『朝の天気予報です。さぁ今日は皆さんお待ちかねの12月24日!!
 あなたは誰と過ごしますか?私は……うーん、仕事ですぅ〜
 そんなクリスマス・イブの東京のお天気はどうなっているかと言うと、晴れ。
 残念ながらホワイト・クリスマスと言うことにはなりそうにありません〜
 それでは詳しく見ていきましょう。まず概況から……』


「……雪、降りそうにないね」

窓から見える空は、青く澄み渡っている。
12月24日。彼が来てくれるだけでも嬉しいのに、雪まで望んじゃ贅沢かなぁ……








 - 聖なる夜を真っ白に。-








目覚ましが鳴る前に目が覚める。
カーテンの隙間から射してくる朝日がまぶしい。

「うん、今日もいいお天気」

まぁ、夜でない限り太陽が隠れることはないんだけど。
そんなことを考えながら、私はベッドから身体を起こした。




「お母さん、おはよう」

一階のキッチンに下りて、お母さんに朝のごあいさつ。

「おはよう、雪ちゃん」

今日の朝ごはんはハムエッグ。
ハムが焦げるいい匂いが部屋中に充満している。

「あれ?お父さんは?」

ご飯の匂いがすると真っ先に飛んでくるはずのお父さんが、今朝は飛んでこない。

「まだ寝てるのかなぁ?」
「もう起きてるわよ。何かお客さんが来てるみたい」
「お客さん?」

時計の針は午前8時。
随分と朝早くからやってくるお客さんもいるもんだ。

「急ぎの用だとか言ってたわねぇ。あ、そうだ雪ちゃん」
「え?」
「お父さんとお客さんにお茶出してきてくれない?お母さん今手離せないから」
「ん、んー分かった」

湯のみを二つ、お茶を注ぎお盆に乗せる。
ついでに戸棚にあったお茶菓子も。

「リビングに持っていけばいいの?」
「そう、お願いね」




「そこを何とかして頂けないでしょうか?」
「いや、出来ればこっちでもしてやれるんだがねぇ……」

ギィー。
両手がふさがってるので、足でドアを開ける。お行儀は悪いけど。

「お茶をお持ちしましたー」
「おぉ雪、すまないな」

ソファーに深々と座ったお父さんが笑う。
お盆をテーブルに置いて、湯飲みをそれぞれの前に置いてあげる。
父さんの前へひとつ、その向かいに座った細面のお客さんにひとつ。

「ありがとう」

スーツ姿のお客さん、見た目20代後半かなぁ。
ニッとお礼の言葉を述べた時、きらっと光った真っ白い歯。
……ちょっと、カッコイイかも。

「雪ちゃーん、ちょっと手伝ってくれるー?」

キッチンからのお母さんの声が、ポォーッとしていた私を現実に引き戻してくれた。
ダメダメ、まずはお母さんのお手伝いしないとね。

「はーい、今行くー」

キッチンに向かおうと振り返った時、お父さん達の会話がちょっと聞こえてきた。

「そんなどさっとは必要ないんです、粉雪で十分なんですよ」
「量の問題ではないんだがなぁ……」

雪……?




「ふぅー、やれやれ」

お父さんがキッチンにやってくる。
私とお母さんはもう朝ごはん始めちゃってるけど。

「はい、お箸」

私からお箸を受け取って、お父さんも椅子に着く。
すっかり冷えてしまったハムエッグ。それでもおいしそうに食べている。
まぁ、実際お母さんの料理はとっても美味しいんだけど。

「で、さっきのお客さんはどちら様でしたの?」
「あぁー、何か東京担当のサンタクロースらしい」
「さ、サンタクロース!?」

お父さんの口から出てきた単語にビックリ。
サンタクロースって……さっきのかっこいいスーツの人?

