教室でのんびりしていた時だった。
ダダダダダダッ!ダダダダダダッ!
廊下から人の集団が走り抜けていく音がした。
見るまでもない、杉並と、美春たち風紀委員のおっかけっこだ。
風紀委員が走ってるあたり、『廊下は走るな』という標語は風見学園にはないらしい。
「はっはっは、甘い、甘いぞわんこ嬢!その程度でこの俺を止められると思うか!」
「くぅ〜〜、待ちなさ〜い、杉並先ぱぁーーーい!!」
声は足音と共に、階段を上っていった。
どうやら今年のクリスマスパーティーでも杉並は風紀委員のブラックブラックリストに載っているらしく、マークが激しい。
まぁ、付属時代から、イベントごとに何かしらデカイことをやっている俺や杉並の経歴を考えれば当たり前か。
…非常に不本意ながら、俺の周りにも時々監視の目っぽいものを見るし。
しかし、所詮は音夢のいない風紀委員。
美春がいくら頑張ろうとも…杉並や俺を完全に止める役には立たない。(というか、俺は今のところ何も企んでないが)
「ターゲットはどうなった!?」
「追っていた風紀委員からの連絡では、4階から飛び降りたところまでは確認されたそうですが…」
「ちぃっ、またあの男に出し抜かれたというのか!?」
……廊下からなんかすごい報告をされた気がするが、まあ杉並だしな。
「まったく、冬の風物詩だよなあ」
「…………」
「ははっ、あきれてものも言えないって感じか?」
「…………」
「にしても、杉並も美春も元気だよなあ」
「…………」
「たまにはあの無駄な元気さがどこからくるか、牛丼屋で夜まで語りつくさないか?」
「…………」
俺が熱く友人と語っていると、ちょいちょい、と俺の肩を触る人物あり。
振り返ると、女神が立っていた。
「め、女神!?」
ついでに言ってみた。
「純一君、その言い方はちょっと恥ずかしいかな〜」
ちょっとなのか。
「んで、ことり。何の用だ?」
俺の言葉を受けて、ことりが耳に口を寄せて囁いてくる。
「田端君に話しかけてると、なんだか独り言みたいだなあって思わない?」
「言わないでくれ…」
そう、さっきまで俺と話していた…もとい俺が一方的に話しかけていたのは、今年度もクラスメイトになった田端だ。
なぜか1日に1回しか発言しないことから、誰が呼んだか通称『一言の男』。
そんなこいつになんとか1日2回話させてやろうと、俺にしてはかなり珍しい努力をしているが……いまだに『一言』さえ出てない。
やはり難攻不落だな、田端。
「今は豚だ」
「はっ?」
「えっ?」
田端は言いたいことは言ったというような顔をすると、カバンを持ってとっとと去ってしまった。
俺とことりは顔を見合わせて「?」をうかべるばかりだ。
「朝倉、お前が牛丼屋で語り合おうと言ったからだろう」
「おお、なるほど」
確かに輸入制限だとかなんだとかで豚で代用してるなあ、牛丼屋。
杉並にしてはマトモなフォローを…
「…って杉並ぃ!?お前、さっき4階から飛び降りたはずだろ!?」
それがなんで教室にいて、しかもさっきまで田端と話してたことまで知ってるんだよ!?
「フッ、この学園に点在する非公式新聞部公認の抜け道を使えば、これしきのことは容易い」
自信満々に言ってくる杉並。
非公式新聞部公認ってややこしすぎるぞ。要するに違法か?
