「今の女の子、毎日来てくれてる子だよな。来週が誕生日なのか?」

「うん、そうみたい。翔ちゃん、何かするの?」

「俺はパティシエだからな。誕生日にすることは一つさ」

「あはは、そうだね。うん、頑張ってね」




  にゃんこなパティシエ。

  パティシエなにゃんこ。

  昼の間はケーキをつくり、

  夜になると猫になる。

  ことのはじまりは猫魔法使い『ミオ』のかんちがい。

  こじんけいえいのケーキ屋『ひよこ館』に、

  ある日店長の息子『矢口翔一』が帰ってきました。

  彼こそが、ミオによって魔法をかけられた、

  世界でたった一人の『パティシエなにゃんこ』なのでした。

  十一月の日付も残すところあとわずか。

  そのときの会話から、今回のできごとは動きはじめていたのです。







 さむくてもあったかい







「一恋、いちごねぇ……」

 俺、矢口翔一は、ケーキを前にして悩んでいた。

 と言っても、太るから食べるのは止めておこうか、とかそういう話ではない。

 今日の昼下がり、三時のおやつにはまだ少し早い、そんな客足が途絶えがちになる時間帯に、俺より少し年下に見える女の子がいつものように巫女装束でやってきた。

 その娘の名前は雀宮一恋(すずみやいちご)といって、雀宮神社で実際に巫女さんをしているらしい。

 まぁ、真面目そうで礼儀も正しい彼女のことだから、コスプレじゃあないと思ってたが、こんなに身近にいるものだとは正直思っていなかった。

 そんな彼女が友達と話しているのを聞いた、ウェイトレスのバイトをしてくれている幼馴染のかなでいわく、来週の水曜日が誕生日らしい。

 来週の水曜日といえば、ひよこ館はいつも通りの定休日で、ちょうど、月が師走へ変わった日。つまりは、彼女の誕生日は十二月一日ということだ。

 常連さんの誕生日を聞いたからには、パティスリーとして放ってはおけない。しかも、彼女の初ケーキはこの店だと言うのだからなおさらだ。

 しかし、いざ招待しようと思いついたはいいが、肝心のケーキで今現在困っているわけだ。

 名前にちなんで、初めて出したのもそうだったし、苺のケーキにしようというところまではよかった。

 よかったんだが、招待までしておいて普通のショートなんて出せるはずもない。だからといって、この店で普段だしているケーキとなると、それはあらかたすでに食べてもらっている。その辺りは伊達に常連ではない。

「初めて、みたいな斬新さが欲しいんだよなぁ……」

 まぁ、さすがに世界初とまでは言わなくても、オリジナルらしさが欲しいところだ。

 ひよこ館らしさみたいなものが……。

「ショーイチ! そろそろいつもの時間、にゃ! ケーキ!」

 やれやれ、来るならもう少し早くきてくれれば片付けを手伝ってもらえたのに……、しかも忠告しに来てすでにその瞳にはケーキ以外あらず、と。

 ミオ、自分で俺を半猫人にした癖にちょっと無責任じゃないのか?

「まぁ、食ってもいいが、あんまり食べ過ぎるなよ?」

「やった〜! ショーイチ、大好き〜♪」

 そう言っている割には、俺の方をちっとも見てくれないのが悲しいぞ。くぅ、俺よりケーキの方がいいのか……。

 とはいえ、自分の作ったケーキをおいしそうに食べてくれるのはまぁ、嬉しい。

 こういう笑顔を見ていると、また作りたくなるというものだ。

「食べたらちゃんと歯みがけよ」

「んん」

 すでに口の中にケーキが入っているミオが、もごもごとうなずいている。

「俺は部屋でおとなしくしてるから、そのケーキの片付けぐらいやっといてくれ」

「んん♪」

 声に喜びが混じっているのはいいんだが、さっきと同じ言い方じゃなかったか?

 ふむ。

「……ちゃんと一口で食えよ」

「んん」

 ……おい!

「って、本当に一口で食うな!」

「んんっ」

 うわっ、すげぇ。飲み込んだぞ……。

 確かに、あれは他のに比べれば小さい方だが……一口サイズじゃないぞ?

