おくりもの





 彰子は、ともすれば落ちそうになる瞼を懸命に見開きながら、静かな図書室で手を動かしていた。
 今は昼休みで、学校全体が何やら騒がしい。ここは図書室なので比較的静かだが、だからこそ廊下の喧騒が良く響く。教室などはもっと騒がしいので図書室に来たのだが、この静けさでかえって溜めていた眠気が爆発しそうだった。教室よりも図書室の方がストーブがきいていて、暖かいせいもあるかもしれない。
 昨日と一昨日は二学期の期末テストで、テスト勉強のために作業を続ける事が出来なかった。問題の日までまだ少し、日にちがあるとはいえ、急ぐに越した事はない。そのために昨夜は、今まで進められなかった分を頑張って取り戻そうと、遅くまで起きていたのだ。

「アキちゃん、調子どう?」

 顔を上げると、彰子の手元を覗きこもうとする同級生の顔があった。彰子は手の甲で右目をこすった。眠い。

「結構長くなったね。クリスマスに間に合いそう?」
「うん、なんとか」

 首の周りを一周して少し余るくらいまでの長さになった、ふわふわであたたかいそれ――マフラーを見下ろして、彰子は微笑んだ。


 何故彰子がマフラーを編んでいるのかといえば、それは12月の末、年の暮れにクリスマスがあるからだった。
 秋も中ごろに入り、文化祭の準備などで学校全体が騒がしかった頃に、物の怪を首に巻いた昌浩が、物の怪との掛け合い漫才の最中に、『マフラーがない』と言っているのを聞いたのだ。
 それを聞いて、彰子はなるほど、と思った。小さかった頃にマフラーを巻いた昌浩を見たことはあったが、ここ数年は見ていない。何故ないのかと聞けば、なくしてそのままにしていたらしい。いかにも昌浩らしいといえば昌浩らしい理由だった。
 彰子の脳裏に、12月にあるクリスマスが浮かび、そして決意した。
 今年のクリスマスプレゼントは、手編みのマフラーにしよう、と。

「…あ」

 見回した図書室の中に昌浩を見つけて、彰子はあわててマフラーを袋の中に押し入れた。

「あの人確か、えっと名前…そうそう、安倍先輩、だっけ」
 昌浩は、重ねた分厚い本を苦もなさげに抱えて、カウンターの側で司書教諭と話をしていた。彼の側には同級生らしき男子もいて同様に本を抱えていたが、こちらの方は抱えた本を重そうにしている。昔から合気道やら何やらをしているせいかおかげか、昌浩は細身の体をしている割には結構丈夫で逞しい。背はまだ彰子より少し上くらいだが、彼の父や兄達を見ている限り、もっと大きくなるのだろう。
 彼の肩には当然のように、小さな犬か大きな猫ほどの大きさの、この世にただ一匹(?)だけという姿かたちをした物の怪が乗っていた。図書室にいる生徒達の中で物の怪の姿を見ることが出来るのは、絶対とはいえないが昌浩と彰子だけに違いなく、その彰子の視線に気づいた物の怪はこちらを見て、毛糸がはみ出た袋を見て、にやと笑った。
 …物の怪には判ってしまったらしい。

「あの安倍先輩にあげるんだったよね、確か」
「うん、そう」
「そっか、いいなぁそういう人がいて。付き合ってるんでしょう?」

 途端に、彰子の頬が赤くなった。慌てて両手を振りながら、

「違うわ、そういうのじゃないの」
「違うの? 何だ、てっきりそうなんだと思ってたよ、私」

 今度は顔全体が赤くなり、彰子はぶんぶんと顔を左右に振った。
 違う。断じて違う。彰子は昌浩のことが昔からずっと好きだ。昌浩も多分女友達とか幼馴染とか、そういう意味で好きでいてくれているとは思うのだが、しかし恋愛感情での好きかどうかは判らない。

「あーもう、カオ赤くしちゃって、可愛いなぁアキちゃん。恋する乙女だねぇ」

 可愛い可愛い、と頭を撫で撫でされながら、彰子は何だか遊ばれているような気がする、と思った。だが同級生の性格からして、本気で言っているのだろう。あくまで推測ではあるが。
 気がすんだのか頭を撫でる手を止めると、彼女はそういえば、と続けた。