「え、でも白いひげも生えてなかったし、赤い服も着てなかったし……」
「ハハハ、ヒゲとかは人間の勝手なイメージでしかないさ。サンタにも爺さんもいれば若いのだっている」
「いや、それは知ってるよ。でも本物見たの初めてだったから」
「あと服も、普段はあんな格好。ま、今日の夜中は雪が思ってるような真っ赤な服来て、夜空を飛び回るけどな」
「クリスマス・イブだもんね」
「そういうこと」

12月24日、クリスマス・イブ。
この日の夜はサンタさんたちが1年で最も忙しい夜。

「そんなサンタさんがお父さんに何の用?」
「そうそう、それだよそれ。いきなり無茶なお願いされてなぁ」
「無茶なお願い?」
「あぁ。今夜、東京に雪を降らせて欲しいって」
「ホワイト・クリスマスですね」

食器を流しにしまいながら、お母さんがつぶやく。

「で、それでそれで!?雪降らすの!?」
「いや、降らせてやりたいのは山々だけど、こっちも好き勝手にやるわけにはいかないからなぁ」
「そっかぁ……」

壁に掛けられたホワイトボードに目をやると、12月24日の欄は『晴れ』
『雪』と書いてあるのは29日とまだまだ先。

「勝手にやっちゃったら怒られちゃうもんね」
「そういうこと。じゃ、お父さんそろそろ仕事行ってくる」
「うん、いってらっしゃいー」

ご飯を食べ終えたお父さんは、お母さんから弁当を受け取ってキッチンを出て行った。

「今日は『晴れ』だから……雲除けの仕事かな?」
「そうねって、雪ちゃんものんびりしている時間はないでしょ?」
「わ、分かってるよぉー。もう行くんだから」

私もそろそろ制服に着替えて、学校に行かなきゃいけない。
カップのコーヒーを飲み干して、私も席を立った。








晴れ・曇り・雨・雪……そんなさまざまな天気を司るのが、「雲の上の者」のお仕事。
気象省とか言う偉い所の決定に従って、日夜雲をいじって天候の調節に明け暮れる。
それが、私達「雲の上の者」

ここは東京上空を流れる雲の上。
お父さんの担当区域が関東一帯なので、私達家族はここに家を構えている。
そんなお父さんのところにやってきたサンタさん。
ホワイト・クリスマスにする力はあっても、気象省の決定には逆らえないもんなぁー

「こら、雪、ちゃんと聞いてるのか?」
「ス、スイマセンッ!!」

慌てて立ち上がったため、教室の中に失笑の波が起きる。
あぁー、そういや今授業中だった。集中しなきゃね。
一人前の「雲の上の者」になるため、私達子供は学校に通って気象の何たらをきちんと勉強する。
私もお父さん、お母さんに負けないような立派な「雲の上の者」になるため勉強中です。

「……であるからして、雲の中にこのような冷刺激を与えてやることで、雪を発生させることができるわけだ」

この時間は『雪』の授業。私の名前も『雪』
お母さんが雪のように白くかわいく育って欲しいって名付けてくれた、とってもいい名前。
名前のおかげか知らないけど、私、雪を降らすのは他の雨とかよりちょっと得意だったり。
まぁ、それでも授業はちゃんと聞いておかないといけないけど。




「バイバーイ」
「また明日ねー」

今日の学校は半日でおしまい。
明日の授業が終われば、みんな待ってた冬休みがやってくる。
今から何しようかワクワクしながら家路を急いでいると……

「ん?」

公園のベンチに見たことのある男の人が座っている。
手元にはお弁当。時計はちょうどお昼ご飯の時間だし。

「こんにちわ、サンタさん」
「ん、あぁ、今朝の……」

ベンチに座ったサンタさん、私のこと覚えてくれてたみたい。

「おとなり、いいですか?」
「どうぞどうぞ」

そして彼の横に座る私。

「僕がサンタだって知ってたんだ、君。えーと名前は……」
「雪。空を舞うあの白い雪です」
「あーそうそう、雪ちゃん」

パック入りのコーヒー牛乳に口をつけるサンタさん。
お米のお弁当とコーヒー牛乳って、なんか合わない気もするけど……

「今朝はごめんね、あんな朝早くに押しかけて」
「いえいえ。えーと、サンタさんって東京担当のサンタさんなんですよね」
「そうだね」
「他に東京担当は何人くらいいるんです?」
「んー、とりあえず300人ほどは集まったらしいけどねぇ。ってか詳しいね君」
「フフフ、おひげのおじいさんだけがサンタクロースだなんて信じてるお子様じゃないんですよ」

