『同じポケットに愛の種詰め込んで 温めあおう

ステキな恋 二人で咲かせよう♪』



 コタツに潜って、ぼーっとテレビを見ている。

 今やってるのは、毎年恒例の年末歌番組だ。



 『はい、ありがとう御座いましたー。では、引き続き優秀賞ノミネート……』



 ぼーっとテレビを見ていると、俺と一緒にコタツでぬくぬくしている天野から、声をかけられた。


 「相沢さん」

 「ん? 何だ、天野」

 「お茶、淹れましょうか?」

 「頂こう」

 「どうぞ」


 ずず……。

 熱い日本茶をすする。

 うむ、美味い。


 「天野の淹れるお茶は美味いな……」

 「ありがとう御座います」


 口の中をすっきりとさせる苦味と、体の芯から温まる丁度よい熱さ。

 日本の心だな。


 「相沢さん」

 「ん? 何だ、天野」

 「お蜜柑、食べますか?」

 「頂こう」

 「どうぞ」


 むきむき、はむっ。

 蜜柑の皮を剥き、食べる。

 うむ、美味い。


 「やっぱりコタツには蜜柑だな……」

 「そうですね」


 口いっぱいに広がる甘味と、爽やかな後味を残す酸味。

 これだよ、これ。


 「相沢さん」

 「ん? 何だ、天野」

 「晩御飯は、お口に合いましたか?」

 「ああ。食ってる最中にも言ったが、非常に美味かった」

 「そうですか」


 あぁ、平和だ。

 あ、言っとくが麻雀の役じゃないぞ?


 「んー、偶にはこんなのも悪くないな……」

 「こんなの、とは?」


 ポツリと漏らした言葉に、天野が問いかけてくる。

 独り言のつもりだったが、どうやら聞こえていたらしい。

 まぁ、聞かれて困るようなことじゃないし、折角だからきちんと答えるとするか。


 「美汐と二人っきりで、のんびりするのが、さ」

 「あ、あ、あ、あいざわさん?」

 「どうした、美汐?」

 「ど、どうしたって、その、突然なま、名前でっ!」


 どうやら俺が唐突に名前で呼んだのに焦っているらしい。

 面白いのでこのまま少しいぢってやろう。


 「んー、恋人のことを名前で呼ぶのが変か?」

 「こい、こ、っここ……!」

 「鶏の真似か? そういえば来年は酉年だな」

 「違います!」

 「ん? 酉年じゃなかったか?」

 「そうでは無くてっ!」


 勿論、天野が否定しているのが何かは解ってはいるが。


 「その、恋人って……!」

 「嫌か?」


 身を乗り出して天野に顔を近づけ、目を見つめながら静かに問いかける。


 「そ、そんな、こと…!」

 「やれやれ、残念だな。俺はこんなにも美汐のことが大好きだというのに」

 「……なっ!?」


 絶句して硬直してしまった。

 しかし何だな。

 こうして間近で見てると、やっぱり天野って美少女だとつくづく思う。


 「あ、相沢さんが私のことを好きって……」


 む、どうやら効き過ぎたらしい。

 天野が真っ赤になって両手を頬にあてている。


 「あぁ、お茶が美味いな……」



 『では、歌って頂きましょう。優秀賞ノミネート曲、緒方理奈さんで、Sound of Destinyです。どうぞー』



 天野が固まり、会話が止まってしまったのでお茶を啜りつつテレビに視線を移す。

 

