ひとつの伝説が生まれた。









伝説の世紀












 小高い丘の上に、爽やかな風が吹き抜ける。
 その風に、丘の上にいた女性の、長い栗色の髪の毛が流れる。

 蒼穹の青空。
 風に揺れる木々の緑は、青々とした夏の色。
 そこここに生える生命力豊かな雑草のその色は、時を止めた人の眠るその場所には、少し不似合いかもしれない。

 抱えた花束の花が揺れる。




「―――ひさしぶり」


 呟き。
 風に流される。


 ここは、時間を止めた人たちの眠る場所。

 訪れるのは時間の中の人たち。




 小さな石でできた其れ。

 刻まれた名前は自分が知っているもの。
 ――ただ、ファミリーネームがない。

 知らなかったから。

 そこに眠るあの人。



 また、風が吹く。

 ここは静かだ。








 ひとつの伝説がある。

 その伝説を負うのは、現在いまを生きるひとりの女性。



 リナ=インバース。
 魔を滅する者デモン・スレイヤー


 その伝説の背景には。

 時を止めた人がいる。



 時間は過ぎて、そのとき少女だった彼女は、ひとりの女性となったのに。

 現在いまを生きる者は、全て変わっていくのに。
 ここに眠る人だけは、あのときのまま記憶に残っている。






「――ミリーナ」


 名を呼ぶ。
 かえってくる声は、あのとき失くしてしまった。

――失った過去を思い出すことが、何故こんなにも辛く悲しくなるのだろう。




「ここは、変わらないな。――多分、ずっと」



 彼女――リナの背後に、そっとひとりの男が歩み寄る。

 男――ガウリイは、リナの抱えた腕から花束をとると、墓石にそっと置いた。
 そして微笑む。


「久しぶりだな。――ミリーナ」


 瞼を閉じれば、鮮明に思い出せる彼女の顔。姿、声。

 そして、彼女のすぐ傍にいた彼。





 毒にやられた彼女。
 彼女の死に耐えることができなかった彼。


 生を生きるものは、いつか滅びるものだ。

 それは世界の理。




 小さな墓石。

 死んでいった人たち。



―――何も出来なかった


 そっと瞼を伏せる。



 サイラーグ。

 ディルス王国、ガイリア・シティ。

 ルーク、ミリーナ。

 アリア、ジェイド。


 数えだしたらキリがない。




 魔を滅する者デモン・スレイヤーという称号の、その裏には。

 時を止めた人たちの義性がある。


 それを、乗り越えて。



 リナは生きてきた。




 語ることができる全てを、リナは書き表した。

 それは魔道士協会に提出したレポートだったり、一冊の魔道書であったり。


 それらはいつか、過去の出来事として、伝説として人々に伝わっていくだろう。
 それだけのことを、リナはしたのだ。

 でもきっと。

 その裏にある人々は忘れられる。

 リナの名前に存在が薄くなるだろう。

 いたことは伝わるかもしれない。
 けれど、それがどんな人だったのか。どんな生を生きてきたのか。
 彼らの死に、どれだけリナが心を痛めたのか。

 それは伝わらない。



 だから、





「あたしはずっと忘れない」
「…ああ」





 あなたがいたことを。

 あなたと生を共にしたあの時を。





「あたしは生きるわ。

 ――誰にも負けない」



 誰にも邪魔させはしない。







 風が吹く。


 蒼穹の青空。
 風に揺れる木々の緑は、青々とした夏の色。

 この景色をずっと胸に刻み付けていく。




 墓石の前にしゃがんでいたガウリイが、立ち上がる。

 微笑む。

 この笑顔は変わらない。リナがそばにいる限り。


「行こう。――リナ」



 伝説が生まれる。


 また、ひとつ。



 生み出しに、彼らは歩き出す。




「行ってくるわ。…ミリーナ」



 強い意思を秘めた瞳を輝かせ。

 その身朽ちるまで歩いていく。




 彼女らの去った墓地で、彼女らが置いた花束の、そこに眠る人を思わせるその花が。


 ――風に、ゆれた。






























2002.12.7