ごおおおおおおおっ!!

「させるかっ!とっとと昇華しろ!」

「調魔伏滅、悪霊退散!」

「我が言霊に従い、行け、式神!」

一年の最後の日、大晦日そんな本来静かに過ごすはずの日に

わたしは、悪霊退治の真っ最中である。

正直、こんなことになろうとは思ってもみなかった。

『時給10000円〜交渉次第』

それが、わたしがここに来た理由だった。








不思議な神社の裏事情〜新井諒子の場合









今年の冬のバイト探し、物語はそこから始まった。

「ああもう、ぜんぜんいいのないなあ」

そう愚痴をこぼすわたし新井諒子(17)は、ただいま金欠病の末期症状にありました。

新聞の年末バイト情報、どれを取ってもそういい話などなく、

わたしはこの冬、生きるか死ぬかの瀬戸際にあった。

H海道において冬を過ごす上で灯油がないこと、それは死を意味する。

なんでこんな事になったかということはこの際どうでもよかった。まあ、

「そっちで過ごしたいんなら勝手にしなさい!その代わり仕送りは一切しないからね」

と、いう母からの最後通告を無視して、ここで暮らしたい、とわたしが決めたからなのだが、

H海道S幌市はそんなに甘い場所ではなかった。

そりゃあそうでしょう、だってホームレスだって地下街以外には居なくなる冬だもの。

まあ、とりあえず何とか食いつないできたわたしもわたしだけど、

ここらで少し大きい仕事を見つけないと向こうに帰ることになる。それだけは避けたい。

「やっぱ素直に戻っときゃあよかったかなあ、でも冬休みだけ乗り切れれば何とかなるんだし、

 なるべくこっちにいたいよなあ」

しかし、食費+家賃+光熱費+燃料代=ムリ

そういう式がわたしの頭の中で成立していた。

(ホントどうしよう、このままじゃわたし確実に死ぬわ)

そう思い期待はしていなかったが下まで追ってゆくと

時給10000円〜交渉次第

そんな素晴らしい事が書かれた記事を見つけた。

(でも、いったい何の・・・)


巫女さん募集

M神社住所S幌市S区K郷○ー△ー×□
電話011ー○○○ー××××
時給10000〜交渉次第
年齢不問 定員2名
期間12月29日〜31日
備考三食昼寝つき

(……どうしよう)

わたしは真剣に悩んでいた。

このバイトは本当に大丈夫なのだろうか、しかし、こんなに割のいいバイト他にはないだろう。

だけど、こんなにいいバイトなら他の人がもうすでに決まっていることだろう。

(でも、これしかない。これしかわたしの生き残れる仕事は他にない!)

そう決意したわたしは面接を受けるべくM神社へと連絡した。


12月25日 1人きりのクリスマス
「まだ決まってはいないので面接に来て欲しい」

そう電話口の男の人に言われ、今日わたしはM神社へと来た。

(・・・そういえば、こんな住所のところに神社なんかあったっけ?)

そう思いながらも、『自給10000〜』の魔法の呪文にわたしは敵うはずなどなく、

わたしはM神社に着いた。

そこには、寂れたではすまないほどぼろぼろになった鳥居と社務所があった。

(ぼろっ!これはいくらなんでもないでしょう。やっぱ帰――)

わたしが帰ろうと思った瞬間、

「あれ?こんなところに人?ああ、面接の方ですね」

そう、わたしに呼びかける明るい声がした。

「面接でしたらこちらへどうぞ」やんわりと笑顔を向けてくる。

帰ろうと思っていたわたしは、その笑顔に勝てなかった。

「いやあ、誰も来なくて困ってたんですよ。正直あなたが来てくれて助かりました」

その女性に促され社務所へと入っていく。

(外見はぼろぼろだったが、意外と中はきれいなんだな)

そんな下らないことを考えながら女性の後についていくと、

「ここです」と、一番奥の部屋へと案内された。

「ああ、ようこそいらっしゃいました。どうぞ、そちらへお座りください」

「はい」

十畳ほどの和室に丈の低いテーブル、男の人が上座に座っていて、

わたしはテーブルを挟んで向こう側へと促された。

テーブルを挟んで向き合って座った男女の姿は端から見るとまるでお見合いのように見えそうだ。

そうして、わたしの面接が始まった。



「ああ、初めに自己紹介しておきますね。僕はここの宮司代理を務めております阿部晴明と申します。

 ええと、あなたのお名前は、アライ、リョウコさんでよろしいですね?」

「はい」

わたしの名を尋ねると目の前の彼はじっとわたしのことを見てきた。

(・・・いったい何なのこの人?)と思いながらもわたしは終始、真面目顔を作っていた。

・・・五分後、何かを悟りきったように彼は「よし」と呟いた。

「新井さん?」

「はい」

「採用にいたしますのでこちらの書類に目を通してから必要事項を明記していただけますか?」

「え!?あ、はい」(採用!?なんで!?どうして!?いや、でも、やったあ!生き延びられる!)

