屋外にいるというのに、あまり寒さを感じない。激しい運動をしたときみたいに体が温まっていて、だからだろう。
 彰子は息を吐くと、白く染まった息を目で追いかけて空を見上げた。
 青と白と、少しだけ黒を混ぜたら、こんな空の色を再現できるだろうか。
 こんな時期に外掃除だなんてついていないけれど、何故だか今はこの寒さが心地いいので、いいことにした。
 彰子の側を、木枯らしが吹きぬけた。

 その時昌浩は、教室のゴミのゴミ捨てを強引に押し付けられて、しぶしぶ捨てに向かっている最中だった。
 ゴミ捨て場は当然外にあるので、この寒さで誰も行きたがらなかったのだ。もっとも、寒くなくても誰も行きたがらなかっただろうが。
 それで結局じゃんけんをしたら、運の悪い事に昌浩だけがグーで負けてしまった。まったくついていない。
 靴を外履きに履き替えて一歩校舎の外に出ると、途端に冷たい風が昌浩を襲う。その寒さに首をすくめる。せめて上着を着てくるべきだったかもしれない。
 さっさと捨てて、さっさと戻ろう。
 心の中でそう決心して、足早にゴミ捨て場を目指す。どうしてゴミ捨て場は離れたところにあるのだろうか。
 ゴミ捨て場は中等部と高等部の校舎の間にある。遠回りをしなくてはならない。
 北校舎を右に曲ると、そこで赤い顔をして箒を持った彰子と出くわした。













風邪曜日














 ピピピ、と軽い電子音。

「…………38.3℃。」

 体温計を受け取った養護教諭の佐藤真紀子は、呆れたように眉をしかめて彰子を見やった。
 当の彰子は赤い顔で困ったように佐藤を見ている。

「この熱でどうして外で掃除なんか出来たのかしら、私は不思議でしようがないわ、藤原さん?」
「……すみません」

 まさか熱だとは思わなくて、と小さく付け足す。
 体温計を仕舞うと、佐藤は額に手を当てため息をついた。

「まあいいわ。とにかく貴女はもう帰りなさい。ちょうど放課後だしね。――藤原さんの荷物、持ってきてくれる?」

 後半は彰子を保健室に引っ張ってきた昌浩に対してで、それを受けた昌浩ははい返事をして立ち上がった。
 彰子の顔が赤いのを発熱のせいだと判断した昌浩は、超特急でゴミ捨てに行き、そのあと熱の自覚のない彰子を保健室までひっぱってきたのだった。
 そのまま彰子の荷物を取りに部屋を出ようとする昌浩を、慌てて彰子は振り返った。

「昌浩!」
「ん、なに?」

 言葉に詰まった。
 何て言うのだろう。ごめんなさい? 違う気がする。
 そうじゃなくて。

「……ありがとう」
「どういたしまして」






「…………青春ねえ。」

 佐藤真紀子はしみじみと呟いた。






◆  ◆  ◆






 とにかく家から迎えがくるまで保健室で寝ている事になった。

 先生がベッドを調えるのをそばでぼうっと見ながら、家から誰が迎えに来るのだろうと考えた。
 母は今日、出張へ行く父についていってしまったので、母が迎えにくるという事は絶対にない。とすると、彰子の家は所謂金持ちであるので、家で働いている人の誰かが来るのだろうか。
 彼らの顔を思い浮かべてみる。
 熱のせいなのか、きっと誰それが来るとは確定できなかった。


 上履きを脱いでベッドに横になると、彰子の鞄を持って昌浩が戻って来た。
 ベッドの周りのカーテンで姿は見えない。
 横になったばかりだというのにはやくも睡魔が襲ってきて、ああやっぱり風邪なのだと感じた。
 カーテンの向こうの二人の会話が段々遠くなる。

「ああ安倍君、荷物はソファね」
「先生、彰子は?」
「藤原さんならベッドよ。お家から迎えがくるまでだけど、寝かせてあげてね」
「あ、…はい。座ってもいいですか」
「いいわよ。ところで安倍君、部活は?」
「入ってないです」
「そう、じゃあ大丈夫ね。迎えがくるまでいてあげてくれる?」
「もちろんそのつもりですけど」
「あら、そう? 仲いいのね、あなたたちって」
「はぁ、まぁその」
「照れない照れない。いいわねえ、そういうのって。羨ましいわあ」
「…………」
「…………」

