――いつか見た、一生心に残る風景。 |
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いつか見た風景 |
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人は必ず、…と、いう訳ではないけど。 何かひとつ、心に残る風景というものを持っているものだ。 それは例えば、何気ない日常生活の一場面だったり。 青空だったり、夕焼けだったり。 人にとって、様々だけれど。 …あたしも、そういう風景を心に持つ日がくるのだろうか。 「心に残る風景…か」 木にかこまれた街道をてくてくと歩きながら、ポツリと呟く。 「ん? なにがだ?」 あたしの呟きを耳ざとく聞きつけたガウリイが、少し歩調を速めてあたしの斜め後ろからあたしの隣に並ぶ。 長い、髪の毛がさらりと揺れる。 「んー。ちょっとね」 「なんだよ?」 そっぽを向いて応えると、視界の端に首を傾げたガウリイの姿。 その姿がなにやら可愛らしく思えて、思わず小さく笑う。 「心に残る風景って、ない?」 「心に残る風景?」 あたしの言葉を反芻して、再び首をかしげるガウリイ。 「ほら、何か特別って訳じゃないんだけど、何故だかみょーに感動しちゃったりする、ずっと記憶に残ってる風景。 そういうの、ない?」 「リナはあるのか?」 「あたし?」 あたし、ねぇ。 「うーん…あるって言ったらあるし、ないって言ったらないけど」 「何だそりゃ」 …いつか見た、風景。 「ガウリイはある? そーいうの」 「うーん……わからん」 「…やっぱりね」 「って、お前さんが聞いてきたんだろうに」 「聞いたけど、まともな答えなんか微塵も期待してなかったわよあたし」 「あのなぁ…」 忘れられない風景なら、ある。 忘れようとしても、決して忘れることの出来ない。…忘れることを許されない。そんな風景を。 目を閉じれば、すぐにでも浮かび上がる風景。 忘れることなど出来やしない。 でも、『心に残る風景』というのは、あまり覚えが無い。 何かに関連付けて、あの日の夕焼けはとても綺麗だったとか、そんな風には覚えているのだけど。 パッとすぐに思い出せる、見て感動できたりする、そんな風景。 何故、いきなりこんなことを考え出したのかというと。 …いつか、誰かが言っていたのを、ふと思い出してしまったのだ。 『別に、冷静に考えればどうってことのない、普通の風景なんだけど。 母親が、買い物袋抱えててね。開いてる手で自分の子供と手を繋いでいたのさ。 子供は嬉しそうに笑ってて。母親は優しく微笑んでた。 その日は見事に綺麗な夕焼けでね。それを背景に道を歩いていた。 ……そんな、特別に素晴らしいわけでもない、ごく普通の親子の風景だったよ。 …なのに、妙に感動しちゃってねぇ。柄にもなく涙が出たよ。 まるで、何かの一枚の絵画みたいだった――』 彼女は流れの傭兵のようだった。 あたしとは違い、身長が高くて――ガウリイよりは低いけど――胸があって、筋肉があって、日焼けしてて。 ガウリイと出会う前、一時的にコンビを組んで依頼を受けたことがあった人だ。 依頼を終了する前の晩、酒場でちびちびとお酒を舐めながら、あたしは静かにその人の話を聞いていた。 彼女と会ったのはそれきりだ。 でも、その話をする時の彼女は、とても穏やかな表情をしていて。 正直、羨ましいとさえ思ってしまったくらいだった。 「リナ?」 「…ぅえ? な、何」 「何って…お前さんがボーっとしてるから」 「んー。…ちょっとね」 ちょっと、過去を思いだしていただけ。 「そうか?」 ちょっと歩調を速めて、ガウリイの隣から出る。 木に囲まれた街道。広がる青空。 どうってことのない、どこにでもある風景だ。 彼女が言っていたような『風景』に、あたしはまだ逢ったことはない。 けど、いつか。逢う日が来るんだろうか。 そんな、風景に。 ――でもきっと、その時は。 「…なぁ、リナ」 「なに?」 振り返り、再び定位置に戻ったガウリイを見る。 振り返り見たガウリイは、とてつもなく優しい目であたしを見ていて。 ――あたしの大好きな笑みを、その綺麗な顔に浮かべていて。 一瞬、とくんと鼓動が跳ね上がる。 「オレ、そういうのよく判らんけど。――でも多分、そういう風景があるとしたら。 きっとそのオレの隣には、リナがいると思う」 ――いつか、見た風景。 「―――、そ、そう」 「おう」 にこにこ微笑むガウリイを見ているのが何やら恥ずかしくて、耐えられずに顔を前へ向ける。 顔が熱くなっているのを感じる。 でも何故だかこう、自然と顔がにやけてくるのが判って、あたしは必死にそれを抑える。 ――あたしの表情が判るような位置に、人はいないのだけど。 「…………」 ちらりと後ろを振り返ると、未だガウリイはにこにこと笑っている。 あたしは慌てて前を向いた。 でも、正直。 ガウリイの言葉は嬉しかった。 ―――あたしも、同じことを考えていたから。 例えそれが、どんな風景だったとしても。 きっとあたしの隣にはガウリイがいる。 もしくは、ガウリイがその風景にいると、根拠もなくそう思う。 長い綺麗な金髪を、風になびかせて。 穏やかな優しい空色の瞳で。 大好きなその笑みを浮かべて。 きっとガウリイは、そこに在るだろう。 「―――あたしもよ」 |
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