気づくと、いつのまにやら杉並の後ろ(恐らくは死角だからだろう)に回り込んだことりがなんかメモを取ってる。
俺と目が合ったことりは『会話を引き伸ばせ』というジェスチャーをしてきた。
刑事ドラマの逆探知の時のようだが、目的は細かい情報を聞くことなんだろう。
ドコに抜け道がある、だとか、今回は何を狙っているのか、だとか。
ことりは風紀委員の最強のパートナー、中央委員会に所属してるからな。
杉並の行動を止める役割はことりにもあるということなんだろう、かったりぃ役目ご苦労様だ。
「まぁ、抜け道はどうでもいい。杉並、今年は何を計画してる?」
「随分とストレートに訊いてきたな。しかし、そういう時はまず自分から、というのが礼儀だろう?」
「なるほど、一理ある」
「あるの?」
「ならば聞かせろ、朝倉よ。お前の狙いは、何だ?」
杉並が芝居がかったしぐさで聞いてくる。
俺も勿論同様に芝居じみた仕草で返す。
「俺の考えている企画は……田端のトーク&ディナーショーだッ!!!」
「な、なんと恐ろしい計画を……流石は朝倉、と言ったところか。
卒業パーティーでは何もしなかったから引退したかと心配していたが、無用だったようだな」
「田端がそんなに喋るとは思えないけどな」
「…………」
「…………」
ちょうど帰るところだったらしい工藤の的確なツッコミで黙る俺と杉並。
ことりも、『それは無謀だよ、純一君』とノートに書いて見せてきた。
いや、さっき普通に声出てたし、筆談(?)の必要性は無いと思うぞ。
「アルティメットバトルは去年やったしなぁ…」
「講師陣もそう馬鹿ではない。空手部が返り討ちに遭うのが見えているな」
「それはそれで面白そうだけどな」
さて、今年は何を企むか……。
…………。
……………………。
何か視線を感じる………。
探ると、ことりだった。
心なしかこっちを睨んでる。
…………ハッ!
よくよく考えると、杉並の計画を聞き出すはずだったのが完全に奴のペースじゃないか!
「まぁ、俺もぼちぼち考えるとして、だ。お前は何をやるつもりなんだよ?」
「ふむ。斥候がいるようなので、全容は明かせないが」
ばれてるぞ、ことり。
「手芸部の催しの手伝い、というのがある」
「……まさか、三番煎じじゃないだろうな」
「その言い方が正しいかどうかの議論の余地を除けば、その通りだろう」
「またあるのかよ、ミスコン……確かに客の入りはいいみたいだが」
「白河嬢が優勝するだけでは紋切り型、と言いたげだな」
「……まさかっ、そのためにお前が!?」
「それを見抜くとは、流石は我が親友にして終生のライバル!」
うわ、そんな肩書きいらねえ。
というか、今すぐ捨てたい。
「お前が以前ライブのマネージメントをしたようなものだ」
「かなり違うと思うが」
「今回はやらんのか、熱血マネージャー?」
「今回は客に専念だ。俺、ことりのライブって1回もまともに見たこと無いからな」
去年の冬以前はライブをしていたかどうかさえ知らない。
前回の卒業パーティーでは、俺とことりが起こした問題のせいで、俺はことりのライブ中こってりと絞られていた。
で、今回はもうことりには俺という恋人がいることもあって野次馬は少なくなったから、本番をお楽しみに、と言われたというわけだ。
「でミスコンだが、具体的には?どうやって盛り上げるつもりだ?」
ことりに言われたからではなく、俺個人の興味として聞く。
俺だって男子だ。
いくら自慢の彼女がいたって、ミスコンという行事に興味が無いわけではない。
「水越を参加させる」
「はぁ?」
「面白くなると思ったのだが、水越が風紀委員に協力して追いかけてくるという結果になった」
「さっきの騒動、眞子も一枚噛んでたのか…」
「俺を捕らえるにはまだまだ策が足りんがな。やはり朝倉妹がいない風紀委員など物の数ではない」
「そりゃどーも」
ピピピピピピピ…。
とそのとき、いきなり着信音(?)が聞こえた。
杉並が携帯電話くらいのサイズの端末をなにやら取り出して操作する。
「…どうやら風紀委員の緊急招集が終わったようだ。ここに向かってくる敵もいるようだ。俺は去ることとしよう」
多分今取り出した端末からの情報なんだろうが……なんでそんなことがわかるんだ、その端末。
ことりの方を見てみると、俺と同じことを思ったようでこんなメモを見せてきた。
『その端末、確保して』
以下、アイコンタクト。
―俺が?
―もちろん♪
―いや、それは中央委員会の仕事じゃないか?
―朝倉君は私の恋人さんだよね?
―そりゃそうだけど。
―だったら、可愛い彼女のためにご協力を!
