『冬と言えば何がある?』


 それを命題として、俺たち天文部員たちとその顧問はカフェテリアの一画を占拠して話し合っていた。

 具体的に言うと、俺こと久住直樹、唯一の女子部員である天ヶ崎美琴、部長の広瀬弘司、それと2年B組担任兼顧問である野乃原結先生の4人だ。

 期末テストも終わり、あとは結果が返ってくるだけの日々の放課後、特にすることも無い俺たちはおやつを食べながら、そんな話をしていた。


 「普通にクリスマスとかじゃないか?」……と無難な意見の弘司。

 「冬といえば、プリンですっ」……年中プリンに直結している結先生。

 「はいはーい、じゃあ杏仁豆腐!」……とプリンにつられて好物を言うだけの美琴。


 俺はヤレヤレ……という風なジェスチャーをとって溜息をつく。


 「まったく……年中、プリンだの杏仁豆腐だのクリスマスだのと……」

 「俺は年中クリスマスなんて言ってないっつーの」

 「わ、私だって年中杏仁豆腐なんて言ってないからねっ!」

 「プリンはいつでも身体にいいんですっ!」

 「いいか!? 俺たちは期末テストと言う名の戦争を終えたんだ。ならば次に俺たちがしなければならないことは何かわかるか、美琴一等兵」

 「はいっ! 休息だと思うのであります!」


 ピシィ! と右手を頭の辺りまで上げて敬礼する美琴。

 あいかわらずノリのいい奴だ。


 「その通りだ美琴。冬、凍える様な寒さに耐えて俺たちは戦ってきた! そしてその凍え傷ついた身体を癒すのは鍋! ……ということでみんなで鍋を囲むというのはいかがだろうか?」














 鍋の季節















 「長い前フリだな。いいとは思うけどな」

 「私もいいと思うよ。久住君や広瀬君とかと一緒に食べるのってたのしいもん」

 「あ、あの〜……」

 「あれ? どうしたんです結先生?」

 「久住くん、わたしが先生だってこと、忘れてますねっ?」

 「ちゃんと先生だ、って思ってますよ。見た目はともかく」

 「久住くん!」

 「せ、先生、落ち着いて! 直樹の奴が変なこと言うのはいつもの事ですから」

 「む〜、む〜」

 「結先生のテストの答案を終わらせてからってことで、そうだな……クリスマスイブにでもどうです?」

 「まぁ、それなら……」


 …と、首尾よく計画が決まろうとしていたところに、乱入者が二人。


 「あ〜あ、いっけないんだ〜。野乃原センセ、教師が生徒と個人的に親しくなったら駄目だ、って自分がいつも言ってる癖に」

 「え、えぇっ、の、野乃原先生も先輩のこと……」

 「にっ、仁科先生!? それに橘さんまで……その……聞いてたんですか!?」


 ニヤリ、と鬼の首でも取ったかのような保険医。

 俺としてはさっきのちひろちゃんの『先輩のこと……』の続きが激しく気になっているのだが。

 もしかして、俺ってモテモテ?


 ドムゥッ!!!


 「ちょっと、直樹! なにちひろの方見て変態チックな笑いを浮かべてるのよっ!」

 「し、渋垣さん、さすがの久住君もご飯の後のストマックブローはやりすぎなんじゃあ……」

 「いいんです、こんな馬鹿従兄妹なんて、これくらいで」


 椅子から転げ落ちて、床を転げまわる俺に対しての心配といった、ごく常識的な配慮すら持ち合わせていない同居人兼従兄妹。

 それどころかゲシゲシと俺を足蹴にして追い打ちまでかける始末。

 日増しに凶暴になっていく従兄妹にも一応、可愛いところはあるものの、それを上回る凶暴さですべてを台無しにしている。


 「ま……茉理……俺を踏みつけるのもいいが…………ぱんつ見え……」

 「死ねっ!」


 全てを言い切る前に喉を踏みつけられた。

 奴は本気で俺をヤル気だ……。


 「死ねっ、死ねっ! 私の貞操とちひろの純情と保奈美さんの未来のためにっ!」

 「ま、茉理ーっ! いくら久住先輩でも喉元にストンピングは危険だよっ!」


 ちひろちゃん、心配してくれるのは非常に嬉しいんだが……普通の人間は危険どころか死んじゃうと思うんだが……

 それとも、俺のことは何か別の生命体とでも思っているのだろうか?


