「あのバカ、捕まえたらただじゃおかないんだからッ!」

 固く握られたあたしの拳は、殴るべき相手を求めて燃え盛っていた。
 今ならクマだって素手で殺せるかもしれない。
 それほどにあたしは怒っている。
 前々からワケがわからないやつだとは思ってたけど、まさかこんなことをするなんて…!
 ダダダダダダッ!!
 あたしの思考を中断する、人が走る音。
 来たっ!

「はぁっ、はぁっ、み、水越先輩…!」
「わかってるわ、美春ちゃん。杉並、覚悟ッ!」
「水越か…。挟撃とは、わんこ嬢もなかなか味な真似をするようになったものだな。……しかし!」

 杉並は私の怒りの鉄拳をかわすと、窓枠に手をかけて…飛び降りようとしてる!?

「え、ちょっと!?ここって4階…!」
「ふっ、さらばだ諸君!はっはっはっはっは!!」

 高笑いを残して杉並はひらりと飛び降りた。
 慌てて窓に駆け寄って下を見ても、杉並の姿は無い。
 つまり、これは…

「はぁ…逃げられちゃいましたね、水越先輩」

 息を何とか整えた美春ちゃんが、あたしの心を汲んだかのように言った。

「ねえ、美春ちゃん。杉並と風紀委員の戦いって、いつもこんなに激しいの?」
「音夢先輩がいた時は、もっと凄かったですよ。最近の杉並先輩は手加減してくれてるみたいです」
「そ、そうなの?」
「はい。美春達だけじゃあ本気を出すまでもない、ってことなんでしょうけど」

 悔しいです!と言いながら美春ちゃんは、どこかから取り出したバナナを折った。
 彼女なりの怒りの表現方法だと聞いたことがある。いや、今はどうでもいいことなんだけど。

「水越先輩の力をお借りすれば、上手くいくと思ったんですけど…」
「杉並があれで本気じゃないっていうんなら、あたし程度じゃ全然加勢にならないわよ」
「いえいえ、水越先輩だからこそですよ。音夢先輩でさえその点では全く歯が立たない」
「あたしだからこそ…?意味がよくわからないんだけど」
「え!?ええっと、それはですねえ…っと」

 美春ちゃんが持っている通信機の着信音が鳴った。
 あたしのことは気にしなくていいわよ、と促すと、彼女は何かやりとりをした。

「あの、すみません、水越先輩。これから風紀委員の緊急の招集があることになりまして…」
「それは別にいいんだけど…。杉並のヤツはどうするの?」
「それもこれからの議題でして……今日のところは美春達の負けみたいです、悔しいですけど」

 では失礼します、と一礼して、美春ちゃんは走っていった。
 風紀委員が廊下を走っていくって、よく考えると問題があるような…。

「あ、結局美春ちゃんが言ったことの意味も聞いてないじゃない」

 長年(といっても3年くらいだけど)風紀委員として杉並を追っていた音夢にさえ出来なくって、あたしに出来ること?
 そんなことが有るとは自分では思えないんだけど、美春ちゃんは有ると言った。
 今度改めて聞いてみようかな。
 そんなことを考えながら自教室に戻るときだった。
 通り過ぎようとした教室の前で足を止めた。
 1−3の教室の前で。
 杉並や田端君、工藤君みたいな、付属の頃はずっと一緒だったメンバーは、あたし以外このクラスだ。
 勿論、アイツも……

「あ、眞子。丁度いいところに」

 そう扉を開けて出てきたこの朝倉も…。

「朝倉!?」
「…何を驚いてるんだ?ここは俺のクラスだぞ?」
「な、なんでもないわよ。それより何?」
「ん、ああ、コレ」

 朝倉がずるずると教室から引っ張り出したのは…杉並。

「風紀委員にでも突き出そうって話になってたんだけど」
「水越さんも、杉並君に用事ありますよね?」

 朝倉の言葉を継いだのは、今年初めて朝倉と同じクラスになった白河さん。
 学園のアイドルで、聖歌隊の歌姫で、……朝倉の彼女。
 そんな彼女と以心伝心って感じで、あたしは少し不快かもしれない。
 その不快な感じを抑えつつ、会話へと思考を戻す。

「そりゃあるわよ。そのためにさっきまで追っかけてたんだから」
「そうか。お前も大変なんだな…」

 朝倉は、かったりぃ半分同情半分といった感じであたしを見てきた。
 多分、あのことについて知っているんだろう。
 朝倉に知られた、と思うと途端に恥ずかしさがこみ上げてきた。
 紅潮してきた顔を見られないうちに朝倉の前から去るべく、杉並をふんだくる。

「じゃあ、コイツは預かるから!」
「おう。逃げないように何かにふん縛っとくといいと思うぞ」
「用事が済んだら、風紀委員の方に引き渡してくれると、皆喜ぶと思いますよ」