ことりがわざわざ敬礼までしてくる。
そこまでされて断るのは男がすたるというもの。
去ろうとする杉並の肩をがしりと掴む。
「む?」
「おい、杉並。お前、なんだか熱っぽくないか?」
「いや、俺は至って健康体だが?」
「まぁ、遠慮しないで熱くらい計らせろ」
杉並の方向をくるりと変える。
音夢よ、すまない。お前との行為をこんな野郎のために使う兄を許してくれ。
杉並に対して、額を近づける。
高速で。
ドガッ!
「ぐはっ!」
「〜〜〜〜〜っ!!」
頭を抑えてうずくまる俺。
どうやら杉並は気絶したようだが、殴った私の手も痛いわよ状態だ。
「純一君、大丈夫?」
「あ、ああ…。そんなことより、端末だろ?」
「あ、うん」
ことりが杉並の服から端末を失敬する。
「なるほど。風紀委員が使ってる通信機の傍受と探知が出来るんだ」
「なんで杉並がそんなものを…」
「ん〜、杉並君は結構不可解だからねえ…」
「むしろ不可解って言葉に全部集約されてる気もするな」
「そうかな?杉並君にも、分かりやすい部分はあるよ?」
「そうかぁ?」
床に倒れ伏している杉並を見てみる。
…………。
……………………。
気絶させてみたものの……こいつ、どうすればいいんだ?
「風紀委員にでもつきだすか、こいつ?」
「それがよさそうではありますけど…」
「ま、美春も追っかけてるみたいだったしな」
倒れてる杉並の制服の襟首をむんずと掴む。
杉並を引き摺りながら教室のドアを開けると、偶然にも眞子がいた。
「あ、眞子。丁度いいところに」
「朝倉!?」
「…何を驚いてるんだ?ここは俺のクラスだぞ?」
「な、なんでもないわよ。それより何?」
「ん、ああ、コレ」
自称終生のライバルを引きずり出す。
「風紀委員にでも突き出そうって話になってたんだけど」
「水越さんも、杉並君に用事ありますよね?」
「そりゃあるわよ。そのためにさっきまで追っかけてたんだから」
「そうか。お前も大変なんだな…」
杉並の話を聞く限り、ミスコンに眞子を参加させることが今回の策略の目玉みたいだからな。
どんな策略だったのかまでは、今では確認しようもないが。
「じゃあ、コイツは預かるから!」
「おう。逃げないように何かにふん縛っとくといいと思うぞ」
「用事が済んだら、風紀委員の方に引き渡してくれると、皆喜ぶと思いますよ」
眞子がずるずると杉並を引き摺っていった。
「純一君」
「ん、何だ?」
「杉並君のことで忙しいから、純一君は私たちのお仕事を増やさないでくださいね?」
「………………善処しよう」
「何かな〜、今の間は」
「ま、まあ、ことりには迷惑かけないって」
「音夢の可愛い後輩の美春ちゃんたちにも迷惑かけちゃダメですよ?」
「…少しくらい、ダメ?」
「ダメです」
どうやら今年の俺は、何も出来そうにない。
田端のトーク&ディナーショーは、誰に迷惑をかけるわけでもないが、非現実的だし。
杉並のイベントに期待するか…。
「ん?杉並のヤツ、なんか妙なことを言ってたような?確かことりが…」
「あ、ああ〜〜っ!わ、私、この端末を急いで持っていかないと〜!」
ことりがいきなり慌てた様子で口を挟む。
なんだか怪しい。
「ことり、俺に何か隠してるか?」
「あ?え?ん〜っと、何のことか、な?」
俺を見上げるように覗き込んでくることり。
可愛いんだが、その手にはごまかされない。
伊達に音夢と何年も2人暮らしをしていたわけじゃない。
もっと刺激的な光景を、俺は何度となく(地獄と共に)見てきたんだ!
「ちらっ」
「ぶっ!?」
ことりが、あろうことか制服とシャツに指をかけて胸の谷間を見せた。
アダルティな紫の下着も見えたりして、そのグラビア的チラリズムは音夢の比ではなかった。
鼻血を吹いてしまった俺、まだまだ未熟なり。
「じゃ、じゃあね、純一君!」
「あ、ああ…」
鼻を押さえて上を向いたままだったから、ことりがどんな顔をして走っていったのかは見えなかった。
ことりって、そもそも色仕掛けキャラだったか?
