「昨日未明、12月27日午前2時頃、JR○○線××駅〜△△駅間□□踏切において

 地元の学生と思われる少年が走行中の作業用回送電車にはねられ死亡した。警察は身元の確認を急いでいる。

 この事故による電車の遅れは無く、上下線共・・・・・」








12月27日午前1時20分

 
 最終電車から人気の無いホームに降り立つ。

 何を着ていようが寒いものは寒い。

 いくら重ねたところで防げるものじゃない。


 一年ぶりの故郷は、そのカタチを全く変えていない。

 ただ、いつもと違うのは、音が死んでいる。

 ・・・当たり前だ。いつもの帰省と違い、わざとこの時間に帰ってきたのだから。


 息を大きく吸い込み、吐き出す。

 大きく伸びをする。

 かなり早い時間に家を出たのでここまで遠回りを使ってきたせいだ。

 コンビニで何か買おうか・・・いや、どうせ歩けば温まる、ここから半時間かかるんだ。

 さっさと行くことにしよう。
 
 これで間に合わなかったら、何のためにこの時間に帰ってきたのか分からない。

 それに、雪に降りだされるのはかなわない。


 駅前のロータリーを抜け出し、普段向かう実家とは逆方向へ足を進める。

 行き方など知らないが、まあ大丈夫だろう。

 線路に沿って行きさえすれば、辿り着く所だから。








27日午前1時33分


 だいぶ知らないあたりにやってきた。

 いつも電車から見下ろしていた場所だけど、歩いてみるとやはり印象が違う。

 駅から少しはなれると、すぐに田園地帯に入った。


 ここに来るなんて、考えた事がなかった。

 この場所は、ただ見下ろすだけの場所。

 窓枠に区切られた一枚のピース。

 今、必死にはめこもうとしても、どうしても上手く繋がらない。

 そんなこと、意味もないのに。


 さあ、次の街灯を目指そう。

 もとから引き返そうなんて思っていない。








同日午前1時42分


 ゆっくりと、でも確実に近づいているのは分かる。

 さすがにここまで来て一つ行き過ぎていた、なんて洒落にもならない。

 線路との距離が詰まっていく。

 次の曲がり角を左に曲がればすぐ。

 疲れた体に気合を入れ直す。


 大体、こんな時間にこんな場所をほっつき歩くなんて。

 普段の自分には想像もつかない。

 そんなに恐いわけでもない。

 ただ・・・心が寒いだけ。

  
 あいつは何を、思っていたんだろう。

 全く分からない。

 闇が大挙して襲い掛かってくる、ここで。

 何が、したかったんだろう。

 それを確かめたくて。








午前1時50分


 ついた。

 ふと振り返ってみるが、街灯以外、何も見えない。

 ここに一人、浮かんでいるようだ。

 黒の中の白。

 静寂の中の動悸。

 時の流れの中のわだかまり。


 とにかくついた。

 あたりを見回す。

 そばの標識についている番号を見つける。

 間違いない。

 ここだ。 


 目的地に、ついた。 

 夢に何度も見た場所。

 去年は来なかった場所。

 黄色と黒のコンチェルト。


 なんてことはない、ただの、踏み切り。








1時54分  

 
 忘れ物を取りに来たような、そんな気分だった。

 忘れ物が、やっぱりなかった、そんな気分になった。


 2時までここで待とう。

 何か分かるかもしれない。
  
 何も分からなくてもいい。

 2時まで待っていたい。


 哲学じみた言葉ばかりが頭を埋め尽くす。

 意味と無意味。

 価値と無価値。

 今考えるべき事はもう終わっているから。

 
 風が頬を撫でる。

 肩が上下に動く。








57分


 そういえば、今日の新聞を読んでいないな。

 そう、ふっと思った。

 針は歩みを止めない。

 さあ、カウントダウンでもはじめようか。


 何か起こらないか。

 いや、何も起こるな。

 
 やっと脳裏に浮かんだ

 あの頃の、楽しき日々








9分20秒

 
 横殴りの突風に、思わず身を竦める。

 
 





9分27秒

 
 帽子がどこに行ったか見つけた。








9分37秒


 拾い上げて、埃を払う。








9分50秒


 動けない。なぜ、気付かなかった?