 杉並を引き摺って、逃げるように早足で歩き去った。
 久々の朝倉との会話の印象は、最悪に近かった。






「ハッ!?ここは…?それに縛られている…!?黒服の連中か!?」
「黒服の連中って何よ……。ここは音楽部の部室。あんたを椅子に縛り付けたのはあたし。目が覚めたようね、杉並」
「み、水越…」

 杉並が抜け出そうともがく。
 かなりキツク縛ったから、まず外れることはないと思うけど。
 そんな杉並にじりじりとにじり寄る。

「説明してもらいましょうか、杉並?」
「…なんのことだ?」
「わざわざ言わなくってもわかってるでしょ!?手芸部……ミスコンのことよ!」
「ああ、その件か」
「その件か、って……他にも覚えがあるわけ?」
「さて、な。で、手芸部のことについて何故非公式新聞部の部長である俺に尋ねる?」
「あくまでとぼけるつもり?」
「言っておくがアンダーグラウンド骨董部もミスコンには関与していないぞ」
「そんなこと聞いてないわよ!」

 こいつのペースに合わせてるとキリがない。
 とっとと本題を切り出すことにする。

「さっき手芸部の子が来て、あたしのサイズを測っていったの。
 あたしのミスコンの参加を受理したからって。知らないって言ったら、あんたの名前が出たわけ」
「ちっ、口の軽い奴らだ」
「やっぱあんたじゃないの!」

 ゴッ!
 軽く一発のしておく。

「いや、全然軽くないぞ」
「人の心を読んだようなことを言うなぁーー!」

 ガッ!ドゴッ!ズガッ!

「む、無抵抗の人間を……」
「はぁ……どうやって断ろうかしら……」
「なんだ、断るのか?」
「当たり前でしょ。あたし全然そういうの向いてないもん」
「そうか?」
「そうよ」

 あたしのせいではないとはいえ、一回参加表明しちゃったものをどうやって取り下げたものか。

「ところで水越よ、知っていたか?」
「何を?」
「白河ことりも今回のミスコンに参加する、ということをだ」
「白河さんが?だから何?」
「だから何、ということはない。白河嬢も参加する、とそれだけだ」

 ちなみに他薦だ、と杉並。
 学園のアイドルの彼女なら、黙っていても確かに周りがミスコンの参加を勧めてきそうだけれど。
 朝倉と付き合っているのに、なんで出ることを決めたんだろう?

「白河嬢といえば卒業パーティーのミスコンを思い出すな、水越よ」
「そんなこと言われても、あたし見に行ってないし」
「話題騒然だったのだがな、噂くらいは聞いていないか?」

 噂は……聞いたことがある。
 ミスコンの舞台で、白河さんが告白をして、朝倉は……。

「……っ!」

 バンッ!
 近くに有った机を強く叩く。
 噂から結び上がった像を打ち消すように、強く。
 そんなことをしても事実は変わらないとわかっていても。
 伝えることさえ出来なくなって、わだかまってる想いをかき消すように、強く。

「白河嬢の参加理由は前回と同じだ。彼女が友人達と行うライブの衣装を借りる代償としての参加。
 まあ、前回と同じくその友人達が勝手に決めた参加だが」
「へえ、そうなんだ」

 燻る想いを抱えながら、適当に相槌を打つ。

「今回も優勝候補筆頭だ。第1回のように朝倉妹が出れば接戦を期待できるのだが」
「音夢も出たことがあるの?」

 それは初耳だった。
 確かに音夢は可愛いから、人気があったろうと思う。

「ああ、第1回は決戦投票になった。それで敗れて朝倉妹は2位だったがな」
「音夢ってそこまで人気があったんだ」
「少なくともミスコンにおいてはな。さてと水越よ、ここからが本題だが」

 いつの間にか縄から抜け出た杉並が立ちあがる。

「第2の朝倉音夢になってみないか?」
「はっ?」
「ミスコンでの朝倉妹の態度だが、あれは明らかに作ったものだ。それでも2位は取れることが実証された。
 お前がミスコンに参加するというのなら、そのための練習に俺も全力を尽くそうではないか。
 もしや、朝暗妹もなしえなかった快挙、白河ことり打破を為しうるかも知れんぞ?」
「いや、だって、態度は作れても、あたしと音夢じゃ元が違うって」
「身長や体格ならば、お前と朝倉妹は大差あるまい」
「そりゃそうだけど、顔はどうしようもないでしょ」
「服飾やメイクでいくらでもやりようはある」

 杉並が、ダメ押しの一言を言う。

「白河ことりに勝ってみたくないか?」

 一時の気の迷いか。
 朝倉の彼女になった白河さんへの対抗心か。
 とにもかくにもあたしは、ミスコンの参加を了承してしまった。













シンデレラ













「はあ〜っ、キュッキュッキュッ。ふきふき」
「…お姉ちゃん、何やってるの?」
「はい?眞子ちゃんを磨く、って聞いたから」
「そういう意味なわけないでしょ!っていうか、窓じゃないんだから息を吹きかけないでよ!」

