第6話「宵の明星」
プライベート・トーチカ――「個人要塞」の名称を誇る米軍の軍事兵器。
ミクロ技術が駆使されているため、動力部も火器コントロール部も数ミリの厚さに抑えられており、それでいて機能自体は失われていない。
同盟国であるイギリスに渡っているのは当然として、それは<神の雷>にも配備されていたのだ。
「そんなものまで持ち出してくるなんて……むちゃくちゃだよ」
さくらは理解した。ネオパーシヴァルが閉鎖結界を張ったのは、逃げられないようにするのと同時に、確実に始末するためなのだと。
「さあさあさあ、覚悟はいいかしら!」
円筒の両端から二基の小型ミサイルが発射された。射出速度に若干のタイムラグがあるのは機械の動作を遅くする魔法が効果を発揮しているからだが、「個人要塞」にも魔法耐性が施されているらしく、さして支障はないようである。
慌てて両手を突き出すさくら。ミサイルは二基とも彼女の眼前で向きを変え、あさっての方向へ飛んでいった。物理的な攻撃を歪曲させて逸らす防御魔法だ。
逸れたミサイルが近くの建物を直撃し、その爆音にアイシアが耳を塞いで悲鳴をあげた。
結界内では、いくら周囲に被害が起きても、現実には影響が無いのが救いといえる。
「どうしよう……なんとかして隙を作らないと」
さくらが思案をめぐらせたそのときだった。
「受け取って、さくらんぼ!」
「マイちゃん!?」
放物線を描いて飛んできた何かを反射的にキャッチする。声のした方向に、翡翠に映える髪の少女が立っていた。
受け取った代物に目をおろすと、桜色のビー玉。
そして、手の平から伝わる温かくも強い魔力の鼓動。
「これは……! じゃあ、マイちゃんが作ってたものって――」
「最新型のデータを基にさくらんぼ用に調整を加えた、マイちゃん特製インテリジェントデバイスよ。さあ、起動させて名前を呼んであげて♪」
こくんと頷くと、さくらは「個人要塞」の方に向き直り、右手をすっと掲げた。
「それは舞い散る桜のように、けれど輝く夜空のように!」
魔力の鼓動から読み取った起動の呪文を紡ぐと、呼応するようにビー玉が強く輝く。
「イブニングスター……セットアーーーーーーーップ!!」
桃色の閃光が広がり、さくらは桜花乱舞の中で全裸になった。
デバイスが彼女のイメージした形状――左右に小さな白羽根、中央に黄色い五角形の星が付いた、ピンクのリングを先端としたバトン型のステッキに変化。
舞い散る桜が全身を包み、デバイス同様にさくらがイメージしたとおりのバリアジャケットが装着されていく。
蝶リボンをふんだんにあしらった、パステル調と明るめのマゼンタレッドを基調とした魔法少女的なコスチュームで、ツインテールを結ぶリボンも同色に変わった。ひらひらしたミニスカートからは健康的な脚が伸び、足を包む黒いブーツがアクセントになっている。
そして最後に、ファンシーなデザインの天使の羽が背中から展開されて軽くはためいた。
バトン型のステッキを新体操のように振り回し、虹の帯をバックに決めポーズ――
この間、わずか一分。
青天の下、魔法少女・芳乃さくらの勇姿がきらめく陽光に照らされた。
「うわあ、さくら格好いいです!」
「可愛いじゃないの、やるぅ♪」
「にゃははは、ちょっと恥ずかしいかも」
褒められて嬉しくない人間はいない。さくらも例外ではなく、思わず照れ笑い。
そこへ、すっかり除け者状態である銀色の円筒から、怒気をはらんだ音声が響いた。
「おかしな格好に変身して……魔女のやることは理解不能だわ!」
「日本の体操服が戦闘着なんていうアンドロイドに言われたくはないよ」
「やかましい! 覚悟しなさい、さくらとやらッ」
「それはこっちの台詞だよ。ボクの名前は引導代わりだ、迷わず地獄に落ちるがよい!」
好きな時代劇の決め台詞を口にして、きりっとバトン型ステッキを構える。
「いくよ、イブニングスター」
『承知!』
「わっ、さくらのステッキから声が!」
正確には先端リングの付け根にある桜色の球体――デバイス本体から発せられているのだが、どちらにしても魔法デバイスの存在を知らないアイシアが驚くのも無理はない。
「デバイスの音声が日本語なんて、いかにもさくらんぼらしいわね〜」
楽しそうに歓心の笑みを浮かべるマイトゥナ。完全に高みの見物を決め込んでいる。
「エレクトロダート、いっけえぇぇーーッ!」
チャージを終えたさくらが魔法を射出。ステッキから伸びた電光の帯が複数に分かれ、相当な速度で何度も角度を変えながら、「個人要塞」めがけて飛翔する。
四方八方から高速で差し迫った誘導操作型の射撃魔法が、要塞の表面近くで透明な膜に遮断されて弾かれた。
「うわ、軍事兵器に対魔法バリアを装備させるなんて、さすが<神の雷>だね」
「異端の徒の邪悪な魔法など、このトーチカには通用しないわっ!」
英国教会の権威を誇示するように要塞の腹部から発射される中型レーザー砲。