59秒


 ヒカリが   みちた









安地








 去年の冬、帰省してまず、新聞を読んだ。

 久しぶりの地方欄に楽しみがこみ上げる。

 ふと、下を見ると、電車の人身事故がのっていた。

 近くの高校の男子生徒。

 一瞬、あいつの事が頭に浮かぶ。

 まさか。

 いくらなんでもそれはない、大体、高校男子生徒なんてこの界隈に腐るほどいる。

 久しぶりに連絡を取るか。

 あいつ驚くだろうな。

 そんなことを考えながら眠りについた。








 起きると、電話がかかってきていた。

 昔、通っていた塾の先生から。

 ん、一体なんのようだろう?

 冬休みはバイトはできないし。

 どうせ春にまた厄介になるのに。








 飛び込んだのは、揺らぐ事無き、事実。








 不思議と、悲しくなかった。

 もちろん、半年以上連絡を取っていなかったからというのもあっただろう。

 しかし、それ以上に、喪失感に打ちひしがれていた。

 それでも、普通に正月を迎え、下宿先に帰る。

 葬式にも出ず、別れもしなかった。 

 そんなものに、意味をつけたくなかった。








 ただ一つだけ残ったのは、解ける事のない「疑問」








 いつあったのか。

 ちょうど、高校が地元から離れたところに通う事になり、地元の友人と疎遠になった頃。

 塾で出逢った後輩。

 あいつも転校して来たばかりでつながりを失っていた。

 数回であった後には、すでに十年来の親友になっていた。

 大学に受かって故郷を出るときも、快く送り出してくれた。

 出会えるときは必ず遊んだ。

 他愛ない事から、人生についてまで語り合った。

 


  
 


 その時にいった言葉。

 『自殺だけはすんなよ』








 しかし、死んだ理由は、分からなかった。








 それだけが、心残りだった。

 事故だろう、と片付けられたが。

 あんな時間に、あんな場所で。

 いや、もしそうであったとしても。

 自分の言葉が届かなかったのか、届いていたのか。

 それが、知りたくて。 








59秒

 
 ヒカリが   みちた








 ああ・・・このヒカリか

 このヒカリに、あいつは吸い込まれたのか

 この、暗闇を引き裂いた、白い、世界

 全てを飲み込む

 音も、色も、風も、思いも

 
 時、すらも。 






 

 帽子が吹き飛ぶ。

 列車は音を立てて通り過ぎる。

 その後には、何も残らない。

 静寂が辺りを包み直す。








 けっきょく

 なにも

 わからなかった








 のこったのは

 じじつのみ
























12月27日午前二時


 あいつは線路の左側にいた。

 俺は線路の右側にいた。

 だからあいつは当たった。

 だから俺には当たらなかった。
 
 生きている。 

 それが事実。
 

 帽子を拾いに行く。

 そういえば、あいつも帽子が好きだった。

 そんなことを、一年ぶりに思い出した。

 埃を払い、かぶりなおす。


 あの日も風が強かったのか。

 そんな事は知らない。

 ただ、あいつは死んだ。

 それも、事実だ。








 空から、雪が降り始めた。 

 雪か・・・

 この雪が、一日早ければ。

 いや、帰るのが一日遅れれば。

 俺たちを分けたあの線は掻き消えていたかもしれない。

 そんなifに思いを馳せてみたり。

 






 「結局、生は常に死と背中合わせ・・・


 − 雪が降るそばから溶けるように −

 
 ・・・だから、生を実感できる」

 
 境界の近くにいるからこそ、さっきみたいに引き寄せられる。

 境界の近くにいるからこそ、イマという時間に感謝ができる。  







 
 どちらでもいい。

 用も済んだし帰るとしよう。

 もうここに来る事は・・・

 まあ当分はないだろうから。 

 
 来た道を帰ることにしよう。

 どうせ来る事ないのだから。

 三つ目の街灯を右に曲がるんだったか、

 雪が目に入ってよく見えない。


 一度だけ振り向いておこう。

 どうせこれが見納めだから。

 もし訪れる事があったなら、

 雪の降らない朝がいい。


 黄色と黒の縞々が見える。

 故無き死を遂げたあいつの墓標。

 力つきるその日まで、

 動き続けていて欲しい。


 まつげについた露を払うと、二度と振り向きはしない。

 なぜか墓標の周りだけ、雪が積もっていない気がした。

 
 ああ、あれなら問題ない。

 あそこは当たらない場所なんだ。


 そう確信し終わると、

 走り出そうと思って転んだ。