「はぁ、やっぱ俺にも一つくれ」

 あまりにもおいしそうに食べるから、俺まで食べたくなってきた。

 元より、試作したケーキは自分で食べるつもりでいたから、腹がいっぱいということはない。

「んん」

「ソレハナンデショウカ?」

 ……一言で言えば、ミオが口を突き出している。

 その口は俺の方を向いているわけで、ちゃんとケーキは存在していることから、俺の言ったことを理解はしているらしい。

 が、しかし。

 百歩譲って、“あ〜ん”とか、食べかけで“間接キス”ならわかる。

 わかるが……“口うつし”ですか?!

 俺達そういう関係だったっけ?!

 目の前にいるミオは、見た目少々幼くて、とても綺麗な肌をしていて、ほんのり赤く染まった頬で、とてもかわいらしい笑顔を向けている。俺に。

 俺になんというか、そういう気はないはずだが、正直とても魅力的で、普段から潜めていた想いを自覚しているような気がする。ミオに。

 こうして俺が自分に説明している内に、ミオに袖をつかまれ、身長差を埋めるために姿勢を下げられる。元猫に。

 無意識に逸らし気味だった視線が、強制的に澱みのない瞳に捕らわれはずせなくなった。

 最早目前に迫った、甘い苺のタルトとより甘い笑顔のミオ。

 そのまま自然な流れで苺タルトを俺の口に押し込

「?!」

 あまり大きなケーキでなかったのがまだ幸い。

 タルトだったのが幸か不幸か食べやすい。

 カットしたショートでも、きっとこいつはためらいなく俺の顔に

 ってそうじゃない!!

 というか、俺の口に押し込んだくせに、入りきっていない部分を食おうとするな!!

 ケーキが落ちないように、そんなことに気を配っている余裕のある自分に驚きつつ、ミオを手で押しのけて口を離す。

 やわらかな感触と、かわいい顔と、いい香りが遠ざか

 って違ぁう!!

 俺もおかしい……?

 いや、でもあれはディープキス(?)とはまた別の、したことなかったけど、ファーストキスがイチゴ味か……。

 ポチッとな。

 ゴーーン♪

「い、痛ぇ……?!」

 止まらない頭に、なぜかたまたま見つけた『瀬形さん』発動スイッチを押して、頭上から猛襲するステンレス製のボールで強制終了をかける。

 あまりの衝撃に一瞬逝きかけるがぎりぎりで意識を保つ。

 無駄に説明しておくと、『瀬形さん』とは、俺の妹である茉理が、夜なべして作り上げたらしい防犯装置……らしいもので、対象の頭上に調理用のそれなりに大きなボールを落下させて攻撃するという代物だ。

 ……俺は誰に説明してるんだ?

 まずい、衝撃が強すぎたか?

 つうか、いくらなんでもボールでここまでの衝撃はうまれないと思うんだが……って、すでに跡形もない……?

 恐るべし、瀬形さん。いや、茉理か?

 どっちでもいいが、現状はよくない。

 ミオとキス……かそれ以上のことをしたのはこの際置いておくとして!

 とりあえず状況確認だ。

 上方には、妙に笑顔のミオが存在しており、その手には今はケーキはない。

 目の前には、両足と乱れたスカート。見えそうで見えない。

 ……ん?

 今、なんかおかしくなかったか?

 …………ごくり。

 上方には、ミオ……。目の前には、微妙に中が見えないスカート……?

 ……って、上方?!

 目の前?!

 猫化か!

 自分をよく見てみれば、間違いなくそうであることに、今更ながら気づく。

 もっと早く気づけよ、俺!

「にゃぁ……(こんな時に……)」

「お兄ちゃ〜ん? 何か、大きな音がしたけど、どうかした〜?」

 げっ、茉理……。

 少し、声が遠い。きっとリビングかどっかにいるんだろう。

 と、とりあえず今こられるのは、(多分…)まずい!

「にゃ、にゃにゃ〜!(なっ、なんでもない!)」

「(……猫?)……ダン吉〜?」

 ジーザス!!!

 猫で返事したら呼んでるようなもんじゃないか!

 仕方ない、とにかく、この場は一端離脱だ!

 すまない、ミオ!

 って、寝てる?!

 ……このにおい、は……リキュールか!?

 そ、そんなに大量に入れたっけ?

