1時間目が終わった後、高校に入って初めて迎える休み時間。
と言っても次の時間はクラス委員を決めたりするオリエンテーションで、
授業開始自体は明日以降になる。
「よいしょ……」
そうカバンを持ち上げる振りをして、こっそり右斜め割と前方の席を見る。
あ、十河さん、早くも数人の女子に囲まれて和気藹々とやってるみたいだ。
「ねぇねぇ、今までずーっと女子校だったんだよね?」
「やっぱり『ごきげんよう』とか言ってた? あと生徒会室に薔薇の名前が付いていたりとか」
君それ高等部の話だから。
しかし女子に囲まれているのを見て少し安心する俺。
いつクラスの美男子勢の1人が抜け駆けして単騎特攻かけるか分かったもんじゃないからな。
「……」
どうも同じことを考えているのは俺だけではないようで。
女子はもう既にお互い比較的打ち解けてるように感じるのに対し、
男子には妙なピリピリムードが漂っていた。
「……ふぅー」
しかし入学早々こんな感じじゃ、何かと肩がこって仕方がない。
とりあえず気軽に話せる友人を見つけるのが先決かなぁ……
ただ、先ほどの自己紹介が思い出される。あの時クラス全員から浴びた冷ややかな視線。
俺、絶対痛い子だと思われてるよなぁ……、そんな状況下で友達作りか……
友人作りレースも既にコースアウト状態なんだよなぁ、俺。
そう再び頭を抱え込もうと思った矢先。
「あそうだくん」
「え?」
隣の席の女子から声をかけられた。
俺よりもだいぶ背が低い、推定身長150cmの小柄な娘。
「ちょっと質問、いいかな?」
「あ、あぁ……大丈夫」
何が大丈夫なのか自分でも分からないが、そう返答。
すると彼女はホッと胸をなでおろしたジェスチャーを見せ、こんな質問を投げかけてきた。
「じゃあねぇ朝生田くん、体重は何キロ?」
「……ハイ?」
Fat or Slender ?
第2話:隣人は友達の始まり
「そ、そんな、いきなり失礼な輩だなチミは!」
あまりにも唐突な質問に、思わず志村口調で返事をしてしまう。
「ゴメンゴメン、気分を害したんだったら謝るよ」
「い、いや別にそうでもないけど……ただ、いきなりな質問だったんで」
「アハハ、ゴメンなさい」
それでもぺこりと頭を下げる彼女。
再び頭を上げた時、大きな瞳と目が合った。何でも全て見透かされてそうな、澄んだ黒。
「さっきの自己紹介を聞いてて、朝生田くん、多分面白い人なんだろうなぁーって思って
声をかけてみたんだけど、よかった、ちゃんとギャグで返してくれて」
「え、あの自己紹介、俺のボケだと分かってくれた?」
「うん。あんな話、冗談じゃなく本気で言ってたら怖いって。みんなギャグだって分かってるよ」
「そ、そうだよな? みんな分かってるよな?」
「大丈夫大丈夫。でも駄々滑りだったのは紛れもない事実だけど」
「ぐっ……」
ズバリ言われて少々凹む。
でもその前の言葉には相当救われていた。みんなギャグだって分かってくれてるって。
「朝生田くん、自己紹介滑った後この世の終わりみたいな顔して凹んでたからね。
それでちょっと心配で声かけてみたんだ」
「……ありがとう、マジでありがとう」
ちょっと俺、本気で涙出そう。
「ううん、どういたしまして。……で、話は戻るんだけど体重何キロ?」
ガクッ。
再び先ほどの不躾な質問が。これ立っていたら間違いなく新喜劇みたくズッコケてたよ。
「いや、何故俺の体重なんか知りたいんだ?」
「だってさっきの自己紹介でどんなものか気になったんだし。ねぇ、教えてくれないかな?」
「そ、その前に人にモノを尋ねるときはまず名を名乗れって」
「え? さっき前で自己紹介したよ?」
「あ……」
そういや自己紹介、男女含めて十河さん以外まともに聞いてねぇや……
「……スマン、聞いてなかった」
「まぁあの様子じゃそんなことだと思ったよ。それじゃあ改めまして……
私の名前は赤坂雫、荒牧東第二中学校から来ました。どうぞよろしく」
スカートの両すそを摘まみ、おどけて淑女風な礼を見せる彼女。
ショートカットに小さく結んだ、左右のおさげが微かに揺れた。
「え、荒牧二中って……」
「そう、朝生田くんと同級生。と言っても一緒のクラスになったことはないんだけどね」
「はえー、そうだったんだ。何組出身?」
「3年の時は2組。あ、でも2年の時は5組で、体育とか6組と一緒だったから
そこで顔合わせてると思うな」
「2年の時か……」
あの頃のことを瞬間脳裏にプレイバック。とりわけ体育の時間。
女子のブルマー……じゃなくて、女子の顔を思い出せ、思い出せ……
「……悪い、ちょっと思い出せない」
赤坂さんには悪いけど、俺は記憶の中に彼女の顔がなかったことを素直に伝えた。
しかし小柄で可愛いこの娘、中2の多感な時期に見ていたら、まず憶えていると思うが……
「まぁあの頃から見た目とか変わってるし仕方ないよ。
それに私も最初見たとき、あの朝生田くんだって分からなかったし」
「あぁ……」
そりゃあ分からなくて当然だろうな。
彼女が知っている俺は中2の時のスレンダーな俺。
そして今ここにいる俺は、それから身長変わらず体重だけ30キロ増のでっぷりした俺(当社比)
「まぁ俺なんか見た目随分変わっちまったけどな。一目で分かるほどの激太りでハハハハ」
『ア、アハハハ…』という感じの困った笑みが返ってくることを期待したこの発言。
しかし彼女は……黙ってただ下にうつむいているだけだった。
「あ……ゴメン」
「……え? あ、いいのいいの気にしないで」
ふと我に返ったかのように笑顔で取り繕う赤坂さん。
何か、触れてはいけない話題に触れてしまったのか……?
「ま、まぁせっかくこうして再会できたんだし、仲良くやっていこうよ、ね、朝生田くん?」
「……そうだな」
ぐだぐだ考えていたって仕方がない。そう吹っ切って笑顔を作る。
高校に入って初めてできた友達は、少し変わった明るい女の子だった。
「……で、体重何キロ?」
「だから何故そこにこだわる」
――――――――
続く