これは一生ものなのだから






 三倍返しでも十倍返しでも構わない。
 何かお前から貰えないものかと。
 願いつづけて、幾星霜。
 
 
 
 「それは何個あるのか聞いてもいいか?」
「58個」
 手の平に食い込む紙袋の重量に足取りを鈍らせた友人は、俺の問いにあっさりと答えた。
 「必要数が53個で、予備が5個」
 紙袋の中には、10cm四方の包みが隙間なく詰まっている。
 沢山、の一言で済ませても良さそうなそれが管理されていることに、素直に驚きを覚えた。
 
 「まぁ貰ったら返さないとね。だからまた貰っちゃうのかもしれないけど」
 よっと小さく掛け声をかけて、持ち手を変える。先ほどまで紙袋を持っていたほうの手には、見事な赤黒い痕が残っていた。
 例え一ヶ月前に家に持ち帰った抱えきれないほどの贈り物に、交換会以上の意図を介在させるものが一つもなかったとしても、その個数がこの男の人望を示す数値であったことに変わりはない。
 
 「君は……」
 他人に質問することの裏の意味をとって、友人がこちらへ目線を向けた。
 わずか一瞬、返事に困る。
 ねだっておいて何という様だろうかと、思いのほか自分が冷静でないことに嫌悪を感じた。
 「……今年もあやつからは貰えなんだな」
 口にしてみると、歯痒いこと限りない。
 今の二人に必要なたった一言は喉にまで出掛かっているのだ。
 「いい加減、君から言い出したらどうかとも思うけど?」
「何故、言わねばわからないのだろうな」
 
 俺の方から”おねがい”をすればおそらく叶う。
 それは容易に想像が付く。
 だがそうして想像する世界は望んだそれではない。
 
 軽く嘆息すると、自分と友人の帰路を分かつ三叉路が視界の端に見えた。
 
 「わかるようにしてるの?」
「……今年は痛いところを付くじゃないか」
 
 会話の終着点が近いと思いながらも、速度を緩めずに歩く。
 
 「何故、すべからくそういう話になってしまうんだろうな」
 
 何処で誤ったのか。
 いっそのこと、同世代の男女でなければ、こんなことに悩まずに済んだのか。
 
 「じゃあここで」
 
 会話らしい会話が成立しなかったことを気に留めた風でもなく、友人は紙袋を持っている方とは逆の手を軽く上げた。
 こういう執着のなさと話に付き合うまめさが、この男の人望の秘訣かもしれない。
 
 右の路地を真っ直ぐに進む。
 程なくして、自宅が見えてきた。
 
 自分の我侭のほうが優位だという自覚がある。
 だから、何年この会話を続けていてもまだ後ろめたい。
 
 自宅一軒手前の庭先に、見慣れた後姿があった。
 振り返り様に目が合う。
 少しだけ、邪険に眉根をひそめるのが見えた。
 
 お前がそんな風に見つめてくるうちは片思いだ。
 やっぱりお前はそうなのか?
 だったらいっそ言ってくれたらどうだ。
 
 3歩近づいてから口を開く。
 
 自分一人じゃ語れない言葉がある。
 どうかどうか気づいてほしい。
 
 「さ来週から始めるから、また頼むぞ」
 
 こう見えても趣味には私情をはさまない主義だ。
 別にブランコに乗る必要もない。
 趣味ぐらい純粋に楽しみたい。
 
 お前を傷つけることを段階だと考えてるようなやつに、
 お前は時間を浪費している場合じゃない。
 
 それでもお前のその表情には、少しばかりの愉悦を感じる。
 自分に傷つかれることは快楽だ。
 
 頼むから。
 あと何年で気づいてくれる?
 おれは何年掛けたっていいんだ。
 
 
 
 返事じゃないと言えない言葉がある。
 
 三倍返しでも十倍返しでも構わない。
 何か「お前から」貰えないものかと。
 願いつづけて、幾星霜。
 
 共に恋人の愚痴を語り合い
 「やっぱりお前が一番」と言い合おう。
 
 少なくとも俺は幸せになるから。



Sakanaちゃんに捧ぐ
 これでもかというほど熟成を重ねた蔵出しの品。お題は「ホワイトデー」。
 バレンタインが「女性からの告白」であるならば、ホワイトデーは「男性の返事」。返事には、YESとNOがある。YESならば、何もホワイトデーでなくとも「男性からの告白」をすればいいだけのことだ。
 というわけで、「ホワイトデーならではのもの=男性のNOの返事」……それでいいのかは不明(笑)。
 ちなみに1111hit「春先憂鬱娘は語る」の番外編。思いのほか嫌な男に育って満足です。
 幸せな方向でリクエストにお応えする発想に乏しい私めをお許しくださいませ。