 あたしに息を吹きかけられて喜ぶようなアヤシイ癖はないんだから。
 というか、あたしの顔を拭いてた布、楽器用なんだけど。
 汚いとは言い切れないけど…微妙。

「姉妹漫才はもう終わりか、水越?」
「漫才なんてしてないわよ!」
「そうとしか見えなかったが、まあいい、本題に入る。ミスコンの流れの説明だ」

 ガラガラと音を立てながら、杉並がどこからかホワイトボードを引っ張ってきた。
 もともと書いてあるタイトルは『第1回・水越眞子を磨く会』。
 さっきのお姉ちゃんのはこれが原因か。

「水越は、確か2回のミスコンを両方とも見ていないのだったな」
「うん」
「では、一応趣旨から説明をするとするか」
「いや、それはいいわ。なんとなく想像つくし」
「そうか。では実際に当日行うことだが」

 ペンを手に取り、サラサラとボードに字を書いていく杉並。
 書いた文字は『登場』『自己紹介』『質問』『退場』。
 どういうわけか慣れているようで、かなり上手い。
 さらに指示棒を取り出して、『登場』の部分を指す。

「まずは『登場』だ。司会の合図でスポットライトを当てられ、前に出る。緊張して転んだりしなければ大した問題はあるまい」
「わかった。で、次の『自己紹介』については?」
「当たり前だが学年クラス、氏名を言えばいい。
 所属部については言っても言わなくてもどちらでもいい。これについては司会が聞いてくる可能性もあるが、まぁ問題なかろう。
 そして、『質問』に移る前に見せておきたい特技などあれば、と言われるのが定番だ。
 無いと言ってもいいが、加点要素になるだろうからな。フルートなり試割なり見せた方がいい」
「しわり?」
「瓦割り、と言った方がわかりやすいか?」
「そんなことするかッ!」
「自慢の鉄拳をあえて封印するとはな…。ならばフルートを吹くことを薦めておく。定評があるからな、水越のフルートは」
「ん〜、でも、ドレス着て、皆の前で吹かなくっちゃならないのよね……?」

 腕前に関してはそれなりに自信があるけど、それは結構恥ずかしそうだ。
 それに、選曲も悩む。

「迷うのならばやはり瓦の手配を」
「するなっ!わかったわよ、フルートの練習をいつもよりも熱心にしとくわ」
「それが良策だろうな。さて、次の『質問』だが。これに関しては確実なことは言えない。質問内容が一定ではないからな」
「質問って、誰からの質問なの?」
「それもかなり分かれている。事前に手芸部が作った質問も有れば、観客から寄せられたという質問をすることもある。
 確実なのは、質問を読み上げるのは司会であるということだ」
「はてしなく役に立たない情報ね……」
「定番の質問、というものはある。それは後で練習を重ねるとして……残る『退場』は特に言うことは無いが、あえて言うならば」
「転ばないように、ってところ?」
「わかっているようだな。終わった、という安堵が思わぬ失態を招くこともある。せいぜい気をつけることだ」

 杉並がガラガラと指示棒とホワイトボードを片付ける。
 ……あの板、意味あったの?

「さて、それでは早速練習に入るとするか」
「いや、聞いた限り練習するようなものが無かったんだけど?」
「そうでもない。まずはこれを履け」

 そういって杉並が出したのは……鉄下駄。

「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「………………………………」
「………………………………」

 見詰め合うことしばし。
 杉並は何も言わずに鉄下駄を片付けて、今度はヒールの高い靴を出した。
 やっぱりさっきのは冗談か。

「サイズは合っているはずだ」
「なんで知ってるのか気になるけど……」

 制服の靴を脱いで履き替える。
 世界がいつもより少し見下ろしたものになった。

「…本当にサイズがピッタリね」
「非公式新聞部の情報網に穴は無い。そんなことより、歩いてみろ」

 言われたとおりに歩いてみると、履きなれない靴はメチャクチャに歩きにくい。
 下手に力を入れるとすぐにお釈迦になっちゃいそうだし。

「……確かにこれは練習が必要みたいね」
「それを履いていて普段どおりに歩けるようになってから次の段階に移る。靴擦れで苦しまない程度に練習をすることだ」

 その日から、あたしのミスコン特訓が始まった。
 といっても、まずは履きなれないハイヒールの攻略。
 普段の学園生活で履いてるわけにはいかないから授業の後の特訓と、自宅で暇を見つけては、って感じで。
 転んで足を捻りそうになったり、靴擦れを起こしそうな部分に絆創膏貼ってみたり。
 期末試験の勉強や、部活の練習もあって、そんなにははかどらなかったけど、それでも色々と努力。
 そして、クリスマスパーティーまであと2日、なんとかハイヒールを履きこなせるようになった頃のことだった。

