春先憂鬱娘は語る




 最近、私は機嫌が悪い。

 「春だな!」
「……だねぇ」
「春なんだ!」
「……なんだねぇ」
「これが春というものだ!」
「……おっしゃる通りで」
 ……。
 二人の間を妙な間が流れた。
 てんてんてん……音で表現するなら、そんな感じ。

 「む……覇気が足りんぞ?」
 ブランコの前で仁王立ちになり、青空へと声高らかに主張していた男が、不満げにこっちを向く。
 「なんで私に覇気がいるのよ……?」
 近所の公園から下校時刻の通学路を眺めるという、一歩間違えたら犯罪者な行為に付き合わされて、今日で三日目。
 四月の空は、程良い高さで青い。風は、新学期に入って一週間も過ぎないあたりでは、うらうらと言うには、まだ肌寒いと言ったところか。
 「毎年のこととは言え、そう毎度毎度、君に合わせてテンション上げてあげられるほど、大人じゃないって」
 でも、この季節は好きじゃない。
 それでも、嫌いじゃなかったけど……今年は、何故か嫌いかもしれなかった。
 呆れたように漏らしながら、炭酸飲料お駄賃をあおる。

 「何を言うか。お前がこの地に越してきて6年。誰に育てて貰ったと思っている」
「……いや、少なくとも、育てたのは君じゃないし」
 ふんぞり返る2つ上の”お隣さん”に、視線すら合わせずに、もう一口。
 なんかもう、炭酸に色んな物を誤魔化されてる気分だし。
 「で、今年はいいのは見つかったの?」
「うむ、それなんだが……」
 そう答えかけたところで、ぴたりと動きが止まる。

 あ……とっさにその視線の先を追わないでおいたのは、何かの防衛本能だろうか。
 そのまま、待つこと3分。
 ちょうど、普通に15歳の娘の足で、この見晴らしのいいスポットからの、視界の端から端まで到達するくらい。

 「……なぁ……胸が苦しいよ……」
「ああ、今年の分は済んだわけね」
 ワイシャツの胸の辺りをぎゅっと手で握って、変な色気を出して斜め下を見る男に、間髪入れずに返す。
 「そういう言い方はあるまい」
 むっとしたような視線が戻ってきた。
「毎年毎年、新入生限定で可愛い子を張ってまで探し出して、片思いに興じているフェチに付き合わされてるんだから、当然でしょ」
 しらっと視線をそらす。
「しかも、6月あたりになって、新入生らしくなくなってくると、途端に冷めるくせに。まぁ、そんな期間限定物の恋心、過去一度も通達していないってだけはいい選択かもしれないけどね。相手にも迷惑がかからないし」
 どうせ、告白しないのは、相手への気遣いなんかじゃなくて、自分が片思いを純粋に楽しんでいるからなんだろうけど。
 まぁ、別に、そんな期間限定な感情に、相手が振り回されようと、私はどうだっていいわけで。

 「どうした? 今回はやけに絡むじゃないか?」
「それに気づく程度には、徹底されてないわけね」
 いっそ、徹底してニブい方が、まだ救いようがあるかもしれない。
 いらだちを抑えるように、缶を振る。
 ちゃぷんと、残り少ない音。
「?」
 きょとんとしている男をよそに、缶に口をつける。
「何を言っているのか知らんが、来年も頼むぞ? やはり、横でブランコを漕いでいるのはお前でなくてはつまらん」

 ……ごくり。
 最後の一口。
 ああせっかく、誤魔化してたのに。
 私は機嫌が悪いんだってば。

 「はいはい、毎度ご利用有り難うございますね……じゃ、また来年」
 それだけ言って、立ち上がる。
 目を合わせるくらいは、キチンとしておいて。
 そして……三歩歩いたところで振り返る。
 「ああそうだ。母さんが今夜はちょっとごちそうする予定だから、君も呼べってさ」
 ご利用の際にだけの関係なら、かえってわかりやすいのかもしれないのに。
 でもそれを望めない程度には、まだ私にも可愛げがあるのか。
「おう、お邪魔する。おばさんの料理は旨いからな」
 にかっと、軽く手を挙げて笑ってくる。
 一瞬、その顔面を蹴ったら、すっきりするかも……なんて思った。

 最近、私は機嫌が悪い?

 毎年の事じゃない。

 灼いてるの?
 まさか!
 今まで一度もそんなことなかった。

 ざかざか歩くにはあまりに近すぎる我が家は、もう目の前。
 そこまで来て、ふと、スカートが砂まみれなのに気がついた。
 「あ……払わなくちゃ。このまま上がったら、母さんが怒るな」
 軽く、制服スカートの裾を摘んだところで、嫌なことに気づいてしまった。

 一昨日出来たばかりの紺サージのスカートから、さらさらと砂が落ちていく。
 真新しい生地はハリがよくて、わりと大粒だった砂は、あっさりと滑り落ちた。

 ……そういうオチかい。

 まったく……

 最近私は機嫌が悪い。

 来年は?
 ちょっと微妙なお年頃。



踊るゴミ箱様に捧げた
 
 リクエストは「新入生」。
 前々回に引き続き、もっとタイムラグに対する配慮というものを(以下略)。
 おそらく、すでに小僧が冷めた頃合い。
 
 当時、リクエスト単語に、欠片ほどのインスピレーションも発生しなかった。
 手法。
 困ったときは、語尾に「○○フェチ」とつけてみる。
 
 「新入生フェチ」。
 
 いるだろうな。
 じゃあ、いいよな。
 
 あんまりな過程でも、仕上がってみれば存外に傑作。
 じゃあ、いいよな。