『今年も残すところあと僅かとなりました。神社ではもうすぐ除夜の鐘が鳴る模様です』

テレビのアナウンサーが人でたくさんになっている神社を背にそんなことを言っている。
神社でひしめきあっている人たちはみんな白い息を吐いてあんな厚着までして寒そうに見える。
わたしなら絶対無理。あんな思いまでして行こうとは思わない。
そんなことを思いながら私は炬燵でのんびりとみかんを頬張っていたりする。
士郎はそんなに食べると手が黄色くなって大変だぞ、って言うけどおいしいからしょうがない。
おいしいんだから、ゴミ箱がみかんの皮でいっぱいになるくらい勘弁して欲しいものだ。
その当の本人である士郎は台所で年越し蕎麦の準備なんてのをやってる。
向こう側からおいしそうなダシの匂いがする。これは期待できそうだ。
いや、士郎の料理は何時でもなんでもおいしいんだけどね。
そんなこんなで大晦日を士郎の家で過ごしている。
お爺さまとかは実家に居て欲しいらしいんだけど、大晦日くらいは静かにさせてほしい。
士郎とかが聞いたら藤ねえらしくないなって笑うんだろうけど。
……想像したらなんかむかついてきた。後でお仕置きしとこう。
お酒ばっかり飲むよりはおいしいもの食べるほうがいいっていう理由もあるんだけどね。
まぁ、なにはともあれこういう風に時を過ごすのも悪くない、って思うんだよねー。
……あれ?

「士郎ー、みかん無くなっちゃったよー」

「知るか、家にはもうみかんは一個も無いぞ」











                          Fate/Befor Story 

                           ─決戦前年












「この年越し蕎麦おいし〜ね〜」

「褒めたってなにも出ないぞ」

ズルズルと向かい合わせに炬燵に入りながら年越し蕎麦をすする。
うむ、期待通りのいい味。
士郎、また腕を上げたね。
お姉ちゃんとしては喜ばしい限りだ。

「それにしても桜ちゃんも来ればよかったのにね。こんなにおいしい蕎麦が食べれたのに」

桜ちゃんっていうのは士郎の友達で、わたしが顧問をしてる弓道部の副部長の慎二君の妹さんのこと。
以前、士郎と慎二君が喧嘩して士郎が怪我しちゃった時、その間のお世話を申し出た時からの付き合いになる。
彼女の料理も中々おいしい。
今じゃ衛宮家の台所の主、士郎を脅かすくらいに成長しているくらいだ。
あれはいいお嫁さんになれるよ。うん。
この二人が居る限り衛宮家の食卓は安泰ね。

「アホか藤ねえ。大晦日なんだぞ。桜も慎二と一緒に過ごしたほうがいいだろ」

「むぅ……」

士郎はわかってない。そりゃもう全然。いかりやさん風に言うとだめだこりゃ。
桜ちゃんの恋心もわからないなんて鈍感。
お姉ちゃん、そんな風に育てた覚えはないんだけどなー。
そう思いながら蕎麦をすする。ズルズル。うん、うまい。
ふと、テレビを見ると今年もあと十分と告げている。
その画面の隅ではカウントダウンが始まっている。

「もうすぐだねー」

「そうだな」

「ね。士郎」

「なんだ、藤ねえ」

「蕎麦おかわり」

「もう無いぞ」

残念。もっと食べたかったのに。
仕方ないからみかんでも……ってあれ?

「みかんが無い」

何時の間に?
犯人は?
いったいなんの目的でわたしのみかんを!?

「いや、自分でさっき全部食べちゃっただろ」

「あ」

そうだった。
お姉ちゃんすっかり忘れてたよ。
流石士郎。よく覚えてるねー。
でもみかんも無いんだったらこれからどうすれば……。

「しょうがないなぁ……ほれ」

ちょっと俯き加減だったわたしを見かねたのか士郎がお茶請けを出してくれた。
ここのお茶請けといったら大江戸屋のどら焼き。
あそこのどら焼きは絶品だ。

「流石わたしの弟分!気がきいてるじゃない!」

早速一つ手にとって口の中に入れる。
口の中に広がる餡子の甘みが最高だ。うまい。
普通なら一気にたくさん食べちゃうところだけどどら焼きは少ない。
これはゆっくりと味わって食べないと。

「ま、他にも煎餅とかあるからな」

そう言って士郎はお茶の用意をしている。
やっぱりお茶請けっていうくらいだからお茶が無くちゃだめだよね。

「う〜ん、おいしいよ〜」

これぞ正に至福。
テレビではすでにカウントダウン10秒前とか言ってる。
そっかもう今年もあと10秒なんだ。

「今年もいろいろあったねー」

「そうだな」

そんな会話をしながら二人でどら焼きを食べる。
毎年続いてる衛宮家の大晦日の過ごし方だ。
毎年私はここで大晦日を過ごしてる。
士郎が一人にならないように。寂しがらないように。
多分士郎だったら『寂しくなんてないぞ』って言うんだろうけど。
士郎はわたしの弟分なんだから、やっぱりわたしがついておかないとね。
あ、カウントダウン終わった。

「あけましておめでとうございます」

「おめでとうございます」

二人で同時に新年の挨拶を交わす。
これも恒例行事みたいなものだ。

「じゃ、士郎お年玉頂戴」

「あるかこの虎」

一秒で言い切られた。
ただの軽いジョークなのに……。
それとタイガーって言うな。

「なんだよその不服そうな目は。大体年下からせびろうとするな。貰うなら爺さんとかに貰っとけ」

士郎はそう言うけどお爺さまにはいつも貰ってるし。
ついでにいえばお小遣いも貰ってる。
そういえば今度お小遣いアップしてくれるとか言ってたな〜。
うんうん、楽しみ。

「まったく……いつまでも藤ねえは変わらないな」

「む、なによその呆れたような物言いは」

実際呆れてるんだよ、と言いながら士郎は煎餅を齧る。
そんな士郎の態度がちょっと癪に障ったから士郎の分にしようとしてたどら焼きを全部食べた。
まったく士郎は失礼なんだから。
そんなんだから鈍感なんだ。まったく。

「でもまぁ……」

「?」

「そんな藤ねえのままでいいと思うけどな」

「…………」

ずるい。こんなの不意打ちだ。
そんなこと言われたら許すしかないじゃないか。
自然に頬が緩んできてしまう。
しかも本人はその言葉の意味をよく理解してないんだから質が悪い。
まったく変なところだけ切嗣さんに似てるんだから。

「なんだよ藤ねえ。にやにやして」

「別に。なんでもないよー」

「嘘だ。絶対なんか隠してるだろ」

そんな風に士郎は言ってくるけどそんなのは無視。
誤魔化すように煎餅を手にとって口に運ぶ。
うん、煎餅はやっぱり醤油に限る。
そうしてお茶も一啜り。
渋み加減も丁度いい具合になっている。
そうして一息いれてふと思い出した。
そういえばいつも言ってる言葉を言い忘れてた。

「ね、士郎」

「なんだよ藤ねえ」

「今年もよろしくね」

「……ああ、よろしくな」







                  ──それは、彼が蒼き騎士に出会う一寸前のお話───









「ねー、士郎。やっぱりお年玉頂戴」

「家にそんな経済的余裕はありません」



FIN