「お疲れ様でした〜」

 クリスマスパーティーに向けての今日の音楽部の練習が終わった。
 本番が近いこともあって通しの練習が繰り返されて、随分と時間が遅くなったから今日の特訓場所、体育館を目指して急ぎ足で歩く。
 足の遅いお姉ちゃんは悪いけど後から来てもらう事に。
 日が近い今は1分1秒が惜しいのは、部活も特訓も一緒だった。

「水越先輩、頑張ってくださいね!」
「私たち、必ず応援に行きますから!」

 なんでかはわからないけど、部の後輩の付属の子たちはあたしが特訓をしていることを知っているようだった。
 特訓場所までついてくることはないけれど、時々こうやって声援を受けていた。
 応援されて、悪い気はしないのが人の常。
 無論、あたしとて例外じゃない。
 ミスコンに対する意気が上がっていた。

(杉並にうまいことのせられてる気もするけど……)

 それでも気分のいいものは、いい。
 そう思っていた、そんな時だった。
 体育館へ至る廊下で聞きたくもないものを聞いてしまったのは。

『噂で聞いたんだけどさ、水越がミスコンに出るんだってよ』
『水越?あのクラス委員の?マジかよ?』
『なんか、白河さんをライバル視してるらしいぜ』
『ハッ、身の程を知れって感じだよな。あんな仏頂面の真面目女、誰も票なんかいれるわけねえのに』
『違いないな。アッハッハッハ』

 あまり聞きなれない声だってことはわかったけれど、誰が言っていたかなんて確認は出来なかった。
 ここまで築き上げられてきた、いい感じの心は一瞬で崩れて。
 意気消沈して、それでもあたしは体育館に辿り着いた。

「……水越、どうかしたか?顔色が優れないようだが」
「大丈夫よ、あんまり時間もないしとっととやるわよ」

 杉並の的を射た発言が妙に癪に障った。
 心がドロドロしてる。

「なら始めるが…。今日は残りの日も少ないからな、お前にとっては最難関であろう『質問』に対する特訓だ」
「前置きはいいわ、とっとと始めてよ」
「…水越、やはり何かあったか?本番を前に体調を崩しているなら休養も正しい判断だぞ?」
「早く!始めろって!言ってるでしょ!?」

 ダンッ!と強く足を踏みしめる。
 完全に八つ当たり。
 自分がかっこ悪いのもわかるけど、それでも止まらなかった。

「それとも何?それが質問だっての!?」
「そんなわけないだろう。少し落ち着け、水越」
「あたしは冷静よ!」
「冷静な人間は叫んだりはしない。落ち着け、水越」

 杉並はあくまであたしを落ち着かせようとしてくれる。
 でも、その時その瞬間のあたしはそんな親切心も癪に障る狭量さだった。

「何があったかは知らんが、落ち着け水越。お前らしくもない」
「あたしらしい!?あんたに何がわかるのよ?ミスコンに向けてあたしじゃないあたしを作らせようとしてるあんたに!

 目頭が熱くなって世界が歪む。

「ハッ!どうせあたしは音夢みたいに可愛くも、白河さんみたいに綺麗でも、お姉ちゃんみたいにスタイルよくもないわよ!
 ミスコンなんて、始めっから向いてなかったのよ!!」

 
 言うだけ言うと、あたしはドアから走り出た。
 出るときに、ちょうど今来たお姉ちゃんと体がぶつかる。

「眞子ちゃん!?」
「……っ!!」

 お姉ちゃんに何を言うでもなく、あたしは走り去った。
 背中から誰かがあたしを呼ぶ声が聞こえた気がしたけど、振り向かずに。





















 日が暮れる頃。
 逃げるみたいに走り続けて、着いたのは島で一番大きい桜の木だった。

「みたい、じゃなくって、逃げてきた、か…」

 見上げた桜の木に、花はない。
 前は年がら年中咲いて、そして散っていた、そんな栄華を極めていた桜も、今は春を待つだけの寂しい木だった。
 なんとなく木肌に触れてみる。
 当たり前だけど、冷たかった。
 感傷的になると、慣れたと思っていた靴擦れの痛みが戻ってきた。

「やはりここにいたか、水越」

 振り向かなくても、中学時代と最近耳慣れた声の持ち主はわかった。
 だから振り向かない。
 誰かと面と向かって話したい気分ではなかったから。

「何よ杉並。あたしを笑いにきたわけ?」
「そうだな。ハッハッハッハ!」

 …ムカつく。
 コイツにそんな期待はしてないけど、普通こういう時は慰めの言葉の一つもかけるものじゃないの?

