01.古い宿



 夕方近い時間にやっと辿り着いた村には、当然というか、古い宿が一軒しかなかった。
 建ってからもう何十年もたったという風体の小さな宿。
 木造で、壁は薄く、廊下はギシギシと音が鳴って、隙間から夜の冷たい風が入り込んでくる。
 村のおばさんが片手間にやっている食堂で夕飯を取って、こんな古く小さな宿屋では風呂があるわけでもなく、早々と寝る準備をする。
 どこか遠くで、開いたままになっているのだろう窓か扉が風に揺れる、小さな甲高い音が響いている。


 夏が終わって、秋が来た。もうすぐ冬が来る。
 冷えた隙間風に思わず身体を震わせて、手にした地図から顔を上げ、明かりライティングの明かりでほのかに照らされた部屋を見渡した。


 ガタン、と音がした。

 音のしたほうを見やる。今の音はこの部屋でおきたものではない。
 ベッドがあって、壁がある。
 壁の向こうには、ガウリイがいる。

 地図をしまい、明かりライティングを消し、ベッドに座る。
 壁の向こうからは、もう、大きな物音はしない。

 壁に背中をあずけ、目を閉じる。
 身を包む冷気に、シーツを引き寄せた。

 ガウリイの気配。


 かすかに、規則的に、繰り返し空を切る音が聞こえる。
 素振りをしているのだろう。彼が一日足りとも鍛錬を欠かさないのは知っている。

 ただ目を閉じて、気配を追う。
 薄い壁の向こうの彼。


 眠気に覆われて横になった頃、壁のすぐ向こうにガウリイを感じた。
 確か、彼の部屋のベッドはこの壁の向こうにあったはずだった。


 眠りに落ちる瞬間、壁越しに、リナ、と呼ばれた気がした。



2004.9.30