誰かが『死ぬ』かもしれない、ということに。

 こんなにも、怖いと。

 ………感じたのは、ひどく久しぶりだった。








彼女と死の色














 最初に眼が行ったのは赤い紅い、血だった。




 赤は彼女の、リナの色。彼女の紅い瞳。

 希望に、未来に。輝くそのいろを見るのがオレは好きで、だからいつだってリナを見ている。
 明日だけを見つめて、背筋を伸ばして。生き生きとした笑顔はオレとは大違いで。

 だから惹かれた。
 ずっと、そんな彼女を見ていたいと、そう思った。


 違う。
 違うんだ。

 こんな彼女を見たくて傍にいたんじゃない。




 草の上に倒れた彼女の姿を見て、オレは思わず叫んだ。

「―――リナ!」










 サイラーグの一件の後、オレ達はセイルーンにきていた。
 そこでセイルーンの王子の護衛という仕事を請け負った。だが――今回もまた、相手が悪かった。
 どこかの暗殺者程度なら問題はなかった。リナとオレなら退けることが出来たはずだ。現にズーマという凄腕の暗殺者がオレ達を襲ってきた。その時リナは喉に怪我を負ってしまったが、何とかなった。

 だが――……相手は魔族で。

 普通なら人間の敵う相手じゃない。魔王を倒したことはあったが、それは奇跡と偶然が重なり合った結果だった。


 そして今。
 カンヅェルといったか――との決着の時。


 オレの、目の前で。

 リナが―――倒れた。







「やめろっ! やめろっ! やめろぉぉっ!」


 赤。

 赤い血。

 彼女の脇腹から、腕から、脚から。紅いモノが、零れ落ちる。
 ――赤い紅い、血。


 リナは気を失っている。
 身を貫く痛さに耐え切れなかったのだろう。

 オレは、叫びながら必死に、魔族に切りかかっていった。
 だが、オレの光の剣の刃が魔族に当たる直前、黒いものが光を阻んでいく。刃は一向に敵に当たらない。

 そのことが、ひどくもどかしい。


 はやく。

 早く、こいつを倒して。リナを。

 リナを。

 はやく。

 リナを―――――!






 彼女と出逢ったのは、本当に偶然だった。
 アトラス・シティへの街道。
 盗賊たちに囲まれたリナ。
 か弱い女の子だと思ったのに、その中身はとんでもなかった。

 オレに負けず劣らずの大食らいで。
 はちゃめちゃで無茶ばかりして。
 明るくて、…強くて。


 自分に自信を持っているリナ。
 それは過信ではなく、事実だ。彼女は凄い。
 自信を持っているからどんなことだって出来る。自分のしたいことやりたいことを出来る。

 彼女が進むのは常に前だ。後ろを振り向かない。それもひとつの強さだとオレは思う。俺には出来ないから。

 そんなリナの、生き様が羨ましくて。憧れた。
 何かが変わるんじゃないか。そう思った。


 だから、オレは。


 こんな、『死』と直面したリナを。
 見ることになるだなんて、夢にも思わなかった。

 ――――オレは彼女を死へ追いやる奴を退けることしか出来ない。

 誰か、リナを。

 オレからリナを。









「――崩霊裂ラ・ティルト!」

 どこからか、少女の声がして。
 カンヅェルを蒼い火柱が包み込んだ。


「っぉあああああああああ!」


 オレは、大きく剣をふりかぶった。

 視界にリナの姿が映る。
 必死に呪文を唱えている。そして、――大きく彼女の口が開いて。


竜破斬ドラグ・スレイブ!」


 ひかりが、あかい色に変わった










 誰かが『死ぬ』かもしれない、ということに、こんなにも恐怖を感じたのは、ひどく久しぶりだった。


 前にそう感じたのはいつだったろう。
 確か、――家を出る前。

 祖母の住む小さな家に向かう途中。

 あのとき、不安しかオレの中にはなかった。



 ―どうか。

 死なないで。

 生きていて。

 またあの笑顔でわらって。

 あの声を聞かせて。

 どうか、……無事でいて。



 祖母の家に駆け込んだオレは、見事に期待を裏切られた。

 赤い水溜りがあった。
 鉄のような匂いがした。

 水溜りの中心に、小柄な祖母の姿があった――――






 あんな、思いを。

 オレは、

 もう二度と









「――――――――――――!」


 二度三度、切り付け。
 蒼い火柱が奴を包み込むと。

 カンヅェルだったモノが、音もなく虚空に消えていった。










 清潔なベッドの上に、リナが寝かされている。
 白い掛け布団から覗く肩に、白い包帯が巻きつけられている。



「ガウリイさん」


 声をかけられて、オレは振り向く。
 最初に会ったときと同じ巫女服を着たアメリアがいた。

「リナさんの目は覚めましたか?」
「いや。…まだだ」

 オレが首を振ると、かすかにアメリアの肩が落ちた。

「そうですか。……早く、目が覚めるといいですね」

「……、ああ」

 オレがそう言うと、アメリアは静かに去っていった。



 病室に入り、ベッドの隣にある椅子に腰掛ける。


 彼女の目は閉じられたままだ。
 あれから一度も、彼女の赤い瞳を見ていない。



 赤。

 彼女の色。まるで燃え上がる炎のような。

 そして、死の色。消え行く命をあらわしているかのように、どこか禍々しい。


 リナはいつだって死と隣り合わせだ。生き生きしている分、その差が激しい。

 まだ知り合ってそんなに経っているわけじゃない。けど。
 オレは生に輝くリナを見ていたい。ずっとだ。



 静かに眠るリナを見つめて。

 何があっても、リナを守ると、オレは密かに、リナに誓った。







   

とがきという名の

 えぇえっと。聖王都動乱の話です。いちおー。
 傭兵として生きてきたガウリイにとって、来るかもしれなかったリナちゃんの『死』は、かなり衝撃的だったんじゃないかと。
 別に無印でもNEXTのときでもよかったんだけど。最初に浮かんだのがこのときだったので。
 アメリアも最初はですますだったんだよね。でもガウリイに対してはですますだよな。
 お婆さん。
 遺言ってことは、亡くなってるんだよね。

 すいません暗くて……

2002.10.28