「もっとも、笑うべきはむしろ俺の愚かさだがな」
「はっ?何が言いたいの?」

 唐突な杉並の言葉の真意が理解できずに、振り返る。
 杉並は寒い空の下、普段どおりの制服姿。
 声と共に吐く息は白い。

「どうも、水越を過大評価しすぎていたようなのでな。俺の眼も随分と甘くなったものだ。
 水越ならば、目的のためならば障害になる奴はすべて殴り倒すくらいの気概を見せてくれると踏んでいたのだが。
 誰に何を言われたか、被害妄想かは知らんが、いきなり他者と比較して悲劇のヒロイン然とするとは…」

 やれやれ、とんだ腑抜けだったな、と大仰に振舞う杉並。
 杉並の言葉は、いちいち癇に障った。
 多分、そういう言い方を選んでるのだ。
 そうやって、またあたしをたきつけるつもりなんでしょ?
 その手には乗らないんだから。

「お前のミスコンへの参加は、俺の方で取り消しておこう。我を通さない今の水越など、見せる意義が無いからな」
「…え……?」

 じゃあな、と手を挙げて去ろうとする杉並の腕を掴んで止める。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「なんだ?俺はこれでも忙しいんだがな」
「あたしのミスコン出場取り消すってどういうことよ!?」
「どういうことも何も、言葉通りだが?」
「言葉通りって……あんた、それで良いわけ?」
「質問の意味は理解しかねるが、俺が手芸部から頼まれたのは白河嬢の対抗馬となりうる人物の推薦だ。
 もしやと思い水越を指名してみたが……お前の様子では水越姉が対抗馬の本命だろうな。
 手芸部には労力を無駄にさせたことを詫びねばなぁ」

 やれやれ忙しい、と杉並。
 ……なんなんだろう、コイツは。
 たきつけたかと思えば、ミスコンに出なくてもいいだなんて。
 それとも、これもあたしを出させるための挑発?

「杉並。あんた、結局あたしに何をさせたいのよ?」
「俺にそんなことを聞いてどうする?お前は俺の要望通りになんでもするつもりか?」
「そういうわけじゃないけど…あんた、変じゃない。
 あたしをミスコンに参加させようとしてたきつけたり、特訓にも付き合ったり、今度は参加しなくても言いなんて言ったり。
 そりゃ、それ自体もあたしを参加させるための挑発なのかもしれないけど……」

 ああ、もう!言ってて自分でこんがらがってくるじゃない!

「そもそも!なんであたしをミスコンに参加なんてさせようとするのよ!?」

 あたしの根本的な質問に、杉並は珍しくぽかんとした顔を浮かべる。
 あれ?そんなに意外な質問だっけ?とこっちもなんだか調子抜けする顔だ。
 なんだか、毒気が抜かれたって言うか……急に醒めた。

「なんで、ときたか。先ほどまでも説明していたつもりだったが?」
「あれ?そうだっけ?」

 冷静になった頭で考えてみるものの、さっきまでなにを言われていたか殆ど思い出せない。

「何を言われていたか覚えていない、という顔だな」
「な、なんでわかるのよ」
「水越は表情に出しすぎだ。それを悪いとは言わんがな」

 …………?
 あれ?なんか、今…ひっかかったような感覚。

「さて、理由だが。改めて問われたならば、こちらも答えなおす必要があるか」

 杉並はこれも珍しい真面目な顔になる。

「俺の目的は、水越、お前を優勝させることだ」
「…その理由は?」

「白河嬢の独擅場では面白みにかけるから、では不満か?」
「ええ、不満ね。それならお姉ちゃんでいい、ううん、お姉ちゃんの方がいいじゃない。知らない仲でもないし」

 先んじて知り合いだったから、という答えを潰す。
 なんて答えるの、杉並?

「言い方は悪いが、水越姉では特訓したところでさして伸びはしない。彼女は自分の魅力は自然と出せるタイプだ」
「じゃあ、あたしは伸びる見込みがあったんだ?」

 思い出す。
 あたしにミスコン参加をけしかけた時に、杉並が漏らした言葉。
 こいつは、あたしがミスコン参加に向いていないとは思っていなかった。

「それが理由の1つだ。さらに言うなら、白河嬢と水越姉とは人に好かれる要因が似ている。
 2度の優勝経験と、学園のアイドルというステータスを持つ白河嬢に対して、水越姉では分が悪い」
「つまり、あたしは白河さんとは対極だと?」
「極論で言えばそうなる。白河嬢や水越姉が包容力とすれば、お前は牽引力といったところか」

 褒め言葉には聞こえにくい褒め言葉。
 けど、これはきっと杉並風の讃辞。
 ひねくれてるから、真っ直ぐにはこない。

「さらには普段とのギャップだ。
 白河嬢は過去のミスコンとも、普段の会話と変わらぬ受け答えを見せている。
 また水越姉は、性格から考えてやはりそのような受け答えをするだろう。
 そこでお前だ、水越。
 朝倉とクラスが違ってからなんとなくトゲがあるお前が、笑顔で応対することにより、白河嬢には望めないものを引きだせる」

