遠い昔か、それとも未来か。

 ここでない場所、今でない時、ひとりの少女が泣いている。

 時に囚われ、未来永劫の時を移ろいゆく呪われた少女が。

 それは罰。

 それは償い。

 少女は、永遠の時を今もなお彷徨い続ける。

 たとえ千の時が過ぎ、万の時が過ぎようとも。

 少女に許されたのは泣くことと祈ること。

 そして…詩を紡ぐこと。

 幾千、幾万の時空を越え、あらゆる世界に存在する『終わらない詩』という名の一冊の詩集。

 その本に新たな詩が刻まれ、そして消えてゆく。































 詩は、終わらない。

 終わりなど、ないのかもしれない。

 それでも少女は、祈り続ける。

 誰か、この永遠を、終わらせてください、と……。































 これは、ひとりの男が少女を救う。

 そんな、おはなし。












終わらない君の詩外伝


相沢祐一(十歳)のジゴロ列伝!編









 4体の精霊達の力で、時の卵(クロノ・トリガー)のかけらを求めて新たな世界へと転移する。

 俺のかりそめの体に宿る、4体の精霊の力によって。

 地の精霊ミリィ。

 水の精霊フィリア。

 火の精霊リィナ。

 そして風の精霊イルク。

 この精霊たちは、契約を交わしたその時から常に俺と供にある。

 かけらを求めて転移するのはこれで何度目だろう。

 いつになったら全てのかけらがそろうのだろう。

 だが、時に囚われた少女を助け出し、元の世界へ帰るためにはかけらを全て集めなければならない。

 たとえ、何年、何十年かかろうとも。















 俺の体を包み込んでいた光がおさまり、転移が無事に終了したようだ。

 俺はゆっくりと目を開けて、自分の体の状態を確認する。



「ふぅ、今回はどうやら子供とか老人とかにならずに済んだみたいだな」



 俺のこの体は実は本物ではない。魔力でできている魔力霊素体(マナ・ゴースト)というものなのだ。

 そのため、別の世界へと転移するたびに祐一の年齢は変化してしまう。

 時には、子供になったり老人になったりすることもあるのだ。

 今回はどうやらうまく適齢に変化したらしい。



「…あの、祐ちゃん」

「うわっ!? な、なんだ?」



 いきなり女の子が俺に声をかけてきた。

 どうやら転移をしてきたところを見られてしまったらしい。

 それにしても、いくら油断していたとはいえまったく気配を感じなかった。

 それに今もまだ女の子の気配が希薄に感じる。

 一体この子は何者なんだ?

 …って、そんなことよりなんとかフォローしないと!!



