「なぁ、『魔法』って信じるか?もちろん、魔術師が「 」に辿り付いて得る魔法ではないぞ。
全ての法則を無視して、その使い手は善良、目的は人を幸せにすること。御伽噺のような『魔法』をだ」

「・・・・・・トウコ、いきなりどうしたんだ。熱でも出たか?」

「・・・・・・別に、雪を見て思い出しただけだ。ああ、こんな感傷も一つの幸せだな」

「勝手に自己完結してくれるな。説明しろ。お前もそう思うだろ、幹也」

「え?ゴメン、聞いてなかった」

「ああもう、どいつもこいつもっ!」

「機嫌悪いみたいだな、式。なら仕方ない、話してやろう。一昔前の御伽噺を」


































魔法使いを雪に見る、人形師は夢を見る。





















今では既に現実味の無い伝説として残っている。

しかし、知る者はそれの存在を知っている。

魔術をもって辿り付いた「魔法」という神秘とは全く異なる「魔法」の使い手。

曰く、それの魔法は「人に幸福をもたらす魔法」だという。

曰く、それ自身は「 」を自らの一部としたという。

曰く、それの使い魔は神すらも創造し得なかったものだという。

笑い話にしかならず、非常識の中においても非常識でしかない。

人が人で居る限り辿り付けぬ、未踏の地。

多くのものは一笑に伏すヨタ話。

しかし実際、「それ」は存在した。

今ではその二つ名だけが残っている。

『桜色の魔法使い』
































「・・・・・・ふむ、確かに『それ』だったらこの程度はするだろう」

蒼崎橙子は、手にしたタバコの火を消し、吸殻を足元に落として踏みつけた。

足の下で、季節はずれの桜の花びらが灰まみれになる。

一度辺りを見渡して、地面に置いたカバンを手にとる。

そして、行く宛ても決めずに歩き始めた。




一応補足しておくと、彼女、蒼崎橙子は、魔術師である。

しかも、協会に封印指定にされるほどの稀少かつ凄腕の魔術師である。

専門は人形作り。故に人形師と呼ばれる。

「蒼崎」という日本第一位の霊地を管理する家系に生まれ、幼少の頃から魔術を学んできた。

そして様々なゴタゴタがあり・・・・・・・・・今に至る。





「風流って言うのはこういうもんかね。確かに桜吹雪だ。実際、雪も舞っていることだし」

一人呟く。

冬に咲く桜、というのは、魔術師から見ればそれほど不自然なことではない。

やろうと思えば、橙子には出来ないが、一般的な上級魔術師なら可能だろう。

しかしこの桜は、それとは根本的に違っていた。

「なんだってまた、花びらに膨大な魔力込めるかね」

こんなにも強大な魔力が渦巻いていても、不思議と一般人に害が無いのが、不思議といえば不思議だ。

それでも、この尋常ではない魔力は到底人の扱えるものではない。

「やはり、『それ』は伝説どおりだったわけか」

ならばあの使い魔にも納得する。

彼女の目的は、『それ』の所有する使い魔なのである。写真を見たときは驚いた。

(本当に生命体かどうかすら怪しい造形、わずかにだが宙に浮く、極め付けは、青子の魔法を食らって無傷だったことだ)

そんな使い魔は、人形師としても是非手に入れたいところである。

「さて、探すか」

橙子は、島を歩き回ることにした。




























とりあえず、島の中で最も魔力の集まる場所を目指した。

隠そうとしないため、すぐ見つかった。

公園の舗装された道を外れた林の中、一体どれ位の樹齢なのか、想像することも憚られるような巨木、それだった。

どうやら、先客が居た。

小さな子供が三人。

ひとりは特に特徴も無い小学生くらいの男の子。

その少年と向き合っている、同い年くらいと思われる金髪碧眼、ツインテールの少女。

子供ながらに別れ話でもするような雰囲気である。

樹の裏に、鈴をチョーカーにして首につけている少女。

誰も、一般人が強烈な魔力波を受けた時のような体調不良は見られない。せいぜいが睡眠不足。

これも「魔法」なのかと思案する。

そもそもこの土地自体が巨大な魔力回路らしいので、普通だったら一般人が立ち寄れるはずもない。

うーむ、不思議だ。























橙子が自分の脳髄と眼球を疑ったのは、その直後だった。

少年が、金髪ツインテール少女に向けて握った手を差し出した時、巨木の魔力がわずかばかり消費された。

しかも、そのわずかばかりという基準を魔術師に換算すると、魔法の域にも達しうる量の魔力だった。

おそらく、その「わずかばかり」でも青子が千人分くらいは必要だったろう。

そして出現したのは、和菓子。饅頭だろう。

一体どうなっている、ここは。

しばらく呆然としていた。











人の気配が消えてしばらく。

気が付くと、近くに人の良さそうな老婆が立っていた。

が、橙子に気配を感じさせない辺りに常人ではない雰囲気がある。

足元に造作のおかしい猫のような生物も居たが、見なかったことにした。

「あなたは魔術師のようね。この島に来た魔術師は五十年ぶりくらいかしら」

「『桜色の魔法使い』・・・・・・」

「それも、懐かしい呼び名ね」

丁寧な言葉とは裏腹に、言い終わるや否や、大口を開けて笑い出した。

「雪に桜、夢に魔法、憧れに希望。どれも、すぐ散り逝き消え去るもの。ちょうど、恋をして魔法の使えなくなった私のように」

一転、真面目な口調で橙子に語る。

「それが・・・・・・」

「さぁ?私は答えを用意していない。自分で見つけることね、魔術師」

魔法使いは、桜色の吹雪の中に消えた。

「・・・なんだったんだ?」
























どうせ暇だったからと立ち寄ってみた地で、その人形師は夢を見た。

それは、今思えば虫唾が走るような夢だった。

十歳前後の橙子とそれより少し幼いくらいの彼女の妹が、無邪気に雪で遊んでいる。

当時の橙子は、こんなことをしていなかった。

ただひたすら、蒼崎の長子として魔術の修行をしていたはずである。

だが、夢の中の橙子は、ただの子供のように無邪気に微笑んでいた。

魔法使いが見せた夢か、それはもう一つの自分の可能性だった。



























「冬になるとな、時たまその夢を見るんだよ。あの時はただ気持ち悪いだけだったが、今ではそうまんざらでもないんだ、これが」

「でも良いですね、それ」

「おや?腹でも減ったか」

「・・・・・・違います。橙子さんみたいなのが普通の人の持ってる感性の十分の一でも身に付けた事です」

「トウコ、それじゃ恋する乙女だ」

「・・・・・・そうだったのか」

「ショックか?」

「・・・・・・」

「でも、どういう意味なんでしょう。『魔法使いが恋をして魔法を使えなくなる』って言うのは」

「トウコ、分かるか?」

「さぁ?そんなこと、お前ら二人の領域だろう。・・・・・・って、分かりやすいリアクションだな」

「う、うるさいっ」

「まぁまぁ・・・・・・」
















the End.