「安倍先輩って、結構1年の女子に人気あるらしいんだよねぇ…。知ってた?」

 彰子は驚愕に眼を見開いて、次いでふるふると左右に頭を振った。中学に入学してからの日々を思い起こしてみるが、そんな話を耳にした事はなかった、ように思う。

「まぁ、一部の女子の間でだけみたいだけどね」

 知らず、ほっとため息が漏れる。

「…でも、2年とか3年の先輩の中じゃ人気あるらしいよ」

 とたんに彰子の体が硬直する。ちなみに、今までの会話は全て小声で交わされている。

「……素直だねぇ、アキちゃん。心配?」

 それどころか、眠気が一気に吹き飛んでしまった。既に心配というレベルを超してしまっている。いつの間にか静かだった図書室は少しざわつきていて、カウンターにいる図書委員が静かにしてください、と声をはりあげている。何故だか急に、まわりの女生徒たちが気になった。

「心配……って」

 袋の中のできかけのマフラーを、きゅっと握り締める。何とも言えなくて、続きの言葉が出ない。
 再び、昌浩がいるカウンターを見やる。彰子がいる場所は本棚の陰になっていて、昌浩がいる場所からは見えないが、少し体を動かせば見える位置にある。
 今昌浩は、カウンター近くの辞典などが並ぶ本棚の前に立って、隣にいる男子生徒と一緒に重ねた辞典を棚に戻しているところだった。彼らがいる本棚のすぐ近くの、テーブルに座った女子生徒達。よく見かける、彰子と同じ一年生だ――が、本の陰からちらちらと昌浩の方を見ている、ような気がする。

「………………」

 彰子が沈黙していると、同級生の手がポンと肩をたたいた。

「頑張ってね、アキちゃん。大丈夫、アキちゃんが一番、有利なんだからさ」

 有利とかそういう問題なのだろうかと思ったが、同級生の心遣いは嬉しかったのでとりあえずそれは横に置いておいて、彰子はありがとうと言って微笑んだ。色々と気になる発言が多いが、それでも頼りになるこの同級生が彰子は好きだった。

「うん。頑張る」

 じゃあね〜と手を振りながら、同級生が図書室を出て行ったのを見送って、隠していたマフラーを袋から取り出す。
 作りかけの、煉瓦色のマフラー。昌浩は、使ってくれるだろうか。使ってくれたら、作った側としてはとても嬉しい。
 完成したマフラーを首に巻いた昌浩の姿を思い浮かべ、微笑する。
 使ってくれたら、いい。

 そういえば。
 その昌浩は、今どうしているだろうか――何となしに視線を向けると、出口に向かって歩いていたらしい彼と、視線がぶつかった。
 あ、と昌浩の口が動く。
 彰子はさっとマフラーを袋の下に隠すと、何も無かったようにぱたぱたと手を振った。
 昌浩は彰子の動作に一瞬怪訝そうにしたが、すぐに笑って手を振り返す。すると隣にいた同級生の男子に肘でつつかれて微かに顔が赤くなって、更には肩にしがみついている物の怪にまで何か言われている。何を言われているのかまでは判らなかったが――とにかく思わず顔が赤くなってしまうような内容だった事はなんとなく判った――昌浩の方も二・三度手を振りかえして、図書室を出て行った。

 戸が閉まって昌浩の姿が見えなくなると、彰子はその場に座りなおして、隠したマフラーをとりだした。
 クリスマスまで、後少し。
 眠気はまだ、体の中にくすぶっているけれど、完成したこれを巻いた昌浩を胸に浮かべていれば、苦にはならない。
 それでもやっぱり目をこすってから、彰子は再び編み始めた。











あとがきという名の駄文

げ、現代版……?(何故疑問系)
学校生活を書こうと思ったのですが…オリキャラが出張ってます。
同人誌読んでない方ごめんなさい。びみょーにネタバレかもしれません。
結城先生の同人誌読んでて思いついたので(爆)
………なんか、少年陰陽師っぽくないですね;; 昌浩が喋っていないからでしょうか…

2003.12.21