「ハロー校則破りー」
振り返った教室の入り口には、とてもにこやかな表情の滑川先生が立っていた。
「あ」「う」
俺、赤坂さんと同時に声を上げる。しまった、見つかったというニュアンスを含めた。
まぁこの後咎められるのはチョコバットをくわえている俺の方だけなんだが。
「朝生田、お前なぁー、学校にお菓子持ち込むなとは言わんが、
教員に見つかるところで食うなよ。見つけた以上は注意せざるをえんがな」
「ス、スミマセン……」
「こっちだって極力わーわー言いたくないんだから。
最近の学生はいつ逆上してナイフ持ち出してくるか分かったもんじゃねぇからなぁ」
「いや、少なくとも俺はそんなことしませんから大丈夫ですよ」
「うるさい、ちっとは反省しろ」
「あぅ」
とりあえず手に持っていた未開封のチョコバットを取り上げられるが、
さすがに今くわえているものは見逃してくれた。
そして食べ終わるまで待っていてくれる辺り、実は滑川先生、すごくいい先生かもしれないな。
「んー、赤坂は食ってないのか?」
「え、あ、私は……」
「食ってないっす。持ち込んだのも俺、食いだしたのも俺。
彼女はむしろ止めさせようとしただけですから」
気を使っているのか困った様子の赤坂さんに変わって俺が代弁する。
「ふむ、つか止められたんなら食うなよお前も。そんなんだからブーちゃんなんだよ」
「先生それ、生徒には絶対言っちゃいけないセリフだと思いますけど……」
教員による生徒侮蔑発言に反応する赤坂さん。
まぁ別に俺は気にしてないからいいんだけど、普通は処分モンだよ、これ。
「……まぁこれで注意も終わりってことにしていいんだけどな、これだけじゃ甘すぎるわな」
そう独り言のようにつぶやく滑川先生。
「え?」
「とりあえずお前ら教室掃除していけ。それが今回のペナルティー。
見た感じそんなに汚れてもないし、軽いもんだろ?」
「えー、そんなお菓子食っただけでペナルティですか」
「当たり前だ、つべこべ言うなら生活指導の教員にチクるぞ」
「チクるってそんな、小学生じゃあるまいし……
それに掃除だったら、掃除当番に任せりゃいいじゃないですか」
「あ、それがだな、本当は今日までに当番決めとかなきゃいけなかったんだけど、
すっかり忘れちまっててな。なのでちょうどいいからお前ら今日教室当番な」
「な、何自分の不手際を生徒に押し付けようとしてるんですかぁー!」
前言撤回、この人いい先生なんかじゃないや。
「つーわけで掃除よろしく。まぁザザッとやるだけでいいからさ。
だけどサボったら本当にチクるからな。しっかりやれよー」
「ちょ、ちょっと!!」
そう言ったっきり、先生は教室の外へ消えていった。
残されたのは未だに口の中がチョコで甘い俺と、完全にとばっちりを食らった形の赤坂さん。
「……めんどくさいことになったなぁ」
Fat or Slender ?
第4話:恋多き変態さん
教室隅の掃除用具入れから箒を一本だけ取ってくる俺。
「……赤坂さんは帰っていいよ。別にペナルティ課せられるようなことしてないんだし」
「いいよいいよ、私もやる。一人より二人の方が早く済むでしょ?」
「え、でも何か悪いし……」
「気にしなくていいよー、まだしばらくは私も時間あるから」
そう言って自分の分の箒を取りにいく赤坂さん……うむ、計算通り。
先に譲歩する姿勢を見せておけば、向こうも気を使ってひとりだけ帰ることはないだろう。
何が悲しくてこんなだだっ広い教室の掃除をひとりでこなさなきゃならんのだと。
まぁ気を使わせているのが分かる分だけ良心が傷む気もするが、気にしちゃ負けだ。うん。
「机動かさなくていいから、このままで床掃くだけでいいだろ、もう。
とりあえず掃除やりましたよーという姿勢を見せとけば問題なし」
「……適当だねぇ、朝生田くん」
口を動かすのはこのくらいにして、俺たち二人は黙々と床掃除を始めた。
……と言ってもそれも1分程度の話で、内容もお互いザザザーっと箒を動かすだけ。
ちりとりを出すのもめんどくさいと、集めたゴミは廊下に掃き出すというやっつけ仕様で。
赤坂さん、アンタも十分適当だと思うよ。
「ふぅー、まぁこんなもんだろ。後は正規の掃除当番に任せりゃいいか」
「まだ決まってないけどね……って、あ」
壁掛け時計に目をやり、声を挙げる赤坂さん。
「ん、どうかした?」
「ゴメン、後片付けとか任せちゃっていいかな? ちょっと時間がないの」
「それは別にいいけど、何か用事あんの?」
「う、うん……」
明らかにバツが悪そうな応対に、続く言葉を思いつけない俺。
そうこうしてる間に赤坂さんは荷物をまとめ、すぐにでも帰れる支度を済ませていた。
「朝生田くんはこの後部活とか見て回るんだっけ?」
「ん、あ、ああ……」
十河さんを見失ったので正直帰ろうかと思っていたが、とりあえずここは頷いておく。
「そっか。もし楽しそうな部活があったら私にも教えてね、それじゃまた!」
「お、おぉ……」
片手を挙げて廊下の向こうに消えていく赤坂さん。
俺はぼんやりとその後姿を眺めていた。
「……かわいい、かもな」
帰り際に見せられた満面の笑みに、俺の心は揺らいでいた。
加えて、これほどまでに親しく話せる女友達なんて過去にいなかったから、
脈としては赤坂さんの方が十河さんよりよっぽどあるような気もする(自惚れ
「……恋多きお年頃か、俺」
親しくしてくれる女の子に誰某構わず恋してしまう、
典型的なモテないクン気質を発揮してるなぁと心のどこかでは自覚しているものの、
うっすらと赤坂さんのことも気になり始めた春の午後であった。
「……まぁそれはともかく」
二人分の掃除用具を右手に、カバンを左手に持つ俺。
先ほど部活見学に行くとは言ったものの、正直十河さんを見失ってからその気力も萎えている。
「……帰るか」
そう結論を下し、俺は軽いカバンを振り回しながら教室の後ろ、掃除用具入れへと向かった。
ガタン
「ん?」
そのカバンが、何かにぶつかる感覚。
教壇の横を通り過ぎようとした時、近くにあった机に思いっきりぶつかってしまったようだ。
しかもその時の衝撃で机がぶっ倒れ、中からノートなどが落ちて床に散らばってしまっている。
「うーわ、置き勉するなよな」
机の中は早くも全教科の教科書でぎっしりな自分のことは棚に上げて、
悪態をつきながら仕方なくその中身を拾いにかかる俺。
しかしこの席、確か知ってる人間のモノだったような……
「……あ」
国語の教科書に書かれている名前ですべてを思い出した。
『十河夢見』、そう、授業中いつも斜め後ろから凝視してる愛しの十河さんの席ではないか。
と言うことは今俺は、彼女の私物に無断で触れているわけで……うわ、鳥肌立ってきた。
いけないことやってるんだーと言う背徳感が、どこかで快楽に切り替わっているこの感じ、
……俺、変態の資質があったんだなぁ。
「……ぁ」
と俺が未知なる性癖に目覚めていたその時、教室の入り口から微かな女性の声が聞こえてきた。
恐る恐る顔を上げて振り返るとそこには……
「あ゛」
十河夢見、ご本人の登場です。
――――――――
続く