彼女はまるで、気まぐれで奔放な小さな子猫のようだ、とオレは思う。 |
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まるで子猫のような |
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もしも、彼女を――リナを動物に例えるのなら、絶対に猫だと、オレは常々思っている。 例えば、彼女の動きに合わせてふわふわと揺れる、栗色のくせっ毛は子猫の尻尾のよう。 例えば、色んな表情を見せる紅の大きな瞳は、子猫のあどけない、無垢で無邪気な円らなそれのよう。 例えば、その性格。ちゃんと構わなきゃ拗ねるし、構いすぎると煙たがる。 例えば、真っ直ぐに前を見据えるその眼差し。時折見せる残酷な光は、獲物を一心に狙う猫のそれのよう。 きまぐれで、奔放で、判らない。 ちゃんと捕まえておかないと、どこに行くか判らない。 少しでも目を離せば、危険なことに首を突っ込んでしまっている。 きまぐれで、奔放で、何をしでかすか判らない。 けれどオレは彼女の笑顔から離れられない。 危険な目に遭わないように、オレの目の届かないところに行かないように、首輪でもつけられたら、と思う。 だがそれをしたら彼女は彼女でなくなってしまう、きまぐれで奔放な彼女だからこそオレの好きなリナだから。 可愛くて、憎たらしくて。 そんなリナは、まるで猫のよう。 そして今日も、オレはリナを追いかける。 「ガウリイ、あれも美味しそうじゃない?」 「どれどれ? ……お、ほんとだ」 「んじゃ、次はあれに決定っ! 行くわよガウリイっ!」 「って、オレまだこれ全部食べてないぞ!?」 「あたし知らな〜いv」 「酷いぞリナ、オレの分買わないつもりだなっ!?」 彼女の栗色の髪がオレの前で揺れる。 彼女の瞳が愛らしく、子悪魔のように輝く。 彼女の眼差しがオレを貫いていく。 今日もオレはリナから目を離せない。 彼女の小柄な体が、踊るように大通りの一角にある屋台へと向かう。 オレは急いで手にもっていたものを口に入れ飲み込む。 早くしないと、あの美味しそうな食べ物は手に入ってこない。 きちんと全部を飲み込むと、人ごみの中をぬってリナの元へ向かう。 人ごみがすんなりとオレをリナの元へ行かせてくれず、少し苦労しながら道を横切ると、美味そうな匂いが鼻をくすぐる。 「おーい、リナぁ」 我ながら情けない声で、リナを呼ぶ。 当のリナは、屋台の前でタイヤキなどに似た生地の食べ物の入った袋を、その腕に抱えていた。 「おっそいよ、ガウリイ!」 怒ったような表情、だがそれはそう見せかけているだけで、本当に怒ってはいない。 オレは笑って彼女に近づく。 「すまんすまん、……お、美味そうだなv」 「ちょっと、勝手に食べるんじゃないわよ」 「オレの分もあるんだろ?」 「あるなんて一言も言ってないわよ、って、そんなに持ってくなくらげっ!」 「いーじゃないか、こんなにあるんだから」 「よかないわよっ」 小さなからだに、すさまじい生命力。 生き生きとしたその表情、眼差し。 目が、離せない。 あれやこれやと言いながら、オレたちは屋台から離れ人ごみの流れにのって歩きだす。 リナは小さい。 二人で並ぶと、リナの頭はオレの肩より少し下、手を置きやすい位置にある。 手を置きやすい位置に頭があるので、いつの間にかリナの頭に手を置いたりなでたりするのが習慣になっていた。よく髪が痛むといって怒られたが。 そんな様子も、まるで猫のようだと思う。 構いすぎると、煙たがる。 けどその反面、寂しがりやな面も持っていて。 そんな時オレは、何も言わずにそばにいる。 リナのこころが落ち着くように。安らげるように。優しく、微笑む。彼女のためだけに。 彼女に出逢って何年が経っただろう。 旅の途中で出会った間柄にしては、随分長く一緒にいると思う。 大通りを歩いていくと十字路があり、オレたちはそこの比較的人の少ない方を選んで進む。 「今日はこの街に泊まるのか、リナ?」 「そーねー……でも確か結構近くに、もうひとつ街があったはずだけど」 タイヤキもどきの後に買ったホットドックにかぶりつきながら、リナが言う。 その言葉を聞いてオレは空を見上げた。昼時と夕方の合間の時間。この時間帯で『結構近く』と言うのだから、そんなに時間はかからないのだろう。 夕食時前に町について、宿を取り食事をとる。これが一番多い旅のパターンだ。 「まぁ、せっかくだから次の街に泊まりましょ。 それに今日は、何があるのか知らないけど人多いし、宿屋に行っても空いてるところはないと思うわ」 「そうか。わかった」 「……ほんとに判ってんの?」 じろりと、疑わしげに睨んでくる。 やっぱり、可愛い。 「次の街に行く、ってことだけは判ったぞ」 「……ま、あんまり期待はしてなかったけどね」 日常生活の中での、こういった仕草はまるで獲物を狙う子猫のよう。 飛んでくるスリッパや拳は子猫の鋭くて小さな爪。 可愛くて可愛くて、その目をオレだけに向かせたくて、オレは一生懸命彼女に構う。 ずっと見ていたくて、だからそのそばにずっといる。 彼女のいのちが消えないように。 彼女の身体が傷つかないように。 彼女のそばで、オレは剣を奮う。 オレの全力をもって。 ようやっと街をぬけると、前方に小高い丘が二つほど続いていた。周りには林。 どうやらこの丘の向こうに街はあるらしい。 「ガウリイ、どっちが先にあの一番大きい木に着くか勝負よ! 負けた方が今日のご飯奢りねっ♪ ―――てことで、翔封界っ!」 「ああっ!? ずるいぞリナ魔法使うのはー!!」 「アンタの獣並みの体力なら平気でしょー!? 言っとくけど勝ちはあたしのモンよっ!」 可愛らしいその声が力あることば――『混沌の言語』を唱えると、その華奢な身体が中に舞い上がった。 そしていつもの強気な瞳で勝気な言葉を残し、俺を置いてまっすぐに丘の上へ向かって行った。 「まったく……しょうがないなあいつは」 溜め息一つ。 苦笑しながら呟くと、オレはリナを追いかけて丘を走り始める。 気まぐれで、自由で、奔放なリナ。 オレはいつもリナにふりまわされる。 何をするか判らない、 何処に行くか判らない。 ひとときも目を離せない。 そして今日もオレはリナを追いかける。 オレのそばからいなくならないように。 オレの目の届かないところに行かないように。 気まぐれで、自由で、奔放で、可愛くて、どこか憎たらしい。 そんな彼女は、まるで小さな子猫のようだ。 そして今日も、オレはその考えを確かなものにして行く。 ――そして今日もオレは、子猫のような彼女に首っ丈。 |
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2003.3.13 Material by The forest of cat. |