06. 夏休み |
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7月末。世間は夏休みである。 そしてこの二人も例外ではなく。 「…なぁ、リナ」 きっちりと閉められた窓。部屋の中の空気は冷えているが、窓の外は見るからに暑そうだ。 「……うん」 「………夏休みだよな」 「……うん」 後ろを振り返ると、俯いた栗色の頭が見えた。 こちらからは見えないのだが、可愛い恋人である彼女の紅い瞳は、飽きもせず本の字を追っている。 今の彼女は本の世界に夢中で、そのうちガウリイの言葉に返事も返してくれなくなるに違いない。 …面白くない。 何のために彼女は家に来たのだろう。 せっかくの夏休み、せっかくの休日なのだから、もっとこう、遊びに行くとか遊びに行くとか遊びに行くとか! 「リナッ」 ガウリイは座っていたソファから後ろへ、少し身を乗り出すと、ひょいっとリナの両手から本を奪い取った。 「…何すんのよ」 やっと、紅い瞳がガウリイを見る。 読書の邪魔をされて、彼女の機嫌は地に落ちたようだが、リナの意識を自分に向けられたことが嬉しいガウリイは気にしないことにする。 しかしとりあえず渋面な表情を作って、 「…お前さん、何しに来たんだ?」 と聞いてみる。 答えは判りきっているような気もしたが、それでも聞かずにいられない。 振り返ったリナが返しなさいよ、と手を伸ばしてくるので、ガウリイは本を右手に持ち替えて、彼女の手に届かないようにした。 それを見たリナが立ち上がり、何って、と続けた。 「本を読みに来たのよ」 「…ますます返さん」 「あ、バカっ! 立たないでよっ、あんたでかいんだからっ!」 返さないために立ったのだが、それを言うと更に彼女の機嫌が下がりそうなので言わないでおく。 「この本はオレが預かっておくからな」 「は!? ふざけんじゃないわよっ、返しなさいガウリイっ!」 「ダメ。本なら家に帰ってからでも読めるだろ?」 「あのね、さっきも言ったでしょー!? クーラーが壊れたのよ! あたしが暑がりだって、あんたも知ってるでしょーが!」 「……別にオレの家じゃなくても読めるだろ?」 リナは本読んでるし、暇だからテレビでもつけようかと思ったら煩いと言われるし。 「あのくそ暑い中で本なんか読めるわけないでしょー! 扇風機じゃ暑いし!」 「じゃあ読まなきゃいいじゃないか」 背伸びをしても、リナの手は届かない。 リナは二人の間にあるソファを利用して、ソファに片足をのせ手を伸ばした。 が、普段の二人の身長差は頭二つ分、本を持った手は彼の頭の更に上だ。手が届くはずも無い。 「それこそイヤよっ! 発売ずっと延びてて、やっと昨日買えたんだからっ!」 「………ダメなもんはダメ。オレが暇だ」 そういえば、前に本の発売が延びたといってリナが怒っていたような気がする。 良心がちくりと痛んだが、しかしリナが相手をしてくれないと暇なのも事実。 「〜〜〜もうっ、返しなさいってば、―――ひゃぁっ!?」 「ぅわっ!?」 不意にリナの体が前に崩れ落ちて、ガウリイは慌てて手にしていた本を放り出し、抱きとめた。 「……………。」 「……………。」 どうやら、ソファにのせていた足がすべったらしい。 ガウリイの胸に頭をくっつける形になった、栗色の髪の間から見える耳が赤い。 …照れてる照れてる。 「大丈夫か?」 「う、うん……って、本!」 「あ、すまん」 といいつつ、せっかくのチャンスだ、と思いリナの体を支えている腕をまわし、抱きしめるかたちにする。 …あ、また赤くなった。 そろそろ放してやったほうがいいだろうか。照れて暴れだすかもしれない。 「……図書館とかのほうが、オレんちよりも涼しいんじゃないか? 他にも本あるし」 「………行くまでが暑いじゃないのよ」 更に手を回して、リナをソファの向こう側でなく、ガウリイのいる側へ抱き上げ、おろす。 ガウリイはしゃがみ込んで、床に落ちた本を拾った。 幸い、折れたりなどはしていない。 「オレんちに来るのも、それなりに暑いと思うぞ」 「うっ………、い・いーじゃないのよ、別に。って、本返しなさいってば」 睨んでくるリナの頬が、まだ幾分赤い。そんな様子も可愛い、とおもわず思ってしまう。 「なぁ、リナ。オレ、暇なんだよなぁ」 再び持った本を頭の上でひらひらとさせて、ガウリイは言った。 「……知らないわよ、そんなの。寝てれば?」 それにリナは、不貞腐れたような表情でかえす。 「…せっかくリナが来てるのに、か?」 「………だって、あたしその本読みたいのよ」 「オレはリナに構って欲しいぞ」 「あんたは子供か」 「リナに関しては、な」 「……ほんとに子供みたいね」 言って、リナは苦笑した。 その数分後。 ガウリイの膝の上で本を読んでいるリナと、リナの髪の毛で遊んでいるガウリイの姿が部屋の中にあったとかなかったとか。 |
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ばかっぷる。 |