 じゃ、じゃあ、さっきのは酔っ払って……?

 って、やばいやばい、足音が下りてきてる!

 とりあえず、一恋ちゃんには出せないな……。



 その日、俺は茉理をやりすごしてなんとか自分の部屋へ帰還した。

 ちなみに、猫の状態の俺に付けられた名前――ダン吉は、紅茶のダージリンからきているが、あの時のことはあまり語りたくはない……。

 とにかく、俺の悩みは、数日経ってもまだ解決していなかった。

 ミオのことも、あれから気になってしかたがない……。

 それに、ミオの方もなんだかいつもと態度が違うような……?





「何か違うんだよな……」

 俺、矢口翔一は、ケーキを前にして、ここ数日と同じように悩んでいた。

 一恋ちゃんの誕生日はなんと明後日に迫っている。

 まだ、案が決まりきっていないのだが、招待するなら当日というわけにはいかない。せめて前日までには完成させ、試食も済ませておく必要がある。

 つまりは、タイムリミットは明日までということだ。

 とはいえ、基本的な部分はすでに決まっている。

 後は、その土台の上をどう飾るか、だ。

 苺を乗せるのも悪くはないが、普通過ぎる。

 Happy birthdayと書かれたチョコを乗せるという手もあるが、それだって同じことだ。

 下の部分に当たるミルフィーユに似たパイの層は、色としては白や赤。それに、パイ生地の部分が黄色。

 同じ色なら、合わないことはないだろうけど……緑、ならクリスマスカラーになるかも……でも誕生日ケーキにはならないな。

 他は……黒、か。ココアパウダーを振りかけて、それを下地にすれば、上に黒がきてもおかしくはないな……。白と茶色の混じった、雪の降る大地に見えるか?

「ショーイチ」

 使えそうだ。とすれば、その上に乗せるものは地上にいるもの……。それをチョコで作れば……。

「ショーイチ!」

 いや、無理だな。みちるさんならともかく、俺にはそこまでの作業はちょっとな……。とすれば、型か……。

「もう! ショーイチ!!」

「うわっ?!」

 って、近い……。

「ミ、ミオ?」

 いつの間にやってきたのか知らないが、ミオに袖を強く引っ張られ、目の前には少し怒ったような顔が……いや、かわいいだけなんだけど。

 って、この状態はこの前と似て……。

「さっきから呼んでるのに! まちゅりが夕飯が出来た、って……言って……」

 な、なんだ?

「…………」

「…………」

 今まで強気だったミオが、この前と似た非常に危険な距離で固まっている。

 その表情に朱がさしてきているような……?

 って、やばい。俺までなんか緊張してきた……。

「え、えっと、ショーイチ、ケーキ作ってるの……?」

「え? あ、そう、そうだな」

 なっ何を今更言ってるんだ?

「さっ最近、いつもやってるね!」

「あ、ああ。特別にあげるものだからな」

「と、特別なんだ?!」

「そ、そうだな」

「じゃ、じゃあ夕飯だから!」

「あ、ああ!」

「にゅ〜ん〜〜?」

 ミオがいつもの口癖を悲鳴のように言いながら去っていった……。

 なんだったんだ〜?!

「……はっ、何を二人して口篭ってるんだか」

 …………。

 いや、ちょっと客観的視点にしようかと思ったが、無理だわ。

 ちょっと冷めてから行こう……。

「ミオ、か……ん?」

 待てよ?

 ミオ?

 と言えば……?

 …………………………?

「……猫か!!」

 それだ!!

 猫だ!

 たしかあれなら倉庫のどっかに……、いやでも俺がここを出る前にだからなぁ。

 俺が、親父のやり方に嫌気がさしてここを出たのが二年以上前。

 つまり、あれは、誰かが使ったりしなければ二年以上も倉庫に眠っている。

 見つかるだろうか?





 ショーイチは何をつくってるんだろう?

 このごろ、いつもイチゴのケーキをつくってるけど……。

 そのケーキはおいしいけど、なんだかさびしい。

 “とくべつなケーキ”

 だれのための?

 とくべつなあいてはだれ?

 ショーイチのとくべつはだれなの?

