写真の中では、幼い日の俺が笑顔でVサインを作っている。

まぁ、幼いと言っても1年前の写真だが。

今、鏡の前で同じように笑ってVと決めてみる。

頬の肉がたわわと揺れた気がした。

……すっかり変わってしまったんだなぁ、俺。








そしてここからが本題。

ベッドの上に広げていたクリーニングしたてのブレザーに袖を通す。



「……」



前のボタンはひとつ留めるだけで精一杯。

下のボタンを留めるためには、常時腹筋に力を込めておかねばならないだろう。

続けて袖。完全に下のカッターシャツが丸見えだ。

また腕を少し横に動かすだけで『ビチビチッ』とものすごく嫌な音が聞こえてくる。

うん、明らかにサイズが小さすぎだ。








「母さん、やっぱり無理だって」



ピチピチな上着を着たまま、階下のキッチンで夕飯の準備に勤しむ母の元に向かう俺。



「んー……ってうわっ、アンタそれ早く脱ぎなさい、破れちゃうわよ」

「そうしたいのは山々なんだけど、下手に腕動かすとビリッと行っちゃいそうで怖いんだよ」

「ならどうして着るのよぉー、見た段階でアンタの体型には合わないって分かっていたでしょうに」

「最初に兄貴のお下がりで済ませてくれって言ったの母さんじゃないかー。

 それだからわざわざクリーニングにも出して着てみたのに」

「はぁー、これじゃあ新しいの買わないと無理ね。あー予算が狂う……」



手を額に当て、眉間にしわを寄せる母。

ただでさえ若くない顔が、更に5歳くらい老けて見える。



「まったく、うちはみんな痩せの家系なのにアンタ1人だけブクブクブクブク太ってから……」

「うるさいなぁ、昔は俺だって痩せてただろ? 兄貴の制服も着れるくらいに」

「ホント、あの体型を維持してくれてたらどれだけ助かったことか。

 太り始めたのついこないだでしょ? なんであんなバカ食いしだしたのよぉー」



母の言うとおり、俺は半年前までスラリとした理想的な体型だった。

それが今ではMサイズのブレザーがキツキツな、ずんぐりむっくり小太り体型。



「……いろいろあったんだよ、いろいろ」



そう、いろいろあったんだ、中3の夏は……















『好きです、俺と付き合ってくださいッ!!』

『えっと……その気持ちは嬉しいんだけどね…………ゴメンなさい』





『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』





ムシャムシャしてやった。食べ物なら何でもよかった。今は満腹している。





体重30kg増。
















要約:失恋して自棄食いして激太り。



「……自業自得じゃん」



改めてここに至る経緯を思い出して鬱になる。



「ハイ手伝わないなら邪魔だから部屋戻って。制服は明日買いに行くから」

「うー。でもそれで間に合う?」

「入学式5日後でしょ? それに間に合わなかったら業者の責任よ」

「5日後、かぁ……」



壁にかかったカレンダーに目をやる。

今日は4月3日、5日後の8日は水曜日。友引。



「高校生なんだよな、もう」



短かった春休みが終わり、もうすぐ新しい生活が始まろうとしている。

来たるべきハイスクールライフは、果たしてどのようなものになるのだろうか。

中学時代に実らなかった、恋の花を咲かせることができるだろうか。



「……彼女、欲しいよなぁ」



期待に胸を膨らませつつ、ついでに夕食の唐揚げを摘み食いして腹も膨らませる春の日の午後であった。








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Fat or Slender ?