−for−




 「ねぇ……絶望するって、どんな気分?」
 その声は、とても唐突だった。

 男は、その台詞が終わるのとほぼ同時に、振り向いた。
 重いが静かな動き。指先で、いつでも剣を取れることを確認する。
 男にとって、いつでも剣を取れる、とは、声の主を敵と認識した次の瞬間には、刃を一閃出来ることを意味する。

 「誰だ、お前は?」
 重い低音で、誰何。
 先ほどまで、誰もいなかったはずの背後の空間には、女が一人立っていた。
 大柄な男の胸にも満たない華奢な身体は、少女といって差し支えないようにも思えたが、その、まるで謎かけをしているかのような瞳にあるのは、とても少女の持てる光ではない。

 「誰がいいかしら?」
 まるでなぞなぞをしているかのような、楽しげな笑い方。細い指が、悪戯に唇に添えられる。
 「客人が来るという話は、受けていないがな」
 女のなぞなぞには興味を示さずに、飽くまでも超然とした態度。問うたのは自分であり、女ではない。

 「んー……じゃあ、天使ってことでどーぉ?」
 男に劣らぬほどの自分勝手ぶりで、女がきゃらりと笑う。
 男は、少し意外そうに目を開いてから、口元に薄い笑いを浮かべた。
「ほう。俺が誰か知って、そのような口をきくか。随分と礼儀のない天使もいたもんだな」
 まるきり異世界から来たかのような女に、黒いビロードの椅子に深く腰掛け、鼻で笑う。

 自分のためにしつらえた椅子にどっかりと腰を降ろすその姿は、見るもの総てに跪くことを強要する迫力があり、ともすれば思い上がりに聴こえそうな台詞に、十分すぎるほどのリアリティを与えていた。
 「噂通り……さすがは、総ての地を統べる王ね」
 ゆるゆるとした唇の動きをしてから、自分の言葉の上をなぞらうように、男を見る。

 手触りの固そうな黒髪の下には、一見でも相当な力量を窺い知れる、堂々たる体躯。獅子の紋章で留められた、金刺繍の施された黒衣が、ゆったりとそれを覆っている。靴は、それだけでも、かなりの重量がありそうに見えた。
 相手が自分に膝を折り従うことを、当然の理としている、美しいまでの雄の獣。

 「わざわざ統べた覚えはないがな。この剣には斬れないものがなく、気が付いたら敵がいなかったのよ」
 剣から離した手で軽くあごをしゃくり、たっぷりとした話し方をする。
 逆らう者がいなくなるまで斬っただけのこと。強者の理屈は、いつの世も明確である。

 女は、少し失笑するように眉を寄せてみせた。
 「幾多の王を殺し、一代で惑星ほし一つ手に入れておいて?」
「俺の剣は大振りでな。小さくそこだけ切り取るには適さなかった。それだけだ」
 しれっと言ってのける。
 飽くまで単純なのだ。力のある者にとっては。

 ふっと、愉快そうに息を漏らして、男が足を組み替える。
「問答でも楽しみに来たか、天使? 俺にそんなつまらん問いかけをする女が、世に二人もいるとは思わなかったぞ」
 にや、と、横柄な視線。

 その正面で、女の顔は先ほどよりも、少しだけ無表情になっていた。
 特に、「もう一人」を気にかける様子もなく、まっすぐに男の方を向いている。
 「ここは、とても満ち足りた地。あなたは素敵な王様ね」
 男を見つめている、というよりは、男がいる方角を視界としている、といった様子の、奇妙な、視野の広い視線。
              ・ ・ ・
 「ああ。俺がいる限りここは平和よ。そう決めたからな」
 当たり前のように返される、自信以外の要素のない声。それが過信でないことは、ここまでの男の経歴が証明している。
 剣も戦も指揮も政治も、男に出来ぬことはなかった。この地上の機構が男の手の中にある限り、憂いなどは意味のない言葉だ。
 天性の統治者。天性の独裁者。天性の王。

 にこ、と、不自然と自然の中立な笑顔が、女の顔に浮かぶ。
 苦笑いにも見えたように思える。

 「独裁者はね、すべて一人で裁く子よ?」

 しゅっと、女の言葉が空気を震わしきらないうちに、男の目前を人工の風が抜けた。
 風の後、男の左手のサイドテーブルには、一枚の羊皮紙。
 直轄の早駆け密偵の姿は、とうに気配が追えない範囲まで遠のいている。

 女は、特にそれを目で追うことも、気にかける仕草すらも見せなかった。
 男が黙ってそれを手にとり、目を通す。
 女の唇が、ゆるりと開いた。

 「……そして、一人で裁かれる子」

 その声は、憐れみなのか、笑みなのか。

 男は動かない。
 むしろ動く自由がないかのように、静かに、表情を無表情にかえることすらもせずに、ただ、沈黙。

 「ねぇ……絶望するって、どんな気分?」

 もう一度。
 静かに。ひたすら、静かに。
 男は、文書から目を離して、それをテーブルに戻した。

 「大の中に……兼ねていたつもりの小がなかったときの気分だ」



moyuに捧げた
 
 リクエストは独裁者。
 意向は、がっしりとした英雄系。
 私の大好きな独裁者は、線が細く病的な狂人系。
 
 マッチョは嫌い。
 
 英雄系独裁者には、西洋ファンタジー描写が必要(なんだろうと思った)。
 ファンタジーはあまり読まない。
 moyuに借りたファンタジー小説をパクって参考にさせて頂いて描写。
 ……すぐにバレた。
 
 病気でも狂ってもないくせに世界なぞ統べる理由がわからない。
 「大は小を兼ねる」……とか。
 
 そしてバットエンド。
 
 これはそれほど意向も希望も無視してない。