いつも自分を守っていてくれる、安倍晴明の末の孫が、今度やっと元服するという。
 やっとというのだから、彰子より年上だろうか。それとも年下なのだろうか。
 安倍晴明の末の孫は、どんな男の子なのだろう。
 興味が湧いた。

 会ってみたいと思った。
 ……会えるわけが、ないのだけど。




09.出会い






「じゃあ、お邪魔しました」

 そう言って、彼――昌浩――は走り去ってしまった。
 一度だけ振り返ってくれたので、彰子は彼に笑いかけた。彼に、この笑みは見えたかどうかは判らない。

 もう少し、話がしたかったな。

 そう思ったが、それは仕方のないことだった。
 今回は普通ではない会い方だったが、普通の会い方でもあんな風に話は出来ない。
 御簾越し、几帳越しで、更には直接に彰子自身の声で会話も出来ない。
 男の子だったら、そんなこともなかっただろうに。

「…つまらないわ」

 でも、彰子は姫だった。
 藤原道長が一の姫。

 彼――昌浩は、奇妙な生き物と一緒にいた。
 白い、大きな猫のようだった。何度か遠目で見たことのある、小さな犬のようでもあった。
 しかし、犬でも猫でもないのだろう。だって昌浩と話をしていたから。犬も猫も、人の言葉を話さない。
 『俺が見える』ということは、彰子と昌浩以外には見えないのだろう。見鬼の才――人ならざるモノを見る力――を持つもの以外には。
 あの生き物はなんなのだろう。
 昌浩は、どんな男の子なのだろう。安倍晴明の末の孫だという、彼。

 また、会えるといいのに。


 彼はどんな陰陽師になるのだろう。


 昌浩の姿が完全に見えなくなって、彰子は僅かに肩を落とした。
 本当に、行ってしまった。

「……といいのに」

 また会えるといいのに。


 彰子様、と空木が呼ぶ声がしたので、屋内に慌てて戻る。
 戻りながら昌浩が消えていった方をちらりと見たが、やはり彼は見えなかった。

「彰子様、まぁ左大臣家の一の姫ともあろうお方が、端近にまで降りられて。そう軽々しくなさってはいけません。下々のものに姿を見られでもしたら、なんとするのです」
「ごめんなさい、空木。でも誰にも見られなかったから、大丈夫よ」
「当然です。さ、もっと奥へ参りましょう」

 本当は空木の言う下々のもの――空木にしてみれば昌浩はその部類に入るに違いない――に姿を見られ、あげくに話までしたのだが、そんなことを正直に話したら、暫く庭の近くに行かせてももらえなくなるだろう。
 それは嫌だったので、昌浩に会った事は伏せておく。
 それはとても、つまらないことだけど。


 ……また、会いたい。

 いつか、いつの日か。









 それから数日後のそう遠くない日に、二人は思いがけない理由で、再び出会う事になる。










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