入学式の翌日から、授業は本格的に始まった。
そして二日も経てばクラス内のムードもすっかり和やかなものになっており、
昼休みに一緒に飯を食う友人もできていたりする。
「あー、そういえば今日の放課後から部活見学始まるんだよな」
とは、前の席でクリームパンを食らう序二段中学出身の佐々木。
「ふーん、そうだったっけ」
「何だ朝生田、お前随分と素っ気無いじゃねーか」
「まぁ……正直部活とか興味ないからなぁ」
「うわ、お前なに寂しいこと言ってんだよー。
部活の無い青春なんて、石井竜也のいない米米クラブみたいなもんだぞ?」
「いや解散だろそれ」
「ともかく、部活もせずにただ淡々と高校生活を送ってたんじゃ味気ないぞ」
「味気ない、ねぇ……」
別に俺、高校には部活をしに入ってきたのではない。
かといって病的なまでに勉強に打ち込むなんて気も更々ない。
まぁ強いて「高校生になったら何をしたいですか」という問いに答えるならば……恋かねぇ。
「彼女作ってねんごろな関係になるためにも、何かやっておいた方がいいと思うけどねー」
「人の心を読むな」
「い?」
だけど実際、佐々木の言う通りかも知れんな。
運動部なら部員とマネージャーの『この試合に勝ったら……私の初めてを、あげる』的展開や、
文化部なら例えば美術部員同士の『私を……あなただけのヌードモデルにしてほしい』的展開が
繰り広げられる可能性が0%だとは誰が言い切れようか。
「……とりあえず見てまわるだけでもしてみるかな」
邪な動機だがまぁいい。要は動くことが何よりも大切なんだから。
「そういう佐々木はもう入る部活とか決めてんのか?」
「そだな。中学の時と同じ部活を引き続きやっていこうと思ってる」
「ほぉー熱心だな。で、何部?」
「美食倶楽部」
「……何だよその日夜究極と至高の対決が繰り広げられてそうな部活」
そもそも中学校にそんなモノが存在したこと自体が驚愕なのだが。
当然そんな部活はここ桟敷席高校には置かれておらず、その後佐々木は倶楽部設立のため、
自作のビラを配布するなどの活動に徹するようになるのだが、それはまた別の話。
そんな佐々木はどう見ても体重90kgオーバー。類は友を呼ぶ、デブはデブを呼ぶ。
人間はどうしてこう同類と群れたがる生き物なんでしょうか。
Fat or Slender ?
第3話:「甘い」放課後
6時間目の古文が終わり、そのまま放課後に突入する。
担当教師がまだ教室内にいるにもかかわらず、教室内は昼休み以上の喧騒に包まれていた。
この後は部活動見学か……
昼間佐々木に言われたように、一応見て回るだけのことはするか。
「……あ、そうだ」
そんな俺の視界に、皆と同様帰り支度をする十河さんの姿を確認。
……どうせ入るなら彼女と同じ部活がいいよな。
よし、今日の放課後はストーキングで時間を潰そう。
そうひとり心の中で決意して俺も帰り支度を進めていると……
「さっきの『あ、そうだ』っていうの、朝生田くんの新ギャグ?」
「ってうわぁ!?」
いきなり机の前に現れた赤坂雫嬢。
彼女の手にはカバンが握られており、既に帰り支度は万全といったところか。
「朝生田くんがあ、そうだ。ベタだねぇ〜」
「ギ、ギャグじゃないからさ、んなベタなのは安田大サーカスに任せときゃいいから」
「まぁいいけど。ところで朝生田くん、これから部活動見学行くの?」
「ん、ああ、一応いろいろと見て回るつもりだけど」
「あれ、卓球部に行くんじゃないの?」
「えっ」
ちくり。
胸の奥の方に微かな痛みが走る。
「中学から引き続いて卓球やっていくのかなーって思って。
確かこの学校って卓球有名なんでしょ? 県大会の常連校って聞くけど」
「……何故俺が卓球やってたということを?」
「え、あ、そ、それはね! ほら朝生田くん、よく集会の時に表彰状とかもらってたじゃない!
