「一年が無事に終わったことと。これからもよろしくという事で乾杯!!」
『かんぱ〜い!!』
俺の音頭に合わせ、みんなが乾杯する。
今日は12月31日。いわゆる大晦日だったが、皆で年を越そうということになり水瀬家に集まっているのだった。
皆というのはいつものメンバー、あゆ、名雪、美坂姉妹に、舞に佐祐理さん、真琴に美汐、あとついでに北川だ。
もちろん、水瀬家の家主の秋子さんも参加している。
「今年も…特に相沢が来てから色々あったな」
「ええ、そうね」
「確かに色々あったね〜」
北川が一年を振り返るように遠い目をしながら話し出す。
それに香里と名雪が答えて、他の皆もそれぞれ頷いていた。
どうやら、年越しパーティーは今年一年の思い出話から始まったようだった。
年越し○ャ○
「…で、イチゴサンデーを祐一におごって貰ったんだよ〜」
「僕も祐一君にタイヤキ買ってもらったよ」
「わたしも祐一さんにバニラアイスを買ってもらいました」
「真琴だって祐一に肉まん奢ってもらったんだから〜」
「…牛丼つゆだく」
一年の思い出話は最初の三、四ヶ月以降、奢ってもらったという話しかあがらなくなっている。
話を聞いていると毎日誰かに奢っているようだった…
「…大変だな」
北川にすら同情されてしまった…
「…」
本当にこのままでいいんだろうか?
いや、いいはずが無い!!
俺はこんな奢り地獄のような事態を、甘んじて受けるような男ではないはずだ!!
その上、立ち絵一枚の北川にまで同情されるようになったら、お先真っ暗じゃないか!!
そこで、俺はある決心をしてこの場で名雪たちに宣言する。
「来年は今年みたいに奢ったりはしないからな!!」
「「「「「……」」」」」
俺の発言に驚いたのか、五人が無言になる。
どうやら思考が追いついてないようだった…
「そんなのだめなんだお〜!!」
ようやく思考が追いついた名雪(少し混乱してるのか寝雪モードだが…)を筆頭に次々と反論が始まった。
「そんなこという祐一は、これから毎日三食紅生姜なんだお〜!!!」
それは脅迫だろ…つーか昼のときはどうするつもりなんだこいつは?
「うぐぅ〜祐一君が奢ってくれないなら、食い逃げするだけだもん!!」
…って、ちょっと待て!!それはどんな脅迫の仕方だ!!
「あう〜そんなこと言うんだったら、またいたずらしてやるんだから!!」
真琴、いたずらは毎日続いてるように思えるんだが…
「そんなこという祐一さんは、この薬で…ニヤソ」
栞が謎の薬を出して笑う…はっきりいってすんごい怖いんですけど……
「……祐一、奢らないと許さない」
チャキ。
どこからか取り出したのか、西洋刀が俺に向けられる。
刀身がやけに磨かれてるように見えるのは間違いだろうか…
ふと横を見ると、佐祐理さんは笑いながら。香里と美汐は申し訳なさそうにこちらを見ていた。
五人がじりじりと近寄ってくる。
さすがに多勢に無勢。それにあちらは武器を持っているという、早くも圧倒的に不利な立場に陥ってしまった…
いつもならここで折れる俺だったが、今日はひと味違うのだ!!
来年の安らかな生活を手に入れるためには、ここで力に屈するわけにはいかない!!
罵るなら好きなだけ罵るが良い!!全ては明日の勝利のために!!
というわけで、俺は戦局を覆すために最終兵器秋子さんに視線で助けを求める。
秋子さんは、いつも通りの「あらあら」という顔で答えてくれた。
「観念するんだお〜!!」
遂に俺は名雪たちに追い詰められてしまった。そのとき秋子さんが助け舟を出してくれた。
新しく作ったジャムを見せながら……
「あらあら、皆さん煩悩持ちすぎのようですね。そんな子たちには、年越しジャム改で煩悩を吹き飛ばしてもらい
ましょうか。煩悩以外にも記憶とか色々と吹き飛…ゲホン、ゲホン」
「「「……」」」
秋子さんの助け舟は見事その場を凍らせた。
取り出したジャムは改がついてるように、いつものよりも濃いオレンジ色になっている。
威力は上がっていそうだ…
…それに最後の方に不穏当な発言が聞こえてのは気のせいか?
