クリスマス。

この日に世間で盛り上がるのはカップルくらいのものである。

そう、カップル。彼氏彼女を持つ幸せ者であり、そして――――


「世界で最も許してはいけない絶対悪だ!! 俺達はそれを取り締まる正義でなくてはいけない!!」


おぉー!! と盛り上がる自称正義のヒーロー達。

もちろん、こいつらは正義のヒーローなんてものではなく、ただの『負け犬』。

人生負け組、負け犬、敗北者、社会不適合者――――全ての負の称号を背負った哀れな人種である。

早い話が彼女の作れないモテナイ男……もとい漢だ。


「野郎共! 俺達は決してひがんでいるわけではない!」


背景のスクリーンに映像が流れた。

映像にはこう書かれている。

――――――――――――――――
クリスマス 3 [Christmas]
キリストの降誕を祝う祭り。一二月二五日に行われる。太陽の新生を祝う冬至祭と融合したものといわれる。
キリスト降誕祭。[季]冬。
――――――――――――――――


「お前等も理解しただろう! ―――外を見ろ、どこにキリストの降誕を祝う奴がいる!?」


スクリーンの映像が外の様子へと切り替わった。

バのつくカップルがいちゃいちゃしている様子がたまに映る。

それを見た野郎共――のべ30人前後だろうか――が敵意を燃やしている。


「まったくいないのが見えただろう!! そう、こいつらはクリスマスの真髄を理解していないどころか……」


ここで、一度一息居れて――――


「キリストを踏みにじっているのだ!! 皆、こいつらを許していいのか!!??」


――――叫んだ。シンプルに、大声で。

ここまで僻みも甚だしいと馬鹿らしくなってくる。

もともと馬鹿らしいことではあるが。

野郎共は既に雰囲気に酔っているのか、まったく辺りを気にしていない。

なお、この雰囲気を宿すこの館は学校の体育館である。

人数と館の広さの違いのせいか、第三者視点から見ると見事に寂しい。

せめて館一杯にまで人数を埋めるとそれなりに迫力が出るのではあるのだが。


「お前等――――この暴挙を許すな!!」

『時谷生徒会長万歳!』


このアホ共の元締めは時谷という生徒会長らしい。

こんなのが生徒会長だというのだから、学校の程度も知れているというものである。

…………と、ここまでは(野郎共にとっては)良かったのだが。

雰囲気だけではなかなか続かないものである。

微妙にシーンと白けてきたのが分かったのか、時谷生徒会長はもう一度声を高くあげた。


「というわけで、だ。俺達は正しきことをやろうじゃないか!?」

『?』

「コレでキリストの降誕を祝おうじゃねーか!!」

『お、お酒!?』


時谷生徒会長が皆に配ったお酒。

事前の調べでアルコールの強い者へは『ジン』、弱い者へは『梅酒』というお酒を配布してある。

結局はアルコールを飲ませるらしい。なんて生徒会長だ。


「キリストの降誕を祝って――――かんぱいっ」


………………。

…………。

……。

なんて言うか。

予想できそうなことではあったのだ。

お酒に弱い者は飲み潰れ――――強き者でさえ『ジン』はアルコールが強すぎた。

ここではあえて例外を取り上げるとしよう。


「はははは、しかしなぁ。時谷。お前がここに来るとは思わなかったぜ?」

「そうそう。お前、あいつがいるじゃん」

「あのなぁ。あいつは幼馴染だっつーの。今頃、あいつは彼氏といるんじゃねーの?」


お酒の勢いだろうか、それとも素の時谷会長がこれなのかはあえて言うまい。

随分とくだけた口調で、さきほどとはまったく違う雰囲気である。


「え? あいつ、彼氏いんの?」

「あの容姿だからなぁ。いるんじゃね?」

「今ごろ、せいやを過ごしてるだろうよ」

「はっはっは。下品だねぇ、生徒会長さんよ」


