私は、自分の誕生日というものに特別な感慨を持ってはいなかったと思う。

自分の生まれた日、という認識よりも、「母が私を産んだ日」。頭の中はそんな感じだった。

そもそも、昔は何時生まれようがお正月が来ればそこが「誕生日」だったのだ。

だからかもしれないが、何故自分の生まれた日を祝うのか、実を言うといまでもあまりよく分らない。

……まあ、でも。

誕生日に好きな人と一緒にいたいと思うのは、多分なんら間違いではないと私は確信したりする。


































天野美汐と相沢祐一の相対関係


































十二月の六日、大安……多分その日が大安なんてことを知っている女子高生は、日本にもあまりないと思う。

まあ、それはどうでもいい。いや、ちょっと得した気分にもなるが、恐らく結構な確立でどうでもいい。

大事なのはその前。十二月の六日。師走だ。別に和尚様がてけてけ走ったりするのを観たいわけではないが、師走だ。

……何か思考が破綻している気がする。落ち着こう。落ち着け。落ち着かないと。

深呼吸を数回繰り返した。哀しいことに、起伏があまり見られない慎ましやかな胸が揺れる。

「――なにをやっているんですか私は。誕生日は明日だというのに……」

そう。今日はまだ私がオギャーと泣いた日ではない。その前日、母親を苦しませた一日だ。

私は母が力む姿を見て血塗れ羊水まみれになりながら、わんわんと泣き、そんな経緯を持って生れ落ちた命なのだ。

ああ、皮肉っぽくなってるのは気にしない。なにせあの母にあの父だ。少しくらい愚痴や皮肉もいいたくなる。

大体、どうして母は無駄にいらないくらい胸部に脂肪がついているのに……おのれ……おっと、また脱線した。

とにもかくにも、誕生日は明日の日曜日。休日。そしてソーハッピー。

誕生日なんて祝ってもらっても「すみません」で終わってしまっていたが、今回からは「ありがとう」と労うことにしよう。

なんにせよ、私は過去から立ち直り生涯の伴侶(決定事項)も出来た。

まだ恋人で清い関係にあるが、それがまたいい。身体目当ての人間なぞこの世から塵芥となって消えてしまえばいいのだ。

と、そこもまた壮絶にどうでもいい。とにかく明日は私の誕生日。そして今はPMの十一時。つまり二十三時。

後一時間、六十分、三千六百秒経ってしまうと、私の誕生日になる。

ああ、胸が躍るとはこういうことをいうのだろう。

頬が高揚していくのが手に取れる。恥ずかしい、とも思うが嬉しい。やっぱり、嬉しすぎる。

自分から「誕生日デートをしてください」なんていうのも恥ずかしいので、「用事がある」としか言っていない。

けれど、相沢さんは私の誕生日を知っているはずだから、これは期待しちゃってもいいのではないだろうか?

こんな乙女思考(何故か蒼い髪の先輩が思い浮かんだ)なぞ表には出せないが、人間溜めて溜めての反動はすごいものだ。

もう明日はとにかく甘えまくってやろう。多分相沢さんも、苦笑しながら許してくれると思う。

ああ、でもどうしようか。そろそろ寝ないと明日に響く。ただでさえ私は微妙に燃費が悪い。

でも眠れない。眠れるわけがない。

恐らくベンゾジアゼピン系の睡眠薬では、十万錠(致死量の十倍)飲もうがきっと眼が爛々と光っていることだろう。

この淡いモーブの髪の毛も金髪とかになって、唇が赤く光ってチークが百倍に……ってまたなんかおかしい。

シナプスが全て焼ききれたのではないだろうか、というほど思考回路がおかしくなってきてしまった。

昔から感動や克服感、達成感が足りないモノトーンな世界に生きてきたからだろうか?その反動?

いや違う。きっと、愛する人と一緒にいれることが嬉しいのだと思う。

真琴も呼んで三人でささやかなパーティーでも開こうか。三人程度の料理、私でも作れるだろう。

でもこの感情はやばい。いつ爆発するか分った物ではない。

相沢さんと目が合った瞬間、多分熟したリンゴかワインか鮮血のように顔が赤くなるに違いない。

恥ずかしい。恥ずかしすぎる。

もちろんこれは相沢さんと会うのが、であり、母の忍ばせた避妊具はこの際関係ない。

もちろん、父の渡した代金(どこに泊まる為のかはあえて言わない)なんて全然関係ない。

既に手も繋いでキスもして、一緒の部屋に寝たことさえあるのだからそういうことになっても……なんて欠片も思ってない。

ええ、もちろん思ってませんとも。

だから私が慌てて可愛いコートを買いにいったのは、打算ではなく服飾にくらい気をつかった結果ですとも。

真琴に「ありのままの真琴でいい」などといったのは、可愛い服を買わせないためではなく、本当にそう思った結果ですとも。

そんなこんなで、相沢さんの写真を抱えて私はベッドの上を転げ回っていた。ちなみにこの写真に本人の許可はとっていない。

まあ、どうせ相沢さんの写真ですし、著作権や肖像権が生ずるとも思えませんからいいでしょう。私彼女ですし。

いやいや、なんか色々と「危ない」方向にイッちゃってますが、携帯を見ればもう後数分で私の誕生日。

良し、誕生日になった瞬間、相沢さんに「ハッピーバースデー」と言われるところを想像してみよう。

そうすれば、少しくらいはマシな反応ができるかもしれない。少なくとも「おばさんくさくない」とからかわれたくないのだし。

……?