いや、新作謎ジャムの時点ですでに不穏当なんだが…記憶が吹き飛ぶとか…
秋子さんの方を向くと、そんなことありませんよと怖い笑顔をこちらに向けてくる。
…触らぬ秋子さんに祟りなしだ。
それに、これで皆の奢らせ癖が治るなら、まあよしとするべきだな。
まるで核みたいに、何かいけないものを使ってしまった気分だったが…
「ジャムは嫌なんだお〜!!」
凍り付いていた名雪たちが動き出したようだ。
名雪とあゆは錯乱し、真琴は尻尾と耳を出しながら美汐に慰められ、栞は倒れて香里に介抱を受けていて、
舞は佐祐理さんに泣きついている。
たった一言でこの惨状とは…恐るべし謎ジャム改!!
と、そんな時。北川が余計なことを言いやがりました。
「そのジャム、一人分ぐらいしかないんじゃないか?」
「…お前、それを今言ったらどうなるか理解してるのか?」
「?、ジャムを食べたぐらいでどうかなるのか?」
思えばこいつは謎ジャムのことを知らなかったな。
「そういえば、お前あのジャム食べたことなかったな」
「ああ、食べたことは無いな」
うむ、それはいけない。何事も経験するべきだからな。
決して、北川だけあの悪夢を知らないことが許せないわけじゃないぞ!!
…というわけで北川にも食べさせることにする。
「なら、食べてみろよ」
そう言って俺は普通の謎ジャムを食べさせるために、北川をキッチンに連れて行った。
「別にジャムなんか食べたいとは思わないんだが」
「甘くないジャムなんて食べたこと無いだろ?」
「ああ、そんなのは食べたこと無いな」
「よし、ならば一気にぐいっといけ!!」
「でもな…」
むっ…まだしぶるか北川のやつめ!!
「貴様!!局中法度では、敵前逃亡は士道不覚悟で切腹だぞ!!」
「すみません局長!!」
(かかった!!)
俺が一つボケをしたら簡単に北川がのってきた。
「貴様に一度だけ汚名返上の機会を与えよう」
「いったいなんでございましょうか」
「この謎ジャムをみごと討ち取ってまいれ!!」
北川の前に謎ジャムを置く。
「ははあ、ありがたき幸せ。この北川、全力を持って謎ジャムを討ち取ってまいります」
そう言うと北川は、目の前にあった謎ジャムのビンをつかみ、一気にその中身を飲み込む。
「$%!?#*+*"?#$%&'&!!!!」
北川は理解できない悲鳴を上げたあと倒れこんだ。
…どうやら、耐えきれなかったようだな。
「…北川、お前の死は無駄にはしない」
一度だけ北川に合掌をすると、そのことは記憶から抹消してリビングに戻るのだった。
リビングに戻ると北川が蒔いた火種が、見事に大火事になっていた。
「食い逃げなんていう犯罪を起こしてる時点で、私よりもあゆちゃんの方が煩悩あるんだお〜!!」
「うぐぅ、そんなこと無いよ。それなら真琴のほうが肉まんと漫画で、二種類も煩悩持ってるよ!!」
「なによ、あゆあゆのくせに〜それなら名雪だって寝坊とイチゴサンデーで二種類じゃない!!」
と、水瀬シスターズは見事責任の擦り付け合いをしている。
「…ぐしゅぐしゅ」
「大丈夫だよ舞。舞は優しいからあんな物は食べないですむから」
舞の方はまだ佐祐理さんに慰められていた。
佐祐理さんがあんな物と言った時に、秋子さんの眉がピクリと動いたのは見なかったことにしておこう……
栞の方を見ると、栞は逝きかけてた。
「栞!!しっかりして!!」
「お姉ちゃん…私がんばったよね?…もうゴールしても…いいよね?」
なんか、どっかで聞いたことのあるような台詞だな…
「だめよ栞!!」
「おねえ…ちゃん…今まで…あり…がと……う」
「栞!!栞〜!!」
ばたり。
「…相沢君。栞は天国へ行けたわよね…?」
香里が俺に同意を求めてくる。
…どうやら欲望なんて持ってなかったと言いたいらしい。
「行けたわよね?(怒)」
今度は拳をポキポキと鳴らしながら聞いてきた。
「あ…ああ」
俺は身の危険を感じ、頷くしかなかった。
この現場ははほおっておくとどんどんと悪化していきそうだ…
仕方がないのでここらで収拾をつける事にする。
「三人とも喧嘩はやめろ」
「謎ジャムは嫌なんだお〜!!」
「そうだよ!!あれは毒薬なんだよ、僕食べたくないよ!!」
「真琴だって、あんなの食べられないわよ〜!!」
どうやら名雪たちの中では、必ず誰かが食べないといけないと勘違いしているようだ…
俺は勘違いだということを教えてやることにした。
「三人とも大丈夫だぞ。奢らせ癖を直せば食べなくて済むんだから」
「それじゃ駄目なんだお〜!!私以外の誰かが食べて、私は来年からも奢ってもらうんだお〜!!」
「真琴は絶対嫌なんだから!!あゆあゆが食べるべきよ!!」
「うぐぅ〜名雪さんこそ潔く食べるべきだよ」
……訂正。どうやら分かったまま、擦り付け合いをしていたようだ。
「栞はもういいのか?」
俺は栞に尋ねてみると、いつの間にか出されていたスケッチブックに、『私は今深い眠りについています』と書かれている。
……どうやら傍観するらしい。
今度は舞に話しかけに行く。
謎ジャムがそんなに嫌だったのか、舞はまだ涙ぐんでいた。
申し訳なく感じ、舞の頭を撫でながらゆっくりと諭す。
「…舞、大丈夫だから。奢らせ癖さえ無くなれば、食べなくてもすむんだからな」
「…はちみつくまさん」
頭を撫でたのが効いたのか、舞は涙ぐむのをやめコクリと頷いた。
(よし!!まずは一人納得させたぞ!!)