そして、喜びいさんでいたわたしは、

彼から手渡された書類をほとんど目を通すことなく必要事項欄に書き込みをした。

それがどんな内容であったか、しっかりと読んでいたら、わたしはこんな仕事をしなかった思う。

「それでは、三十日からお願いします」

・・・契約成立の瞬間だった。



12月29日 わたしの人生において最悪ランキングトップ10に入る日

(そういえば、いったい巫女さんてどんな仕事するんだろ?)

当たり前のことを確認せずにわたしはこの仕事に決めた、というかすでに採用してもらった。

そして、ただいまその仕事先へと向かう途中である。

(まあ、いいかそんなこと。悪いことってのは早々起こるもんじゃないし、

巫女さんの仕事もすぐに慣れるだろうさ!)

ちなみに、このわたしの予想は、この後、激しくぶち壊されることとなる。

下らないことを考えながら歩いているうちにわたしの仕事場M神社へと着いてしまった。

バイトを始める前に全員そろっての自己紹介があった。

「ふむ、全員そろったところで新しく入った人が1人いるから自己紹介でもしておいたほうがいいだろう。

まずはここの責任者で宮司代理の私から始めるとしよう、安倍晴明(アベ ハレアキ)だ、よろしく。

そしてこっちは――」

彼の向いた方には先日わたしを案内してくれた女性と、もう1人わたしより若そうな子がいた。

「先日はどうも、あたしは一海(ニノマエ ウミ)よろしく。ほいでもう1人はい、ケイちゃん」

ケイちゃんと呼ばれたその子が自己紹介をする。

「佐藤恵子(サトウ ケイコ)です」

彼女はそれだけ言ってぺこりとお辞儀をした。

「さあ、君の番だ」

「新井諒子です。短い期間ですがよろしくお願いします」

そういって会釈をした。

「諒子ちゃん、ね、にしてもよくこんなところでバイトなんかする気になったねぇ」

「え、どういうことですか?ここってH神宮と同じようなことをするんじゃないんですか?」

その瞬間空気が凍りついたように静かになった。

そして、一さんが怪訝そうな顔つきでわたしに尋ねた。

「・・・まさか、書類にほとんど目、通してないとか?」

「はいそうですけど、なにか?」

素直にこたえてしまった。

「ああ、どうするよハレアキ?」

「契約は契約だ、もうすでに成立してしまった以上問題は何もない」

「そうはいってもなあ」

「いいじゃないか人手が足りないんだから。実際猫の手でも借りたいことは事実だ」

「まあ、そりゃあそうだけど」

話が全く見えてこない。いったいどういうことなのだろうか。

「諒子さん、あなたここがどういう場所だかわかってる?」

「と言いますと?」

「やっぱり分ってなかったみたいね。あのね諒子さん、ここでの私達のお仕事は悪霊退治なの」

(え?イマ、ナンテイイマシタ?)

わたしは何も言えず固まってしまった。

「思考を停止させるのはあまりいいこととは言わないぞ」

「ちょっとハレアキ何無茶なこと言ってるの」

「書類に目を通していないのであればここで私の口から説明するより他にあるまい。

 諒子君、ここM神社は本来ならH神宮となっているはずの場所なのだよ。

 しかしここ百年当たり初詣をする人たちから霊を見る力や感じる力、

 それとともにそれらに対抗する力がなくなってしまったのだ。

 そのために新しくH神宮を作りそこに人々を流し込みここは誰も知らないような寂れた場所になった。

 つまりだ、地脈や霊脈といった類の力はこっちの方が断然流れてくる量が多い、

 そのため霊的なものは何もリンクしていないH神宮なんかよりもこっちへと来るということさ」

 先ほどのことに気が動転していて話の意味がよく理解できないが、

 要するにここは本来H神宮であるはずの場所であり霊が来やすい場所である。と、そういうことだろう。

「じゃあなんでわたしはそんな場所に来れたんですか?」疑問1

「そんなの簡単だ。君には霊的なものに対して対抗する力があるということさ」

男はあっさりと言い放つ。

「なんであなたにそんなことが分かるんですか!?」疑問2

「それは新聞に載せた広告にはそういったものにしか見えないように細工をしておいたからさ」

「あの時給10000〜って本当なんですか!?」

今のわたしにとって最も重要な疑問。

「本当だとも、こちらとしてはそうまでしても人手が欲しかったのだから。

 なにせ伊勢神宮やら関西の方にまた引き抜きを喰らってしまってな、今年はこうなってしまった。

 ということだ」

「また?」

引き抜きとはいったいどういうことなのだろうか?