サンタクロースとは、世界中にたくさんいるプレゼント運搬員の名称。
今日12月24日の夜だけ召集されてお仕事する、非常勤の宅配屋さんみたいな人たちだ。
で、今となりに座っている彼は、東京を担当するサンタさんの一人。

「普段は何してるんですか?」
「いやいや、それを知っちゃったらサンタクロースに対して幻滅しちゃうんじゃないかな」
「雲の上の者にはクリスマスは関係ないですから大丈夫」
「あ、そうだったか。まぁ、いつもは普通に地上でサラリーマンやってます」

サンタさんはこうして普通の人間がやる事も多いらしい。
ちなみに言ってるように、私達「雲の上の者」にはクリスマスという行事はなく、プレゼントを贈られることもない。
でも、クリスマスと言うもの自体は知ってるけど。
ちょっと地上の人間が羨ましい。

「あと30分もしたら集配所の方に行かないと。着替えとかもしないといけないし」
「ご苦労様です」

集配所とか着替えとか。
話には聞いていたけど、ホント普通のサラリーマンっぽいな、サンタさんって。

「それはそうと、何で今夜雪を降らしたいって言ってきたんですか?」
「ん、あぁ……単純にホワイト・クリスマスにしたかったってことだよ」
「ホワイト・クリスマスですかぁ」

詳しいことは知らないけど、地上の人たちはクリスマスに雪が降ると喜ぶって言う話だ。

「特に、恋人さんたちが喜ぶんでしたっけ」
「そ、そうだね、ハハハ……」

何か歯切れが悪い回答。
私、ヘンなこと言ったっけ?

「そんなみんなが喜ぶクリスマスを演出したいから、サンタさんはパパにお願いに来たんですよね?」
「……まぁ、近いかな」
「えらいっ!私が言うのも何だけど、えらいです!!サンタの鑑ですよ!!」
「え、え?」
「より多くの人の幸せを願ってあのようなお願い……立派ですよ!!」
「そ、そんな……」

照れてるのか、うつむき加減のサンタさん。
そんな仕草が何かカワイイ。
……でも、その顔に笑みは見当たらないのが気になるな。

「それだったらパパも上の命令なんか無視して雪降らせちゃえばいいのに」
「いや、それはマズイでしょ……」
「私だったら降らしますね。みんなが嬉しい気持ちになれるんだったらいいじゃないですか、ねぇ?」

サンタさんの同意を待たず私は続ける。

「あーあ、今の私に広く雪を降らせる力があればなぁー。まだせいぜい立ってる位置の真下にしか降らす能力がないし」

まぁこれでも同じ学年の人たちよりは雪を降らせる力は強いんだけどね。
だって私は『雪』だもん。
そんなことを1人考えていると、サンタさんがぼそりとつぶやいた。

「……君が思っているほど、僕はいいサンタじゃないよ」
「えっ?」








「よっ。ケーキ買ってきたぞ」
「うわぁー、結構大きい!ありがとう〜」

紙の箱を片手に彼が病室へと入ってきた。
時計の針は午後の1時。まだまだ日も高い。

「でも早すぎじゃないのかなぁー、買ってくるの」
「いやいや。後で買おうと思っても絶対売り切れてるか並ばなきゃいけないし。早めがいいんだよこーいうのは」
「でも保存とかは?この部屋結構暖房効いてるよ?」
「冷蔵庫に入れときゃ大丈夫だろ。そんな半日も後じゃないし」
「あー、でもそこの冷蔵庫、中身いっぱいじゃ……」
「うわっ、メロン入ってる!!なぁ、食べていいか?」
「うん、いいよ。フフッ、ホント男のくせして甘いモノには目がないんだから」

病室付属の冷蔵庫から、ラップされた八分の一に切ってあるメロンを取り出して食べだす彼。
そして開いたスペースに、買ってきたクリスマスケーキの箱を入れ込む。

「で、としくん、バイトは何時からだっけ?」
「ん?あぁー2時に向こう着いてたら大丈夫。で、7時頃に抜けてくる」
「え、でも本当は上がり時間もっと後なんでしょ?いいよ、そんなに急がなくて」
「なーに、クリスマス・イブに彼女と一秒でも長くいたいってのは彼氏として当然のことだろ?ホントはバイト休みたいくらいなんだし」
「……聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなこと、さらっと言わないでよぉ」

