『見える』ということは、ずっと、それこそ生まれた時から『当たり前』だった。
『視える』ということも、生まれた時から『当たり前』だったけれど、ある時期まで視えなくなっていた。
まだほんの幼いこどもであったがゆえに。
そして再び視えるようになって、今度こそ本当に当たり前になって、色んなことがあった。
『視える』ことを駆使して、自分の道を目指した。
―――再び、視えなくなるとは思いもよらずに。
13. 見えない
見鬼の才とは、人ならざるモノ――妖怪や物の怪、幽霊などの類の、文字通り『鬼』と呼べる存在を見る力のことだ。
稀代の大陰陽師、安倍晴明率いる十二神将達も、この見鬼の才がなければ視ることができない。
それも、強い才が必要になる。
昌浩は、十二神将を視ることのできる強い見鬼の持ち主だった。
現在最も強い見鬼の持ち主は、安倍邸に身を寄せている藤原彰子で、彼女は顕現していない神将の気配を感じる事さえ出来る。
昌浩もそこまでは出来ない。否、出来なかった。
――今は、全く、視ることができないのだから。
力の入らない掌を顔の上に掲げて、昌浩はじっと見つめた。
見える。
掌から視線をずらして、外を見る。
こちらに背を向けて座る、勾陳の姿があった。
……見える。
見えるけれど、視えない。
彼女は、――彼女らは、昌浩に視えるように、神気をいつもより強くして顕現しているのだ。
だから、見える。
ぱたり、と手を倒す。
視えないということが、こんなに辛く感じるとは思いもしなかった。
数刻前のことを、思い出す。
視えなくなってから初めて、妖怪と対峙した。
気配は感じる。
妖怪が蠢く音も聞こえる。
ただ、視えない。
視界に姿が映らない。
ふと、今は遠い都にいる人を思い出した。
藤原敏次。
彼は元々見鬼の才がない。
しかし色んな事情で陰陽師を目指した彼は、懸命に修行に励み、道具の助けを借りれば視えるようにまでなった。
その視る力は昌浩にも、彰子にでさえ遠く及ばないものだったけれど、それでもすごいと思った。
……彼も、こんな思いをしてきたのだろうか。
元々視えていた昌浩がそんなことを考えるのは、彼に対して失礼かもしれないが。
彼のように励めば、視えるようになるだろうか。
「昌浩。…どうした?」
頭を動かすと、夕焼け色の丸い目が昌浩を見ていた。
目を細めて、見る。…視える。
「ううん……なんでもない」
夕焼けの、やさしい色。
この姿だけは、いつも、いつだってこの眼に映っていた。
小さな犬のような、大きな猫のような。白い体に夕焼け色の瞳の物の怪の姿をとるだけで、彼を視ることができる。
物の怪が、自分の『眼』だ。
己の本来の見鬼の才は失ってしまったけれど、物の怪がそばにいれば、だいじょうぶ。
「…俺、陰陽師になるよ」
ああ、と物の怪が小さく返す。
見鬼の才と、物の怪を失った事で、陰陽師への道は以前よりも険しいものなってしまったけれど。
誰にも負けない、誰も犠牲にしない、最高の陰陽師になると、誓ったから。
辛くても、それでも。
目指すものは、昔も今も変わらない。
物の怪の白い尻尾の、あたたかな感触を頬に感じた。
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