In broad daylight











それは、かなり目立つ少女だった。
ビルが建ち並ぶコンクリートに包まれた無機質な景色の中、そこだけぽっかりと紅い光が差したように、眩い彩りを添えるその姿に、街ゆく人々の視線はしきりに向けられた。
だが、当の本人である少女はそれに気づくことも無く、先程からしきりに左手首にはめた腕時計をチラチラと見ている。


「ねね、待ち合わせ?」
当然、それほど目立つその少女を、夏という浮かれた空気の中で多少ハイになっている若者が放っておくはずも無く。
意味不明の英語のロゴがやたら派手なシャツに、わざと腰元よりも下にずらすようにして膝丈のズボンを履いた男達がヘラヘラ笑いながら少女を取り囲むように近づく。


「―へ?」
時計ばかり気にして、ついつい男達が近づいているのに気づかなかった少女は、不意に顔を上げた。


(((か・かわいい・・・)))


きょとんと向けられた紅い大きな瞳。流れるような栗色の髪。ここらでは有名な進学校の制服に身を包んだその姿に、男達は柄にも無く赤面した。
少女はしばらくパチパチと何度も瞬きをして首を傾げていたが、何も言わずじっと眺めてくる男達の視線に呆れたように溜息をつくと、位置を移動しようと歩きだした。


「ち・ちょっと待ってよ。」
少女が歩きだしたことでようやく正気に戻った男の一人が、慌てて少女の細い肩を掴む。
「―何?」
煩わしそうに振り向く少女。ウロン・・と見上げてくるその紅い瞳が小さく光ったことに、男達は気づかなかった。
「―ちょっと俺達と話しない?」
「奢るからさぁ〜。」
わらわらと3人の男達に囲まれて、少女は鬱陶しそうに溜息をつくと、
「―待ち合わせしてるの。悪いけど、他当たってくれる?」
そう言って再び歩きだそうとする。
「ち・ちょっと待ってってばぁ〜。」
「さっきから誰も来ないじゃん?お兄さん達が代わりに遊んであげるよぉ〜。」
そう言って馴れ馴れしく少女の肩を抱こうとして―・・



ドガッ



「?!」
男の一人が横っ腹を蹴られ、地面に倒れる。
「・・て・てめえ、何す・・っ・・!!」
仲間の一人が白目を剥いて倒れる姿に仰天した残り二人が、その蹴り倒してきた相手を睨み上げようとして・・固まった。



「・・ああん?人のモンに手ぇ出してんのはそっちだろ?」


そう言って、火の付いていない煙草を咥えたまま、右手でジャケットを肩に乗っけて、左手はズボンのポケットに入れた姿勢で不機嫌そうに佇んでいたのは、長い黒髪のかなり長身の男性。見たところ・・まだ20代であろうか?


「―もう!遅いよ!!」
少女はそう言いつつも、嬉しそうにその男性に飛びつく。
「悪ぃ悪ぃ。・・で?こいつら、知り合いか?」
飛びついてきた少女を片手でしっかりと抱きとめつつ、再びじろり・・と男達を見下ろす男性。
「じ・じゃあ、お連れさんが来たということで・・」
「ボ・ボク達もそろそろ行こっか?」
男達はだらだらと冷や汗を流しながら、慌てて地面に転がる自分の仲間を引き上げると、そのまま群衆の中に紛れて行った。






「・・最近の若者は、足が速ぇなぁ〜。」
その後姿を眺めながら、どこか感心したように呟く男性。
「・・それよりさ。早く行こうっ?」
甘えるように男性の左腕に抱きつく少女。
・・街中を歩く人々の視線は、益々この2人に集中した。
どこぞのアイドルよりも愛らしい顔をして、甘えたように抱きつく少女と、そんな少女を優しく見つめ、したいがままさせている、長身黒髪で綺麗な顔立ちをした男性。
この2人が、目立たないはずがない。


(・・恋人か?)
(かなり歳離れてるようだけど、いいわね〜)
街ゆく人々は、各々羨望の眼差しを向ける。


しかし、そんな視線も全く意に介さない2人。
「・・どうしても会わないといけないのか?イマイチ気が乗らないんだけどよ・・」
男性はそう言うと、少し不機嫌な顔をする。
「・・どうしても、会って欲しいの・・。」
そんな男性に、真剣な顔をして見上げてくる少女。
その表情に男性は小さく溜息をつくと、くしゃくしゃと少女の栗色の髪を乱暴に撫でた。
「―お前の頼みとあっちゃ、仕方ねえしな。」
「―ありがとう!だから好きっ♪」
男性のその言葉に、嬉しそうに抱きつく少女。


