09.森




 深い森の中、ぽつんと一つ灯りがあった。
 焚き火の明かりだった。
 傍には男が一人と、女が一人。

 少し近づいて様子を見る。

 男の方は何か細くて長い物を側に置いている。どうやら剣士らしい。
 女のほうは寝ているようだった。しかも男に抱きかかえられている状態で。

 ふと記憶に引っかかる物があって、首をかしげる。
 男は知らないが、女は知っている――ように思えた。

 更に近づく。

 焚き火に照らされて、男に抱きかかえられた女の顔がはっきりと見えるようになった。
 案の定、それはよく知っている――知っていた、かもしれない――顔だった。
 記憶にあるそれよりも多少大人びてはいるが、見間違えないほどではない。

 笑みに唇の端をつり上げる。
 更に近づき、程よいところで立ち止まる。

 足は肩幅に開き、片方の手を腰におき、大きく胸一杯に息を吸い込んで――

「ほ――」
「おい、あんた」
「――っほ?」

 出鼻を挫かれた。
 見ると、男がこちらをまっすぐと見ている。
 こちらは暗がりで見えないはずだった。

「何をするつもりかは知らんが、こいつを起こさないでやってくれないか」

 言って、男は腕の中の女を見やる。
 女が起き出す様子はない。

 仕方なく姿を見せる事にして、焚き火に歩み寄ると、男と女の反対側にどっかりと座りこんだ。

「――で、あんたは誰なんだ?」
「ふっ。このわたしを知らないとはあなたさてはもぐりね!」
「もぐら?」
「もぐりよもぐり。……じゃなくて、リナの最大にして最強のライバル、白蛇のナーガ様よっ!」

 デカい胸を反り返して言うそれ――白蛇のナーガに、男――ガウリイはきょとんとした顔をした。
 ついで、腕の中に視線を落とす。腕の中の女――リナは変わらず平和に寝ている。

「……リナの?」
「そうよ。まったくリナったら、ちょーっとわたしにたかられたくらいで逃げ出すなんて、人間出来てないわよね」
「ええと、つまり……リナのともだちか?」
「まあそんなところね。ところでそーいうあなたは誰なのよ?」

 焚き火の向こうのリナを抱えた男をじっと見つめる。
 長い金髪に蒼い瞳、逞しい体、きっと身長はそんなに違わないかもしれない――どこからどうみても美形の男だった。

「オレはガウリイ。リナの保護者だ」
「保護者?」
「ああ。自称だけどな」
「その保護者さんは、リナを抱えて何をしているのかしら?」

 ナーガが知っているリナは、少なくとも男の腕の中で眠れるような女ではなかった――ウブともいう――それに、ナーガが来ても目を覚まさなかったところからして、随分男を信頼しているらしい。

「リナは寒がりだから。――あんたは寒くないのか? そんな格好で」
「ふっ! 寒さくらいでわたしのポリシーは崩れなくってよ!」
「そ、そうなのか」
「リナもまだまだ未熟ね」
「そーいう問題なのか……?」

 ぼそりと呟かれた言葉をナーガは綺麗に聞き流した。

「ちょうどいいからわたしもここで休むことにするわ。もう三日もこの森歩いててくたくたなのよ」
「……三日?」
「それにしてもこの森随分と広いのねえ、昨日なんて最初に森に入ったところと似たようなところに出たのよ。あんまり似てるもんだから引き返したけれど」
「……それって道に迷ってたんじゃ……」

 これもナーガは綺麗に聞き流した。

「ところであなたたち、どこへ行くつもりなの?」
「ん? ゼフィーリアだけど」
「ゼフィーリア? ずいぶんと遠い目的地ね」
「ああ、リナの実家があるから」
「…………へぇ………? そう、リナの実家に………ふぅん……?」

 ナーガの瞳が面白そうにきらめいて、ガウリイの腕の中を見やる。
 当のリナは平和そうに熟睡している。

 ちなみに、朝起きて目にした怪人物(笑)の姿にリナが絶叫したのは言うまでもない。




2005.12.5