レーザーが突き抜ける寸前、対象は宙を舞った。
見よ、さくらの身体は物理法則に逆らって空中で静止しているではないか。
左右のブーツに付いた小さな白羽根が、淡い燐光を発している。
「すごいです、さくらが空を飛んでる!」
「デバイス持ちなら魔力による飛翔は挨拶代わりみたいなものよ。そんなことより……レースつきのパステルブルー、と。なかなかいいアングルじゃない♪」
嬉々として上空を眺めるマイトゥナであった。
「マイトゥナ……さくらのパンツなんか見て何が楽しいんですか?」
「人の愛情に異性も同性も関係ないってこと。あン、あの薄布の奥から溢れる泉の蜜を味わえたら、さぞ甘美極まりないだろうなあー」
「いったい何を言ってるのか、私にはサッパリ分かりません!」
意味を理解できずにむくれるアイシアだが、マイトゥナの発言は結構ギリギリである。
外野二人の、ある意味かしましい会話をよそに、戦闘は白熱を増していた。
「これでケリをつけてやるわ」
ネオパーシヴァルは、戦闘パネルに映し出される魔法少女の顔へ、最高出力の指向性音波を集中させた。
瞬間的に『プロテクション』と音声があがり、さくらをオートガードの防御魔法が包んだ。
「く、うぅあ……ッ!」
約数秒、歯を食いしばって苦悶の呻きを漏らす少女。
米軍の最新兵器・超音波砲は、僅かながらも魔法の防御を通過したのである。
「ふう……ありがと、イブニングスター。命拾いしたよ」
『礼には及ばぬ』
安堵の息を吐いたさくらの顔から、どっと冷や汗が流れる。まさか「個人要塞」にこんな新兵器が搭載されているとは――もしデバイス無しのときに使われていたら、防御が間に合わず脳が破裂していたかもしれない。
「よくも……やったなぁーーーーーッ!」
恐怖はたちまち怒りへと変わり、さくらは銀色の円筒めがけて飛翔した。
迎えうつネオパーシヴァルは、自慢の最新兵器が防がれたことの動揺で、一瞬対応が遅れた。
ふたたび稼動した超音波砲を高速で回避したさくらは、至近距離でステッキを向けた。
『鎧壊し!!』
凄まじい衝撃音と同時に「個人要塞」が吹き飛ぶ。だが、円筒の表面が僅かにひしゃげたきりで、起き上がりこぼしのように直立浮遊した。
地面と要塞の底とをつなぐ青白い電磁波――磁力場を使って浮いているのであった。
「うひゃあ、ガチガチの魔法耐性だね……」
重機関銃の直撃も弾き飛ばす特殊合金製の外皮を誇る「個人要塞」とはいえ、アーマー・ブレイクの魔法を受けて壊れないとは、呆れるほどの魔法対策だ。
さくらはどんな戦闘にも対応可能なテクニカル系オールラウンダーだが、基本的に高火力の攻撃重視タイプではない。
対処法を高速思考させていると、デバイスが何かを意思表示した。
「どうしたの? カートリッジロード……って、これ、まさか!?」
素っ頓狂な声をあげたさくらの視線の先、マイトゥナがしたり顔でにっこり笑った。
「そ、ベルカ式カートリッジシステム。さくらんぼなら扱えるでしょ? ちなみにフレーム強化と微調整もバッチリだから♪」
「やりすぎだよ……」
ジト汗を浮かべた苦笑。マイトゥナほどの大魔法使いが丸一日徹夜するわけである。
「まあ、向こうもやりすぎだし、これでお互い様だよね」
要塞を向き直ったさくらが「カートリッジロード!」と口にすると、五角形の星がくるくる回転してスロットから二個の薬莢が飛び出す。
バトン型のステッキが見る間に伸縮を開始し、錫杖のようなスタイルに変形した。
「スターモード――星の錫杖さ」
杖先を向けられた円筒の、微かな振動は、まるで戦慄が走っているかのようであった。
「チェリーブロッサム・トルネード!」
吹き荒れる桜の花びらが、たちまち銀色の円筒を包み込んで視界から隠す。
空中へ放り上げられた「個人要塞」へ狙いを定めるさくら。
『充填完了!』
「でかいのいくよっ、スターバスターッ!」
一気に放出される直射型砲撃魔法。星屑のきらめきをちりばめた極太の光線が、コントロールが効かなくなった要塞へ一直線に襲いかかる。
「くっ、トーチカの対魔法バリアには…………ぁぁあッ!?」
驚愕の絶叫は星のきらめきに掻き消された。バリアも魔法耐性も殆ど効力を発揮しなかった。
先刻のチェリーブロッサム・トルネードは、ただ桜吹雪の竜巻を起こすだけの魔法ではなく、対象の物理・魔法防御を著しく低下させる効果があったのだ。
銀色の円筒は薄い金属箔に戻って蒸発し、気を失ったネオパーシヴァルが空から落下する。
地面数メートル手前で、彼女の身体は、拘束魔法チェーンバインドに絡めとられた。
「召し捕ったりぃ!」
勝利のポーズを決めるさくら。アイシアが歓声をあげて駆け寄る。
「なるほどぉ、確かに若い頃のパーシィちゃんそっくりね。なつかしーなー」
地面に横たわる体操着の少女を見下ろし、マイトゥナはしみじみと遠い日に思いを馳せた。
さくらが魔法攻撃を非殺傷設定にしたので、ネオパーシヴァルは肉体的にはほぼ無傷であった。