 思い出す。
 あの陰口は、あたしを仏頂面と言っていた。
 部活や特訓の時には気づかなかったけど、普段のあたしはそのようにあったらしい。
 隣の席にあいつがいることに慣れていたから、そうでない教室が嫌だったのだ、多分。
 そして、杉並はそれをクラスが違うのに知っていた。
 さっきの言い回しからして、多分、朝倉への想いも。

「さて、これらから水越を指名したわけだが。これでも不服か?」
「そうね、一応納得しておいてあげるわ。それにしても、あんたよく見てるのね、あたしのこと」
「俺の数少ない宿敵だからな。さて、俺もその宿敵に1つ聞いておきたい」
「何?」
「ミスコンへの参加、取り消していいのか?」

 何の飾りもない言葉。
 ただ質問しているだけとも取れる。
 けど、落ち着いて杉並を観察できる今なら、なんとなくその言葉の裏も見える。
 あたしを気遣ってくれてるんだ。
 思えば、ミスコンへの参加自体も、あたしへの気遣いな気がしてくる。

「ううん、やっぱり出るわ。あんたとの特訓、無駄にしちゃ悪いでしょ」
「別にその労については考えなくてもいいがな」
「大丈夫よ、それへの義務感だけで出たりはしないわ」
「そうか。ならば俺はこれしか言うまい」

 杉並は一息ついて、言った。

「水越、好きな奴はいるか?」
「……………はぁっ!?え、何、どういうこと!?なんでいきなりそんなことを!?」

 ま、まるで告白…。

「ミスコンにおいて最も多い『質問』だ。そんな態度ではやり手の司会に食われるぞ。これでも読んで特訓しろ」

 渡されたのは、杉並がいつの間にか持っていた台本みたいなもの。
 タイトルは『これでばっちり!ミスコン質問集・過去問 解説付き』。
 出版社は杉並商事……随分と細かく作ってある。

「ああ、なんだ、今の特訓だったのね」
「ん、他になんだと思った?」
「な、何って…」
「告白なら、俺はもう少し言葉を選ぶが」
「わかってるなら聞くなっ!っていうかなんでわかるのよ!?」
「表情に出ていると言ったはずだ。それこそ水越らしいがな」

 ふうっ、と息をつく杉並。

「その本は渡しておく。明日1日、暇があったら読んでおけ。それが最後の特訓メニューだ」
「あれ、明日はどっかで特訓をしたりはしないわけ?」
「さすがに前日ともなると場所がとれなくてな。それに、『質問』の答えはお前が独自に考えた方がいい。
 そのほうが、お前らしい答えが出るだろうからな」

 杉並が、いきなり頭を下げた。

「一応謝っておく。白河嬢への当て馬にするため、お前を全て偽らせようとしたことを」
「そ、そんな改まらなくていいわよ。あたしだって、さっきはなんかむしゃくしゃしてて八つ当たりして…ごめん」

 あたしも頭を下げる。
 杉並が頭を上げるまで待っていようと考えると、どうも相手も上げる気配がない。

「…っくしゅん」

 下げっぱなしで1分くらい、寒さに耐えられなくてくしゃみ一回。
 杉並がやっと頭を上げた。

「これ以上ここにいて体調を崩せばそれこそ今までが水泡に帰す。帰るぞ、水越」
「うん……って言っても、あたしとあんたじゃ家が逆方向だけどね」
「今日は偶然そちらに用事がある。ついでに送ってやる」

 言うが早いか、杉並は歩き出した。
 着いて歩くあたし。
 寒い空の下なのに、なんだかちょっと暖かかった。




















 ミスコン前夜。
 質問集での予習を終えたあたしは、電話を手に取っていた。

『もしもし』
「こんばんは音夢。あたしだけど」
『眞子!おひさしぶりですね』
「うん。ちょっと時間いいかな?」
『ええ、構いませんよ』
「ありがと。ねえ音夢、明日、風見学園がクリスマスパーティーなの知ってる?」
『はい。美春が、今年は兄さんも杉並君も動いていないから楽でいい、と電話をさっきくれましたから』
「え……?」

 あのイベント好きの杉並が、何も動きを見せてない?
 けれどよく考えれば、あの日以来風紀委員と追いかけっこもしてないし、あたしの特訓にはいつも付き合ってくれた。
 あたしはハイヒールで歩く練習とメイクの練習くらいしかしてなかったのに。

『どうかしましたか、眞子?』
「あ、ううん、なんでもないの。それよりね、音夢。あたしどうしても音夢に聞いておきたいことがあったの」
『私にですか?』
「実はあたしね、ミスコンに出ることになってるの」
『眞子がミスコンにですか!?』
「…そんなに意外かな?やっぱり変?」
『いえ、変ではないですけど、眞子はそういうものには参加したがらないと思っていましたから』
「色々あってね、参加する気になったのよ。それでね、音夢。参加したことのある音夢に聞きたいんだけど」
『あまりいい思い出ではないのですが…なんでしょう?』
「音夢が答えた好きな人、朝倉だったんだよね」
『不肖の兄ですが』
「あれって、本気?」
『え…!?』

