都合のいい男









 鍛え上げられた体躯。
 その身にまとう穏やかな雰囲気とは裏腹に、隙のない身のこなし。
 見る者が見たら一目でかなりの使い手であると判るその男は今、並ぶと子供と大人の見本になりそうな小さな少女にこき使われ、しかしそれを苦に思う様子もなく、むしろ楽しそうにしている。

 腰には剣。伝説の魔力剣斬妖剣ブラスト・ソード
 こんなに穏やかな“日常”にあっても、彼はその得物を手放さない。

 彼は微笑(わら)いかける。
 他の誰に出もなく、ただその小さな少女にのみ、愛しさと慈しみと熱情をこめて。

 そんな彼は、はたから見ても幸せそうに見えた。
 彼自身もそう感じているのだろうが、それをもたらした当の少女はおそらく気づいていない。しかし、少女も―――妹のその表情(かお)も幸せそうに彼女には見えた。


「幸せそうね、ガウリイさん?」

 店の椅子に座っていた彼―――ガウリイ=ガブリエフがこちらを振り返る。
 彼は照れくさそうに笑った。

「いつからそこにいたんですか、ルナさん」

 言って、気づかなかったという顔をする。特に気配を殺していたわけではなかったのだが。

「貴方がリナに荷物を押しつけられたあたりからかしら」
「じゃあ、最初からか」
「そうなるわね」

 ぱたぱたぱた、と天井から忙しく動きまわる音がする。足音が階段のほうへ移動して、洗濯物を抱えた妹が姿を現した。それを気づいた彼の腰が椅子から上がりかける。

「あ、ねーちゃん、おかえりっ」
「リナ、何か手伝うか?」
「あんたはいーから、そこでぼけっと座って客寄せでもしててっ!」
「………をう」

 彼は残念そうに上げかけた腰を下ろした。
 見上げるような逞しい体躯なのだが、それが残念そうに少し背中を丸めた様子が何やら可愛く見えるのが少しおかしい。
 店の前を近所の主婦達が通りすぎ、店番で椅子に座った彼に手をふる。
 その容姿のおかげで、彼は近所の主婦達の人気者だ。彼が店先にいると売り上げが普段より上がるので、最近の彼はもっぱら店にいる。最も、いるだけではあるのだが。

「ねえ、ガウリイさん? ずっと思っていたのだけれど―――」
「はい?」
「貴方って、都合のいい男ね」

 蒼い瞳が不思議そうに見開かれた。
 世界をどこまでも覆う空と同じ色の瞳はとらえどころがまるでない。つきぬけていて、接点がなく、掴むものに手が届かずに空を切るような感じだった。

「都合がいい―――、ですか?」
「ええ、そう」

 彼が覆うのは、世界ではなく。

「あの子は―――リナは、あの通りだから―――、だから、あの子に釣り合う、あの子が選ぶような男なんていないと思っていた」

 強い姉、“特別”な姉にコンプレックスを抱いた妹は、剣を習い魔道を学び旅に出、姉に遠く及ばないまでも強くなった。強くなって帰ってきた。
 連れ添うものなど現れないだろうと漠然と思っていた、妹。

「けれど、貴方を連れて帰ってきたわ」

 彼もまた強かった。
 妹の進む道に後れることなくついて行ける剣技、強くて弱く脆い妹を支えるこころの強さ。苦しみも悲しみも絶望も知っている、だからこそ持ち得る優しい強さ。
 強い力を持ったが故に人並みから外れた妹に、おそらくは最後の最期まで寄り添えるだろう、男。
 妹が彼を連れて帰ってきたのはわずか数日前だったが、その短い期間でも彼の人となりや、妹と彼が今までどんな旅をしてきたのかは容易に想像がついた。
 彼にとって妹は、文字通り彼の全て。彼の世界は彼自身ではなく、妹を中心に回っている。
 妹にとって、この男以上に都合のいい男はいないだろう。

―――妹は、自分にとって都合のいい男でなければ寄り添おうとは思わないだろう。

 それは酷く身分勝手な言い分だが、しかしそれでも、それが真実。


「――姉ちゃん、ちょっとガウリイ借りていい?」
「ええ、どうぞ?」

 やってきたリナを見て再び彼の腰が椅子から上がる。
 その姿がまるで主人の帰りを待つ犬のようで、彼女は苦笑した。

「どうしたリナ」
「うん、ちょっとね、手が届かなくって―――」

 嬉しそうな彼を引き連れて、妹は家のほうへ戻っていく。

 その後ろ姿を見送って、


―――本当に、都合のいい男。


 そっと、心内で呟いた。












うわー、凄い久しぶりだー……
ずっと前にルーズリーフに書き殴ってそのまま放置していた話を、
ようやっと完成させてみました。英語の時間に☆←まて
ルナさん初書ですね(笑)



2005.12.21