12月24日。この日は終業式で午後からは放課になる。
そんな午後の保健室。
「暇ねぇー」
「暇ですねぇー」
「もう学生みんな帰っちゃったんだろうね」
「なんたって、クリスマスイブですし」
「クリスマス……ねぇ、今晩の結の予定は?」
「人に質問をするときは、自分から答えるってのが筋ですよ、恭子」
「何カタギなこと言ってんのよ、そんなこと言うのはこの口か?この口か!」
「キャ、キャハッ、やめっ恭子!キャハハッ!!」
「うりうりうり〜」
「もう、やめキャハハッ!!!」
「……何やってんすか、二人とも」
「ゲッ、久住」
「く、久住くん……」
クリスマス・プディング
「それで、クリスマスイブの予定を聞きだそうとしてたんですか」
「まぁ、確かそんな話だったと思うけど」
「なんだかよく分からないままくすぐられてたんですよね」
いつものようにちゃっかり保健室に居座り、恭子先生の淹れたコーヒーを頂く俺。
「で、結局のところ二人のご予定は?」
「普通に答えちゃうと仕事。何の面白みも無い回答でしょ」
「冬休み明けのテストの問題を作らないといけませんし」
「うわっ……、そんな鬱になる話しないで下さいよ……」
「あんたが話振ってきたんでしょうが」
お煎餅を食べながら、保健室の主のツッコミが入る。
「で、そういう久住の方はどうなのよ。クリスマスイブの予定は」
「フフーン、良くぞ聞いてくれましたっ!今夜はもうたくさんの予定があって、それこそ体がひとつじゃ足りないくらい……」
「蓮華寮でクリスマスパーティーをするんですよね?」
「ブフッ!!そこでホントのこと言わないで下さいよ結先生〜」
思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。
「でも何で先生が知ってるんですか、パーティーのこと?」
「ホームルームの後の休み時間に、広瀬くんたちと大きな声で話してたじゃないですか」
「あぁ、そう言えば」
「でも蓮華寮って門限とかいろいろ厳しいんじゃなかったかしら?」
「それは黙ってやろうと思ってた……んですけど、モウバレテマスヨネ?」
「ハイ、バレてます」
そう言ってニッコリ微笑む結先生。
その笑顔が……怖い。
「ここは教師としてビシッと指導!……と言いたい所ですけど、今日だけは大目に見ます」
「本当ですかっ!?」
「クリスマスイブくらい楽しくやりたいですもんね」
再び微笑む結先生。
その笑顔が女神に見える。
「いやぁー結先生が話の分かる人でホントによかった。これがフカセンだとこうも言ってられないんだろうなぁ」
「いや、今日は深野先生も大目に見てくれるんじゃないですか?確か今晩はいないはずだし」
「え?」
「職員室で奥さんと今晩どこのレストランがいい?とか電話してたのを聞いたもので」
「へぇー、さすが愛妻家な深野先生だわ」
「フカセンがいないとなればこれまた好都合、よーし」
「でも、寮には私がいますから。羽目を外し過ぎないように」
「善処します」
「それはそうと久住、パーティーとかやるんだったら買出しとか行かなくていいの?」
「あー、結構いろいろ頼まれてますね。今から行くつもりです」
「じゃあ何で保健室に?」
「っとそうだそうだ、思い出した」
恭子先生に言われるまで、すっかりここに来た理由を失念していた。危ない危ない。
「いや、中に入ってくつろぐ予定は無かったんですよ。ちょっと様子を見ていこうかなと思って」
「様子?何で?」
「やっぱり結先生は出かけてるのかなぁーって思って」
「私ですか?」
急に自分の名前が出てきたので、プリンを食べていた当人が振り向く。
「いや、てっきりもうプリンフェスタの方に行ってるのかなぁーっと思って」
「プ、プリンフェスタ!?」
「あれ、今日の新聞の折り込みチラシ見てないんですか?ちょうどここにチラシが……」
「貸してくださいっ!!」
「うわっ!?」
鬼の様な勢いで手に持ったチラシが奪い取られる。
チラシに書いてある内容はこんな感じ。
『イブ限り!西急デパート6階特設会場にて洋生菓子フェスタ開催中
注目は世界30ヶ国から集められたプリン試食コーナー』
「結先生のことだからてっきり飛んで行ってるのかと思って」
「し、知りませんでした……こんな素晴らしいイベントが行われているだなんて……」
「……あのー、何かプルプル震えてません?」
「あーあ、スイッチ入っちゃった」
「へ?」
意味深な恭子先生の発言に反応する間もなく、ガタンと音を立てて結先生が立ち上がった。
「閉館が5時で今の時刻が1時半、急がないと!!仁科先生、お先に失礼しますっ!!」
「いや、まだ仕事時間……って、今の野々原センセに何言っても無駄よね」
「と言うわけなので」
ガシッ
「え?」
「久住くん、行きますよ!!」
「え、えっ、何で俺が……ってちょっと痛い痛い、引っ張らないで下さいよぉー!!」
信じられない力で結先生が俺の腕を引っ張っていく。
「な、何とかしてくださいよ恭子先生!」
「いってら〜」
「そんな薄情なぁー!!!」
ずるずるずるずる……
まるぴん車内。
「……で、何で俺までまるぴんに乗ってるんですか」
「いや……実は私、会場のデパートがどこにあるか知らないんですよ。なので久住くんなら知ってるかなーって思いまして……」
「それなら学校出る前にそう聞いてくださいよ」
「事態は一刻を争ってますから、つい……」
そんなプリンを戦争みたいに言わないで下さい。