 『愛という形無いもの 囚われている

心臓が止まるような恋が あること知ってる♪』



 テレビから聞こえてる歌を聞きながら俺は、こうして大晦日を天野と二人で過ごすことになった原因を思い出していた。










大晦日(おおつごもり)に










 事の起こりは十二月二十七日。

 秋子さんが歳末大セールに行ってきた日。

 夕食を終え、水瀬家の面々で食後のお茶を楽しんでいる時の事だった。





 「えっと、皆に少しお話があるのだけど」

 「ん? 秋子さん、どうかしたんすか?」

 「あゆちゃんと真琴はもう知っているけど、実はね……」


 秋子さんの話を要約するとこうだ。

 歳末大セールで、お約束の福引抽選会が行われていた。

 補助券と併せて、計7回分あったので、一緒に買い物に行っていたあゆと真琴に三回ずつ。

 そして秋子さん自身が一回福引をやった。
 
 結果。

 あゆと真琴は、お約束のようにポケットティッシュのみだったのだが。

 なんと、秋子さんは特等の温泉旅行のチケットが当たったらしい。

 日頃の行いというか、人徳というか。

 まぁ、なんとも秋子さんらしいと言えばらしい気がする。


 「31日から二泊三日。年越しですか」

 「はい。初日の出が綺麗に見えるそうですよ」


 ふむ、成る程。


 「でも祐一は留守番なのよ!」

 「何?」

 「だってちけっとは“よんめいさまごしょうたい”なんだから! 祐一はおうちで一人寂しくしてれば良いのよぅ!」

 「おいおい」


 しかしチケットは4人分、ねぇ。

 名雪、あゆ、真琴、秋子さん。

 そして、俺。

 確かにそれだと一人あぶれるわな。


 「あ、大丈夫ですよ。一人分くらいなら私が出しますから」


 慌てて秋子さんが言う。

 むぅ、一人分とはいえ二泊三日。

 しかもご町内の福引とは言え特等ともなればそれなりの負担になるだろうに。

 行きたくないと言えば嘘になるが、此処はやはり。


 「いや、秋子さん。俺はいいですよ」

 「え?」

 「一人分って言っても結構な金額になるでしょう?」

 「そんな、お金のことなんて気にしなくてもいいんですよ?」


 やっぱり秋子さんは優しいな。

 でも、だからこそ甘えっぱなしで居たくない。


 「まぁ、お金のこともありますけど」

 「それ以外にもあるんですか?」

 「ええ。俺以外はみんな女性ですから、部屋も別にしなきゃいけないでしょうし」

 「それは……」


 確かに温泉は魅力だが、一人部屋というのは味気無いだろう。

 さりとて、やはり同じ部屋というわけにもいかない。


 「そもそも、ご家族四人御招待てことは、四人部屋一つか二人部屋二つで予約を取ってあると思うんですよ」

 「そう、ですね……」

 「ですから、今からだと予約も取れないと思います。だから、俺のことは気にしないで下さい」

 「ですけど、それじゃあ祐一さんはどうなさるんですか?」


 秋子さんが心配そうに聞いてくる。


 「あー、そうですね。北川の奴の所にでも厄介になりますよ。

  他の連中にも声かけて、野郎ばっかりで年越しってのも悪くないでしょう」

 「祐一さん……」

 「そんな顔しないで下さい。それより、思いっきり羽を伸ばしてきて下さいよ。お土産、楽しみにしてますから」

 「解りました。それじゃあ、すみませんけど四人で行ってきますね」

 「はい。楽しんできて下さいね」




 そうして福引で当たった旅行の話は終わった。

 そういえば、真琴が喋ったのって最初だけだな?

 と、いうか、あゆや名雪も居たはずなのに何も喋ってなかったような気が。

 まぁ、いいか。

 気にするだけ無駄だ。

 んでもって、俺一人では色々ままならないので、年末年始の都合をつけるべく、北川に電話したのだ。

 電話したのだが……。


 