 一瞬、音夢の声の感じが変わった。
 電話用の声から、素の声って感じに。
 わかりやすい反応。

『そ、それは、家族ですから、好きに決まってますよ。眞子だって、お姉さんが好きでしょう?』
「まあね。時々すっごく嫌いに思えるけど、やっぱり大好きだよ」
『その気持ち、よくわかります。私に聞きたいこと、他にありますか?』
「ううん、ありがとう。音夢が元気そうで良かったよ。また電話するね」
『冬休みには帰省する予定ですので、多分そちらで会えると思いますよ』
「そうなんだ!楽しみにしてるよ。それじゃあね、おやすみ音夢」
『はい、お休みなさい、眞子』

 電話を切る。
 確認したかったことは、確認できた。
 ただ、残念ながらあたしに応用できるかどうかは怪しいのだけれど。

























 そして、ミスコン当日。
 もとい、クリスマスパーティー。
 音楽部の演奏は、目立ったミスもなく終わり、あとはミスコンだった。
 あたしに渡されたのは黒いドレスと手袋、それに30番の丸い番号札。
 メイクをして鏡の前に立つと、一瞬、自分でも誰だかわからなかった。
 控え室での長い待ち時間を終えると、あたしはステージに立った。
 練習した、たおやかな笑みを浮かべて。
 練習した、危なげのない歩みで。

「エントリーナンバー、ラストの30番、水越眞子さんです!では、自己紹介をお願いします」
「本校1年1組、水越眞子です。音楽部に所属しています」
「なにか披露しておきたい特技などありましたら、どうぞ」
「特技といえるほどのものかはわかりませんが……」

 フルートをすっと取り出し、口を当てる。
 何度も練習した曲を、あいつへの感謝の想いを込めて、吹き切る。
 ミスは…ない。

「大変結構なフルートの演奏、ありがとうございました。続きまして、水越眞子さんに寄せられている質問をぶつけてみたいと思います」

 司会の男子が、カンペを見る。

「ええ、まずは『水越さんは音楽部所属ですが、手芸部とかけもちなどいかがでしょう』」
「まだまだフルートも未熟ですので、他の部活動はちょっと…」

 音夢や白河さんもこの質問をされたことがあるらしいんだけど…あたしにまで来るとは。
 練習しておいて良かった。

「それは残念。他には『お姉さまと呼ばせてください』『姉妹の契りを交わしてください』という意見が多数ありますが」
「ええっと、あたしにはお姉ちゃんも弟も既にいますので、これ以上はちょっと…お断りしたいかと」
「それも残念。あとは…ん〜、微妙な質問は私の個人的権限で省略するとして……やはりこれでしょうか」

 来た、例の質問が。

「水越眞子さん。今、好きな人はいますか?」

 朝倉への想いは、まだ多分途切れてはいないけれど。

「………います」

 そんな質問のパターンも用意してくれた、とってもひねくれてるヤツが、気になり始めてます、多分。
 あいつと一緒に練習した笑顔を作って答える。

「お姉ちゃんです」

 会場から溜め息が漏れるのがわかった。
 けど、こんなところで正直に答える気はあたしにはない。

「ちょっと期待持たせるようなお答え、非常にありがとうございました。以上で質問を終わらせていただきます」
「ありがとうございました」

 一礼して、Uターン。
 転ぶことなく、ステージの裏まで移動。
 パーフェクトな出来だった。




















 控え室で待っていると、杉並がやってきて、意外なことを告げた。

「決戦投票?」
「ああ、水越と白河嬢が、1票の差も無く同票だったのだ」
「お姉ちゃんと白河さん?」
「いや、水越姉は3位として既に発表されたが」

 …確かに完璧な出来だったけど、まさかここまで票を取ったなんて…。

「で、杉並君、決戦投票ってどうするんですか?」
「去年と同じく、会場の客1人をランダムに選出し、どちらかに投票をしてもらう。
 誰かに投票をして欲しいというリクエストがあれば聞くが」

 その人が自分に入れてくれるという期待をしていて、いれてくれなかったら相当な禍根を残しそうだ。
 けど、リクエストを出来る、と聞いた時点であたしの心は決まっていた。

「だったらさ、その一票、朝倉に任せてくれないかな?」
「…水越?」
「白河さんもいいかな?」
「え、ええ。私はいいですけど…えっと、その、水越さんの方こそいいのかな?」
「何が?」
「え、だから、私と純い…朝倉君は、ほら」
「皆まで言うな、白河嬢。当事者同士で決めたのなら、誰も文句など挟みようもないさ」