「そうだ、もともと私たちのような神社でも裏の道に属する者たちは、

正月、彼岸、盆のようなこちらの世界とあちらの世界が密接になる時期になると

このようにして集まって毎度毎度退治していたのだがな、

どうにもH海道はそのときに強い霊が集まりやすくてな、

そうしてそんなやつらと戦っているうちにここで育った巫女や宮司は他のところに比べて

かなり霊に対して強い人間が出来上がるのだ。

そうなるとわざわざ自分たちのところで育てるのを面倒に思っているここよりも立場が上の連中は

ここからそういったやつらを引き抜きにかかるのだ。

だがしかし私たちの様な者がいないとここは魔窟となってしまう。

だから私たちはこのように必要最低限のメンバーで戦わせられているのだ。

そのくせ上の方は「ここは絶対に死守しろ」と言ってくる。

全く無茶もほどほどにして欲しいのだが、そうも言っていられん。

だからこのようにしてバイトの人を雇うこととなったわけだ。大丈夫すぐ慣れるのがうちの売りだ!」

「そんな、わたしが悪霊退治だなんてそんなのできるわけないじゃないですか!」

「できる、できないの問題じゃない!君はすでに契約を結んでいるんだ!

やらないのなら君に給料を払う必要はなくなるわけだが」

(給料なし!?それだけは絶対駄目!凍死してしまう!)
そう思ったときわたしは彼の前に土下座していた。

そして、

「ぜひここで働かせていただきたく存じ上げます」

と言っていた。



そして夜

「そろそろ第一段階の門が開く頃だ」

安倍がそういうと、確かになにか不思議な空気が辺りに満ちていた。

「そういえば、皆さんはいったいどうやって悪霊と戦うんですか?」

「私はこの御神刀を使う」

「あたしは呪文と魔方陣をはって戦うよ」

「式神さん」

「ところでひとつ質問なんですが」

「なんだね」

「わたしはどうやって戦えと?」

「さあな」

「「さあな」じゃありませんよ安倍さん!

何もなしに悪霊と戦えなんてそんなのできるわけないじゃないですか!」

「私の知ったことではない」

「そんなあ」

「諒子さん、諒子さん、これ、使うといいよ」

そういって一さんが渡してきたものは弓と矢だった。

「ハイ!これで大丈夫っと」

大丈夫なわけがない。正直こんなの見るのも初めてだし、ましてやそんなものが使えるはずなどなかった。

そして、狼狽している私に彼女は「大丈夫、はじめはみんな素人だった」と、

YOアニのCMのようなセリフをはいてにこっと笑っていた。

(・・・ムリ)

そうしているうちにも安倍さんが門と言ったところから、うじゃうじゃと得体の知れないものがたくさん出
てきた。

「さあ、散れ!撃墜数はちゃんと覚えとけよ!」

「あいよ!」

「(こく)」

(・・・だーかーらー、無理言うなっつの)

「ちなみに新井君っ!怖いのであらば社務所に引きこもっていろ!あそこなら少しは結界が張ってあるから
ここよりはまだ安全だぞ」

そう彼が言った瞬間わたしは社務所へとダッシュを決め込んでいた。



(なんでこんなことやるかなあ)

そう思いいながら社務所で逃げを決め込みながら、外の様子を窺っていた。

ごおおおおおおおっ!!

「させるかっ!とっとと昇華しろ!!」

そういって安倍は大きな何かの霊を両断していた。

「調魔伏滅、悪霊退散!」

そう一が呪文を唱えると、目の前にいた悪霊たちが煙のように姿を消していった。

「我が言霊に従い、行け、式神!」

お札を投げながら佐藤が命令するとお札が大きな鳥へと変わり辺りを蹂躙していた。

(こんなに強いんならわたし要らないじゃない!)