……眼福だったからいいけどな。
「あれ、朝倉君じゃないですか?」
「ん、その声はみっくん?」
「私もいますよ」
「ともちゃんもか。ちょっと海よりも深い事情で顔を上に向けていなければならないんだが、何の用かな?」
「鼻血なら、ティッシュありますけど?」
「ぜひとも頂こう」
テキトーにティッシュを丸めて鼻につっこむ。
少しマヌケな見た目になるが、上を向きっぱなしよりは楽だ。
顔を下ろした先には、ことりの親友ズ、ともちゃん&みっくん。
「ありがとう、助かったよ」
「いいえ、別にいいですよ。朝倉君には以前お世話になりましたし」
「それに、謝っておきたいこともあったしね」
「謝る?俺に?」
「ことりから聞いてませんか?」
「恥ずかしがって隠してるのかも。だったら、言っちゃダメかな?」
「いや、全然話が見えないんだけど。ことりもなんか知ってるのか?」
「知ってるというか、ことりの問題…と言い切っていいかどうかは微妙なんですけど」
「ことりがね、今回もまたミスコンに参加するんですよ」
「ちょっと、みっくん!」
「いいじゃん、どうせすぐにバレるもん」
「ミスコンに参加?またってことは、もしかして舞台衣装の件か?」
前回のミスコンには、ライブの衣装を借りる条件としてことりの参加が決められた。
…この2人によって。
「察しがいいですね、その通りです。まあ、それだけではないんですけど」
「ことりの晴れの舞台が見られるから別に怒りはしないけど。ともちゃんやみっくんが出てもいいんじゃないか?」
「私たちじゃ、全然役不足ですよ」
「そうだなぁ」
「そこはフォローをいれてくれる場面じゃあ…」
「ちょっとだけ反撃を、と思ってね。2人も十分いけると思うぞ。ことりには負けるけどな」
「ひいきですね」
「ひいきだね」
「ひいきだとも」
ハハハ、と笑いあう俺たち。
なんだ、ことりの隠しごとってそんなことだったのか。
「ところで、ことりも誘って練習に行くつもりだったんですけど、ことり知りませんか?」
「ああ、ちょっとだけ中央委員会に用事が出来たんだけど、多分すぐ戻るんじゃないかな」
「そうですか。じゃあ、私達は先に行こっか」
「こっちに直接来るかもしれないけど、ことりが教室に戻ってきたら、先に行ってるって伝えてもらえますか?」
「わかった。5分くらいは教室で待ってるよ」
結局ことりは直接練習場所に向かったようで、10分ほど待っても来なかった。
鼻血も止まった俺は、帰ることにした。
美女と野獣
「はぁ…バレちゃったんだね、純一君」
次の日の朝、あいさつの後のことりのセリフはそれだった。
「ミスコンの参加なんて、別に隠す必要ないのに」
「う〜ん、色々と理由はあるんだけど……純一君が怒るんじゃないかなって思って」
「俺が怒る?なんで?」
「ミスコンをきっかけに、また誰か男の子に告白するんじゃないか〜、とか」
「するか?」
「し、しないよ、もちろん!」
「ならそんなことで怒るわけないだろ?心配性だな、ことりは」
「純一君の考えてることがわかれば、こんな心配はしなくていいんだけどね」
「俺が考えてるのは、ことりのことばっかりだよ」
「純一君………言っててちょっと恥ずかしくない?」
顔を赤らめて聞いてくることり。うい奴め。
「少なくとも、昨日のことりよりは恥ずかしくない」
「あ、あれは…一時の気の迷いっていうか、あの時の私はなんだかどうかしてて…!」
さらに顔を赤くすることり。
「学園であんなことをされるとは思わなかった」
「ううっ、お願いだから忘れて〜」
「出来ない。っていうか絶対忘れない」
「ああ、あの時の私は一体なんであんなことを……」
「おはよう朝倉夫婦。夫婦漫才か?」
気配も感じさせずに登場して、いきなり俺たちの会話に参加したのは、当然というかなんというか杉並。
「杉並、生きてたのか」
「会って早々挨拶もなしにそれか!」
「おはよう杉並君。水越さん、風紀委員に回してくれなかったんですね」
「白河嬢、ものごとはそうそう上手く行くものではないということさ」
「まあ、どうせ当日に捕まえないと意味ないしな」
「確かにそれはそうかも」
