教会の信仰告白

私たちは、次のように信じ告白します。

キリストと聖書
 私たちの信仰の中心はイエス・キリストであり、聖書はキリストを証しします。聖書は、
聖霊の導きによって書かれた神の言葉であって、唯一の正典です。


 イエス・キリストにおいてご自身を啓示された神は、父・子・聖霊として働かれる唯一
の全知全能の神です。神は、天地を創造し保持されます。御子イエス・キリストは、全
(まった)き人としてマリアより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、私たちの
救いのために十字架につけられて死に、三日目に復活されました。聖霊は、イエス・キ
リストの全てのわざを私たちのうちに証しし、信仰の実を結ばせてくださいます。

人間と救い
 人間は、神のかたちに造られましたが、罪に堕(お)ち神に背(そむ)くものとなりました。
それにもかかわらず、神は、すべての人を救いに招いておられます。人は、罪を悔い改
め、イエス・キリストを信じることによって、罪人(つみびと)であるにもかかわらず義とさ
れ、新生にあずかることができます。

教会
 キリストのからだなる教会は、神によって召された新生者の集まりです。すべての者
が、等しく福音を宣べ伝えるつとめを負い、教会の運営に携わります。また、各個教会
は自主独立であり、協力を喜びます。教会は、週の初めの日を主の復活を記念する主
の日として、公の礼拝を守ります。教会の礼典は、バプテスマと主の晩餐との二つであ
り、礼拝において行われます。バプテスマは、イエス・キリストを主と信じ告白する者に
授けられ、その形は、浸礼を重んじます。主の晩餐は、イエス・キリストの贖(あがな)いの
死を記念し、神の国の祝宴を先取りします。これにおいて、私たちは交わりを堅くし、
世へと遣わされます。国家は人間の営みであり、神の支配のもとにあります。良心の主
は、神のみです。

終末
 私たちは、主イエス・キリストが再び来られる終末を待ち望みます。その日、悪は審
(さば)かれ、救いが完成します。新しい天と新しい地が来たり、私たちは新しいからだ
を与えられます。その日に至るまで、私たちは、キリストを証ししつつ希望のうちに歩み
ます。

                                        (1999年10月3日改定)