口ではそう言ってるけど、ホントはとっても嬉しい。

「ハハハッ、それに面会時間9時までだろ?それなりに急がないと」
「あ……うん。ごめんね、クリスマス・イブなのにどこも行けなくて……」
「あ、いやいや、そういう意味で言ったんじゃないって!!気にするなって、な!!」
「うん……、ありがと」

視線の先には、痛々しくギプスが巻かれた私の右足。
一週間前に原付で事故った時に折った足だ。
事故さえしなければ、クリスマス・イブをこんな病院の一室で過ごすこともなかったのに。
彼だって同じ。側に居てくれるのは嬉しいけど、彼女がこんな怪我人だからどこにも行けなくて申し訳ないと思う。

「いいっていいって。今は養生することが大事。で、初詣は二人で行こうな」
「……うんっ」

軽くこぼれていた涙をふき取る。
私一人後ろ向きになってたってしょうがないんだ。もっと前向きに、うん。

でも、何とも言いようのない不安が心の中に深く根付いてる以上、どうしたらいいんだろう……


「それはそうと、このメロンって誰が持ってきたんだ?」
「お兄ちゃん。昨日持ってきてくれたんだ。半玉あったんだけど、ほとんどお兄ちゃんが食べちゃった」
「それ、単にお兄さんがメロン食べたかっただけじゃないの?」
「フフッ、そうかもしれない」

昨日メロンを食べてた兄の表情を思い出す。
……ちょうど今メロンを食べてる彼と同じく、幸せそうな表情だったような。

「俺、まだ早紀のお兄さんに会ったこと無いな。一度挨拶しとかないと」
「そんな改まらなくたっていいよー」
「んー、親御さんに会うってわけでもないし。でもお兄さんって確か社会人だっけ?」
「そう。私より5歳も年上だから」
「じゃあ親御さんと会うのとあんまり変わんないかもな。ちなみに何してる人?」
「詳しくは知らないんだけど、普通にサラリーマンやってるみたい。昔は『俺は組織には絶対属さない』って意気込んでたけどね」
「そっかぁー……」

兄の話題になって、ふと昨日のやり取りを思い出した。

「そういやお兄ちゃん、昨日来た時に面白いこと言ってた」
「面白いこと?」
「うん。お前、サンタクロースに誕生日プレゼントもらえるとしたら何がいい?って」
「ふむふむ。で、何って答えたの?」
「雪」
「え?」
「ホワイト・クリスマスにして欲しいなーって言ったの。私、今までに一度も経験がないから」
「ホワイト・クリスマスねぇー」

聖なる夜に空から舞い降りる粉雪。
一種の憧れみたいなものかもしれない。

「で、お兄さんは何って?」
「それがね、よし任せとけって言うんだよ。すっごく自信満々に」
「え?じゃあ持ってきてくれるんじゃないの、雪」
「かも知れないね。冷凍庫に入るミニ雪だるまとか。でも、雪を降らすとなるとそれこそ本物のサンタさんじゃないと無理だし」
「でも任せとけって言うくらいだし、お兄さんって実はサンタだったりして」
「フフフッ、だったら面白いのにね、ホント」

あの赤い服を着た兄の姿を想像してみる。
……意外と似合ってるかもしれない。

「……っと、じゃそろそろ行ってきまーす」
「うん、頑張ってね」
「おうっ。また7時頃に来るから、寝てんじゃねぇーぞ」
「分かってるって。じゃあ、またね」

バタン。
彼が出て行って、部屋には再び静寂が戻ってくる。
静寂と共に戻ってくるのは、自分でもよく分からない不安感。

「……雪、ホントに見たいけどね」

窓の外は相変わらず雲ひとつ無いいい天気。
ゲホンゲホンッ!!