 「っつーわけでさ、年末年始泊まりに行っていいか?」

 「あー……非常に言いにくいんだが」

 「げ、まさか……」

 「そう、そのまさかだ」

 「まさか北川に女が!? あまつさえその彼女と二人っきりでしっぽりと!!?」

 「そうなんだよ……って、違うっ!!」


 素晴らしきノリ突っ込み。

 それでこそ俺の相棒だ。


 「やれやれ、そんなに激しく否定するなんて、自分で言ってて哀しくならないか?」

 「や、確かにちょっぴりいやさかなり哀しいものがあるが」

 「で、だ。年末年始のスケジュールなんだが」

 「って、振るだけ振ってスルーかよ!?」

 「キニスルナ」

 「お前が気にしろよ!?」


 んー、いい反応だな。

 これだから北川をいぢるのは止められん。


 「それで年末年始、泊まりに行ってもいいか?」

 「いや、だから……。ハァ、言うだけ無駄かね。とりあえず、ウチは……」

 「げ、まさか……」

 「そう、そのまさかだよ」

 「まさか北川に女が!? あまつさえその彼女と家族ぐるみでしっぽりと!!?」

 「そういう事なんで悪いな……って、まてい!? 俺んちは変態家族か!!?」


 二度目でも確り食いついてくる。

 素晴らしき芸人魂だな。


 「やれやれ、そんなに激しく否定するなんて、自分で言ってて哀しくならないか?」

 「いや、彼女が居ないってのは自分で言うの哀しいけどな。それ以降に関しては全く哀しくないぞ?」

 「で、だ。年末年始のスケジュールなんだが」

 「って、またもスルーか!?」

 「気にしたら負けだ」

 「何に負けるんだよ!?」


 何にだろうな?

 俺も知りたいよ。


 「それで、年末年始泊まりに行ってもいいか?」

 「いい加減しつこくないか? で、さっきから何度も言おうとしてるが……」

 「げ、まさか……」

 「あー、なんとなく反応が想像つくがそのま「北川に血の繋がらない妹が!? 

 あまつさえ両親に隠れて二人でしっぽりと!?」……お前、思ったよりも底浅いな。

 てか、最後まで言わせろよ」


 底が浅いと言われてしまった……。

 繰り返しは三度、っていうルールに従っただけなのに。

 何のルールだ? という質問は受け付けない。


 「で、結局年末年始は無理なのか?」

 「漸く本筋に戻ったか……。まぁ、お前にゃ悪いが、ウチも家族旅行でな」

 「そうか」

 「スマンな」

 「いや、気にするな。そういうことならしゃーねーさ。他を当たるよ」

 「まぁ、土産は買ってくるからな」

 「おう、さんきゅ」

 



 と、言うわけで北川は駄目だった、と。

 で、どうしようかなぁと思ってたら。

 電話がかかって来たんだよなぁ……天野から。





 「もしもし、水瀬さんのお宅でしょうか?」

 「はい、水瀬ですが」

 「あ、相沢さんですか。私です、天野美汐です」

 「天野か。ちょっと待ってろ、真琴だろ?」


 天野からの電話はまず真琴宛てなので、真琴を呼ぼうとしたんだが。


 「い、いえ! 今日は相沢さんに……」

 「俺に?」

 「は、はい……」


 なんとなく天野の様子がおかしい。

 とりあえず、このままでは始まらないので用件を聞くことにした。


 「で、どうしたんだ? 俺に電話ってのは珍しい気がするんだが」

 「あ、あの! その……さ、先程、真琴から電話がありまして」

 「真琴から?」


 ふむ。

 真琴が天野に電話すること自体は珍しくない。

 と、言うか一日一回は電話してる気もする。

 が、それが天野から俺への電話にどう繋がるのかがわからない。

 
 「それで?」

 「あ、はい……あの、真琴から聞いたんですけど、31日から、秋子さん達は旅行に行かれるんですよね?」

 「ん、そういうことになってるな」

 「そ、それで、相沢さんはお一人で此方に残られるんですよね?」

 「あぁ、まぁ、四名様御招待ってんだからしゃーないわな」

 「あの、ですね。それで、相沢さんは年末年始はどうなさるんですか?」


 成る程、こうくるわけか。

 しかしながら、天野が気にすることでもないような。

 まぁ、変に取り繕うことも無いので正直に話す。


 「んー、北川を頼ろうと思ってたんだがな。さっき電話してみたら駄目だったんだよなぁ」

 「そ、それでしたら! 私の家に泊まりにいらっしゃいませんかっ!?」

 「まぁ、バイト代がそれなりにたまってるから、外食で食いつなぐつもりだけど……って、はい?」

 「あの、ですから、その……外食というのも、お金がかかりますし……!

