窓の外で、深深と降り続ける白い雪。
7年前の出来事に決着をつけたとはいえ、まだ俺にとって雪はそれ程好きなものではない。
・・・それでも、今日の雪が心なしか美しく見えるのは―――
「祐一くん、紅白見ないの?」
今日が、この街で最初の年越しを迎える日だからなのだろう。
DEPEND ON...
「ん〜、最近のJポップはどうも好きじゃないし・・・演歌も趣味じゃないからな・・・」
我ながら味気ない部屋に置かれたMDの停止ボタンを押し、部屋のドアから顔をのぞかせている少女、
月宮あゆにヘッドホンを外しながら振り返った。
「そうなんだ・・・」
軽く方をすくめ、残念そうな顔をするあゆ。
「いや・・・そんなに落ち込まれてもな・・・」
予想外の落ち込み加減に、軽く焦る。
・・・まぁ、こいつの感情の変化が激しい、よく言えば表情豊かな所は、俺も含めて誰もが認める個性ではあるのだが。
「だって・・・名雪さんはソファーで寝ちゃったし、秋子さんは年越しソバの準備を始めちゃったから、暇なんだよ・・・」
「成る程な」
時計を見てみると、すでに今年の終りまで2時間を切っていた。つまり、午後10時過ぎ。
眠り姫の2つ名を持つ名雪なら、寝ていても「全く」不思議のない時間だ。
「暇だというなら、駐車量1時間500円でこの部屋に留まることを許そうじゃないか」
「うぐっ、ボクは車じゃないよ!!」
そう言いつつも嬉しそうに、部屋に入ってくるあゆの様子に、軽く苦笑する。
「ところで・・・何の曲を聴いてたの?凄く、熱心そうだったけど」
「・・・ほんのちょっと、高2の終りの事を思い出させるような、歌詞だったからさ」
「えっ・・・?」
あゆの表情が、今度こそ明らかに曇る。
―――高2の終りの事。それは、俺が7年振りにこの街に帰って来てからの、あゆとの一連の出来事を意味する。
7年間、置き去りにしていたこと。その事に―――さっきの言葉を使うなら「決着を着け」、あゆが今、ここに居る事。
「ど、どんな歌詞!?なんていう歌!?」
不安の色を織り交ぜた顔で食い入るあゆ。
「・・・Plastic Treeってバンドの「ツメタイヒカリ」って曲なんだが・・・聴いてみるか?」
「・・・うん」
あゆの静かな首肯を確認し、本体からヘッドホンを取り外し、再生ボタンを押した。
スピーカーから、軽めのドラム音が効いた前奏が流れ出し、続けてボーカリストの感傷的な歌声が流れ出した。
―――雪にうずもれて僕は死んだふり 君は笑ってみてる
「ひとつ」にはなれない僕ら いつか二人の距離がとおくなる
音もなく雪が降りつづいて足跡消していく、
帰れなくなった僕らにただ、鐘の音がいつまでも響き渡る。
いつまでも響き渡る。―――
「・・・とまぁ、思い出させたってのは、今の所なんだけどな」
間奏に入った曲を止め、1つ溜息をつく。
「・・・思い出したのって・・・ボクが・・・去年、消えた日のこと・・・?」
「・・・あぁ。ほんの、少しなんだけどさ」
少しの沈黙・・・・・・外には。歌詞と同じように、雪が静かに舞っていた。
「・・・ボク、時々、思うことがあるんだ・・・」
その沈黙を破る、あゆの言葉。
「・・・何だ?」
「あんまり、今が幸せ過ぎて・・・もしかしたら、これもボクの・・・夢なんじゃないかって・・・うぐっ!?」
今にも消え入りそうな声を出すあゆの頭を、軽く小突く。
「ばーか。・・・くだらない事言うなっての」
「祐一君・・・」
「お前は、もう目を覚まして、確かにここに居るんだ。・・・これが、夢であってたまるかよ」
「うん・・・そうだね」
頭を押さえ、涙目で頷く。
「それに・・・いつまでも落ち込まれちゃぁ、からかい甲斐がないしな」
「うっ・・・何でそんな事言うんだよっ!!・・・それに、曲を流したのも、祐一君だよっ!!」
「あ、っ、だからそれは・・・」
あゆを励ましたはいいけれど、墓穴を彫ったことに後悔し、この状況を打破する策を考える。
「祐一さん、あゆさん、おソバが出来ましたよ」
不意に階下から聞こえる、秋子さんの声。
「お、出来たってさ。・・・さっさと行かないと、お前の分も食っちまうぞ」
秋子さんに感謝しつつ、部屋のドアを開けた。
「え、待ってよ!ボクの分も残してよ!!」
他愛のない、下らないやりとり。そんな時間が、この上なく愛おしい。
だから―――もう、あの時のような思いはしたくない。
そして、出来ることなら、ずっと、この時間が続いて欲しい。
もう―――悲しい夢を見ることは無くなったのだから。
―――冷たい光が途切れて、ほら、雪が舞い降りるよ。
離れないように手をつないで 二人が埋もれたら
どこまでも広がって「願いの果て」続いていく。
限りなく、限りなく白くなれ、嘘の世界―――。
そして僕らを冬が連れ去った
光があふれてくる
騒いだ拍子にボタンが押されたのだろう。
曲の、最後の部分が、雪の夜に―――2人に送られるように、流れていた。