俺は心の中でガッツポーズをとる。
そんな時、舞が少し心細そう話かけてきた。
「…奢りじゃなくていい…けどまた佐祐理と祐一と食べたい」
少し心細そうに尋ねるところが、とても可愛らしく見える。
「…だめ?」
「ぜぜぜ、ぜんぜん駄目じゃないぞ!!」
少し心配そうな表情をしながら上目遣いで聞いてくる。
そんな舞の仕草についついしどろもどろになってしまった。
「…よかった」
舞が安心した表情で微笑む。
「ぐはあ!!」
…いかん!!あまりの可愛さについつい抱きしめてしまうところだった。
「よかったね舞」
「コクリ」
佐祐理さんがうれしそうな舞を見て、穏やかな微笑みを送る。
仲良きことは美しきかな。だな。
そして、佐祐理さんが少し申し訳なさそうな顔をしながら尋ねてきた。
・
「けど…本当にご一緒して。舞と…祐一さんを食べに行ってもいいんですか?」
「ああ、ぜんぜん遠慮することは無いぞ。舞もそれを望んで……って、え?」
返事をしているうちに、佐祐理さんがニッコリと笑う。けれどそれは何か悪戯が成功したような笑みだった。
隣では舞が真っ赤になりながら俯いている。
・
「よかったね舞。一緒に祐一さんを食べにいこうね〜」
「…コックリ///」
うむ。恥ずかしがりながら頷く舞も可愛いな…ってそんな場合じゃない!!
何か今、すごいことをさらっと言われたような気がする……俺の聞き間違いだよな…?
・
「…佐祐理さん。今、俺を…って言いませんでしたか?」
おそる、おそる尋ねてみる。
・
「はい、祐一さんをって言いましたよ。ニッコリ」
……さも当然のように笑顔で返されてしまった。
って、それはまずい!!男としてはすごい嬉しいんだが、今ここで了承してしまうとこの後酷い事になる!!
ここはしっかりと駄目だって言っておかないと!!
「佐祐理さん!!それはちょっ…」
「ふぇ〜だめなんですか?」
くっ…そんな、涙うるうるで上目遣いであまつさえ胸の前で手を組まれたら、断るものも断れないじゃないか!!
「駄目…じゃ…ない…かな…?」
「駄目なんだお〜!!そんなの許さないんだお〜!!」
俺が佐祐理さんの三段コンボによって、ついつい流されかけていた時、
遠くで言い合いをしていたはずの名雪が話に割り込んできた。
気付けば皆に周りを囲まれている…
「祐一は私のものなんだお〜!!無愛想と作り笑いはさっさと大学にでも行けばいいんだお〜!!」
「あははっーそれは聞き捨てなりませんね名雪さん。祐一さんは今私たちを選んだんですから〜」
「…はちみつくまさん。祐一は渡さない」
チャキ
佐祐理さんに言い寄る名雪に、怖い笑顔で返す佐祐理さん。さらにはまたもや舞がどこからか剣を取り出していた。
「何を言ってるんですか!!祐一さんは私のものです。手を出す人にはこれを飲んでもらいますよ!!」
「栞…いったい何を言っているのかしら?」
いつの間にか遠い世界から戻ってきた栞に、手をコキコキ鳴らしながらにじり寄る香里。
今のこの場には、先ほどの姉妹愛はもうどこにも存在しなかった。
「うぐぅ。僕だって祐一君は譲れないんだよ〜」
うぐうぐ言っているあゆ。
「真琴と美汐だって祐一は譲れないわよ〜」
「ま、真琴!!」
真琴の発言により、美汐が珍しく慌てている。
「なによ〜美汐は祐一と一緒に居たくないの?」
「そ…それは…」
ふむ。慌てふためく美汐も悪くないな…少しからかってやるか。
「そうか…美汐は俺と一緒に居たくないのか」
「そ、そんなことありません!!」
美汐が慌てて否定する。その反応がなんだか初々しく、もっとからかいたくなる。
「そんな、無理しなくてもいいよ…」
俺は少し落ち込んでる振りをしながらそう言う。
「そ、そんな、無理なんかしていません!!私は祐一さんと…」
「俺と?」
「……一緒に…いたいです」
恥ずかしさのあまりか、真っ赤になって俯きながら小声でそう言う。
…すこしからかい過ぎたか?