 まちゅりが言ってた、とくべつなあいては一番たいせつなひと。

 ショーイチが言ってた、きすはとくべつなあいてとする。

 ミオのとくべつは――。

「み〜ちゃん? どうかした?」

「にゅ〜ん。なんでもないよ、まちゅり」

「そう? なんだかお兄ちゃんみたいにぼーっとしてたけど」

 あ、あはは……。

「うん、ミオはだいじょうぶだよ」

「最近、元気ないよ? お兄ちゃんが寝かせてくれないの?」

 ?

 ショーイチが?

「駄目だよ、み〜ちゃん。嫌なことはちゃんと嫌だって言わないと」

 嫌?

 ショーイチは嫌?

 違う。

「ミオ、ショーイチのこと好きだよ?」

「……うっ……そ、そうだね」

 まちゅり、なんだか顔がひきつってる……?

 どうして?

「悩みがあったら、ちゃんと言ってね」

 悩み……。

 ショーイチ。

「まちゅり」

「ん?」

「ショーイチは誰のためにケーキを作ってるの?」

「……ああ! ふ〜ん、なるほどね〜。そういうことか〜」

 ?

 まちゅりが笑顔になった。

 なんだかわからないけど、よかった。

「それはねみ〜ちゃん、明後日になればわかるわよ」

 あさって?

 あさって……は、えと、十一月は三十で終わりだから……十二月一日。

 ――あさって、ショーイチはケーキをあげるの?





 カランカラン♪

 来たか。

 おやつにちょうどいい時間だ。

「いらっしゃい。一恋ちゃん」

「こんにちは、かなでお姉さん。今日はありがとうございます」

「ううん。お礼は翔ちゃんに言ってあげて。それから、今日はゆっくりしていってね」

「はい。とっても楽しみです」

 ホールの方から聞こえてくる二人の声。

 うむ。なんとも微笑ましい会話だ。

 さて、あんまり待たせるのもなんだからな。ちょうど仕上げも終わったことだし、持って行くとしますかね。

「…………」

 ミオ?

 目が合った途端、ふいっ……と視線を逸らされた。

 ガーン……。

 いや、まぁ、今はこのケーキを持っていくとしよう。

 わざわざ紅茶を入れるために来てもらっているかなでにも悪いし……。

 やっぱり、できるだけ美味しいものを食べて欲しいからな。かなでの紅茶ははずせないだろう、うん。

 厨房から店頭の方へ出ると、定休日なので当然だが店内はガラーンとしている。

 いつもならたくさんのケーキが並べられているショーケースも今は休憩中だ。

 そんな中、席が一つだけ埋まっている。

 今日はさすがに巫女服ではないらしい。

 さて、気にいってくれるだろうか?

「いらっしゃいませ。ひよこ館へようこそ。それから、ハッピーバースディ、一恋ちゃん」

「あ、ありがとうございます、翔一お兄さん」

 一恋ちゃんの視線が、俺からその手にしているトレーへ移る。

 それと同時に、表情がより一層明るくなった。

「わぁ、とってもおいしそうですぅ」

「どうぞ、召し上がれ」

「それでは、いただきます」

 ザワッ!!

「!?」

「……どうか、しましたか?」

「あ、いや、なんでもない」

 空気の流れか?

 こういうのはドアが開閉した時に生まれて

「この――」

「え?」

「この二匹の猫は――」

 俺が一恋ちゃんに出したケーキには、白と黒のチョコでできた猫が乗っていた。

 もっとも、中身はイチゴムースで、チョコ自体はとても薄い。白猫の方はほんのり赤みを帯びているようにさえ見える。

「まだ向き合っていないんですね」

「…………」

「今日は本当にありがとうございます。でも、私のことはいいですから――」

 一恋ちゃん……。

「白猫さんを大切にしてあげてください」

 白猫――ミオ。

「どうして……」

「翔ちゃん。紅茶が入ったから、後はかなでちゃんにおまかせ、だよ」

「かなで……?」

「猫は逃げ足が速いんですよ?」

「乙女心は複雑なんだよ?」

 二人の乙女に言われては勝ち目がない。

 ここはお言葉に甘えておくとしよう。

「一恋ちゃん。誕生日おめでとう。今日は他にお客さんも来ないからゆっくりしていってくれ。かなで、悪いけど後はよろしく頼む」

「はい」

「うん、行ってらっしゃい」

 ミオ!