「い、いや、今のは…あの…なんていうか、ほら、これは夢だ、夢。もしくは目の錯覚とか。

 何もないところにいきなり人が現れたりするわけないだろ? きっと気のせいだ」

「ちょっと、落ち着いて祐ちゃん。私、イルクだってば。風の精霊イルク。

 フィリアとリィナも近くにいるみたい。今こっちに向かってるわ」

「はぁ? イルク? でも、なんでお前…」

「わかんない。でもこの体、祐ちゃんと同じで魔力霊素体みたいなの。

 なにが原因かわからないけど、私達みんな祐ちゃんの中から出てきちゃってるみたい」

「そ、そうなのか。…ってことは、今のお前達は人間と同じようなものなのか?」

「似たようなものだけど、少し違うわ。

 私達は体を失っても祐ちゃんの中か、もしくは精霊界へ帰るだけだから。

 要するに召喚されてるのと同じようなものかな?」

「召喚?」

「うん。祐ちゃんもやろうと思えば出来る筈だよ。私達の体を魔力で形成して呼び出すの」

「ふぅん、そんなことができるのか。

 ごめんな。今までずっと俺の中に封じ込めてて…」

「封じ込められてるって意識はないけどね。

 でも、私達の声は祐ちゃんには届かないから、それが少し残念かな」

「そっか、それじゃ、今度召喚できるか試してみるよ」

「ありがと。あ、ほら、フィリアとリィナが来たみたいよ」

「マスタ〜、イルクさ〜ん」

「お、お兄ちゃん、大丈夫? 転移は成功だった? どこか痛いとこない?」



 二人が俺に駆け寄ってきて、そのままの勢いで抱きついてくる。

 本当に触れることができるんだな。初めてあった時は手がすり抜けてたから、

 こうやって触れることができるのは嬉しいよな。

 俺はそっと二人を撫でてやると、二人は嬉しそうに目を細めてごろごろとのどを鳴らす。

 まったく…猫か、お前達は。



「ねえ、ミリィは? 近くにいないみたいなんだけど」

「え? ミリィちゃんいないの? ど、どうしよう。ひとりぼっちで泣いたりしてないかなぁ」

「リィナじゃないんだから。…でも、確かにミリィも子供っぽいところがあるし、少し心配ね」

「そうだな。…ん? かけらが…」



 時の卵のかけらが、俺の手の中でほのかに輝いている。

 どうやら今回はかけらのすぐそばに転移してきたらしい。



「マスター、かけらが光っているようですが、かけらとミリィ、どちらを先に探しますか?」

「もちろんミリィを探すよ。かけらはその後でも遅くはないだろ」



 俺がそういうと、フィリアは嬉しそうに微笑んだ。



「はい、それでは早速、ミリィを探しに行きましょう、マスター」

「そうだな。それじゃあミリィを探しに行くぞ」

「「「はい」」」















「えぅ…どうしよう〜、ここどこ〜、ご主人様ぁ〜どこにいるの〜?」



 祐一とはぐれたミリィは、途方に暮れていた。



「なんで、なんでぇ〜、どうして私ここにいるの〜?