  私も一人ですので、気を使っていただかなくても結構ですし」


 いや、天野サン?

 年頃の娘さんが、「私の家に泊まりに来ませんか?」ってあーた。

 しかも、「私も一人」って、何か間違いがあったら如何なさるおつもりで?

 いや、俺が変な気を起こさなきゃ何も起きないってのは解ってるんだが。

 けれど、俺だって健康な一男子な訳で。

 かてて加えて、天野は掛け値なしの美少女な訳で。

 だからなんていうかあれだそう理性を保つ自信がないというかいや不埒な真似を働くつもりはないんだが

 そういえば最近イタしてないなぁ……って何をだよナニをだよまぁお下品ってあれ俺は何を言ってんだろ

 うかでも実際問題女所帯に男一人ってのは色々精神衛生上よろしく無い面もあったり特にこの家の人間は

 みんなそれぞれ標準以上ってか飛びぬけて美女美少女ばかりなのに無防備って言うかトイレに入ってるの

 に鍵を掛けてなかったり男が起こしに来ても気にする事無く寝顔を晒してたりあまつさえパジャマがはだ

 けて白い素肌がちらちらと見えてたり人の顔を見るたびに飛びついてきて未成熟ながらも柔らかい体をお

 しつけてきたり誰も入ってないと思った風呂で偶然鉢合わせになっても悲鳴一つ上げずににこやかに『あ

 らあら、ご一緒しますか?』とか素で聞いてきたりぶっちゃけ誘ってる?って思ったことも多々あるわけ

 でいっそのこと手を出してハーレムだうっしゃっしゃとかチラッと思ったことも無きにしも非ずと言うか


 「……沢さん? 相沢さん!?」

 「……はっ!」


 天野の声で正気に戻る。

 どうやらちっとばかしアッチの世界にトリップしていたらしい。

 危ない危ない。


 「あの、やっぱり、ご迷惑ですよね……?」


 トリップ中の沈黙をどんな風に取ったのか、天野が不安げな声で聞いてくる。


 「い、いや、迷惑だなんてことは無いぞ! 無いんだけどな?」

 「でしたら……」

 「まぁ、まて。早まるな。あのな、天野は女の子だ。そして俺は男。OK?」

 
 簡潔に、伝える。

 と、いうか未だ頭の中がパニック気味で簡潔にしか喋れない。


 「あの、私でしたら構いません……」

 「なんですとっ!?」

 「あ、いえ! そういう意味では無くて、あの、わ、私は、相沢さんを信じてますし……!」


 ぐさっ。

 出た。

 出ましたよ。

 『信じてます』。

 これを言われたら、どうしようもないよね、男って。


 「いや、しかし、な……?」


 とりあえず、必死で抵抗。

 『信じてる』などと言われても、正直天野と二人きりになんぞなって理性を保つ自信は無い。


 「駄目、ですか……?」

 「や、な、駄目って、ことは……」


 うぁ。

 天野がすっごい不安げな声で聞いてくる。

 ヤバイ。

 受話器を握り締めて、涙目で俯いている天野のヴィジュアルがリアルに思い浮かんだ。

 ……すっげぇ可愛い。

 いや違うだろ。


 「去年までは、年を越すのも、独りで居るのが当たり前だったんです。

  でも、今年は。

 相沢さんと、真琴と、出会って。

  栞さんや、美坂先輩。水瀬先輩に川澄先輩、倉田先輩を紹介していただいて。

  皆さんと、一緒に過ごす時間が、独りじゃない時間が、増えて。

  友達なんて要らないって、拒絶してたのを止めて、ちょっとずつですけどお友達も出来て。

  でも、だから。

  独りで居るのが如何しようも無く寂しくなる時があって」

 「……天野」

 「私の我侭だって、解ってるんです。自分が突拍子もないことを言っているのも解ってます。

  でも、独りで居るのは嫌なんです! 独りっきりの部屋は寂しいんです!

