一段と冷え込みが強い、24日の夜。明日は、25日。聖夜となる。
それでも。私たちには、そんなものは関係ない。私たちには仕事がありふれている。
年中無休の、独立者たちであるのだから。
「ねーねー、みつきおねえちゃん」
「なんだ?」
黒コートのすそを引っ張りながら聞いてくる海風。ただ、それだけ見れば普通の子供に見える。そう。少なくとも、私たちは、まだまともでいられている証拠だった。
今日は前夜準備。けれど、明日になれば仕事が待つ。おそらく……それは。私たちにとって、祝日ですらも、祝日ですらないものを祝うことすらも許さない。それが私たちであり。私たちでしかない。
「なんでまえのひにじゅんびするのー?」
「明日の昼間が仕事だからだろう」
現実味した回答をした。何せ、これは本当なのだから。
「じゃあなんであしたもおしごとがあるのー?」
「あるからあるんだろう」
そして、なんだか逃げるような。そんな、答えだった。私たちには、時間も無いだろうし。場所も無いだろうし。何より、そんな資格が無いのだろう。
「ほらっ、お手伝い行ってこい」
「はーい」
そういうと、海風は向こうへ行ってしまう。それも、いいだろう。私はもう一度、空を見上げた。明日。明日は…何があるのだろう。想像を、したくも思わない。私たちにとって、それが正しいことなのだろう。けれど。こういう日ぐらいは……ゆっくりとしたかった。
「三月」
振り返る。もはや、見知った顔がそこに居た。
「氷雨か。どうした」
「どうしたもこうしたも、ボーっとしてちゃ準備が進まない。はよ手伝ってくれ」
「…ああ」
それが何を示すかも知らないが。私は、少しずつ変わっていこうと思う。真甲曲は……まだ、終わらない。
「仕事、キャンセルになったの?」
「あぁ。向こうから、唐突のキャンセルだそうだ」
三月ちゃんからそう聞いた。嬉しいことだけど、昨日のうちに大体の準備は終わっちゃったし。あたしは中庭においてあるクリスマスツリーを、ゆっくり見上げた。22人が思い思いに飾りをつけた、あたしたちのクリスマスツリー。それは…本当に、大切な思い出のツリー。
それをゆっくりと眺めていれば、自然と笑顔になっていく。
「雪が降ると、いいのにねー」
「寒いが、降りそうにはなさそうだ。贈り物を、サンタが届けてくれると…思うのならそう思え」
「思いたいね。あたしたちはそれだけの良い子じゃん」
「……」
「なにその、意味ありげの反論したげな視線」
三月ちゃんの視線が、少し悲しい。まるで悪い子ばかりみたいだ。そりゃあたしはそうかもしれないけど…
「ここにいるのは…確かに良い奴らばかりかもしれないけどな」
三月ちゃんもツリーを見上げた。
「サンタは、サンタクロースは、絶対にこない。来てしまったら、帰れないだろうからな」
「それも、そっか」
きっと、みんなが逃がしてくれなさそうだ。そう思うと、なんだか余計に笑ってしまう。
「もうちと、飾り付けしよう」
「そうだな」
「こういっちゃーんっ!」
「なんだーっ!」
「まだ飾り残ってるーっ!?」
楽しもうよ。あたしたちだけの、クリスマスでも。それがあたしたちの楽しみ方だもんね。
「メリー、クリスマスッ!」
『メリー、クリスマスッ!』
パン パン パン
こういっちゃんの号令でみんなそろって合唱。みんなで過ごすクリスマスの始まりですです。
今日は今日で本当に、みんなはじけちゃってます。
三月ちゃんも狂四郎くんも舞ちゃんもしんいっちゃんも、夕暮ちゃんも軸途くんも小夜ちゃんも。
のぶなーがさんも都古ちゃんはるちゃんもじんちゃんも、ゆきちゃんもしょーちゃんもこういっちゃんも。
ゆかりちゃんもあっちゃんもいちごちゃんも、ぎんちゃんもみくちゃんもかなちゃんも志都美ちゃんも。
空? 空も楽しんでますよ? とぉっても、楽しんでます。こういう行事大好きですです。今日のこの夜はみんなで、お仕事も用事も忘れて、綺麗さっぱり楽しむみたいです。
「三月ちゃんのめーっ!」
「飲まぬは女の一生の恥でしょがっ!」
「私は酒は強くな――」
あっ、三月ちゃん飲まされてる。空は混ざらないのですかって? 実況したほうが面白いじゃないですか。こういっちゃんはー…あやや、あんまり飲まないほうっぽかったりするですかね。ちと残念。もともっと、大量に飲んで悪酔してもよさそうですに。