(くあああ〜、やってられっかよ!!)
(・・あたしも、あんな彼氏が欲しい・・)
甘えるように抱きつく少女と、これまた愛しそうに見つめる男性の姿に、街行く人々の間から溜息が漏れた。







―その時。
そんな群集の彼方から、妙な土煙が上がった。

ドドドドド・・・

それはだんだん近づいてくる。

ドドドドドドドドド・・

何事かと振り向く群集。そのあまりの凄まじさに、思わず道が開けていたりする。


「―ち。早速来やがったか。」
きゅ・・
意識的にか、腕の中の少女を抱き締める腕に力を入れる男性。再び不機嫌そうな顔になる。



「―リナ!!!!」



もうもうと立ち上る土煙の中に佇む一人の長身の影。
『リナ』と呼ばれた少女は、慌ててそちらを振り向く。
次第に明らかになる影の姿。


(ヤダ。こっちもイイ男じゃないの)
(・・げ。また美形かよ。)


「はあ・・はあ・・はあ・・」
息遣い荒く、幾分汗を流しながらゆるゆると金色の髪を靡かせるのは、蒼い瞳をした、こちらもまたモデル顔負けの長身と容貌をした若い男。
黒髪の男性より若干若いくらいか?


「・・リナ・・!!」
「―ガウリイ?!」
黒髪の男性の腕の中で、驚いたように目を見開く少女。
その蒼い瞳は、ただじっと焦がれるようにリナと呼ばれる少女に固定されたまま。
黒髪の男性は、ガウリイと呼ばれた男のその視線に益々渋い顔をする。


「どうしたのよ。待ち合わせしてたでしょ?」
リナはそう言うと、まだ息を切らせているガウリイの方へ行こうとして・・
ぐい・・
再び太い腕の中に引き寄せられた。
その様子に、初めて蒼い瞳が、長身の男性の姿を捉える。



キ・・ン・・・


目が合った瞬間、半径30メートル以内にいた人間は全て、妙な寒気を感じた。
その時間、わずか1秒。

するとガウリイは意識的に視線を外し、再びリナに向かってにっこりと優しげに微笑む。
「あんまり遅いから・・心配になって来てみたんだ。」

その愛おしむような視線に、眩暈を起こす女性が数十名。
砂糖を吐く男性も続出した。
今時。
真剣にこんなセリフを吐いて、爽やかに微笑む男が存在していたとは・・!





そんな周囲の反応も目に入らないのか、ゆっくりと2人に近づくガウリイ。
一気に辺りは緊張した雰囲気に包まれた。


(お、修羅場か?)
(一度でいいから、あんなイイ男達に挟まれてみたい・・)


ジャリ・・
ガウリイはゆっくりと近寄ると、小さく会釈した。
「こんにちは。ご無沙汰してます。」
「―そうだな。正月以来か?尤もあの時は電話越しだったが。」
自分に向けてくる視線と、リナに向ける視線の違いに内心面白そうに笑いながら、そんなことはツユとも見せずににやりと笑う男性。


「―何でも、俺に話があるんだって?ウチじゃできないことなのか?」
依然リナを腕に抱きかかえたまま、ガウリイを見据える。
「―けじめ・・です。まずはあなたにご挨拶しようと思って・・。」
その視線を真っ直ぐと受け止めつつ、同じように見据えるガウリイ。
「―ふん。数年前とは違って、随分殊勝になったじゃねえか。」


バチ・・バチバチ・・


傍目には穏やかな会話が進んでいるのに、なぜか瞳だけは笑っていない2人。
美形同士の睨み合いは・・どこか得体の知れない迫力がある。


「・・2人とも知り合いなんだ?」
そんな2人を、きょとんとした表情で交互に見上げるリナ。
「・・昔、ちょっとな。」
「こいつ、あの時はまだ青臭い野郎でさ。」
「・・そういうあんたは、全然変わらないな・・(怒)。」
「まぁ、お前はまだまだガキ臭いけどな(にやり)。」
・・再び睨み合う2人。そんな2人をきょとりと見上げていたリナは、にっこりと微笑んだ。
「・・なんかよく分かんないけど、仲が良いのね♪」


((―違うだろ!!))
未だ静かな火花を散らす美形の間で、これまた呑気なセリフを吐くリナに、街の人々は盛大なつっこみを入れる。






「―ま、挨拶はこれくらいにしておいて・・」
ス・・
男性はそう言うと、目を細めた。
「さっさと本題に入ろうか。」


(い・いよいよ、決戦ね・・!)
(あの娘を巡る男同士の闘いか・・・!!)
下手なドラマ顔負けの豪華キャスティングの白昼の出来事に、否応無しに人々の緊張は高まる。


「―ええ。」
にやり。
ガウリイが、イヤになるほど魅惑的な笑みを浮かべる。


ぐいっ・・!