  相沢さん、御願いです。もし、ご迷惑でないのなら、一緒に居てくださいませんか……」


 天野の声が震えている。

 もしかしたら、泣いているのかも知れない。

 ふと。

 一巡り前の、冬の日のことが脳裏を過ぎる。

 他人を拒絶していた、何処か作り物めいていた、天野の横顔。

 俺に、『強く在って欲しい』と願った、真摯な瞳。

 だからだろうか。

 気がついたら、俺は答えていた。


 「解った。じゃあ、年末年始は天野のところに厄介になる。だから」

 「相沢、さん……?」

 
 俺が側に居るから、泣きやめよ……って言いかけて。

 ふと気付く。

 うわ、この台詞ってとんでもなくクサイデスヨ!?


 「あー、だから、何だ。その、美味い飯を、期待してる。あと、御節な」


 だからって、これは無いだろう、俺。

 センスのかけらもねぇ、ってか、食い気のみかよ……。


 「あ……はい! 精一杯、腕によりを掛けて作ります!

  あの、相沢さんは、好き嫌いとかは……?」

 「い、いや、特にはないよ。何でも美味しく頂く」

 「そう、ですか……それでは、その、大晦日に、お待ちしてます」

 「う、うむ、その、なんだ。よろしく頼む」


 天野が嬉しそうな声で答えてくれたので、まぁ、いいかと。

 素直にそう思えた。





 回想が長くなったが。

 まぁ、俺が大晦日に天野の家で、晩飯食って、コタツでまったりしてるのは概ねそんな事情による。



 『胸に手を当てれば鼓動を感じる 貴方が生きてる証

星の奏でるメロディに乗せて 歌いながら行こう 何時までも♪』

 『有難う御座いました。優秀賞ノミネート曲、緒方理奈さんでSound of Destinyでしたー!』



 物思いに耽ってる内に、歌は終わっていたらしい。

 天野は未だに再起動を果たしてはいない。

 少しからかい過ぎたか。


 「あ、ま、の!」

 「うひゃぁい!?」

 
 天野の肩を掴みつつ耳元で名を呼ぶと、漸く再起動した。

 
 「大丈夫か?」

 「え……あ、えと……えぇ!?」


 おーおー、混乱しとる。

 ふむ、普段が理知的でおしとやかな分、こうしてパニくってあたふたしてる姿ってのは新鮮だな。

 ってか、かなり可愛い。

 ……マズイ、近づきすぎたか?

 天野の髪からの、ほんのりと甘い匂いとか、赤らんだ柔らかそうな頬とか、潤んだ目元とか……。

 うあぁぁぁぁぁぁぁ、もう我慢できねぇっ!!!!


