はらはらと舞い降りる雪の結晶たち。それは夕焼けに彩られた街を白く染め上げる。

茜色の空。オレンジの色彩に覆われた、郷愁を帯びてやまない一面の世界。

私の心は躍る、夕暮れに虹がかかるのを見たときに。

純白の粉雪に包まれた七色のアーチを、傍らに立つ人と瞳に焼き付ける事が出来たから。




私の往く手に続く道は、曲がりくねった上り坂のようだった。

登りきるまではずっと上り坂。休む事はできない、――許されていないのだから。

人生は長い旅だという。それなら私の旅はいつまでかかるのか。

神を冒涜する言葉を吐いたため、永劫に七つの海を彷徨わなければならなくなったオランダ人船長や、人魚の肉を食べたが故に不老となった比丘尼よりも永い時間を過ごしてきた。

千年という上り坂は、幾星霜の朝と晩を迎えたのだろう。




静かな想いに誘われて、私は心の奥深く過ぎ去った欠片を探していた。

夢に遊んだ子供の頃のように、かつて求めた多くのものは見当たらなかった。傷ついて萎れてしまった希望という翼に思わず溜息が出てくる。

白日の欲望を映し出す夢が蘇り、その苦悩が、時の空しさが、身にしみてくる。

――だけど、それなのに、隣を歩く人の温もりが、その人を見上げ暖かな気持ちが胸に込み上げるや否や、全ての帳尻は合い、悲嘆は降り注ぐ雪の彼方に溶けて消えた。




坂を登りきったとき、そこにあるものは何なのだろう。辿り着いた先に虚空が広がっているだけだとしたら、それは、それはとても恐ろしい現実ではないだろうか。

夢の中で現実を生きてきた私にとって、夜明けと共に襲ってくる悲しみは、風の命ずるまま歩きとおし、やっとの思いで腰を下ろした、――そんな私の目を覚まさせないでほしいとさえ憂いを癒してくれる夜に願ってしまう。

死ぬことは眠ること、それだけの話だと誰かが言った。眠りと死を結び付けて考えられるなら、静かな暗闇に生まれた眠りは私の憂いを癒してくれるのではないか。

それでも時折、悪夢に襲われて飛び起きなければならないのなら、やはり登りきった先には泊る家が見つかってほしいと思う。




雪の降る中を歩いている。身長差があるから肩を並べるという表現はできないけれど、足跡が並んでいるのは確かだ。

ふいに記憶が蘇る。それは時間にしてみるとほんの数ヶ月前のこと。今、私の隣を歩く人が、私を永の縛鎖より解き放ってくれた、あの夏の夜。

あのとき、彼の右手を通して、私がこれまで同化体にしてきた人たちの中の、私を救おうとする意思のある人たちの想いが伝わってきた。

その中に一人の少女がいた。その少女は私の初めての親友だった。

そして、私が重い宿命を背負う事になったあと、初めて手にかけた少女。

好きな人ができ、結婚が決まり、これから幸せになるはずだった――

それなのに、彼女は私を許してくれた。

私と、私が初めて好きになった人との幸せな未来を願ってくれた。




顧みて。

彷徨えるオランダ人船長は、最後には彼を慕う娘の真心によって救われた。

八百比丘尼は、各地の放浪を続けた後に故郷で八百年の生涯を終えたという。

たとえばこんな詩もある。

一人の男が世界の果てを見たいと思った。男には妻も子もいたが、単身で世界の果てがあるという西の地へ旅に出た。

全てを捨てても世界の果てを見たかった。そこには自分の求めるものがあるに違いなかったから。

長い旅だった。それでも男は苦難の末に世界の果てと呼ばれる地に到達した。

しかし、そこには何も無かった。ただ荒涼とした光景が広がっているだけだった。

男は落胆した。自分は今まで何をやっていたのだろう。深い絶望と空虚に心を枯れ果てさせながら、男は帰路を辿った。

故郷に帰ってきた男の目に映ったのは、明かりの燈った自分の家だった。妻と子は男の帰りをずっと待っていたのである。

そのとき男は理解した。求めていたものはこんなところにあったのだと。

――それなら、この街で千年を生きてきた私には、いや、私にも。




気が付くと、漣の音が聴こえてきた。今日の風音海岸はとても静かだった。

遠く霞んだ水平線。空に溶け込む波の青。――――蒼。

夕暮れは蒼茫へと移ろいでいた。水平線の彼方に燃えるような朱の残照が沈み往く。

私は立ち止まって大切な人を見上げた。

足元では、波が引くとき運び去り、打ち寄せては浜辺へと運んでくる、小石が奏でる緩やかな音律が響いていた。

「真さん……長い、長い旅で疲れた私に、休息は与えられると思っていいんでしょうか?」

すると彼は、いつものように優しい、鳶色に揺らめく双眸で見据えてくれた。

「いいんだ。旅の苦労は報われるんだ」

その証明のように私の小柄な身体を熱い抱擁で包んでくれた。

温もりに応じ、小さな胸をときめかせ、私は穏やかな顔を見せて寄り添う。

「いいんですね。もう取り消せませんよ? 私の寝床は真さんのそばしかないんですから」

「ああ、そこには彩だけ居てくれればいい」

募る幸せを胸に二人で歩いていける。それなら恐れるものは何も無い。

落日から夜へと誘う僅かな狭間――群青色の蒼茫。静かに揺らめく葵の水面。

一面に澄み渡る鮮やかな蒼と、降り注ぐ淡い白の交錯する世界に、そっと重なり合う唇の確かな温もり。



あなたとともに紡ぐ想いがいつか星になるその日まで――