 二人の会話がさまよい遠ざかって、そして意識が沈んだ。







◆  ◆  ◆







「あれ、六合?」

 彰子の迎えが来たというので荷物を持って見送りに行ったら、そこには見慣れた姿。
 運転席から下りてきた十二神将、ただし今は人型をとっている六合は、本来は長いはずの鳶色の髪を短くし、スーツに身を包んでいた。
 助手席には同じく人型をとった騰蛇、もとい紅蓮の姿もある。こちらはラフな格好だ。
 助手席からも降りてきた紅蓮と六合が佐藤に向かい頭を下げる。慌てて佐藤も下げ返して訊ねた。

「藤原さんのおうちの方ですか?」

 六合が首を振るだけなので、紅蓮が丁寧な口調で付け足した。

「安倍の家のものです」
「……そうなの?」

 安倍の家と聞いて、かたわらに立つ昌浩を見やる。昌浩は頷き返した。

「二人とも、どうしてここに?」
「晴明に彰子を迎えに行けと言われてな」
「じい様に?」
「今日は彰子の親は家にいないんだろう。それなら安倍の家のほうがいいだろうって向こうから連絡があったらしくてな。うちには露樹がいるし、他にも女手はあるし、まぁお前もいるし」

 紅蓮が事情説明をしている間に六合がこちらへ回りこんできて、後部座席のドアを開けて彰子を促した。

「そういうわけだから、ほれ、お前も荷物とってこい」
「え、俺も?」
「お前だけ別に帰るのも変な話だろう」
「それもそっか。じゃ、とってくる」

 納得した昌浩は後部座席に座った彰子の隣に彼女の荷物を置いて、踵を返して校舎に駆け戻っていく。
 そんなやりとりそばで見ていた佐藤真紀子は、家庭の数ほど様々な事情があるが、安部家と藤原家の事情は複雑怪奇極まりない、と思っていた。
 単によくわからないだけである。
 この二人の男性は昌浩とどういう間柄なのだろう、親戚だろうか、それにしては似ていないと思っているうちに荷物を持って昌浩が戻って来たため、思考は中断された。
 何やら不安はあったが、彰子は彼らとも知己であるようなので、大丈夫だと思うことにした。
 ――家族同然の付き合いらしいとはいえ、病人を他人の家に送るというのはそれってどうなんだろうという疑問も無視した。

「それじゃあ、先生、ありがとうございました」
「お大事にね、藤原さん。ちゃんと薬飲んで、暖かくして寝るのよ?」

 後部座席の窓の向こう側に座った彰子が、未だ赤い顔をしながらも微笑んで頷く。
 合計四人を乗せた車は、静かに校門を出て行った。







◆  ◆  ◆







 露樹特製のお粥を食べ終えて、彰子は一息ついた。
 器をそばにおいてあるお盆の上に置いて、布団の中に潜りこんだ。

 ……本当は。

 目を閉じて、耳を澄ます。
 彰子のいる部屋の周辺は静かだ。病人の彰子を気遣ってのことだろう。だが遠くで、安倍一家のにぎやかな声が聞こえる。
 安部家も藤原家も、家にいる人数だけを言うと似たようなものだ。安部家は晴明を大黒柱として吉昌夫婦と昌浩、十二神将達。彰子の藤原家は両親と彰子の弟妹達、使用人達。十二神将も使用人も、主人がいるという点は同じだが、違うのは、十二神将は安部家の家族でもあるという事だ。

 ……本当は、熱があることに気づいていたのだ。
 気づかないふりをして、平静を装い、無理をしていただけだった。
 それを昌浩は、簡単に見破ってしまった。放課後になるまで誰も気づかなかったのに。
 かなわない、と思った。
 でもきっと、昌浩が同じことをしていたら気づくに違いない。その前に、紅蓮が気づくのかもしれない。

 安部家には迷惑をかけてしまった。
 けれども謝っても彼らは笑っていいのだと言うに違いないので、感謝の言葉を言おう。

 温かい気持ちで、彰子は再び眠りに落ちた。



















ええと、なんていうか。
彰子風邪をひくの巻でした(爆)
ただそれだけを書きたかったんです。意味は特にありません(ぉ
テンポ悪いなぁ、うーん(汗)
細かいところの突っ込みはなしの方向で。



2004.11.22〜2004.12.10