そう思いながら覗いているとふとわたしの隣に妙な気配がするのでそちらを見てみると、

猿なのか鹿なのか猫なのかよくわからない何かの霊らしきものがわたしの隣にいた。

「ここまでは入ってこないんじゃなかったのかよ!?」

そう叫ぶと同時にわたしは手に持っていた先ほどの矢をその何かに突き刺していた。

音もなく隣にいた何かは消え去った。

そして・・・わたしは、吹っ切れた。

「毎度のことながら少し疲れてきたな」

「何言ってんのあんたが何とかしないでどうするの!」

「眠い」

「しかしここまで多いとはこれではもしかしたら私たちは死んでしまうかもしれんなあ」

「明るく言える話題かよハレアキ!」

「・・・!新井さん、すごい顔」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!みんなぶっ殺してやるわー!」

「・・・中々凄まじいな」

安倍たちが苦戦している中、諒子は先ほどの霊を倒した破魔矢を両手に持って自らの領域を侵す悪霊やみち
の妨げとなる悪霊をところ構わず刺し殺していた。

「ふう、覚醒したようだな」

「ハレアキ、あれ覚醒って言わないただ周りの状況が気に食わなくてキレまくってるだけだよ」

「新井さんとっても強い」
そうして夜が明ける頃また1人M神社にて鬼人が生まれた。



12月31日(夜)わたしの仕事はいったいなんだったか忘れた日

「さて、日も沈みきったところで新井君には本日の仕事について説明しておかなければならないな」

「え、この二日間と違うんですか?」

「そうよ、今日は大晦日だからね新年に向けてやることがあるのよ」

「今年は猿だったから今日は鶏をやっつけるの」

「鶏?ああ酉年だもんね来年の干支はってそれなんかに関係あるんですか?」

「ああ、大晦日に立った一体でやってくる最強の悪霊がなぜかいつも来年の干支の形をしているのだ」

「でもあんまり間抜けな見た目してるからってなめてかかっちゃあ駄目よ」

「おっきいの」

「おっきい?」

「そう、恵子君の言う通りでかいんだ。その大きさ今までの平均では7メートルほどはある」

「そんなの相手にしなきゃいけないんですか?今までの皆さんの戦い方を見る限り、

 そんな大物無理っぽそうな気がするのですが」

「そりゃあそうだともみんな長年この仕事をやっているうちに文字通り必殺技を身に着けているからな」

「いっつも必殺にするのはハレアキだけであたしらの技じゃあ一撃で殺せないじゃん」

「うん」

「しかもハレアキいっつも美味しいとこ綺麗にさらってくし」

「うん」

「そ、そうなんですか。じゃあただひたすら全力で戦ってたわたしって一体」

「まあ君も十年単位でやってればそのうち会得できるさ、自然とね」

「そんなに長いことやりたくないです。わたしはどうせこれっきりですから」

「そんなさびしいことを言わなくともいいだろうっと、上客が来たぞ」

そう安倍が言うと門の向こうから約10mはあろう大きさの・・・ニワトリが出てきた。

「何か締まらないですね」

「まあ、そう言うなあれで強さは本当に化け物級なのだから」

「ひとついいですか?」

「なんだ?」

「あれって安倍さんの必殺技使ったら一人で倒せるなんてことないですよね?」

「それはないな」

「それを聞いて安心しました」

コケーーーーーッ!!!!こっこっこっこっこっこ!!!

巨大鶏との戦いが始まった。



・・・一時間後

「はあっはあっ」

「苦しい」

「やっぱ普通に戦ってちゃあこれが限界かなあ」

「やはり華麗に必殺技・・・使うか」

「そうしましょうよ〜」

「じゃあ、やっぱりトリは私で」

「わたし二番目」

「はいはいじゃあいつもどおりわたしが一番手ねじゃあいくよー」

そういって彼女は呪文の詠唱を始めた。

「調魔伏滅、五里霧中、徹頭徹尾、臥薪嘗胆、豪放磊落、明朗活発、威風堂々、唯我独尊、朝三暮四に

 漱石枕流、千変万化、頭寒足熱、年功序列、酒池肉林、旭日昇天、荒唐無稽、時代錯誤の千客万来!

 くらえー!四文字熟語悪霊退散波〜!!」

そう言って撃った彼女の一撃は今まで者とは比にならないほどの威力であった。

そして、鶏がよろめく。

「竜神召還!!」

そして彼女が出した札から彼女が今まで出していた式神の数倍鶏の二倍の大きさの竜が鶏を締め上げる。

「我が血の契約において来い!グリムリーパー!!」

そう唱えると地面から真っ黒な大鎌がでてきた。

「これで終わりださっさと昇天しとけチキンの分際で!」

そう言って彼が鎌を振ると鶏は跡形もなく消し飛んでいた。



「さて、これで全てが終わったわけだがどうだね新井諒子君、春分近くになったらまたここで働かんかね」

わたしの答えは決まっている。

いくら金を積まれようと、こんな騒がしくて疲れて命がいくらあっても足りないバイト

「絶対にイヤです」