雨の日





 彼は朝から機嫌が悪かった。
 とはいっても、今も朝なのだが。
 だから、機嫌が悪いのは、正確に言えば朝目が覚めて、今日がいったいどんな日かということを思い出してからだ。

 彼は機嫌が悪かった。

 顔を盛大に顰めたまま壁に掛けられた時計を見ると、もうすぐ朝の6時だった。朝の6時である。しかも今日は平日で彼は当然学校があるのだが、彼の姉は休みだった。それは何故かといえば、同じ学園に通っているとはいえ、彼は小学生、姉は中学生で、今日は中等部だけが休みだからである。
 気に入らない。
 彼は学校で姉は休みだというのも気に入らないが、もっと気に入らない事が今日あった。

 姉がこの休みを利用して、某ネズミの国に遊びに行くのである。

 彼は時計から、カーテンの開かれた窓の外をみる。土砂降りだった。
 今朝彼は目が覚めたあと、窓の外から聞こえる雨に盛大に感謝した。これでは遊べまい、と。
 にもかかわらず、彼の姉はそれでも行くと言った。
 彼の機嫌は降下した。


 何を隠そう、彼――藤原頼道は、自他ともに認めるシスコン君であった。


 ぱたぱたぱたと軽い足音がして、居間のドアが開かれた。
 出てきたのは、彼の姉・藤原彰子である。
 今日の彼女は長い髪を三つ編みにして、寒くないようにときっちり上着を着こんだパンツスタイル。

「ねぇ頼道、折り畳み傘がどこにあるのか知らない?」
「……知らないけど」

 折り畳み傘なんかずっと見つからずに、そして遊びになんか行かなければいい、と彼は思った。
 姉が遊びに行く、それ自体はまぁ、いい。
 問題なのは、彼女が一緒に遊びに行く相手だ。

 安倍昌浩。安倍晴明の孫。こいつである。

 年は彰子よりも一つ上で、彼よりも四つ上である。
 彼の家は昔から安倍の家と付き合いがあり、それは安倍の家の仕事も関係しているのだが、だから子供達同士も知り合いといえば知り合いである。

 安倍家の末っ子の昌浩は、昔から姉と仲が良かった。
 二人の様子を見ていれば、どこからどう見ても相思相愛。

 彼は昌浩が気に入らない。
 彼も昔は昌浩と遊んだりした事があるので、昌浩はまぁ、大目に見ても、いい奴というか、悪い人間ではないという事は知っている。
 だがしかし、だ。
 彼はその昔、昌浩に盛大に叱られた事があるのだ。拳骨つきの。
 あれは痛かった。物凄く痛かった。確か彼が三・四歳くらいのときの話なのだが、いまだによーっく覚えている。
 彼はそれを根にもっている。
 何が原因で起こられたのかはもう忘れてしまったが、悪かったのは彼だったのは覚えている。
 だが、痛かったのだ。本当に痛かったのだ。

 だから彼は昌浩が気に入らない。
 どうも父親の道長が、ゆくゆくは彰子を安倍家――昌浩である――に嫁がせようと考えているらしいのが傍で見ていてとっても判るので、なおさらだ。

 安倍昌浩は彼にとって、姉をさらっていくにっくき敵なのだった。


「……ねぇ、この雨なんだから、行くのやめたら?」

 そう言うと、姉は顔を顰めた。

「いやよ。せっかくの休みなのに。それに、もしかしたら止むかもしれないじゃない」
「……止まないと思うけどな、この雨」
「いいの、それでも行くの。……ところで、頼道今日はどうしたの? いつもこんな時間に起きてこないでしょう」

 いったい誰のせいだというのか。
 カチャリと音がして、今度は母親が入ってきた。手には折り畳み傘。
 彼はため息をついた。

「彰子、折り畳み傘あったわよ。――折り畳みじゃなくて、普通の傘にしたら?」
「あ、ありがとう、お母さん。…でも、途中で止むかもしれないし……」
「止まないと思うわよ、この雨。まぁ、どうしてもって言うんなら、止めないけど」

 止めてくれ、と彼は思った。口には出さなかったが。

「その代わり、ちゃんと温かくして行くのよ? 風邪引かないようにね。明日は学校なんだから」
「うん」
「ああほら、そろそろ出たほうがいいんじゃいない? もう六時よ」
「そうね、じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」

 はぁい、と姉は明るく返事をして居間を出て行った。
 姉の部屋が開く音がして、次に荷物を持った姉が今に顔を出して言った。

「頼道、おみやげは何がいい?」
「……………………ネズミの飼いイヌ」
「わかった、買ってくるわね」

 姉はにっこり笑うと、じゃあと手を振って、玄関へと向かってしまう。

「……止められなかった」

 彼は吐き出すように呟いた。
 気がつけば母親も居間からいなくなっていて(多分もう一度寝なおすのだろう)、居間には彼しかいない。

 姉が楽しそうにしているのはいい。
 だが、姉が一番楽しそうなのは、昌浩と一緒にいるときで。
 しかしそれは気にいらない。とっても気に入らない。

 けれども結局、姉の邪魔などできないのが常で、だから彼は不機嫌になるのだ。












あとがきという名の駄文

ええと、だから何、と聞かれると何も答えられないんですけどもー(爆)
藤原頼道様ごめんなさい(爆)

2004.9.5