「えーとりあえずみんな入学式お疲れさん。正直言って、校長の話長ったらしいでしょ?

 まぁ立場上こんなこと本当は言っちゃあいけないんだけどね」



ハハハハ、とまばらな笑いに包まれる県立桟敷席高校1年4組の教室。

担任の男性教師がクラスの雰囲気を和ませるため飛ばした冗談だと思われるが、

目がどう見てもマジなので、皆笑っていいのかとかえって空気が張り詰めてしまっている。



「ま、まぁそれはさておき、これから1年間みんな一緒に過ごしていくわけだけど、

 初対面って人が多いだろうから、まずは自己紹介をしていこうか」



そして教師が黒板に自分の名前を書いていく。

滑川正二、36歳・独身。

前から思うのだが、こうした『独身』とかいう自虐ネタに我々はどう反応すればいいのだろうか。

その後一通り担当教科(数学)などを語った後、そのバトンを生徒に向ける。



「じゃあ出席番号順に前に出て一言ずつ語ってもらおうか。まずは男子の出席番号1番……青木君」



2つ前の席の小柄な男子が壇上へ上がっていく。

俺の出席番号は3番。あと2分としないうちに順番は回ってくるだろう。



「ハイ、浅井君ありがとー。んで次は3番の……あさなまだ、くん?」

「違います」



早速間違えられたか。しかし担任だったら事前に読み方くらい覚えとけよなぁ。

心の中でそんな悪態をつきながら、俺は壇上へ上がった。



「荒牧東第二中学から来ました、朝生田晃平(あそうだ こうへい)です。

 趣味は食って寝ること、そんな生活を送っていたためこの有様。

 高校生になったからにはダイエットに励みたいと思いますっ」



そうニコッと笑って締める自己紹介。

教室から返ってくる反応は……気まずい沈黙だけだった。








Fat or Slender ?

第1話:コイデブ








やっちまった。

入学早々やっちまった。

恙無く進行していくクラスメイトの自己紹介をBGMに、俺は一人頭を抱えていた。

自虐ネタはすごく反応し辛いってさっきの担任のネタで分かってただろうが俺!

イケメンどもには見た目じゃどう頑張っても太刀打ちできないのは分かっていたので、

勤めて明るい道化キャラをアピールしようとした先ほどの自己紹介だが、結果は悲惨な駄々滑り。

あ゛ー、これだったら前の二人同様無難なモノにしときゃよかったぁー



「中学の時はバスケをやってました。高校でもぜひ続けたいと思っています」



そうだよ、そういう感じで可もなく不可もなく面白くもないモノで済ましておけばいいものを。

そう壇上で語る女子生徒の声を耳にしながら後悔するのであった。

……あ、いつの間にか自己紹介、女子まで進んでいたんだな。








「はーい、菅原さんありがとうー。で、次は……とがわさん?」

「え、あ、そごうです」



……ん?

名前の読み方を間違えられるこのパターン、俺と一緒だなぁ。

つか2人も間違えるとは担任として失格じゃねぇか、と思いながら顔を上げてみると……



「と、時津風女子中学校から来ました、十河夢見(そごう ゆめみ)といいます……

 す、好きな科目は……英語じゃなかった、国語ですッ」



瞬間、俺の中で何かが弾けた。

それは南天の赤い実のような、堅い殻に覆われた種のような。

これが俗に言う、一目ぼれってやつか……?



「共学校は初めてなので緊張してますが……皆さんよろしくお願いします」



共学校が初めてってつまり、コバルトでしか見たことがなかった純正培養のお嬢様!?

ああ……確かに言われてみれば分かるような気もする。

肩にかからない程度に伸ばされた黒髪に、絹のようにきめ細かな白い肌。

そのお顔を細部までよく見ることができる己の視力に、生まれて始めて感謝した(2.0)



「十河さんね、ゴメンゴメン。出席簿に振り仮名ふっとかないと。

 でも十河って言うのも珍しい苗字だよね。あの一回潰れたデパートと同じで」

「ア、アハハハ……」



先公テメェぶっ殺すぞ。

明らかに困惑の表情を見せる彼女を見て、とっさに教師に対する殺意が沸く。

何そんな明らかに回答に困る糞の様な質問してんだよ、彼女苦笑いしてるじゃねぇか。

……あ、でも、そんな表情も可愛いな。

なんだろう、その、守ってあげたいオーラが全身から吹き出ているというか……



「じゃ、次は高橋さん、どぞー」



次の出席番号の女子が壇上に上がるが、そんなことはお構いなし。

クラスの男子の視線は、最前列の席に座る十河さんの後姿に注がれていた。








……ん? クラスの男子全員?



「!?」



辺りを見渡すと、こともあろうに野郎どもは全員、彼女へ熱い視線を注いでいた。

先ほどの自己紹介でノックアウトされたのは、どうやら俺だけではなかったようだ。

うわぁーあの隣の席の瀬戸とか言う野郎、完全に真横の彼女の姿しか見てねぇよ。

お前一応まだ自己紹介続いてるんだぞ? その席俺と替われ。



「はーい、次は橘さん」



随時進行していく自己紹介、しかしもう駄目だ、1年4組の男子はみんな十河さんにメロメロだ。

壇上の話に合わせて小さく相槌を打つ様、そのたびに教室中から声にならないため息が漏れた。

俺ももちろんその中の1人。いや、彼女に対する惚れ具合では他の誰にも負けない自負はある。

どいつもこいつも他に彼女がいてもおかしくない顔してやがって……必死になるなよ、そんな。



「……あ」



しかしここで、俺は気付かなかった方が幸せだったある事実に気付いてしまう。

それは……うちのクラス、何気にイケメン揃いだということだ。

あの隣でニヤついてる瀬戸も、Mステに登場した瞬間黄色い声援を浴びてもおかしくない男前だし、

その周りの奴らも、自分が女だとしたらまずほっとかねぇなという素敵な容姿だ。

対する俺のスペック:身長169cm、体重84kg、ずんぐりむっくり。

間違いなくこのクラスの中ではゲーム差20以上で最下位だ。

……どうにもこうにも相手が悪すぎる。

戦わずしてもう結果は見えている、十河さん争奪レースであった。



「んーじゃー吉岡さん」



そんな俺の気にお構いなく流れていく自己紹介。

そういや俺、出だしの時点で駄々滑りしてるんだよなぁ……

改めて先ほどのことを思い出し、居た堪れない気持ちになる。



「片思いだけなら、許されるかなぁ……」



誰にも聞き取れないような小さな声で、ボソッとつぶやく。

俺の高校恋愛レースは、スタート早々エンジントラブル発生といった様相です。








――――――――

続く