 そう言いつつ、杉並の目はあたしの顔色を窺ってる。
 本当にいいのか?って尋ねてるみたいに。
 さっきみたいに作ったのじゃなくって、本当の笑顔で答える。

「ならとっとと行きなさいよ。手芸部だって困ってるんでしょ?」
「ああ、わかった。水越と白河嬢は、ステージに上がって待機していてくれ」
「わかったわ」
「了解です」

 白河さんと並んで歩く。
 横目で見た彼女は、やっぱり綺麗だった。
 容姿だけで朝倉は彼女を選んだわけじゃないだろうけど、納得できる容姿というべきか。
 ステージに到着すると、司会があたしたちの到着を待っていたように言葉を紡いだ。

「大変長らくお待たせいたしました。第二位を発表させていただきます」

 名前を呼ばれる前から、あたしは歩を進めた。
 確信があったから。
 その確信を違えることなく、2位はあたしだった。
 笑顔で、胸を張って歩こう。
 あたしの恋の終わりが、ちゃんと迎えられるように。
 そして、朝倉が今さら後悔しちゃうくらいの、可愛い女の子に見えるように、なれるように。






 *








 手芸部の企画も終わり、学園祭のほとぼりも冷めようという頃。
 本日の主役は、屋上で黄昏れていた。

「こんなところにいたか、水越」

 中庭で買ってきた熱い缶コーヒーを手渡す。

「ん、ありがと」

 水越は缶を開けると、一気に飲み干した。

「熱っつう!」
「飲みきってから言うか!」
「だって、こんなに熱いと思わないじゃない。あんた、あたしを探し回ってたんじゃないの?」
「そうだが?」
「その割りには、随分と熱いコーヒーですこと」

 水越が悪戯っぽく笑う。
 とりあえず会話の矛先を逸らす。

「わざわざ朝倉に投票を頼んで負けに行くとは奇矯な奴だな、お前は」

 自分の恋人に何の臆面もなく投票する朝倉も朝倉だが。

「いいのよ。もしもあたしに投票しようものなら、ぶっとばしてやるつもりだったし」

 そう言う水越の顔には、一点の曇りも無かった。
 表情に出やすい水越からして、強がりというわけではないようだ。
 朝倉に投票を依頼したのは、朝倉に対する想いの未練かと思っていたのだが、そうではなかったのか?
 朝倉に、自分に投票をしてもらいたい、という、去年の朝倉音夢とは反対の理由ではなかったのか。

「まあ、あんたには悪いことしたわ」
「俺に?何のことだ」
「音夢や美春ちゃんから聞いたわよ。あんた、今年は何も企まなかったんだって?」

 何故朝倉妹の名前が出るのかは不明だったが、確かに、今回は何も企てなかった。
 他の事で忙しかったからだ。

「で、あたしの特訓にはつきあってくれてたのよね」
「それこそが今回の俺の企画といえるからな」
「なるほどね、だから、わざわざ下級生に情報を流したりしたんだ?」
「む?」
「会場の男女比見ればわかるわよ。ミスコンなんてイベントの割に、女子が多いし。
 部活の後輩にも、前から知ってる子が多かったからね、あたしの参加。
 あれよね、あんたが言ってた牽引力ってやつ。
 あたし、認めたくはないけど女子に人気があるみたいだから、票を集めるために女子を集めたんでしょ?」

 気づかれていたか。
 時間をかけた裏工作だが、、あからさまにならざるを得ないものでもあった。

「女子の票だけでは、2位にはなれんさ」
「そうかもね。でも、男子の票だって、普段はあたしのことなんか見てない連中ばっかりだろうしね。
 素でいってるお姉ちゃんや白河さんには全然敵わない。完敗よ」

 随分と自分を卑下するものだ。
 とはいえ、俺の企みを全て看破したのだから、そうなってしまうのも当然なのかもしれない。
 即ち、自力ならざる順位。その面は確かにある。
 水越は気づいたかどうかはわからないが、水越姉の参加も、目的は白河嬢へ流れる票を回収することにあった。
 実際、水越姉は3位をとるほどの得票をしたので、十分効果はあったのだが、逆に言えば、それでも1位の白河嬢は圧倒的ということ。
 しかし、全てが全て自力ならざるものでないのもまた事実。
 ただ水越の場合、全てを自力ならざるものと判断しそうなのが難点か。

「俺は余計な事をしたか、水越?」

 あまり捻りをいれた言葉は出せなかった。

「いいのよ。ミスコン一夜限りのシンデレラでも、お姫様気分で悪くなかったわ。それに…」

 水越は、ポケットをまさぐると……俺の投票した紙を取り出した。

「あんたは、あたしのことわかってくれてるんでしょ?」

 『普段通りの水越眞子』と書かれた紙を手に、屈託無く笑う姫君。
 12時を過ぎていない今、ドレスもガラスの靴もなくても、シンデレラの笑みには魔力があった。
 それに想いを抱くのが、王子ではなく魔法使いであるのが、なんとも三文芝居だが。

「ああ、そうかもな」