03. 陽だまり











 あったかい。

 ただ、この一言に尽きる。
 暑くもなく寒くもなく、昇りかけの太陽の光が優しく降り注ぐ。
 ふかふかの布団。肌触りの良い感触。あたたかなぬくもり。心地よい眠気。
 ――朝寝坊、決定。
 でもまぁ、今日は日曜日だからいいか、と思い直して、常時セットしている目覚し時計のアラームをストップさせる。
 誰かさんのイメージそっくりのクラゲの目覚し時計は、朝のお役目が終了して黙りこくる。

 目覚し時計のアラームが鳴るのは、毎朝6時と決まっている。
 昨夜、アラームをオフにするのを忘れていたので、クラゲの目覚し時計の『がうりい』は、今朝も元気に役目を果たす。ということは、時計の針が間違っていなければ、今は朝6時なのだろう。
 アラームを止めた手をそのまま布団の中に戻して、リナは襲い掛かる眠気に逆らわずに、夢の世界へと旅立っていった。









 ピンポーン………

 午前11時。陽も大分昇り、日差しも強くなってきた。
 ガウリイは今、リナの住むアパートの部屋の前に来ていた。
 今日の約束は、10時。待ち合わせ場所にガウリイが着いたのは10時ちょっと前で、そのまま30分程待ったのだが、一向にリナは現れない。
 携帯、そして家にも電話をかけたが、これにも出ない。
 そんなわけで、こうしてやってきたのだが―――

 ピンポーン……

 再び、インターホンを鳴らす。
 部屋の中から、リナが歩いてくる気配は、しない。
 それから2・3度続けて鳴らしてみたが、リナがドアを開ける気配はしない。
 ふと思いついて、玄関ドアにつけられた郵便受けを覗いてみる。今日の新聞と広告が入っているのを見て、ガウリイはまだリナがこのアパートにいることを確認する。

 ピンポーン………

 とりあえずもう一度、インターホンを鳴らしてみる。
 ………やっぱり、でてこない。

「おーい、リナ――?」

 コンコン、とドアを叩きながら、呼んでみる。
 …………やっぱり、でてこない。
 ガウリイは仕方ない、と小さく呟いて、合鍵を取り出した。





 部屋にあがり、一応ノックをしてからリナの寝室に入ると、案の定リナはそこにいた。
 カーテンに遮られ淡く優しい光となった、陽光につつまれた部屋。もぬけの殻のベッド。――そのすぐ下に落ちた、掛布団とそこからのぞく栗色の髪。

「………やっぱりなぁ……」

 寝ている。
 昨夜は本を読んでいて時間を忘れてしまったのだろうか、掛け布団とともに一冊の本がカーペットの上に落ちている。
 本を読んで時間を忘れ、リナが寝坊をするのはそう珍しいことではない。
 さすがに平日はそういうことはしないが、休日前の夜や長い休みの時にはたまにある。
 今回のこれが何度目なのかは、普段記憶力に乏しいガウリイは覚えてなどいないが、恋人という間柄になってから、既に3度は過ぎたように思える。

 今日は久しぶりに会う約束をしていたのだが、――まぁ、こういうのもいいだろう。
 まだ正午にもなっていない時間帯、昼食をしてから出かけるのもいいだろう。
 幸せそうに眠るリナを起こす気にはとてもなれないので、仕方ないが彼女の目が覚めるのを待つことにする。――さすがに、12時を過ぎたら起こそうとは思っているが。

 とりあえず、ベッドからおちてはいても気持ち良さそうに眠っているが、ベッドに戻してやった方がいいだろう。
 ガウリイは掛け布団の中からリナを発掘すると、小柄な身体を抱き上げそっとベッドにおろし、布団をかける。
 と――その枕元にあった目覚し時計に、目をとめる。
 見覚えがあった。付き合いだしたはじめの頃、ガウリイと一緒に買ったものだった。
 ――確か、録音した声をアラームにすることができる機能がついていたのではなかったか。

 ガウリイは、クラゲの目覚し時計を手にとった。









――翌日月曜日、午前6時前。

 夢の世界に沈んでいたリナの意識が、ゆっくりと浮上する。
 瞼をあげると、見慣れた、薄暗く染まった壁が見えた。
 枕もとが見えるように頭を動かすと、時計の針は6時前をさしていた。

 昨日は迂闊にも盛大に寝坊をしてしまったが、学校のある今日はそうもいかない。
 恋人であるガウリイは笑って許してくれたが、学校の教師達が許してくれるはずがない。
 ――アラームが鳴ったら、起き上がらなければ。

 時計の針が1秒、2秒と6時に近づき、―――秒針が12の数字の上を通り過ぎ、そしてリナは固まった。




 静かだった朝の寝室に携帯電話の音が鳴り響き、ガウリイはある種の予感を抱いて起き上がった。
 表示を見ると、思った通りリナからで、そうしている間にもコールは既に10回を越えていたが、リナは意地でもガウリイが出るまで粘るつもりでいるらしく、コールは延々と鳴り響く。
 …これは、相当怒っているとみた。

――意を決して通話ボタンを押すと、響いたのは怒りと照れの混じった怒声で。
 その声の背後からは、昨日録音したガウリイの声のアラームが聞こえていた。

≪おーいリナ、朝だぞー。起きないと遅刻するぞー。起きないとキスするぞー♪ カウントダウン、5、4、3、2、1……≫













録音できる目覚し時計ってありますよね…





プリーズ ブラウザバック。