「ああ、それなんだが。俺はどうやら多忙を極めるようでな。クリスマスパーティーはあまり期待しないでくれ」
「どうした?宇宙人の侵略でもあるのか?」
「それは大佐たちに任せてある」
「来るんだね、宇宙人…しかも侵略しに」
「そうじゃないとすると……なんだ?」
「企業秘密ということにしておく」
「俺も何も出来そうにないんだよな……今年のクリスマスパーティーはハズレか?」
「かもな」
「2人とも、無理に盛り上げようとしなくていいですから…」
そんな会話をしてるとチャイムが鳴った。
寝て過ごして授業終了。
ことりはみっくん達と練習で忙しいからとっとと帰宅…というサイクルを繰り返す。
何もしないクリスマスパーティーは、とっとと来るのを祈るだけで楽だが退屈だった。
そしてクリスマスパーティー当日。
俺は朝から体育館でことりの出待ちをしていた。
最前列は譲るまいと思って、他の興味もない出し物もずっと見続けた。
…つもりだったのだが。
『純一君、起きましたか?』
どうやら眠っていたらしい
それにしても今のことりの声は随分ステレオチックで声がでかいような…。
「ああ、起きたぞ〜」
『では、主賓の朝倉純一君が起きてくれたようなので早速ライブを開始したいと思います!』
わぁぁあーーーーっ!!
俺の横、後ろ、とにかく全方向から怒号のような大声が上がる。
…ライブ始まる?
ってことは、さっきのはマイクを使った声……?
俺、さらし者状態じゃん!?
『眠らないで聞いててね、純一君♪…ワン、トゥー、ワン、トゥー、スリー、フォー』
猛烈に恥ずかしい。恥ずかしすぎるが、入る穴はない。
ことりの歌も、みっくんやともちゃんの演奏も、その恥ずかしさでちゃんと聞いてられなかった。
……次の機会を待とう。多分、次の卒パ。
そのときは、ちゃんと聞けますように。
ことりたちのライブが終わると、そのままミスコンの会場へと改装が始まった。
手慣れたもので、ものの2,3分で会場が改装し終わり、客が入場する。
俺は最前列を確保し続けたが、微妙に奇妙な事があった。
体育館を覆いつくそうかという黒服の中に、白い服やら黄色い服が混ざっているのだ。
即ち、女子の制服が、しかも相当数。
勿論、女装している誰かがいる、のではなくって、女子がかなり入場している。
例年にはなかった光景だ。
「ええ、皆様の入場も終わったようですので、早速、第3回ミス風見学園コンテストを開始したいと思います」
ワアアアアアッ!
と歓声が上がる。
ノリがいいぜ、いつもながら。
「ではエントリーナンバー1番、手芸部のイチオシ、白河ことりさんです、どうぞ!」
いきなりことりとは、随分と大胆な構成だな、今年のミスコンは。
例年は音夢から開始して(音夢は前回は出なかったが)ことりを最後という、山を作っていたが…。
今年はどうするつもりなのか。
そんなことを考えつつ、ことりの姿をバッチリ見る。
ライブの時の、いかにもアイドル然とした衣装から、今度はウェディングドレスを思わせる純白の衣装。
贔屓目なしでも、メチャクチャ綺麗だろう。
「本校1年3組、白河ことりです」
「すっかりお馴染みですね、白河さん」
「ははっ、いつでも緊張しますよ」
「そうですか?そうは見えませんが…さて、特技の披露は、今回もしませんか?」
「ええ、さっき思いっきり歌って疲れちゃいました」
「大盛り上がりだったようですね、ライブ。私はこれの準備で忙しくて見れなかったので残念です」
「次回は見に来てくださいよ」
「次回も白河さんが参加してくださるのならそうしましょう。さて、白河さんに寄せられた質問ですが。
むむっ、1つに絞られてますね。ずばり聞いちゃいましょう。『白河さんは、今好きな人はいますか?ふたまたかけませんか?』」
…ふたまたって、そんなのかけるって宣言する人間いないだろ…。
「好きな人は、前回告白して、今もラブラブな朝倉純一君ですよ。ふたまたはかけません」
「ラブラブですか、あの朝倉純一君と」
「ええ、あの朝倉純一君とラブラブですとも♪」
周りからの視線が痛い。
ことりよ。ライブといい、俺を恥ずかしさで殺す気か?