 別に誰かに召喚されたわけでもないし、

 なにより今はご主人様と契約してるから召喚されるはずないのにぃ〜どうしよ〜、えぅ〜」

「あの、お姉さん、どうかしたんですか?」



 途方にくれていたミリィに10歳くらいの少年が声をかけてくる。

 その少年は、この寒さのなかでなんと半ズボンをはいている。

 だが、その姿をみた女性は皆少年に見惚れているようだ。

 彼の名前は相沢祐一。そう、『この世界における祐一』である。



「…え? あ、ご、ご、ご…」

「ご…何?」

「ご主人様ぁ!!」

「え、ええ!?」



 いきなり見知らぬ女性に抱きつかれ、しかもご主人様呼ばわりされた祐一は、

 さすがにびっくりして目を丸くしている。

 とはいえ、さすがに母に鍛えられた百戦錬磨の祐一はすぐに体制を立て直し、

 まばゆいまでの笑顔で対応する。



「あの、お姉さん、僕はお姉さんのご主人様じゃないよ」

「え、あれ? でも…あ!?」



 目の前の祐一が自分の知っている祐一ではなく、『この世界における祐一』だということに気付き、

 ミリィは慌てて祐一から離れる。



「ご、ごめんなさい。ご主人様に凄く似てたから…」

「うん、それはいいんだけど、ご主人様って何?」

「えぅ? ご主人様はご主人様ですよ?」

「そ、そう。それじゃ、ひょっとしてお姉さんはメイドさんかなにかなのかな?」

「メイドさん? よくわからないですけど、違うと思います。ミリィは地の精霊ですから」

「精霊なの?」

「はい、精霊です。それで、ご主人様とはぐれてしまったみたいなんですけど…」



 えぅ〜、と再びミリィは悲しそうな表情になる。

 もちろん祐一がそんな女性をほうっておくはずがない。



「そっか。わかった。それじゃ、僕がお姉さんのご主人様を探すのを手伝ってあげるよ」

「えぅ? 一緒に探してくれるの?」

「もちろん。こんな可愛いお姉さんが困ってるのに、見過ごすわけにはいかないよ」

「えぅ? か、可愛い…へぅ…」



 ここぞとばかりに発動した祐一のキメゼリフと、女性であれば誰もが見とれるであろう最高の笑顔に、

 ミリィの頬は一瞬で真っ赤に染まる。



「それじゃ、どうする? まずは公園に行ってみる?」

「えぅ? 公園?」

「うん。それじゃ、行こう」

「あっ……」



 さりげなく祐一はミリィの手を取り、歩き出す。

 その姿は、見方によっては弟に手を引かれる姉のようだが、

 ミリィのまだ幼く見える容姿と顔を赤くしているという状況により、

 一風変わった恋人同士にも見えなくもない。

 そんな2人を追って、物影に潜みつつ移動する影が2つ。















「あらは〜、さすがは坊ね。ご主人様発言にも、精霊にもまったく動じないなんて」

「でも、あの子は一体何者なんでしょうか」

「そうね。この私の情報網に引っかからないなんて。

 このままだとリストが空白だらけになってしまうじゃない」

「とにかく、急ぎましょう。このままでは見失ってしまいます」

「大丈夫よ。公園に行くって言ってたじゃない」

「ですが、何かあったとき決定的瞬間を見逃すわけにはいかないでしょう?」

「そ、そうね。急ぎましょう。坊たちを見失わないうちに」

「はい、もちろんです」















 祐一は相変わらず母とその妹に尾行されていることにも気付かず、

 ミリィと手を繋いだままで公園に辿り着いた。



「さて、とりあえず公園に来てみたけど…あまり人がいないみたいだね。

 お姉さんのご主人様はいる?」

「ううん。私はご主人様が近くにいると、なんとなくわかるの。

 だから多分、この近くにはいないと思う」

「そっかぁ。ここにはいなかったか…」

「それより、ここに来る途中にあった箱って何?」

「箱? 箱って…自販機のこと?」

「えぅ、よくわからないけど、たぶんそれ」

「あの箱の中にはジュースが入ってて、お金を入れてボタンを押すとジュースが出てくるんだよ」

「じゅーす? じゅーすって何?」

「ジュースっていうのは…え〜っと、甘い水っていうか…

 とにかく一度飲んでみればわかるよ。今買ってくるから」

「えぅ、でも私お金持ってないよ」

「いいんだよ、僕のおごりだから。すぐ戻ってくるから待ってて」

「う、うん。待ってる」



 そう言って祐一はミリィを残して公園から出て行った。















「…えぅ…ご主人様、やさしい…。あ、でもあの人はご主人様じゃないんだっけ。

 それにしても、じゅーすって、飲み物? 果実の絞り汁みたいなものかな?

 もっとも私はそれも飲んだことないんだけど。

 じゅーすかぁ…楽しみだな」



 ミリィは『契約主である祐一』に宿ってから、祐一を通してこういったものの知識だけは得ることができたが、

 実際に経験をしたことは一度もない。

 そのため、『この世界における祐一』とのやりとりはすべて新鮮で、楽しかった。















 しばらくすると、ジュースを一本だけ手に持った祐一が戻ってきた。

「はい、これがジュースだよ。何がいいかわからなかったから、オレンジジュースにしたけど、よかったかな」

「うん、何でもいいよ。でも、一本だけ?」

「う、うん。ちょっとお金がたりなくて…。僕のことはいいから、飲んでみてよ」

「う〜ん、それなら、半分こしよ。それでいいよね」

「え? う、うん、ありがとう」

「それじゃ、え〜っと、…あれ? どうやって飲むの?」

「ああ、それはこのブルタブをこうやって…」



(プシュッ)



「はい、これで飲めるよ」

「ありがとう」



 ミリィはジュースを受け取り、それを口にする。



(こく、こく…)



「おいしい……」

「…え? ど、どうしたのお姉さん、どこか痛いの?」

「えぅ? どうして?」

「だって、涙が…」

「えぅ? 何これ? 目から水が…。

 そっか、これが涙なんだ。でもどうして涙が流れてくるの?」

「そ、そんなこと言われても…」



 いつもなら当然のようにさりげなく慰めの言葉をかけることが出来るはずの祐一が、

 わけもわからず涙を流すミリィの前に情けなくうろたえる。

 そんな祐一を見て、さらに取り乱している人が約2名。















「ああ、なにやってんのよ坊!! こんな時こそ優しい言葉をかけてあげなきゃ。

 私は坊をそんなふうに育てた覚えはないわよ!!」

「それにしても、あの祐一君があんなにうろたえるなんて…

 これはこれで、萌え…」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、まったく。ほら、坊。さっさと声をかけてあげなさい!!」