 「大丈夫ですよ橘さん。久住くんはこんな事じゃ死にませんから……ねぇ、仁科先生?」

 「結……どうしてそこで私に振ってくるのか是非とも聞かせて欲しいんだけど……あ、それと久住なら大丈夫よ? 保健の先生の私が言うんだから間違いないわ」

 「そうだよねー、久住くん、こんなこといつものことだもんねー」

 「むしろ、直樹をどうやったら死に至らしめるのかがわからないよな」


 酷いことをのたまい続ける級友達&先生コンビ。

 まったく嬉しくない信頼だった。








 「で? 鍋なんて何処でやるのよ? まさかウチじゃないでしょうねー……」

 「は? 何いってるんだ茉理? 頭大丈夫か?」

 「はぁ……直樹に頭の心配されるなんて……」


 そしてキッパリと力強く、それでいて某頭痛薬の様に半分だけ優しさを込めてこういった。


 「あはは……馬鹿……だなぁ……ウチでやるに決まってんだろ?」

 「こ……の……馬鹿直樹ぃ〜〜〜〜〜!!!」


 容赦なく俺のレバーに吸い込まれていく茉理の右。

 こいつ、ウエイトレスなんかよりも別のところに行ったほうがいいんじゃないか?


 「久住くんが『あはは』なんて笑うと気持ち悪いね」

 「美琴……言うに事欠いてそれか」

 「あはは……ごめんごめん。でもどうして久住君の家じゃ駄目なの? 確か今、久住君の家って誰も……」

 「ああ、今は俺と茉理しかいないぞ」

 「ちょっと直樹!」


 凶暴従兄妹に耳を引っ張られながら、テーブルから連れ去られる。

 皆からある程度はなれたところでポソポソと話し出す。


 「直樹……どういうつもり?」

 「なにがだ?」

 「お父さんとお母さんの留守中はなるべく人を入れない様に……って言われてたじゃない!」

 「うむ、その事でお前に言っておかなければいけない事がある」

 「……実はな、二ヶ月前に二人がまた中東の方に行ったじゃないか、そのとき先月の生活費は貰っていたんだが……今月の生活費が振り込まれていないんだ」

 「……………………………………へ?」

 「携帯に電話しても繋がらない。よって連絡がとれない。そしておそらく俺達の生活費の振込みを忘れてる」

 「ちょ、ちょっとそれって大事じゃない!」

 「今まで、お前に心配をかけたくなくて言わなかったが……先月の繰り越しももうすぐ限界だ。一応、俺も隠れてバイトをしているんだが、給料日まで何日かもたない」

 「最近、夜によく出て行って何やってるかと思ったら……」

 「でだ、お金は無い、しかし食べないわけにもいかない……そこで一計を講じてみた」

 「何よ?」

 「要は材料さえあれば何とかなる。ならば材料を持ち合って鍋をすればいい。ウチでする訳は余った材料を違和感無くウチで引き取ることが出来るからだ」

 「そ……そこまで切羽詰まってるの?」

 「ああ、出来れば俺一人で何とかするつもりだったのだが……最早、事態は俺一人の手では収まらなくなってきた」

 「通りで……納得」

 「ん? 何の話だ?」

 「ほら、少し前から保奈美さんがお弁当を作ってきてくれるから、どうしてだろうって思ってた謎が解けたって話」


 藤枝保奈美。

 俺の幼馴染で何をやらしても完璧な万能幼馴染だ。

 外見とのギャップで、すこし性格が掴み難くて、俺ですら今でも掴みきれていない。

 外見良し、性格もまぁ良い。


 「とにかく、そういうわけで鍋だ。異存は無いな?」

 「わかってるわよ、それしなきゃ餓えちゃうじゃない」

 「物分りが良くて助かる」



 「ふぅ〜ん、そういう事だったんだぁ……」


 後ろから聞こえてきた聞きなれた声。

 噂をすれば……ってやつだ。


 「も〜、そういう事情があるなら最初から言って欲しかったなぁ」

 「お前、言ったらどうしてた?」