「……ちょっと、疲れたな」

彼が戻って来るまで時間もあるし、私は少し休むことにした。








「……じゃあ、妹さんはまだ知らないんですね、本当の病状を」
「あぁ。クリスマスぐらい何の心配も無く過ごさせてやりたいからね」

サンタさんの言った話をまとめるとこうなる。
まずこのサンタさんには妹がいて、一週間前に交通事故で足の骨を折り全治一ヶ月で入院。
その治療の際に風邪気味だと訴える彼女。診察した結果、重い病を患っていることが判明した。
早急な手術が必要なのだが、手術したとしても助かる見込みは半々だと言う。

「せっかくの彼氏と一緒に過ごすクリスマスを、そんな暗い雰囲気で送って欲しくないからね」
「あ、彼氏いるんですか」
「僕は実際にあったことはないけど、あいつの話し振りからうまくいってることは確かだと思う」
「アツアツカップルですね」
「だからこそなおさら憂鬱なクリスマスにはしてやりたくないんだよ」
「……」

病気のことを知っているのは、兄であるサンタさんとその両親だけ。
互いに、せめてクリスマスの間は何も知らずにいさせてあげようと彼女には黙っている。

「こんなことは考えたくないけど、最悪来年のクリスマスは迎えられないかもって」
「で……でも、まだダメって決まったわけじゃないですか」
「うん……そだね」

そんな妹に願いを尋ねたところ、ホワイト・クリスマスが見たいとのこと。
その願いを叶える為に、パパのもとへ雪を降らしてくれと頼み込みに来たサンタさん。

「僕はみんなの幸せと言うより妹の幸せ、私的な感情を持ち込んで雪を降らせてくれと言ってたんだよ」
「私的な感情だなんて……」
「だから、僕は君が言ってたようなサンタの鑑なんかじゃない。むしろサンタ失格だよ」

ハハハ、と寂しそうに笑うサンタさん。

「で、でもっ!誰かの幸せをそんなに真剣になって考えられるんだから失格なんかじゃないですよ、例えそれが誰か一人の幸せだったとしても」
「……そんなもんかな?」
「そんなもんですって。みんなの幸せって言ってる人って何か大きすぎて偽善っぽく聞こえませんか?」
「そ、そうかな……?」
「それに比べて誰か一人の為にって方が具体的で現実的で生々しくっていいじゃないですかっ」
「生々しいって……」

私は思いつく限りのセリフでサンタさんを肯定した。
生々しいってのは自分でもどうかなって思ったけど、そんなことはお構いなし。
自分はサンタ失格だといった時のあのしょぼくれた顔、もう見たくないから。

「と、とにかく!!サンタさんは人の幸せを願うことが出来る立派なサンタさん、失格なんかなじゃないです!!」
「……、ありがとうね」

そう言ってサンタさんは笑った。
さっきと違って、そこに自嘲的な感じは一切見受けられなかった。

「……ま、それでも妹の願いですら叶えることが出来ないわけだから、出来の悪いサンタさんではあるね」
「それは……」

ベンチから立ち上がるサンタさん。
手に持った紙パックをゴミ箱へシュート。見事に入り軽くガッツポーズ。

「さて、そろそろ集配所に行かないと行けない時間だ。ホント、いろいろとありがとうね、雪ちゃん」
「い、いえ……そんな大したこともしてませんし」
「そんなことはないよ。君の言葉にとても励まされたからね。ありがとう」

こう、面と向かってありがとうとか言われると、どうしてこんなに照れくさいものなんだろう。
真っ赤になった顔を隠すため、ちょっとうつむき加減になってしまう。

「よしっ、そろそろ僕は行くね。またどこかで会う機会があれば」
「……そうですね」
「それじゃ、バイバイ」

そう言って手を振りこちらに背を向けるサンタさん。
ただ、ああいう話聞いた以上、その背中がどことなく小さく見えちゃうのは仕方ないのかなぁ……
せめて願いだけでも叶えてあげられればいいんだけど……

「あ」

私は慌ててサンタさんを呼び止めた。

「ちょ、ちょっと待ってください!!」
「ん?」
「あ、あの……妹さんの入院している病院の場所、教えてくれませんか?」








「ケホンケホンッ!!」
「……なぁ、ホントに大丈夫か?」
「だいじょーぶだって。先生もただの風邪だって言ってたんだし」
「ならいいんだけど……」

時計の針は午後7時半。
病室は、クリスマスケーキを囲んだ私と彼だけの空間になっていた。

「しかしただの骨折でこんな広い個室取れるんだなぁー」
「ただの骨折ってなによー、事故の時とかすっごく痛かったんだから」
「ハハハ、ゴメンゴメン。それにしても個室とはねぇー」
「まぁ、こうして二人っきりで過ごせるんだからいいじゃない、ね」