「ぷはぁっ…神也ぁ? まだまだ、飲めんでしょうなぁっ?」
「――ふぅ。なめんなよ、俺様を何だと思ってんだ」
「あまり飲みすぎるなよ。夜酒が足りなくなる」
こっちは酒盛り大会真っ最中。みやちゃん裏出てるですに。びっくりですに。じんちゃんでも勝てなさそうですよ。のぶなーがさん、まだ飲む気ですし。空にはかんけーないですですけど。
「おねえちゃん、いちごはどうすればいいのー?」
「ん? んー、そうだねぇ。とりあえず、オレンジジュースで乾杯」
「かんぱーい」
「……おいし」
志都美ちゃんオレンジジュース飲んでて、珍しく起きてたりするです。ゆかりちゃん、ふぁいとですよ。いちごちゃんに教育開始です。
「…真一郎は飲まねぇの?」
「その前に未成年なんですよ。脇田君は、今年で20でしたっけ」
「そういうこと。でも、未成年も飲んでるしな。やめときゃいいのに」
「そーかもねぇ。俺はのまねぇけど」
そこで談笑してる男組み。あんまり面白くないですに。だって、もっともっと面白いことおきないと面白くないじゃないですか。
「遥はさっきから食べてばかりだ。銀二、お前も」
「いいじゃんか別に、おなかすくんだよね」
「…ごめんなさい」
「謝らないほうがいいよ」
君らもほのぼのしてるねぇ。空はうらやましいですよ。そうですとも面白いのを求めてしまうですに。はるちゃんぎんちゃん軸途くん。
「……走ってるときゃましだけどさむー」
「そんなんじゃだめだと思うんだよ」
そこー、あつあつしてないですー。いつでも最近一緒過ぎて怪しく思えるですに。真甲曲内カップル初ですか。空が混ざれなくて悲しいじゃないですか。
ふと、ある一角を見た。ちょこちょこと空は近寄って。
「ゆきちゃん小夜ちゃん、だいじょーぶですか?」
「……」
「…だめ」
ゆきちゃん返答も出来ないほどつぶれてます。小夜ちゃん返答は出来るけどつぶれてます。これはもう、だめっぽいですですよ。んもぅ。
「こういっちゃん、ゆきちゃん襲うなら今のうちですよっ!」
「誰が襲うかっ!!」
パコォンッ!
んのー、本当ですに。今なら簡単に襲えるですに。
みんながすこしずつ寝始めて。いまや、たまたまおきた私以外はみんな寝てしまったようで。
きっと、皆さんの分の靴下があることでしょう。みんなで張り切って用意してましたしね。ですけれど…私は、来るとは思っていなかった。あくまで過去形で。私は過去形で言い切って見せます。理由は単純です。
「おや、まだ生きてた――じゃなくて、起きてた」
生きてたってなんでしょう。
「こりゃ、最初の計画が見事に外れちゃったところだね。わたしの誤算」
「何がですか?」
目の前にたっているのは、サンタの服装をした知らない人。ですけれど、向こうはこちらを知っている。そう思えて仕方ありませんね。まったく。
「真甲曲のみんなに、クリスマスプレゼント」
「ばれないようにしたかったわけですか」
「そうそう」
一瞬、耳を疑います。
「……それで、袋に持ったその後ろは」
「みんなが受け取ってもらえるような、そんな思い出の詰まった贈り物さ」
「…あの」
「なに?」
「突っ込みたいところたくさんあるのですが」
「気にしなくていいよ。あぁ、お邪魔しまーす」
「あぁはい、どうぞ――って、入るんですかっ!?」
「入んなきゃプレゼントできないじゃん」
「ばれた時点で帰らないんですか」
「帰ったら渡せないじゃんかっ」
逆切れしないでください……
「…大事なこと忘れてた」
「なんですかもう」
「アンプロンプテュ、即興曲の御堂雪見さん。クリスマスプレゼント、はいどうぞ」
そうやって出されたもの……あの。
「非常に申し訳ありませんが」
「ん?」
「私は、こんなものはつけません」
手渡されたカチューシャ。なんですか。私につけろと?
「まぁいいや。じゃあ、またね」
そのまま敷地内にあがっていってしまいました。
私はそれをつけてみた。……なんだか、敗北感が漂って悲しいです。
雪が降っている。気がつけば振り出したその雪に、誰かが笑った。
「雪、降ったな」
その言葉に、誰かがこう答えた。
「雪、降ったね」
そういって。言った二人は笑ってた。
――――――――壊れた歯車だって、奏でるクリスマスソングがある――――――――