おばさんくさい、と言われることを密かに肯定していなかっただろうか?

――いやいや、そんなことはありえてはいけない。私は花も恥らう十六歳(あと少しで十七歳)だ。

おばさんくさくなどはない……って、そんなことも考えている場合ではない。

「三十秒前……」

不思議と、頬が高揚してしまう。

誕生日の時にこんな想いが出るなんて、それこそ初めてではないだろうか。

相沢さんの写真をベッドに立て、私はそれを覗き込んだ。

吸い込まれるようなコバルトブルーの瞳。普段眼を見せない相沢さんだから、こんなアングルはとても珍しい。

「十秒前……九……八……七……六……」

何故か心は落ち着いているのに、頭がそれについていってくれなかった。

どうしようもないことだ。なにせ、私が求めてやまない人なのだから。

「三……二……一……零っ」










〜〜♪〜♪〜〜〜〜♪♪〜〜♪


ビクゥッッッ!!










「な、な、な―――!!?」

驚きのあまり、内臓とか臓物とか胃腸とかが飛び出すかと思った。

見れば携帯が、アラームをセットしたわけでもないのに音楽を奏でている。

普段私の聞かないジャズ調のメロディー。ああ、これは……。

「あいざわさん……?」

途惑い、カタコトになってしまった。

けれどそれはしょうがない、と自分の中で決定付ける。

おかしい。こんな時間に電話?なんで?

考えるだけおかしなことなのに、いざとなると他の可能性を模索してしまう。

だって、しょうがない。

そんなことをされたら、恥も外聞もなく……きっと私は泣いてしまう。

震える手で携帯を握った。寒さではない、むしろ、身体も心も温かいを通り越して熱い。

世界の音が自分の呼吸音だけになる。瞬きはいつからしてないだろう?そんな倒錯した考えがふとよぎった。

気付けば私は携帯を握り締め、まるで押し込めるように指でボタンをプッシュしていた。

「は、はい」

少々、声が上ずったかもしれない。

『あ、天野か?本当に悪いな、こんな時間に』

相沢さんの、優しい声。

時折聞ける、空に似た蒼い声。

ああ、もう駄目。少しでも気を抜けば、気絶してしまいそうだ。

でも気絶なんか、できるわけがない。しちゃいけない。

『こんな時間に悪いとは思ったんだけど、そういえば……な』

「あ、い、いえ、大丈夫です、なんですか?」

用件は分りきっていたけど、あえて言わせてみる。

そうでもしないと、日頃の割りに合わないなんて……小さな、悪戯心。

けれど焦らさないで。早く、あなたの言葉が欲しい。

『いや、今月名雪の誕生日があるだろ?』

「え?あ、はい。そうらしいですね」



なんでこんな時に、従妹の誕生日?

『あの天然のために俺様はサプライズな計画を立てようと思い立ったわけだが、やはりこの崇高なる頭脳に匹敵するのはお前しか……』

……?

…………?

………………?

豪快かつ壮絶かつ膨大に話しがおかしい。

なにかベクトルが違っている。従妹の誕生日にサプライズ?今は私がよっぽどサプライズなのだが……。

そんな間も、相沢さんは思い立ったらしい計画の案を次々と私に話していた。

「あ、あの……」

まさか、と頭によぎった一抹の不安を破棄するために、敢えて、敢えて聞く。

『ん?なんだ?』

「何故今……そんなお話を?」

『いやぁ、悪いとは思ったんだが、思い立ったら即暴走……もとい、即実行の俺としては、やっぱり天野に(云々)』

えっと……それは……つまり……。

「相沢さん、私、今現在日本時間で何歳だか知ってますか?」

『ん?十六さ―――』

ツーツーツー、と無機質に響く電話の切れた音。

それに続き、私の中でなにかが切れた音。

加えて、額とかこめかみとか等々の血管がブチ切れた音が無謀にもどこまでも響いていく。

私は誕生日になんの感慨も抱かない。抱いてはならない、という神……もとい、仏様の思し召しだろうか。

いやいや、ならばこちらにも考えがある。

抱かないように、抱けないように、「原因」を突破ってしまえばいいではないか。

相沢祐一、見敵必殺(サーチ・アンド・デストロイ)、一撃必殺(オーバーキル)、輪廻転生さえも許すまじ。

あなたを、■します。

そして私は風になった。