 俺が厨房に入ると、さっきまでいたミオはいなくなっていた。

 念のため、上に上がって探してみるが、ミオの姿はどこにもなかった。

 どうやらさっき感じたのはミオが出て行った時のものだったらしい。

 俺は一度厨房に戻ると、目当てのものを取り出し、長期戦に耐えられるようにしてからひよこ館を飛び出した。

 ミオがどこにいるのかはわからなかったが、じっとしていられなかった。

 商店街を端から回り、ミオと歩いたこともある道を抜けていく。

 駅前までやってきてもミオの姿が見つかることはなく、二人で上った住宅地の坂にも見当たらない。

 ミオは、俺を半猫人にしたあの時から、ケーキだけを報酬にひよこ館で働いている。

 ケーキにつられてやってきたあいつらしいといえばらしいが、元は俺がだましたようなものだ。

 どうやら昔、猫として生きていた猫魔法使いには、人間界の常識は通用しないらしく、そのことに一切の疑問を抱いてはいないようだった。

 そういえば、あいつにもケーキ以外に欲しいものの一つや二つあったのかもしれない。

 だが、ミオは金を持っていない。

 それは、今回に限ってはミオの行動範囲が狭いというメリットにつながる。

 とすれば、ひよこ館周辺で、あいつが行ったことがある場所ぐらいにしか行かないはずだ。

「他に、どこが……?」

 仕事の都合で行ったりした場所はあらかた回ったはずだ。

 なら、残っているのはミオが普段行く場所。

「……ミオが、普段行く、場所?」

 あいつは、普段ひよこ館でウェイトレスとして働いている。

 学校に通いながらバイトをしているかなでとは違って、茉理のようにそれこそ一日中だ。

 唯一の休みは、長いとは言えない休憩時間か、定休日ぐらいのものだ。

 あいつは、ミオは、ひよこ館の定休日にどうしていただろうか?

 テレビがなぜか好きで、よくかじりついていたのは知っている。

 だが、

 外でミオが行く場所……。

「どこだ……?」

 そういえば……この前、夕飯か何かの時間に、噴水がどうとか言っていた。

 この辺で噴水と言ったら……。

「公園?」

 考えているだけでは見つからない。

 手に持つものに注意を向けながら走り続けた俺の視界には、立ち上る噴水が儚げな光を反射して存在していたが、

「いない、か……」

 そこには誰もいなかった。

 ミオを探している内に、結構な時間になってしまったらしい。

 冬の日は短い。

 辺りはすっかり暗くなっていた。

 公園の外灯は、あまり進む道を照らしてはくれそうになかった。

 ミオ……。

「もう夜になっちまうな……」

 !

 まずい。

 そうだ、俺は夜になったら猫になってしまうんだ。

 探すことができないわけじゃない。

 でも、

「これをどうするか、だな」

 今、手に持っているこれを、猫になってまで安全には運べないだろう。

 だが、今はこれが必要だ。

 “とくべつ”にあいつのためにつくったものだから。

 ……夜。

 そういえば、あいつは夜によく散歩に出かけていた。

 猫の時の習性なのかはわからないが、スタート地点は多分同じ場所。

「あそこか……」

 ミオが来る保証はないが、闇雲に探し続けるよりはマシな気がする。

 ミオ……。

 俺は、お前が……。





「ふぅ、猫化に間にあってよかったな」

 俺は、はしごを使って、ひよこ館の屋根の上に上った。

 一度、ミオと夜にここで会ったことがある。

 ポフッ☆

 って、ぎりぎりかよ……。

 ……ミオは来るだろうか?

 一応、まだ残っていたかなでに聞いたが、ミオはまだ戻っていないらしい。

 もう帰るように言っておいたが、かなでもミオのことを心配しているんだろう。

 俺のせいで……。

 はたから見れば俯いているどこかの猫としか映らないが、ミオにはどう見えるんだろうか?

 うぅ、寒っ。

 人の時には厚着を着ていないとやっていられない寒さだったからな……。

 そういえば、ミオはひよこ館の制服のまま出て行ったんだよな。

 大丈夫だろうか?

「ミオ〜!」

 普通の人には通じなくても、あいつにだけは通じる。

「何? ショーイチ」

 !