あえて漢字で表現しないのがミソである。


「お約束だろう?」

「で、彼氏さんは『あれから…あの日、来ないの』なんて言われて困るわけだな」

「はっはっは。好きだねぇ……そういうの」

「馬鹿言ってねーで、飲むぞ、お前等」


言ってて恥ずかしくなってきたのか、自分で話題を振っておいて話題を逸らした。

仮にも幼馴染の話題だから、色々と照れるものがあるのだろう。

単にからかわれているようで気まずいのかもしれない。


「おやおやー? 照れてるのかな、生徒会長、さんっ」

「馬鹿言え、誰があんな女――――」

「へぇ、女とは認識してるわけだ?」

「…………」


何故か言葉に詰まる時谷。

普段ならば、言い返す言葉も思いついたのだろう。

だが酒の入った時谷にそこまでの思考力は、ない。

だから時谷は反撃の一手に出た。

それはある意味、負けを認める宣言でもあるのだが。


「………じゃぁ、そういうお前はどうなんだよ?」

「あーあー。そういえばクラスメートと噂になってたねぇ?」

「バ、バカ言うなっての。あいつは、そんなんじゃねぇ」

「へぇ………キスしてるのを見られていたのにか?」


だが、時谷は無駄に反撃はしない。

時谷は情報というジョーカーを隠し持っているのだ。

勝てる勝負しか挑まない、それが必勝の掟である。

既に敗北を喫しているというのはさておき。


「あ、あれは事故だ!!」

「事故、ねぇ?」

「そもそも、曲がり角でぶつかっただけだぞ!? たまたま顔の高さが同じだっただけで!!」

「身長低いもんなぁ、お前」


うるせぇ!! と反撃するが不利を感じたのか話を転換しようと周りを見渡す。

時谷生徒会長とそれを取り巻くグループ。

取り巻きの一人に目をつけて――――


「――――お前はどうなんだ?」

「俺か? 先月別れたよ」

「マテ。いたのかよ、羨ましいな、おい!!」

「女なんてそんないいものじゃないぜ?」

「そうそう、3次元の女なんて糞だ」

「……いや、その発言はどうかと思うね?」


そんな野郎共の楽しい宴の中。

時谷に死神の鈴がなるのを誰も知る由がなかった。

予想できたはずもなく、予想するはずもない。

『♪探し物はなんですか ♪見つけにくい物はなんですかー』


「………時谷、着歌に罪はないんだがセンスは最悪だな」

「うるせー。っと、ちょっと黙ってろ。はい、もしもしー」

『あ、時谷? 私、だけど……その、今か、ら、暇……か、な?』

「何口篭もってんだよ? ――ん。暇になれんこともないが、どうした?」

『もし、良かったら……あ、本当に良かったらでいいんだけど……』

「だから、さっさと用件言えって」

『一緒に…………クリスマス……過ごさない?』

「え?」

『い、いやだったら、いいん……だよ?』

「いや、今から行くよ――――つーわけで俺は抜けるわ」


死神の鈴は鳴った。

それを合図に、男達のスイッチは切り替わった。

時谷は大事なことを忘れていたのだ。

ここは『モテナイ男の宴』だということを。

今の時谷の行為が許されることは一切、ない。

今のこいつらにとって幼馴染からの電話は重罪だ。


「とーきーやーくーん?」

「お、落ち着け、お前等!?」

「あははー。幸せそうでいいねぇ? 生徒会長さん?」

「……あ、あははは……」

『その幸せ、俺によこせ――――――!!』


嫉妬狂う野郎共にタコ殴りにされた時谷は、死に物狂いで幼馴染の元へと辿り着いたという。

幼馴染は何故か痣だらけの時谷を心配し、何故痣だらけなのか聞いた。

アンタの電話のせいだとは言えず、時谷は反応に困る。

その反応が幼馴染をなお一層困惑させたという。


その頃、体育館では――――

『時谷の裏切者――――――――!!』

――――モテナイ漢の怨念が木霊していた。