 「あの、相沢さん?」

 「ッてうわっひゃおう!!!?!?!」

 「ッ!!(ビクッ」


 いかんいかん。

 トリップしかけてるところに突然声をかけられて、意味不明な奇声を上げてしまった。

 しかも天野が怯えてしまっている。



 「あ、あぁ、何だ? 天野」

 「……天野、ですか。美汐、とは呼んでくれないんですね」


 ポソリ、と。

 天野が呟いた。


 「ん、どうした、何か言ったか?」

 「い、いえ、何でもありません! と、ところで相沢さん。あの、その……」

 「?」


 なにやら天野が言いづらそうに口をもごもごとさせている。

 あいかわらず顔は真っ赤。

 かなり恥らっているらしい。

 むぅ、可愛い。



 『本年の、最優秀新人賞は……森川由綺さんですっ!』



 沈黙の舞い降りた居間に、テレビの音だけが響く。

 天野は赤い顔で俯いたまま、黙り込んでしまった。

 俺は俺で、なんとも言いづらく、黙っている。



 『すれ違う 毎日が 増えていくけれど 

お互いの 気持ちはいつも 側に居るよ

二人逢えなくても 平気だよって

強がり言うけど ため息ばかりね♪』



 司会者の紹介の後に流れてきた歌声は、今人気のアイドルのものだ。

 確かな歌唱力に裏打ちされた、澄んだ歌声に、暫し聞き入る。

 目を閉じていると、少しずつ気分が落ち着いてくる。



 『過ぎていく季節に 置いてきた宝物 

大切のピースの掛けた パズルだね

白い雪が街に 優しく積もるように

アルバムの空白を 全部 埋めてしまおう♪』


 
 余韻を残しながら、歌が終わる。

 いい歌を聞いたせいか、随分気持ちは落ち着いた。

 よし、何時までも二人してだんまりじゃ気まずいだけだ。

 此処は先輩として、男として、俺から話しかけよう。


 「なぁ」「あの!」


 かぶった。

 そして再びお互いに黙り込んでしまった。

 どうやら落ち着いたのは俺だけではなかったらしい。

 やるな、森川由綺!


 「あ、あの、相沢さんから、どうぞ……」


 少し思考が脇道に逸れてる間に、天野がそう言ってきた。


 「ん、いや、俺のほうは大したことじゃないって言うか、二人して黙りこんでるのも間抜けだから、

  何か話でもしようか、と思っただけだから。天野こそ、何かあるなら言ってくれ」


 ストレートに言ってしまってから、少し後悔する。

 もうちょっと言い方とかあるだろうよ、俺。


 「あ、えと……その、先程、私のことをす、すす、好きだ、と、仰ったのは……?」


 ガツン、と。

 思いっきり頭をハンマーでしばかれたような衝撃を味わった気がした。

 あー、こういうのは自業自得であってるんだろうか。

 てか、んなことよりも照れて真っ赤になってる天野があいかわらずラヴリー。

 やべぇ、食べちゃいてぇ。

 いやまて、俺。

 そうじゃないだろう。


 「あー、あれ、な。天野をからかう冗談だったんだが……」

 「あ……そう、そうですよ、ね。冗談、ですよね。私なんかじゃ、相沢さんに……」


 うわ、天野が泣きそうだ。

 うぅ、でもそんな顔も可愛いのぅ……。

 てか、これは本格的に、イカレちまったかな?