「私は前途ある2人の幸せを祈っていますよ」
「どうもです。それでは」
ことりはあくまで爽やかに去った。
周りからは、それでも俺は君が好きだー!とか言ってる奴がいる。
殴っておこうかしらん。
「続きまして、エントリーナンバー2番、手芸部推薦の水越萌さんです!」
萌先輩も出てるのか!?
よたよたと歩いてくる萌先輩にスポットが当てられた瞬間、大きな声が上がる。
うおぉぉぉぉおおおぉおぉおぉお!
地の底から聞こえてきそうな野郎どもの声だが、それも当然だ。
萌先輩に着せられた、ライトグリーンのドレス。
胸元まで大胆にカットされて、萌先輩のスタイルの良さがくっきり出ている。
微妙にシースルーっぽい感じで、色々と見えそうな衣装を、フリルが隠して…もとい飾っていた。
「…………」
「あの、水越さん?」
「ふぁ?…あ、もう出番だったんですね。本校2年、水越萌です」
「…寝てました?」
「はい、ちょっと」
「随分と個性的な方のようですね、さて、何か見せていただける特技などありますか?」
「ええっと、お鍋を少々」
「な、鍋ですか?」
「あ、材料がありませんね」
「そうですね。ということで、特技の披露は残念ながらなし、ということで質問に移らせていただきます。
まずは『水越さんは音楽部所属ですが、手芸部とかけもちなどいかがでしょう』」
以前に音夢やことりがダメだったから、他の奴も誘うようになったか…。
さっきのことりの時も読みそうになってたし、まさか全参加者に対してしてるのか?
「ごめんなさい、お裁縫は苦手で…」
「苦手だからこそ部活に入る、ということも有ると思いますよ?」
「でも、もう2年生ですし………すぅ」
「っと、寝ないで下さいよ、水越さん!」
「え?…あ、すみませんすみません、ぼけぼけしてて…」
「いえいえ、とっとと終わらせますので、少しだけ我慢してくださいね。
ということで、この質問を。今、誰か好きな人はいますか?」
「好きな人、ですか?」
「ええ、好きな人です」
「いますよ」
萌先輩は満面の笑みで答える。
「それは誰か教えていただけますか?」
「いいえ、内緒です」
「な、内緒ですか…そこをなんとかなりませんかね?」
「眞子ちゃん以外には、教えられません」
「そうですか、それは残念。次の参加者の方が色よい返事をしてくれると期待しましょう。水越萌さんでした!」
萌先輩が去ると、近くからマコチャンって誰だ!?
それが彼氏の名前か!?というような声がちらほら。
なるほど、確かに「まこちゃん」って言葉だけなら、「まこと」とかの愛称になるな。
新発見だ。
さて、新発見はさておき、ミスコンは滞りなく進んでいく。
しかし、ことりや萌先輩ほど会場が沸いた参加者はいなかった。
「盛り上がってきたところ非常に惜しいのですが、次でいよいよラストです。
ラストは、今回の優勝候補らしいですよ?」
司会の発言に会場が息を飲む。
最初のことりや萌先輩を上回るような参加者がいる…!?
そういう雰囲気だ。
ちなみに俺には見当がついていた。
杉並が目玉にした、彼女しか考えられない。
「エントリーナンバー、ラストの30番、水越眞子さんです!」
キャアアアアアッ!水越先輩ーーー!!
眞子の登場と共に、異常なことに黄色い声があがる。
とてもミスコンの光景とは思えない。
「では、自己紹介をお願いします」
「本校1年1組、水越眞子です。音楽部に所属しています」
「なにか披露しておきたい特技などありましたら、どうぞ」
「特技といえるほどのものかはわかりませんが……」
眞子は、愛用のフルートを取り出して吹き始めた。
思わず鳥肌が立ちそうな、凄い演奏。
会場に声を出すものは誰もいなく、ただ聞きほれていた。
フルートの音が途切れた、と思ったら、曲の終わりだった。
少し、名残惜しい。もう少し聞いていたかったと思わせる演奏だった。
「大変結構なフルートの演奏、ありがとうございました。続きまして、水越眞子さんに寄せられている質問をぶつけてみたいと思います」
ええ、まずは『水越さんは音楽部所属ですが、手芸部とかけもちなどいかがでしょう。むしろしてください』」
「まだまだフルートも未熟ですので、他の部活動はちょっと…」
手芸部の毎度の勧誘だが、…もうメチャクチャだな。
萌先輩といい、他の参加者といい、手当たり次第誘う気か?
