貴女に言いたいことがあるんです、と彼が言うので何かとくと、

「リナさん。貴方が好きです」

 という答えが返ってきた。
 その時になって、過保護な保護者兼恋人兼相棒が珍しく、真剣な顔でうるさく言っていたのを思い出した。

 曰く、あの男の前であまり油断するな。
 曰く、オレのいないところで無防備になるな。

 なるほど、あれはそういうことだったのかと納得した。








Reason









 彼と会ったのは、この町の魔道士協会でだった。
 期待はしていなかったが何かいい仕事はないかと寄って、その時に声をかけられた。
 貴女があの有名なリナ=インバースさんですか、と。
 そして、もし宜しかったら魔法について話をしませんか、と訊ねられて、それにリナは頷いたのだった。
 もともとこの町には何日か滞在する予定だったので、それから何度か彼と会い、話をした。彼は優秀な魔道士だったので、彼との話は楽しかった。
 ガウリイは、あまりいい顔をしなかったが。





 長い沈黙の後、リナは悪いけど、と前置きをして、

「あたしにはあいつが、――ガウリイがいるわ」
「知っています。それでも好きです。それを伝えたかった」

 邪気のない笑顔だった。端整な顔立ちをしているので、彼はさぞかし女の子にもてるのだろう、と他人事のように観察する。
 多分、明日か明後日にはこの町を出るという話をしたから、そういう話になったのだろう。

「リナさん。ひとつ、訊いても良いですか?」
「あたしに答えられることなら」

 人気のない魔道士協会の図書室で、話の途中に資料として持ってきた魔道書を閉じる。

「何故、彼なんです? ――なんで、ガウリイさんなんですか?」

 何故――か。
 持ってきた三冊の魔道書を積む。持ってきたはいいが、戻すのは大変そうだった。

「わからないわ」
「わからない?」
「……でも、あいつなの。あいつだけなのよ」
「…………」
「あなたは? なんであたしなの?」

 逆に問い掛けられ、彼は戸惑ったように視線を彷徨わせた。

「それは――、わかりません。貴女だから、好きです」
「あたしもよ」
「………」
「あたしも、あいつだから好き。あたしがあいつを好きな理由なんて、あいつがあいつだからだわ。他にも探せば色々あるだろうけど、そんなのキリがないし、同じような人はごまんといるしね。……そうじゃない?」

 そう言うと、彼は少し悲しそうに微笑んだ。

「……そうですね。ガウリイさんが羨ましい。あなたにそんな風に言ってもらえる、ガウリイさんが」
「ごめん」

 思わず謝ったが、彼は先程とは打って変わって晴々とした笑顔を浮かべた。

「いいえ。敵わない事は、はじめから承知していましたから。話、とても楽しかったです。いつかまた立ち寄った時には、また話をしてくれませんか」
「そのときは、喜んで」


 持ってきた魔道書を二人で分けて本棚に戻して、ティーカップを片付ける。
 いざ魔道士協会を出る段階になって、リナはそうそう、と彼を振り返った。

「あいつを好きな理由。一番はあいつがあいつだからだけど、他に敢えて言うなら―――、唯一、このあたしについて来られる男だからよ」

 これで答えになるかしら、と訊くと、彼は堪えきれなくなったように吹きだした。
 吹きだされた当の本人は訳がわからず、腹を抱えて笑う彼を軽くねめつけた。彼の笑いは中々おさまらない。

「何よ、何なのよ」
「いえ、その………、わかりました。それじゃあ、私はとてもガウリイさんには敵わないと言うことですね。よくわかりました」

 笑いすぎたのか、目元に浮かんだ涙を拭って、彼は言った。

「お幸せに」








 宿に帰ると、ガウリイの不貞腐れた顔がリナを出迎えた。

「何もされなかったか?」

 性急にリナを腕に閉じ込めて、ボソリと呟く。

「何もされなかったわ。言われはしたけど」
「何て?」
「あたしが好きだって」

 言うと、抱きしめる力が強くなった。

「それで――、お前さんはなんて答えたんだ?」
「何て言ったと思う?」
「…………」

 黙り込んだガウリイの顔をクスクス笑いながら覗き込み、目の前の仏頂面を、彼の手よりも小さな両の掌で包んだ。

「バカね。あたしはちゃんと帰ってきたじゃないの。あんたのところに。それで何て言って来たかは判るでしょう?」

 きつく抱きしめていた片腕を外して、頬に添えられた掌の上に、更に添え重ねる。

「ああ。――そうだな」


 理由なんて昔も今も、この側に在る存在そのものだった。













焼き餅ガウリイ。
静かな会話を書くのが好きなようです。
2004.1.19