それで高校でも卓球やっていくのかなーって思って」
少し慌てているようにも見えたが、彼女の言っていることは事実。
確かに俺は中学時代、卓球でそこそこの成績を挙げて表彰されることも少なくなかった。
しかし、この学校には卓球をしに来たのではない。それ以上にそんな強豪校だとは知らず……
いや、知っていたが意図的に忘れようとしていただけかもしれないな。
「……卓球はやらないよ」
「え?」
「まぁ何て言うかその、がっちりと部活やってまーす的な部活って嫌なんだよね。
あくまでも趣味の延長線みたいな感覚でやれる部活が一番いいから。
ここで卓球やったらもうホント、ガッツリやりそうだから、ちょっと。
それにもう、こんなぶよんぶよんな体系だしなーハハハハ」
「そ、そっかー……変なこと聞いちゃってゴメンね」
今言ったことも事実ではあるが、俺が卓球を避ける理由はまた別のところにもある。
まぁ、それは聞いて楽しいものでもないし、知り合って数日の人間に話す内容でもなく。
そんなニュアンスをなんとなく感じ取ってくれたのか、
疑問を引っ込めてくれた赤坂さんの気配りが今はうれしく感じる。
「そ、そういう赤坂さんは何も見て回んないの?」
「私? 私は最初っから帰宅部志望。帰ってからいろいろとやることがあるからね」
「そっか、忙しいんだなぁー」
深く立ち入っていい話題なのか判断しかねるので、無難に話をとぎらせておく。
彼女の方も少し困ったような笑みを浮かべたきり、自分から更に話してくることはなかった。
ぐぅぅぅぅぅぅぅー
「……今の、朝生田くん?」
「いやいや待て待て、人を見た目だけで腹ペコ小僧だと決め付けるな。
近くにいる他の奴かも知れないだろ?」
「え、でももう教室には私たち以外誰もいないよ?」
「え゛」
ぐるっと360度教室の中を見渡すと、そこには俺たち以外の誰の姿も見受けられない。
皆部活見に行くなり帰るなりしたのか。お前らそんなにこの教室にいるのが嫌か。
……って誰もいなくなってるってことは、当然ながら十河さんの姿もそこにはなく。
「ど、どうしたの!? 急に床にひざまずいて絶望のポーズとったりして」
「くそぅ……レッツ・ストーキングロマンが……」
そんな犯罪ちっくなロマンも潰えてしまったわけで、もう今日はどうでもよくなっていた。
ぐぅぅー、再び腹の虫が鳴る。ああそうですよ、俺の腹ですよ。
「わっ、起き上がった」
もうどうでもいいや。とりあえず腹ごしらえしよう。
俺は一度閉じたカバンを開き、中に手を突っ込んで一本のぶっとい棒を取り出した。
「あ、それは……」
「チャララチャッチャチャーン! チョコバットー!!」
ドラ○もん(旧)風の効果音と共に取り出したるは、非常携帯食というか駄菓子・チョコバット。
おもむろに封を開き、もしゃもしゃと食らいつき始める。
「ちょ、ちょっと朝生田くん、校内ってお菓子とか一応持ち込み禁止じゃないの?」
「うん、このチープな甘さがいいんだよなぁームシャムシャ」
「全然聞いてないし!!」
「ん、食べる?」
カバンの中からもう一本チョコバットを取り出す。
とりあえず5本は常備しているから1本くらい人にあげても問題ない。単価も安いし。
「いや、私はいいよ……」
「そっか? うまいのに」
というわけでお構いなしとムシャムシャ食い続ける俺。
とりあえず今日はこれ食い終わったら帰ろう。残ってても意味ないし。
そんな中、やたら深刻そうな顔をした赤坂さんが呼びかけてきた。
「……朝生田くん」
「ん?」
「あれ……」
そう言って彼女が指差す先は教室の入り口。そこに目を向けると……
「ハロー校則破りー」
担任の滑川正二(36歳・独身)がものすごくにこやかな笑顔でこちらに手を振っていた。
――――――――
続く