 まぁ、いい。

 そうなっても、何の問題もないだろう。

 其処、切り替え早すぎとか言うな。

 ……自覚はあるんだから。


 「けど、な」

 「……ぇ?」


 今にも泣きそうになっている天野のほうへ、身を乗り出す。

 両手で天野の頬を挟みこんで、此方を向かせる。
 
 殆ど触れ合うような位置で、暫し見つめ合った後、

 右手を頭の後ろに、左手を肩に回して、天野を更に引き寄せる。

 天野の顔の横を通り過ぎ、そのまま耳元に口を寄せる。


 「さっきからの美汐を見てて、本気になっちまったみたいだ」

 「……っ!!」


 耳元で囁くと、吐息がくすぐったかったのか、はたまた他の理由からか、美汐が身を竦めた。



 『さて、今回は特別に、緒方理奈さんと、森川由綺さんに、一曲歌っていただけることとなっております!』



 テレビの音が聞こえる。

 けれど、そんなものはもう耳に入ってはいない。

 美汐と二人だけ。

 それが全て。

 すっと、顔を元の位置に戻し、再び美汐の目を見つめる。


 「な、美汐。俺の、彼女になってくれないか……?」

 「ぇ……あ、あの、冗談、ですよね? 私のこと、また、からかってるんですよね……?」

 「いいや。まぁ、信用がないのはしょうがないけどな。今回は、本気だ」


 美汐の顔に浮かぶのは、疑念と戸惑い。

 瞳は揺れ、今にも涙が零れそうだ。


 「どう、して……ですか? 相沢さんの周りには、私なんかよりも、もっと、魅力的な方が沢山……」

 「俺は!」


 美汐の言葉を途中で遮る。

 そして、ゆっくりと続ける。


 「俺は、美汐がいいんだ。他の誰でもなく、天野美汐っていう女の子がいいんだ」

 「……ぁ」

 「物静かで、普段はクールに見えて、でも本当は年相応に可愛い美汐がいいんだよ」

 「……相沢、さぁん」


 ぎゅっと、美汐を抱きしめた。


 「美汐。もう一度、聞くぞ? 俺の、恋人に、なってくれないか?」

 「はい……はい!」


 始めは弱く。

 次いで強く。

 美汐が頷いてくれた。


 
 『それではお二人に歌っていただきましょう。POWDER SNOWです!』



 「なぁ、美汐?」

 「何ですか、相沢さん」


 抱きしめあったまま、ほんの数センチの距離で顔をつき合わせ、美汐と話す。



 『粉雪が空から 優しく 降りてくる

手のひらで 受け止めた 雪が切ない♪』



 「それだ」

 「え?」

 「その『相沢さん』だよ。俺も『美汐』って名前で呼んでるんだから、そっちも名前で呼んでくれないか?」

 「ぇ……あ、う……ゆ、ゆういち、さん」

 
 ああああああ、もう、可愛いなぁ!

 我慢できなくなって、もう一度強く抱きしめる。



 『何処かで見てますか 貴方は立ち止まり

思い出していますか 空を見上げながら♪』


 
 「あ、あの、ゆういち、さん……! 少し、苦し……」

 「っと、す、スマン!」


 うあぁぁ、みっともねぇ。

 最近、こういうのなかったからなぁ……加減がいまいち判んなくなってら。

 女の子は壊れ物なんだし、大切に、優しくしなきゃなぁ。



 『嬉しそうに雪の上を 歩く貴方が 私には本当に 愛おしく見えた

今でも覚えている あの日見た雪の白さ 

初めて触れた唇のぬくもりを 忘れない I still love you♪』



 「なぁ、美汐」

 「何ですか、あ……祐一、さん」

 「キス、してもいいか?」

 「ぇ……?」

 「いいや、しちゃおう」


 美汐の返事を待たず、顔を寄せる。

 触れ合う唇と唇。


 「ん……ふぅ……ぁ」


 漏れる吐息の音。

 唇を合わせるだけの、キス。

 柔らかな感触に、ずっと触れ合っていたいと、そう思う。

 先程食べていた蜜柑の物だろうか?

 僅かな甘味と酸味。

 それと、柑橘の香り。


 (やれやれ、キスしてる最中だって言うのに、我ながら情緒のないこと考えてるな)


 無駄なことを考えるのは勿体無いので、今はこの感触だけを楽しむことにする。

 やがて、名残を惜しみながらも唇を離す。


 「ぁ……」


 離れる瞬間、美汐が残念そうに声を漏らした。

 だから。


 「!」


 不意をついて、もう一度、軽く唇を触れ合わせる。

 すっかり力の抜けてしまった様子の美汐を胸に抱いて、髪を梳いてやる。

 気持ち良さそうに目を閉じた美汐は、そのまま俺に身を預けてきた。



 『有難う御座いましたー。さぁ、それではCMの後、いよいよ最優秀賞の発表です!』



 どうやら口付けに夢中になっている間に歌は終わっていたらしい。

 まぁ、瑣末な事だ。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、俺は口を開いた。


 「なぁ、美汐?」

 「……ふぁい?」

 
 どうやら夢見心地のようだ。

 呂律が回っていない。

 まぁ、問題はないだろう。


 「今年はもうすぐ終わるけど、さ」

 「……はい」

 「来年から、よろしくな?」


 俺の腕の中から、上目遣いに此方を見ている美汐に微笑みながら、思っていることをストレートに言葉にする。


 「はい……此方こそ、御願いします」

 「ん、独りには、しないから。一緒に、居ような?」

 「はい……はい!」





 そうして、俺と美汐は恋人になった。