 「どう、って……」


 う〜ん、と唇の辺りに人差し指を当てて考える保奈美。他の連中はこういった仕草とかに惹かれるらしいのだが、生憎見慣れてしまっている。


 「なおくんの世話してるのはいつもの事だし……いつも通りかな?」

 「今、俺は激しく自己嫌悪に陥ってる」


 あはは、と笑う保奈美。

 思えば世話になりっぱなしだ。


 「で、部活はどうしたんだ?」

 「今日は早めに終わったの。それで、なおくんはまだ居るかなーって……そうしたら茉理ちゃんと何かコソコソと話してるみたいだったから」

 「まぁ、聞いていたのなら話は早い。そういう訳で保奈美も鍋、するか?」

 「うん!」



 ……という訳で鍋をすることになった。






























 で、当日。


 「うっわ〜、久住ってば、ほ〜んとお約束な場所にお約束なものを……」

 「や、やめようよ、恭子。久住くんも男の子なんだから仕方ない事なんですし……」

 「うわ、ほら見てこの娘、結にそっくりよ!?」

 「え? どれどれ……って、幼女特集とか書いてるんだけど……」

 「よかったわね、結。久住ってば結でもストライクゾーンみたいよ?」

 「もー……恭子、いい加減に久住くん起しましょうよ〜」

 「はいはい、もう堪能したしね」

 「……堪能?」

 「久住のね・が・お」

 「……恭子ぉ……」

 「ほら、あの久住の寝顔よ? 一見の価値はあるじゃない」

 「別に見慣れてますからいいです。久住くん、体育の後の授業はいっつも寝てますから」

 「本当にお約束というか欲望に忠実よねぇ……」

 「恭子も人のこと言えないでしょ、も〜……ほら、久住くん、起きてください」

 「く〜ずみ〜、もうすぐ鍋よ〜」


 ゆさゆさと揺すられる身体。

 気がつけば、目の前に先生’sの顔があった。

 授業中だったっけ?

 でも、布団かぶってるしなぁ……

 実は知らないうちに保健室にお世話になってるとか?

 …………うん、そろそろ目が覚めてきたね。

 確か、俺は家で寝てたはず。

 つまり、俺の家。

 追記するなら俺の部屋。

 俺の部屋?

 なんで?


 「……おはようございます」

 「おはよ、く〜ずみ!」


 恭子先生の独特のイントネーションで名前が呼ばれる。

 にこにこと機嫌よさそうに笑うその姿に少し……見とれる。


 「…………どうしたのよ久住? 元気ないわよ? 寝ぼけてるのかしら?」

 「……むぅ〜〜〜。久住くん、早く起きてください。もうお鍋、出来上がってますよ!」

 「え、あ、はい」


 どうしてだか機嫌がよろしくないお子様……もとい結先生に起こされ、身を起こす。

 ベッドから出ようとした時点で違和感に気付く。

 何か踏んでる。

 下を見る。


 「お、俺のファンシーゾーンが犯されてるーーっ!?」

 「久住……叫ぶにしてももうちょっとマシなこと言えない訳?」

 「きょ、恭子、もう久住くんをからかってないで行きましょうよー」


 酷い言われようだ。

 俺がいったい、何をした?


 さっさと部屋から出て行く先生’sの背中に向かってそう思わずにはいられなかった。







 リビングに行くと既に鍋が用意されていた。

 されていたのだが……


 「な、なんか……具、多くないか?」

 「あ、直樹! 先生達が材料をたくさん持ってきてくれたの」

 「そうなんですか? どうもすみません……」


 お礼を言うと結先生が近寄ってきて……


 (いいんですよ。久住くん困ってる時はお互い様ですよ)

 (それに、一番食材を用意してくれたのは深野先生なんだから……今度会ったらお礼言っときなさいよ)

 (ええ、恩に切ります)