「それは残念。他には『お姉さまと呼ばせてください』『姉妹の契りを交わしてください』という意見が多数ありますが」
…さすがは眞子。
他の誰にもそんな質問は寄せられてなかったぞ。
「ええっと、あたしにはお姉ちゃんも弟も既にいますので、これ以上はちょっと…お断りしたいかと」
「それも残念。あとは…ん〜、微妙な質問は私の個人的権限で省略するとして……やはりこれでしょうか」
水越眞子さん。今、好きな人はいますか?」
「………います」
意外な答えに、会場がどよめく。
答えの前の間も、何かを期待させる。
が、次の瞬間。
「お姉ちゃんです」
会場から溜め息が漏れるのがわかった。
既視感。
そう、音夢がミスコンに参加したときにそっくりの光景だった。
「ちょっと期待持たせるようなお答え、非常にありがとうございました。以上で質問を終わらせていただきます」
「ありがとうございました」
眞子がステージから去って、投票が開始された。
俺はことりの名前を書いて投票。
集計を待って、発表とあいなる。
「お待たせいたしました!集計結果の発表へと移ります。第三位!風見学園本校2年、水越萌さん!」
3位は萌先輩か。
あのきわどい衣装はやっぱ反則だよな。
それに、あの天然さ。
当然の結果ともいえるが、上に2人もいるってのが驚きだ。
「そして、第2位を発表したいのですが…なんと!去年同様、あるお二方が同票で1位になってしまいました。
そこで、会場にいる方からランダムに選出された方に、決戦投票の票を入れていただきます!」
会場がざわざわとうるさくなる。
誰がいれるんだ!?
っていうか、2人って誰だよ!?
くうっ、きになるぅ!!
そういう声がそこかしこから聞こえる。
そんな中、杉並が静かに近寄ってきた。
「朝倉、決戦投票の票を入れろ」
「って、今年も俺が投票するのかよ!」
「ああ、大会本部の決定だ。ちなみに、投票できる相手は白河嬢と水越だ」
ことりは当然として、もう1人は眞子だったか。
意外なような、そうでないような。
「かったりぃ…。第一、俺はことりと付き合ってるんだぜ?眞子にとって不利でしかないと思うんだけどな」
「その点は心配ない。当事者達も了承済みだからな」
「ふ〜ん」
その言葉を聞きつつ、迷うことなく名前を書いた。
あまり意味はないが、紙を折りたたんで杉並に返す。
「確かに受け取った。結果発表を楽しみに待つがいい」
「いや、俺は結果知ってるだろ」
杉並は不敵な笑みを浮かべるとステージの方へ向かって消えた。
いくらもしないうちに、司会者が再びマイクを持って現れた。
「大変長らくお待たせいたしました。第二位を発表させていただきます」
杉並が結果に小細工をするんじゃないかと言う俺の杞憂をよそに、ことりはミスコン3連覇を達成した。
*
「3連覇おめでとう、ことり」
「ん〜、微妙に喜んでいいのかどうか悩むどころだけど、ありがとう純一君」
今回は先生にしぼられるようなこともなく、純一君と歩く家路。
「ちゃんと決戦投票は私にいれてくれたんだね?」
「そりゃそうだろ。っていうか、眞子はよく認めたよな、俺が投票するなんて」
「ん〜、理由はわからなくもないんだけど。言っていいのかどうか、悩むんですよね〜」
乙女心は複雑ですから。
「ま、どうでもいいけどな。自慢の彼女が、さらに自慢の彼女になったわけだし」
「わざわざ自慢するの?」
「しないけどな」
軽いやりとりが嬉しい。
クリスマスパーティーだとか、期末試験の勉強で話せなかった分を取り戻しているみたいで。
と、いきなり純一君は足を止めて切り出す。
「そういえば、今日で1年か」
「うん、そうだね」
何が?なんて聞き返したりはしない。
私と純一君が出会った日を、忘れたりなんて、フリでもしたくないから。