そして、力強くリナを男性の腕の中から攫うと、これ以上はないというほど愛しげに、大事そうに己の腕の中に閉じ込める。
はじめはきょとんとしていたリナも、だんだん自分の置かれた状況を理解し、一瞬の内に湯気が出そうなほど顔を赤らめる。
そんなリナの頭をポンポンと軽く撫でて優しく微笑みかけると、再び真っ直ぐに男性の方を見据えるガウリイ。


「―リナを・・・お嬢さんを手に入れるために、あなたの了承を得たいですからね。・・お義父さん。」
「・・ガウリ・・イ・・。」


そんな2人を眺めていた男性は、ふ・・と口元を上げる。
「―フッ・・、まだまだ駆け出しの社会人でひよっこなクセに、ナマ言いやがる・・。」
口調は荒っぽいが、先ほどまでの表情とは一変して、寄りそう2人の姿に・・そして初めて出会った頃とは全く違う蒼い瞳に、優しく目を細める男性。
そしてくるっと背を向けると、スタスタと歩きだした。


「―来な。外じゃなく、家で話を聞いてやる。・・母ちゃんも、会いたがってたしな。」
振り向きもせずにそう言うと、そのまま家に向かって歩く。



そんな男性の後姿を見つめていた2人は、不意に視線を合わせると、ふ・・と微笑みあった。

「―相手は手強いわよ。」
くす・・と挑戦的に青年を見上げるリナ。
そんなリナの小さな頭をくしゃくしゃと撫でると、そっとガウリイが屈みこむ。
「―お前さんを手に入れるためにも、負けられんな。」
そして、静かに軽く口付ける。
リナは目の前で優しく微笑む蒼い瞳を甘く睨むと、ゆっくりとガウリイの耳元に顔を寄せる。


「―頑張ってね。」


小さな小さな声。照れ屋なリナの精一杯のエールに、ガウリイの顔は蕩けそうなほど嬉しそうに輝く。そして、そのまま固く抱き締めようとして・・


ひらり・・

リナが制服のスカートを揺らめかせながら、前に一歩飛び出す。そしてくるりと振り向くと眩いばかりの笑顔を向けて、ガウリイの方に手を伸ばす。


「ホラ、行くわよ、ガウリイ!!」


そのリナの笑顔に、些か残念そうにしていたガウリイは小さく苦笑すると、その差し伸ばされた小さな小さな手を、しっかりと握り締める。


「おう!!」


―そして2人は、男性の去って行った後を、互いの手を固く握り締めたまま駆け出した。






(あ・あれ、親父だったのかよ・・)
(あんなパパだったら、彼氏なんていらないわ〜っ!)
3人の去って行った街角には。ただただ呆然とする人々の姿が。
しばらくは硬直したように、その場を動き出す者は誰もいなかった。









―真夏の街角で、突如始まった娘の父親とその恋人の白昼の闘い。
どちらに軍配が上がるのか。それは、当人達だけの・・秘密。







END







あとがき

 いつも素敵な作品を下さる早坂さんに、ちょっとしたお礼の気持ちを込めて書かせていただきました。
 『親子モノでらぶらぶ』ということで真っ先に思いついたのが、なぜかリナ父でした(笑)。
 すっかりギャグ風味になってしまい、らぶらぶ〜♪的要素が少し足りないような気も・・(汗)。
 少しでも楽しんでいただければ嬉しいです♪       atuki拝



感謝の言葉vvvvv
あああああああああああああああああああああああああああああああvvv
リナ父ですよリナ父っ!!素敵すぎますっっvvvv
よかった!!リクエストしてよかったあああああっっっvvvv
ありがとうございますatukiさんっっvvv
すんばらしーですvvv砂糖吐きましたよもうっvvv
リナちゃんが羨ましいです(笑)
atukiさん、本当にありがとうございます♪♪♪
ああ幸せvvv