「ミオ!」

 猫になった俺がいつもの数倍の勢いで振り返ると、そこには真っ白な少女が立っていた。

「そんなところで、何をやってるの……?」

「何って、お前を探して、いや待ってたんだ」

「本当は…(でてこないつもりだったのに)」

「え?」

 聞こえなかった。

 人の時よりは聴力も上がってる気がするんだが……。

「なんでも、ないよ……」

 立っているミオを見上げると、目を伏せながらミオが座り込んだ。

「なに? ショーイチ」

 自分でも自分のことがわからない、という感じでミオが俺を見た。

 俺に対して怒ってるんじゃないのか?

「ミオに、用があるから待ってたんでしょ?」

 ミオ……。

「……ミオ。俺はお前に言わなくちゃいけないことがある」

「ミオに、言わなくちゃいけないこと? ……な、に?」

「いいか? よく聞けよ? 二度はなしだからな?」

「? う、うん」

「俺は、俺はお前が大好きだ!!」

「にゅ?!」

「…………」

「…………」

 いや、あの、そのかっこのまま止まるのはやめてください。

 気まずいったらありゃしない!!

 うぅ……。

「ミオのことが、好き?」

「そ、そうだ! 俺はお前が好きなんだ!!」

 うわっ恥ずかしすぎる!!

 ってか、二度言ってんじゃん、俺!

「でも、ショーイチは、とくべつなケーキは……」

 はっ?

 とくべつな、ケーキ?

 ……あれか!!

「いや、あれは、普段のとは違うって意味で、その、そういうとくべつじゃなくて、だな」

 そういうってなんだよ……。

「とっ、とにかく、俺のとくべつな相手は!」

「っ………」

 うっ……。

 そう、真っ直ぐな瞳で見つめられると……。

 否!

 何も後ろめたいことはない!!

「ミオなんだ!」

 あぁ、もう、三度目だよ……。

 俺はバカか?

「この箱を開けてくれ!」

 もう、何がなんだかわからなくなってきた。

 ミオのこと以外をまともに考えていられない。

 ミオが、俺の言う通りに、猫の後ろに置いてある箱を手に取り、寒さのせいか震える手で蓋を開ける。

 その中には、ミオの一番好きなケーキ――レアチーズケーキが入っていて、

 その上では、二匹の猫が顔を近づけている。

「ショーイチ……」

 やばい。心臓が破裂しそうだ……。

 猫の心臓は人より弱かったりはしないだろうか?

 ミオの言っていた、“とくべつ”の意味。

 “とくべつ”なケーキ。

 “とくべつ”な相手。

 今度の二つの“とくべつ”は、同じものだ。

 俺の正直な想い。

「ミオ……?」

 ミオの顔が見ていられない。

 自分の顔を、今鏡で見ることができたら、一生忘れないんじゃないかと思う。

 恐る恐る顔を上げようとした俺は、

 突然重力から解放され、

 柔らかくて、暖かいものに包まれ、

 開いた俺の目には、目を閉じたミオの顔が

 …………。

 シュウウウゥゥゥ――。

 次の瞬間に、俺を優しい光が包んだ。

 これは……何?

 そう思ったのは一瞬で、

 さらに次の瞬間には、俺はミオを見下ろしていた。

「ミ、オ……?」

 俺の目には、かわいらしく頬を染めたミオしか映らなくて、

「ショーイチ!!」

 そのミオに抱きつかれた。

 え?

 人間に戻ってる?!

「ねぇ、ショーイチ」

「……何?」

「ミオね、雪ってさむくて、嫌いだったけど――」

「ああ」

 ――雪の降る夜は、一人でいるには、寒すぎるかもしれない。

 そういえば、いつの間にか雪が降ってきている。

「今は、さむくてもあったかいから」

 ――でも、今は一人じゃない。

「大好きになれるかもしれない」

 そう言ったミオは、俺から離れた。

 優しい温もりが離れたような気がして、急に周囲の寒さを感じる。

 不思議そうな顔をしていただろう俺を見て、

 ミオは、俺の作ったケーキの方をちらっと見た、気がする。

「ミオ?」

「…………」

 二匹の猫を見本にするように、ミオは、白い頬をほんのり赤く染めて、もう一度顔を近づけた。