「それは……国連だって最も発展している国家群が中心になって運営されてるよね。それが比較にならないくらい機能しているものだと思ってよ」

「でも、納得いきません!」

「いきませんって言われても……それに、ボクたちの世界のようにまだ別世界へ渡る能力を持たない世界に関しては、他の世界に影響を及ぼす事故や事件が起きない限りはノータッチって、管理局法でちゃんと決められてるんだ」

 言っても無駄かなと思いつつ、さくらは一応の説明を試みる。

 半年前はアイシアの分からず屋ぶりに辟易して匙を投げたため、大変なことになった。

「他の世界に影響を及ぼす事故か事件が起きたら、ちょっかいかけてくるんですよね?」

「ちょっかいじゃなくて、被害を最小限に食い止めるための干渉だよ」

「そんなのおかしいです! 平等じゃありません、不公平です! そんなの間違ってます!」

「いや、だから……」

 困り顔で言葉を詰まらせる。どうすればアイシアを納得させられるのだろう。

 時空管理局の存在と活動のおかげで、多くの世界が安定した平和を享受できているという事実を伝えても聞いてくれなさそうだ。正論によるゴリ押しが通じるなら苦労はない。

 幸せをキーワードにして言いくるめることは可能だが、その手だけは使いたくなかった。

「アイシア、ちょっといいかしら♪」

 冷静に空気を読みながら、見かねたように口を挟むマイトゥナ。さくらは一瞬何か言いかけたものの、すぐに目を伏せてこの場を譲ることにした。

「あのね、時空管理局が束になっても敵わない存在はいくらでもいるのよ」

「えっ、そうなんですか!?」

「もちろん♪ 幾何学の狂った半宇宙的海底都市で死せる眠りにつく主。星間宇宙と風の神々の長である名状しがたきもの。絶えず変化を続ける、感覚を持つ巨大な生ける炎。全ての時間と次元に同時に存在する、一にして全、全にして一なるもの。他にもいろいろいるけど、その中のどれか一柱でもその気になれば、時空管理局が全戦力を結集しても相手にならないわね」

「……さくら、マイトゥナが言ったことって本当ですか?」

「えっと、うん……まあ……嘘じゃないよ。実際にお目にかかったことはないけど」

 むしろお目にかかったら最後。複数の世界が崩壊する大規模な次元震を簡単に引き起こすことが可能な、途方もない超越的存在である。確かに嘘ではないが、人類にとっては滅びを招く以外の何者でもなく、逆にいえば、それらが召喚されたり封印を解かれたりするのを防ぐために時空管理局が活動することも多い。

 そもそも引き合いに出すこと自体がナンセンスなのだが、アイシアは感心したように何度も頷いた。

「なんだ……そうなんだ」

「そういうこと。安心した?」

「はいっ」

 元気よく返事するアイシアを見て、さくらはようやく分かった気がした。

 同時に、マイトゥナがアイシアのことをよく理解しているという事実に、若干の寂しさと羨ましさを感じる。

「どちらにせよ、ここで我々が時空管理局の是非を論議したところで詮無いことだろう」

 それまで遠巻きに耳を傾けていたジョージが、つまらなそうに口を開いた。

「あはっ、ジョージは管理局に入れなかったから嫌な目でしか見れないくせに♪」

「そうなんですか?」

「へえー、そいつはボクも初耳だよ」

 関心を示す眼差し二つ。マイトゥナは「話してもいい?」と目で確認を取る。

 そっぽを向かれた。好きにするがいい、ということだ。

「あのね、ジョージは以前、時空管理局の技術開発関係に入局を希望したことがあるんだけど、適正審査で落とされちゃったの。能力的には申し分ないんだけど、性格面で問題があるってことで」