 実は先生’sにはバイトの件がばれてしまっていたりする。

 ついでにフカセンにも。

 バイト先でばったり鉢合わせ。

 しかもそこはちょっと洒落たバー。

 店長からの教えで見よう見まねでカクテルを作っている時に来られて、どうしようもなかった。

 とりあえず、正直に事情を述べたら、意外にも許してもらえた。

 なんでもフカセンが言うには『無断でバイトをしていたことはいけないことだが、そういう経緯ならしかたない』らしい。

 それにしても、フカセンにまで食材を用意してもらえるなんて……今度からはまじめに授業を起きていよう。


 「あ、なおくん。やっと起きたの?」

 「ああ、目覚めは最悪だったがな」

 「もー、なおくん『少し休んでくる』とか言ったまま全然手伝わないんだもん。天罰だよ」

 「いや、俺に何を期待してるんだ? その鍋を闇鍋にでもしたいのなら俺の出番もあるが……」

 「したいの? 闇鍋……」

 「貴重な栄養源を逃すわけにはいかんな……」

 「もー……もう出来てるから早く席に座って」

 「イエス、ボス」

 「はぁ……」


 保奈美の溜息と共に席に着く俺。

 隣は美琴と結先生。

 保奈美、茉理、ちひろちゃんは向かいの席で恭子先生と弘司はサイドに座っている。


 「「「「「「「「いただきまーす」」」」」」」」


 その声と同時にわいわい言いながら鍋をつつく。

 従兄妹は暴れず平和だし、食べ物はあるし、幸せだなぁ。

 ……って、そんなことで幸せ感じられるほどに達観しているわけでも無いんだが、まぁ、幸せである。


 「久住くん、久住くん!」

 「ん? どうしたんです、結先生?」


 隣を見ると結先生が豆腐を箸で器用に掴みながら微笑んでいた。

 さらにその横では恭子先生がぐったりとしているのが目に入った。


 「はい、あ〜ん♪」

 「……はい?」


 ピシャーン、と場に電撃が走ったように思えた。

 皆の表情が目まぐるしく変化していく中、結先生だけが笑顔で豆腐を俺の口に近づける。


 「ほら、久住くん、口を開けてください。おいしいですよ♪」

 「あ、あ〜ん。パクッ」


 何だかこの状況を早く消さなくてはいけない様な気がして、恥ずかしさを堪えて口に入れる。

 …………。


 「ぶふぁーーーーー!? な、なんですコレ、甘いですよ?」

 「はい、牛乳プリンです。甘くておいしいですよね? ね? 恭子」


 話を振られた恭子先生が腕をぷらぷらさせて応えた。

 ほら! と息巻く結先生だが、激しく解釈を間違っている。


 「あはは、さすが結先生だよね。じゃ、こっちはちゃんとしたお豆腐だから、ほら、あ〜ん♪」


 と、今度は美琴がレンゲにすくった豆腐を差し出す。

 まぁ、今度は豆腐だと本人も言ってることだし…………

 …………

 ……

 いや、待て、美琴と言ったらアレだ。

 あの豆腐は絶対にアレだ。

 間違いない。

 …………

 …………

 助けを呼ぶか。

 俺は心を落ち着けて、もう一人の自分に呼びかける。



 『お〜い、祐介ー! いるかー!』

 『ああ、いるぞ? どうした?』

 『お前の姉貴が鍋の豆腐を『あ〜ん♪』してくれている』

 『なに!? 姉貴が!? このやろ、今だけでいい! 俺と代われ!』

 『ああ、言われなくてもそうしてやる』

 『直樹…………お前、いいやつだな』

 『当たり前だろ、俺なんだからな』

 『恩に切る!』

















 少しして意識を取り戻す。

 美琴が俺の顔を覗き込んでいた。


 「久住くん、大丈夫!? 杏仁豆腐を食べたらいきなり倒れちゃって、心配してたんだよ?」

 「ああ、『俺は』大丈夫だ」

 「よかったー」


 祐介、南無。

 鍋の中身はあらかたなくなっており、鍋ももうそろそろお開きのようだ。

 まぁ、闇鍋と大して差の無い鍋だったが。

 プリンや杏仁豆腐が浮かんでいる鍋。

 ある意味闇鍋より性質が悪い。

 ……って、それよりどれだけ気絶してたんだ俺は。


 「でもさ、本当によかったよ。みんな心配してたんだよ?」

 「ああ、すまない……ってお前が原因だろうが!」

 「あはは……でも、また、やろうね。みんなで鍋」

 「ああ、出来れば今度はまともな食材でな」



 鍋一つでこれだけ楽しめるなら、鍋も、気絶も、あまつさえベッドの下を漁られるのも悪くは無い。

 みんなで鍋をするならば……な。







 ちなみに……


 「久住先輩! ごめんなさい!」

 「どうした、ちひろちゃん?」

 「実は……私が育てていた花もあの鍋の中に入れていて……」

 「へ?」

 「あの……杏仁豆腐を食べたあとに、凄い勢いで野菜を食べてましたから、気絶した原因はおそらく……」

 「…………」




 祐介……今度は本当にいい食材で鍋するから許してくれ。

 
 『…………』


 まぁ、その前に祐介の精神が蘇生するかどうかの方が問題か……

 まぁ、いいか。













 鍋の季節 完