「2年連続で重責を果たす事になるとは思わなかったけどな……」
「重責?」
「ん、ああ、去年のミスコンも…」
そこまで言って純一君はしまった、といった感じで口を押さえた。
その先に続く言葉は、実はわかってる。
だけど、私はしっかりと聞く。
「去年のミスコンも、どうしたのかな〜?」
「いやな、去年のミスコンも、俺が決戦投票をいれたんだよな」
「で、音夢じゃなくって私にいれてくれたんだ?」
「あ、ああ」
「ふ〜ん、なんで?」
「ええっと、それはだな…」
手をわきわきさせながら、焦る純一君。
意地悪したくなる心が止められない。
「私と純一君、確かあの日が初対面だったのに、いれてくれたのは、なんでかな〜?」
「そ、それは音夢が…」
「音夢が?」
「え〜〜いっ!」
純一君は、私の口に右手を当てる。
柔らかい感触が伝わってくる。
「ま、まあ、八つ橋でも食べてくれ」
「あからさまなごまかし方だね……八つ橋はおいしくもらうけど」
去年ももらった魔法の八つ橋。
今年もやっぱり甘くて美味しい。
「ごちそうさま。で、音夢がどうしたのかな〜?」
「ま、まだその話題か…」
「ちゃんと答えてくれるまで、私も重大発表をしないよ〜?」
「重大発表?」
「それが聞きたかったら、ちゃ〜んと答えてね?」
「うっ……」
純一君は逡巡して、でも結局答えてくれた。
音夢が負けさせてほしがってたから、私に投票をしたということを。
「去年の時点では、音夢に負けてたんだね、私…」
「い、いや、まともに投票しててもきっとことりにいれたって!」
「そうかなあ」
「そ、そうだとも!」
焦る純一君が楽しくて、ついついいじめてしまう私。
「それより、ことりの重大発表ってなんだ?」
「ふふっ、よくぞ聞いてくれました!じゃじゃーん!」
ノリノリで、あるものを手に持つ私。
「チケット?遊園地の、だよな」
「正解です。実はですね、手芸部に、ある賭けを申し込んでいたのです」
「賭け?」
「私が3連覇を達成したら、遊園地のペアフリーパス券をもらうことにしてました」
「…優勝しなかったら?」
「私は手芸部に入ることになってました」
「って、大事だぞ、それ!負けたらどうするつもりだったんだよ!?事実、決戦投票までもつれこんだし!」
「確かに水越さん姉妹は強敵でしたが、負けませんよ。私は純一君の自慢の彼女さんですから」
ノロケです。
惚気てます、私。
「中央委員会が賭けとかしていいのかよ…」
「扱いは優勝商品ですよ。私以外が優勝したら、その人の手に渡ることになってましたし。だから、問題ないのです」
ピースをしてみせる。
純一君は苦笑。
「実はですね、このチケット、期日指定なんですよ」
「そうなのか?」
「なんか、その方が安いらしくて。それで、これ、明々後日にしか行けません」
「明々後日?っていうと、28日か。…あれ、その日って何かあったような」
思案に入る純一君。
おいおい、その日を忘れちゃってたら、このチケットのドラマ性がなくなっちゃいますよ。
「あ、そうか!誕生日だ!」
「そうそう」
「音夢の奴、プレゼントせがむんだろうなぁ」
「って、そっちかい!」
「いや、俺と音夢、誕生日一緒だし。多分、その頃は帰ってきてるんじゃないかな」
「じゃあ、音夢には悪いですけど、お留守番を任せましょう」
「あの、ことりさん。音夢の奴、メチャクチャ拗ねそうなんですが…」
「私と2人きりで一緒に過ごしてくれなかったら、私も拗ねちゃうよ」
朝倉君はまた思案モード。
でも、すぐに結論を出してくれた。
「音夢が帰ってたら、そうしてもらうか。なんなら、美春でも呼んでおけば誤魔化せるし」
「うんうん、そうだよね」
ちょっと強引だったけれど、私達の恋路は、誰にも止めて欲しくないから。
「誕生日を楽しみにしててね、純一君♪」