「あははは、なるほどね〜」

 これ以上ないくらいに納得の表情を見せるさくら。

 自分中心思考で協調性が希薄なうえ、自己満足のためにしか行動しない人間では、いくら能力が高くても受け入れられないのは当たり前だ。

 ましてや組織の規則や規律に従わないとくれば、何をか言わんやである。

「正式なオファーをあっさり拒否したマイちゃんに、私の気持ちが分かるものかっ」

「だってあたしは日々を平穏に過ごしたいだけだもん。それにこれはジョージも同じだろうけど、体制側に付くのって性に合わないのよねえ」

 マイトゥナは時空管理局から正式な入局の誘いを受けたことがある。いずれは上層部の要職にも就けるだけの能力と適正があったからだが、彼女はそれを即答で断った。

 臨時の魔法教官は承諾したが、あくまで特例による嘱託という条件を付けての返事によるものだ。

「といっても、最新型デバイスのデータの件で協力してもらったから、暫くは不即不離の状態になっちゃうわね〜」

「それだけど、どうせならボクとしてはストレージデバイスのほうがよかったなあ」

「なに言ってるの。さくらんぼならインテリジェントデバイスの方が、より高いパフォーマンスを発揮できるでしょ」

「あのー」

「デバイスっていうのは魔法の発動体のことだよ、アイシア」

 先手を取って質問の答えを口にするさくら。

「そのままでも魔法は使えるけど、媒体があったほうが楽になるよね? デバイスは、魔法をよりスムーズに、強力に、効果的に発動させることができる記憶媒体なんだ」

 ストレージデバイスとインテリジェントデバイスは、共に、魔法を詰め込む記憶媒体の役割を果たす発動体である。

 前者は魔法の発動を術者の能力に頼る反面、その分術者次第で高速かつ確実に魔法を扱うことができ、多くの魔導師はこのタイプを使用している。

 後者はさらに、発動の補助をする処理装置と状況判断を行う人工知能を兼ね備えており、デバイスとしての機能の他に、簡単な会話や質疑応答をこなす能力がある。

「そうそう、アイシアの分も作っておいたわよ。はいこれ♪」

「……コイン?」

 手渡された白銀のコインをまじまじと見つめる。

「待機状態だから、デバイスモードの形状を決めるのはアイシアだけどね」

「これで会話とかできるんですね」

「それはストレージデバイスだから独立した意志は持たないけど、音声による受け答えくらいなら可能よ」

「えーっ、そんなの嫌です! さくら、私のと交換してください」

「無茶言わないで……カートリッジシステムが組み込まれてるから、君が扱うには向いてないよ」

「気に入らないの? 残念ねー。せっかくアイシアのために「ハッピーマテリアル」って名称にしたんだけどなー」

 これ見よがしな物言いに、これでもかと反応するアイシアの様をどう表現するべきか。

「使わせていただきます」

 紅玉色の瞳をきらきら輝かせて、アイシアは胸元で白銀のコインを握りしめた。



「よーし、準備オッケー。結界は完璧よー」

 ウイッチゲイト・ストリートの大通りにマイトゥナの明るい声が響く。

 周囲は広域結界で覆われており、街路にはさくら、アイシア、マイトゥナの姿しかない。

 ハッピーマテリアルの起動と運用を兼ねた試用テストを行なう事にしたのだ。

 ジョージはネオパーシヴァルが目を覚ましたときに応対できるよう、ホテル<ろんどん>で待機している。

「それじゃアイシア、デバイスを起動させて」

 アイシアの正面、数メートル離れた位置に立つさくら。マイトゥナは二人の中間から直線をずらした場所に立っている。ちょうどテニスの審判のような位置格好だ。

「ハッピーマテリアル、セェェーーーットアァーーーーーップ!!」

 親指でピンと弾かれた白銀のコインが空中で回転し、アイシアは閃光の中で全裸になった。

 コインが握りこぶし二つ分ほどの大きさのエメラルドに変化。そこから降り注ぐエメラルドグリーンのきらめきが、アイシアの身体にバリアジャケットを形成していく。

 可愛らしいデザインをしたパステルミントのブラウスとスカートに、薄茶色のブーツ。

 最後に黒マントを纏い、緑光に照らされながら決めポーズ。

「うんうん、いい感じよ♪ それに、緑柱石の宝石言葉は幸福とか幸運だったわね」

 アイシアの傍をふわりと漂う宝石を見て、笑顔で感心するマイトゥナだった。

「そのバリアジャケット……ボクの持ってる服に似てる気がするんだけど」

「前に見せてもらった、さくらの魔法使いとしての正装姿をイメージしたんです」

「……まあいいや。それじゃボクも」

 さくらの全身が淡くきらめき、数秒とたたず魔法少女姿になっていた。

 一度バリアジャケットの作成を済ませると、次からは瞬間的に装着できるようになるのだ。

「じゃあアイシア、デバイスを使って魔法を発動させてみて」

「えっと……どうすればいいんですか?」

「魔法をプログラムするための「呪文」を唱えるんだ。目を閉じて、意識を集中させて。君だけの呪文がきっと頭に浮かぶから」

 言われたとおり、静かに両目を閉じるアイシア。さくらはその間に手の平からシールドタイプの防御魔法を発動させ、この後の事態に備える。

 それから数分――静寂と暗闇の中で、少女の意識は微かに燈る光明を捉えた。

「マジカル……シグナル…………ミラクル……ロジカル」

 心の中に浮かんだ自らの呪文を導き出した途端、頭上のエメラルドが眩い緑光を放出した。

 同時に、いくつかの魔法が脳裏に閃き、アイシアはビシッと人差し指を突きつける。

「ハッピートリガー!」

 指先から消しゴムサイズの光弾が飛んだ。さくらの知らない魔法だったが、より魔法に詳しいマイトゥナが顔をぎょっとさせる。

 光弾はシールドの魔法を「透過」した。

 回避し損ねて右肩に命中した瞬間、さくらは愕然と目を見開く。胸元から飛び出した光の結晶が、しゃぼん玉の泡のように弾け散った。

「うそ……なん……で」

 全身を弛緩させてふらふらよろめいたあと、バタリと前のめりに倒れた。

「わっ、さくら!?」

 驚いて駆け寄り、さくらを抱き起こすアイシア。予想外といった感じにマイトゥナが苦笑いを浮かべた。

 ハッピートリガー。対象の魔力核――リンカーコアを破裂させるという効果を持つ、扱える資質の持ち主が少ないレア魔法の一つ。

 対象のどこに命中しても効果をもたらし、バリア無視の能力があるので、対処手段は攻撃で捌くか完全に避けるかのみ。基本的には当たらなければ無意味なため、バインドなどと併用することによって初めて真価を発揮する。

 魔力を持つ相手には一撃必殺だが、それ以外には人畜無害。

「このへんの極端さが、なんともアイシアらしいわね〜」

 軽く腕組みして、あっけらかんと青空を見上げるマイトゥナだった。