「まぁ一応知ってますけど。とりあえずこの道まっすぐです」
「まっすぐですね、了解!」
と、心は焦っていながらも、まるぴんの速度は相変わらず法定速度−10キロの超安全運転。
そういう所が先生らしいなとも思った。
「そう言えば久住くんはパーティーの買出しをしなきゃいけなかったんですよね」
「あ、そうですよ!だからホントは道案内なんかしてる暇ないんですって」
「デパートで買出しすればいいじゃないですか。私がプリンフェスタ行ってる間に、食料品売り場で買っておけば。そうすれば寮まで車で運んであげられますよ?」
「はぁ、確かに」
「プリンも食べれて買出しも出来る、まさに一石二鳥じゃないですか!」
「いや……俺はプリン食べないし、買出しするのも先生じゃないし」
調子がいいと言うか何と言うか……
学校を出て約30分。
「……」
「うぅ〜……」
年末と言うだけあって、国道はかなり混雑していた。
「あと3時間……プリンー」
「やめてください結先生!そんなクラクションブーブー鳴らして!」
「うぅー」
……ダメだ、この人本気でスイッチ入っちゃってる。
「まぁ、心配しないでも3時間以内には確実に到着しますから」
「プリンー……」
「むぅ……、あ」
ふとその時、自転車でそのデパートへ行った時の記憶が思い出された。
あの時は確か国道ではなくて裏道を通って行ったような……
「どうしたんですか、久住くん?」
「あ、いや、裏道通っていけば少しは早く着いたかなぁーと思っただけです」
「裏道なんてあるんですか?」
「一応。でも正直記憶が曖昧なので何とも……」
「行きましょう裏道で!案内お願いします!!」
「はやっ」
即決。
「でも俺も正直よく覚えてないですから、余計遠回りになるかもしれませんよ?」
「それでもここでじーっと待ってるよりはマシですから」
「……後で文句言わないで下さいよ?じゃあそこの交差点右折してください」
「はいっ!!」
「えーと、確か左折だと思うんですけど……」
「……久住くん、何か逆方向に進んでませんか?」
「だーから自信ないっていったじゃないですか。あ、そこはまっすぐ」
「大丈夫かなぁ……」
大丈夫じゃありませんでした。
「……」
「……」
ざっぱーん ざっぱーん
水平線に沈む真っ赤な夕日が目にまぶしい。
「……何で海に出たんだろう」
「プリンー……」
時計の針は午後4時56分。
ここからどう頑張っても、プリンフェスタに間に合うわけがない。
「何かこんなわけ分かんない道行っちゃってスイマセン……」
「いえ、久住くんが悪いんじゃないですよ。裏道でいいって言った私が悪いんですから……」
そういう結先生だが、言葉に全く覇気が無い。
スイッチが切れたときの反動はやっぱり大きいなと実感させられる。
「……帰りましょうか、久住くん」
「あ、ちょっと待ってください。そこのコンビニ行ってきますから」
「コンビニ?」
「いや、パーティーの買出しチャチャッと済ませてくるんで」
「あ……、つき合わせちゃいましてゴメンナサイ」
「いいですよそれは。じゃ、ちょっと行ってきます」
「よっ、と。待たせちゃってスイマセン」
「そんなことはないですよ。で、買出しって何を買ったんですか?」
「お菓子類とかそんなところです。料理とかはもう向こうで用意してるんで」
「じゃ、急いで帰りませんとね。シートベルト閉めちゃってください」
「と……その前に」
キーを回して車を発進させようとする先生を制する。
そして袋の中をゴソゴソと探って……
「こんなのでよければ、どうぞ」
コンビニで買ったビックサイズのプリンを差し出した。
もちろんスプーンつきで。
「え……」
「プリンフェスタには到底及びませんけど。メリークリスマスってことで」
「久住くん……」
そのプリンを受け取った結先生は、
「……ありがとう、とメリークリスマスです、久住くん」
満面の笑みでそう答えた。
♪チャチャチャチャチャー
「……っと、電話」
プリンを食べてる結先生の隣で、ポケットから携帯を取り出す。
……茉理からか。
「もしもし?」
「どこで何やってんのよバカ直樹ぃー!!」
「うわっ!?」
突然の絶叫に思わず携帯から顔を背ける。
「な、何だよいきなり大声で……」
「買出しはどうしたのよ!?材料買ってこないと料理作れないでしょ!!」
「……材料?」
「ちゃんとメモ渡したでしょ、買ってくる物リストって」
「え……、俺の買出しってお菓子とかそんなんじゃなかったっけ?」
「何寝ぼけたこと言ってんのよ!!もうみんな集まってるんだから早くしてよね!」
ブツッ。ツーツー……
電話が切られる。
「……材料って、あ」
そう言えばさっき茉理が言ってたようなメモを、昼間に渡されたような記憶が……
その後プリンの件を思い出して、保健室の方を見に行って……
「買出しとか言ってましたけど、どうかしましたか?」
「あ、いえ……料理の材料を買いに行くの、俺の役割だったみたいです」
「えぇー!?」
盛大に驚いてくれる結先生。
「……と言うわけで、すいませんけど帰りにどこかスーパー寄ってもらえませんか?」
「フフフッ、分かりました」
「また今度、プリン持って行きますから」
「本当ですね?しっかり覚えておきますから」
そう言って笑う先生の表情に、先ほどの凹んだ面影はもうなかった。
「それじゃ、行きましょうか」
空からはちらほらと、白い粉雪が舞い降りてきていた。