 和観の祈りが通じたのか、気を取り直した祐一がようやくミリィに声をかける。



「あ、あの…」

「ひっく、ぐすっ…えぅ〜」

「ほ、ほら、泣かないで。お姉さんは笑ったほうが可愛いよ」



 そう言って今まで何人もの女性を落としてきた最高の笑顔を繰り出す。



「えぐっ…えぅ〜、えぅ〜」

「あ、あれ? あれれ?」



 無敗を誇る祐一の笑顔でもミリィは泣き止まない。

 むしろ、かえって大泣きしてしまう。

 ミリィ自身にも、自分が何故泣いているのかわからなかった。

 ミリィの中ではさまざまな感情が渦巻き、ミリィはそれを持て余しているのだ。

 祐一の優しさを嬉しいと思う気持ち。

 ご主人様と離れ離れになって心細いという気持ち。

 このままずっと祐一といたいという気持ち。

 ご主人様のところへ帰りたいという気持ち。

 ミリィはこれらの感情を受け止めきれずに泣いていた。















「あ、あの…そうだ、これ」



 祐一はポケットから虹色に淡く輝く石を取り出した。



「さっき自販機の側で拾ったんだ。虹色に光ってて綺麗だから。

 これをお姉さんにあげるよ」

「ぐすっ…えぅ? これ…時の卵のかけら…?」

「くろのとりがー?」

「う、うん。私たちは、このかけらを探して旅をしているの」

「そうなんだ。見つかってよかったね」

「うん、ありがとう。ご主人様」

「ええ!? だ、だから僕はご主人様じゃ…」

「いいの。だって、あなたもご主人様なんだから」

「それって、どういうこと?」

「それは、秘密だよ」















 その時、ミリイの手の中でかけらがその輝きを増した。

 まるで、ミリィに祐一とのお別れの時を告げるように…。















「…もう、行かなくちゃ。ご主人様のところに」

「そ、そうだね。それじゃ、そろそろ探しに行こうか」



 その言葉とは裏腹に、祐一は少し寂しそうな表情をする。

 それを見たミリィは、胸のあたりにズキリと痛みを感じた。

 再びミリィの目に涙が浮かぶ。



「ご主人様がこの近くに来てるみたいなの。だから、大丈夫。これで、お別れなの」

「そ、そう。よかったね、ご主人様が見つかって」



 祐一の目にも涙が浮かぶ。

 これで、お別れ。

 祐一が知るよしもないが、再びミリィと祐一が会うことはもうないだろう。

 ミリィの頬に、涙が流れた。



「ありがとう。少しぬるくなっちゃったけど、はい、じゅーす」



 そう言ってミリィは半分以上残っているジュースを祐一に渡す。



「い、いいよ。せっかくだから、これはお姉さんが飲んでよ」

「ダメ。約束は守らなくちゃ」

「う、うん、ありがとう」

「…それじゃ、これでお別れ」

「あ、あの…また、会えるよね」

「…ごめんなさい。多分、会えないと思う。

 でも、また…会えたらいいね」

「うん、また…会いたいよ」

「ありがとう。約束はできないけど、願うだけなら、いいよね。

 それじゃ、さよなら!!」



































 走り去ってゆくミリィに祐一が大きく手を振って見送る。

 これでもう、あの祐一に会うことは二度とないだろう。

 この世界にかけらが飛ばされたから二人が出会うことができたという奇跡。

 これ以上の奇跡は多分もう、起こらない。

 だから、祐一と再会の約束をすることはできなかった。

 だけど、願うだけなら、許されると思う。

 願わくば、もう一度、彼に会うことができますように…。















「さようなら、私の…もう一人のご主人様……」















 主のもとへと走るミリィの目から、最後に一雫だけ涙が零れ落ちた……。



































「結局、あの子は何者だったのかしら。あの子のリストは空白だらけになっちゃったわよ」

「ひょっとしたら本当に精霊だったのかもしれませんね」

「そうね。もしあの子が精霊なら、坊のこの初の黒星は無効よね。

 坊の最高の笑顔が通用しない女の子なんているはずないもの」

「そうですね。あれには私も思わず落とされかけましたから」

「はぁ、でもこの様子だと坊には再教育が必要みたいね。まったく、いつまであそこにいるつもりなのかしら」

「そっとしておいてあげましょう。それに私たちもそろそろ帰らないと名雪が心配するかもしれませんから」

「そうね。でも帰ったら一から鍛えなおしてあげるから、覚悟するのよ、坊」



































 誰もいなくなった公園で、祐一はぬるくなったジュースを手に呆然と立ち尽くす。



「…さようなら、お姉さん」



 一滴の雫が、ぽつんと祐一の足元を濡らす。

 祐一とミリィが再び会うことは、もう二度となかった……。



































         ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
            坊のお嫁さん候補データファイル  NO.???  ミリィ(地の精霊?)


            ・現住所…………???

            ・どこから来たのか、そして何者なのかすべてが謎の女の子。自称精霊ということだが…。
             この少女については特例としてデータファイルNO.を保留とする。

         ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

















涼>はじめましてorこんにちは、風波 涼です。
名雪>こんにちは、水瀬 名雪です。
涼>『終わらない君の詩』と『相沢祐一(十歳)のジゴロ列伝!』のクロスオーバー、いかがでしたか?
  ジゴロの雰囲気ぶち壊しのしんみりしたお話ですが、ジゴロの外伝として気に入っていただけたら幸いです。
名雪>うう〜、わたしの祐一が汚されちゃったよ〜。
涼>汚されたって…ミリィはそんなことしてないはず…
名雪>間接キスなんて…不潔だよ〜。
涼>…ああ、なるほど。
名雪>それに、女の子に逆に落とされるなんて、こんなの祐一らしくないよ〜。
涼>…さて、それでは今回はこの辺で。
名雪>わわ、逃げないでよ〜。
涼>それではみなさん、さようなら。