そしてまた少し咳き込む私。
みんな風邪だって言うけど、私だってバカじゃないから何となく分かっている。
個室を与えられた時に、これは何かあるんだなと勘付いていた。
ケガの功名ってわけじゃないけど、こうして彼と二人っきりになれたことは本当に嬉しい。
でも……口には出さないけど正直不安だし、怖い。

「……」
「早紀?」
「ん、あぁ、何でもないって!!」
「そうか?」
「うん、本当に何でもないから……」

ホントは何でもなくないのに、咄嗟に口に出るのは、相手に心配かけさせまいと強がる言葉だけ。
強くなんかないのに……

「あー、それはそうとゴメンな、せっかくケーキは豪華なモノ買ったのに、飲み物がこんなので」
「いいよ、そんなに気にしてないし」

二人の手には紙パック入りのコーヒー牛乳。

「ホントはシャンパンにしたかったんだけど、病室にアルコール持ち込むのはさすがにマズイからな」
「フフフッ、そだね」
「そういや早紀のお兄さんってコーヒー牛乳が好きって言ってたっけ?」
「うん。お兄ちゃん普通のご飯もコーヒー牛乳で食べる人だから」
「うわぁ、それは……」

窓の外を見る。

「……雪、やっぱり降らないね」
「天気予報見たけど、降水、いや降雪確率10%だって。ちょっと降りそうにはないな」
「うん……残念」
「まぁ、お兄さんもサンタクロースじゃなかったってことだよ」
「そだね……って、えっ!?」

再び視線を窓の方へ向けた時、はらりと白いものが舞っていくのが目に映った。

「ゆ……雪?」
「え、確率10%なのに……」

次から次へと舞い降りてくる白い粉雪。
窓の向こうは……まさにホワイト・クリスマス。








時を同じくして、プレゼント宅配中のサンタもその信じられない光景を目の当たりにしていた。

「雪が……なんであそこだけ……」

視線の先にあるのは、彼の妹が入院している大学病院。
その病院一帯にだけ、しんしんと雪が降っている。

「どういうことだ……?」

病院上空を見上げると、そこだけ少し雲がかかっているのが分かる。

『あ、あの……妹さんの入院している病院の場所、教えてくれませんか?』

「……まさか」

昼間の『雲の上の者』の少女とのやりとりが思い出される。

『いいけど……そんなもの知ってどうするんだい?』
『フフッ、夜になれば分かりますよ』

そして夜。
病院の周りにだけ降る粉雪。

「あの娘が……」








「綺麗……」
「ホワイト・クリスマスだな……」

窓際にやってきた彼と二人、その白を眺める。
自然と、手を取り合っていた。

「……私、大丈夫だよね」
「え?」
「これから何があっても、乗り越えられるよね、私」
「…早紀?」

雪を見てると、素直な気持ちになれる気がする。
心が洗われるって、こういうことなんだろうなぁ……

「……ひとついいかな」
「お、おぉ。何だ?」
「これから私が、くじけそうになったり倒れそうになったり……いや、これからもずっと、隣で私を支えててくれないかな」

自分でも何言ってるのか分かんない。
けど、この不安な気持ちが彼に届いてくれたらいい。

「早紀……」

さっきは驚いたような表情だった彼も、真剣な顔になってくれて……
肩を抱いて口付け。

「早紀が何に不安になってるか知らないけど、俺はずっと隣にいる」
「……としくん」

そして、もう一度触れ合う唇。


「……あ、そういやクリスマスなのに俺達、まだあの挨拶言ってないよな」
「……あの挨拶?」
「定番の、メから始まるあの挨拶」
「あ、あぁー分かった。確かに」
「じゃ、せっかくだから二人で一緒に」
「うん。せーの……」





雲の上から。

病院の方から。

あの定番の挨拶が、サンタの耳に聞こえてきたような気がした。




『メリークリスマス』