「ごめんな美汐…少しからかいすぎたようだ」
そう言って美汐の頭を撫でてやる。
「…そんな酷なことは無いでしょう」
なぜだか美汐はますます赤くなってしまった。
「美汐ばっかりずるい〜!!」
真琴の声で周りの状態に気付く。
俺の周りには……修羅たちがいた…
「ど、どうした?」
顔を引きつりながらも尋ねる。
「…祐一が一番悪い」
なぜかは知らないがそういう結論が出たようだった。
チャキっと舞が剣を突きつけてくる。
「ま、まあ落ち着けみんな」
「言い訳は後で聞くんだお〜!!」
「俺はただ、みんなの奢る回数を…減らせれば…なあ〜なんて思った…だけで…」
名雪たちがにじり寄ってくる。
くっ…もう絶体絶命か!!そんな時だった。
「みんな待つんだ!!」
キッチンから颯爽と北川が現れる。
「皆、相沢の気持ちは分かってやってくれ!!相沢は皆に奢るだけで毎月の仕送りが無くなると言っていた!!」
北川が語りだすと皆は静まりかえる。
おお!!何故だろう、北川がの後ろに後光が見えるきがするぞ。
「確かに相沢の優柔不断な所も悪いだろう…そこでだ!!」
しかし後光はすぐに翳った。北川がこちらを見てにやりと笑う。…嫌な予感がした。
「相沢が一人に決めればいいんだ!!」
北川の馬鹿野郎が!!それは禁句だ!!
そんな俺の心とは裏腹に。北川の言葉に皆が納得し、皆の不安と期待の視線が俺に向けられた。
「そうですね、祐一さんが私達九人から選んでもらえますか」
ニッコリと秋子さんが微笑んでくる。
その微笑にプレッシャーを感じた…ん?なんで九人なんだ?
名雪にあゆ、真琴に美汐、香里に栞、舞と佐祐理さんで八人のはずなんだが…
「秋子さん、なんで九人なんですか?」
少し笑顔を引きつらせながら、秋子さんが答えてくれた。
「あらあら、もしかして私のこと忘れてませんか?」
「なんで秋子さんが…?」
ふと疑問に思いそう言ってしまうと、秋子さんからものすごいプレッシャーを感じた。
「ちゃんと九人から選んでくれますよね?」
「そ、それは…」
「祐一さん、それとも佐祐理たちでは嫌なんですか?」
今度は佐祐理さんが、またもやうるうる瞳でこちらを覗きこんできた。
「いや…そんなことは無いけど」
「なら早く(私を)選んでくださいね(ニッコリ)」
秋子さんの怖いスマイルと、佐祐理さんのうるうる瞳の二段攻撃に俺はどうすることもできなくなってしまった。
もし秋子さんを選ばないと、想像を絶するような酷い事になるだろう…
しかし、今にも泣きそうな佐祐理さんや他の皆を。保身だけで裏切る気にはなれなかった。
「どうやら、一番の煩悩の持ち主は相沢だったみたいだな」
後ろから近寄ってきた北川にがっしりと掴まれる。
「北川!!お前まさか!!」
「さっきのかりは返させてもらうぜ」
思ったとおり謎ジャムのことを根に持ってがるな!!
「では秋子さん、相沢の煩悩を吹き飛ばしちゃってください!!」
「はっ、はなせ北川!!」
「あらあら。そうですね…まあ記憶は後から改竄でもすればいいですね」
秋子さんが笑顔でとんでもないことを言っていいながら、ジャムを掬ったスプーンを近づけてきた。
「はい、あ〜ん」
「や、やめろ〜!!」
ぱくり
ジャムを乗せたスプーンが口の中に入れられる。
「!!!!」
そして悲鳴を上げる間もなく体が弛緩し。意識が無くなっていく。
暗闇に飲まれゆく意識の中、俺はどこで間違えたのかを考えていた。
………ああきっと、ジャムで脅したところから間違いだったんだな。
そして、俺の意識は完全に無くなったのであった…
fin