WinterView




 真冬の信州のゲレンデは新雪かぶってWinterSportsには最高のコンディション。
 リフトから降りて見渡せば、針葉樹は雪とのコントラストで黒々としていて、その向こうにリゾート、人口湖が見えた。
 遠くには富士山と南アルプスが見える。
「・・・・。」
 雪慣れした昌浩は、一気に滑降した。
 追うはDVDビデオカメラを構えた白虎。
 柔らかい新雪の感触は、ぼこぼこと踏んで行くようなかんじで、面白い。
 直滑降に斜滑降を混ぜて、
 更にパラレルもどきをする。
「・・・・うわっ。」
 と、・・もどきがスピードに乗りすぎて上手くいかずターンでバランスを崩した。
 スキー板が足から外れて、リフト下の積雪4mと深いところへ昌浩は転がった。
「・・・・・。」
 ビデオ回ってるのになー、あー、なんてお約束、とか思ったりして、少々黄昏る。
 50cmの深さはあるだろう。黄昏ていてもしょうがないので昌浩はわたわたともがいた。
 足首をブロックしたスキー靴では起き上がりにくい上、新雪なので足場が踏みしめられない。
 手も使って泳ぐようになんとか身体を起こした。
「よいせ・・。・・っ。」
 ばさささっと、上から雪が降ってきた。
「・・・・・。」
 昌浩は沈黙と胡乱げな眼差しでもって相手を見上げた。
 ビデオは何の躊躇いもなく回っているようであった。
「・・・・新雪に、はまった昌浩。」
 あまつ題名までつける。
 そう、後方から追ってきた白虎のターン停止における雪が降ってきたのだ。
 彼はベストシーンを撮るのに一生懸命で、それはわかる。
 わかるのだが、撮る側による脚色効果は不可にしてもらいたい。
 それを言おうと思って、顔を上げた。
「白虎。・・・・え・・あ・・おわっ。」
 言葉は途中で途切れてうめきになる。
 第二弾が降ってきたのだ。昌浩は新雪の上に仰け反った。
 犯人は呑気に白虎の背後から声をかける。
「白虎、何、撮ってるの?。って、え、きゃあっ、昌浩っ。」
「・・・・あーきーこー。」
 大の字のまま思わず唸った。
 ふたかきして起き上がると苦笑いする彰子がいた。
 白虎のビデオカメラが彰子に向けられる。ぱたぱたと彼女は手を振った。
 今回のスキーは、安部家の面々と藤原家の彰子の冬の連休を使っての家族旅行だ。
 滅多に休めないので大人達もめいめい思いっきり滑っていたりして、紅蓮と白虎が昌浩と彰子と滑っていた。
 後ろから、ぼぼぼぼと紅蓮がスノーボードを横にして徐行しながら傍に寄ってきた。
「おー、うまってるうまってる。」
「・・紅蓮。」
 ばたばたと昌浩は帽子を取って雪を払った。
 少し遠くに飛ばされた板を彰子は拾って、昌浩の傍に置く。
「深い?。」
「・・・試す?。」
「え、きゃあっ。」
 ぴっぱられて、ずぼっと彰子も新雪にはまった。







 そんなひとこまが、昼間に撮られて、テレビに映っている。
「・・・・。」
 ビデオカメラと備え付けのHD・DVDレコーダを吉昌と白虎で操作して、今はDVDにコピーしているところだった。
 ここはゲレンデの近くのコテージだ。開けた場所に建ってはいるが少し山道の中に入ってるので、車の出入などの喧騒は遠く、外は闇が横たわり、静か。
 屋根には昌浩と彰子と玄武と太陰がいて、もうすぐ始まるゲレンデのウィンターセレモニーを待っていた。
 リビングでは、晴明対吉昌対露樹対白虎でするのは大人くさい麻雀。
「ロン。」
 晴明は容赦なく投了を告げ、牌を見せる。
「またですか。少しは手加減してくださいよ。」
 吉昌が苦笑いする。
 点数を計算しながら露樹はくすくすと笑った。
「想像つきませんけれど。」
「手加減は無しじゃ。ほれ混ぜい。」
 じゃらじゃらと牌を混ぜる音が響く。
 晴明が思い出したように呟いた。
「ああ、そうじゃった、白虎。道長氏が自分のところにも焼いて欲しいそうじゃが、それで出来るのか?。」
「焼くだけなら問題ないが、装丁とかするとなると事務所にいく必要がある。」
 牌を積みながら白虎は答える。
「・・・・。」
 以前別件で、そう白虎が言い出して、了承したら、六合が装丁をデザインし事務所で印刷して、スリムケースに表紙までつけて、渡された。
「彰子嬢に持たせてくれという話だったから、そこまでせんでええじゃろ。」
「そうか。Rでいいか?。」
「・・・・・わしに聞くのか?。」
 晴明は渋い顔をした。
 吉昌が代わりに答える。
「−Rでいいと思いますよ。−Rならレコーダーでもパソコンでも見ることが出来るし、編集ならHDに一度落とせばすみますからね。」
「承知した。」
 白虎は頷くと、最新のDVD事情の話を吉昌に振った。ブルーレイの規格がどうとか、地上デジタル放送に対応したパソコンが無いとか話す。
 リビングには他に数名の十二神将達がくつろいでいて、天一はソファに越しかけて朱雀はその膝の上で寝っ転がっていて、天后はダイニングでカフェオレを煎れていた。
 紅蓮と勾陣は子供たちが寝静まってから飲み直すだろうとアルコール類を買い足しに20分程歩くコンビニまで出かけている。
「花火はそろそろかしら。」
 露樹は首を傾げる。
「ええ。もうすぐ8時ですから、時機に。」
 盆にカップを乗せて天后は答える。
「子供達は屋根だろう?。玄武殿と太陰殿がついているから大丈夫だが、道長氏には話せないなぁ。」
 吉昌はぼやいた。道長氏と言ったが、彼自身も彰子を娘のようにも思っているので、あんまり危ないことをしてほしくないのが心情だ。
「屋根に上がれるなんて身軽な子供のうちだけですよ。」
 いつだって優しいのは父親で、味方なのは母親である。
 天后はそう思いながら、牌の邪魔にならないようにカップをテーブルに置いた。
 天一に渡して、朱雀も起き上がったので手渡す。
 窓の外に視線を投げるとゲレンデの頂上に松明が灯されていくのが見えた。
 ここは標高が高くゲレンデと同じ位で、眼下には、街灯と夜のリゾートの明かりに照らされた湖も見える。
 かたんとリビングの戸が開いた。青龍が入ってくる。
 朝まで休むつもりだったが目が覚めたので起きてきた。
「青龍。」
 天后が盆をダイニングテーブルに置いて、近寄ってくる。
「はい。」
「・・・。」
 カップを差し出されたので無言で受け取る。
 その時、ドオンッと山間に木霊した。
 部屋の住人達は振り返る。
 窓の向こうに、ぱあっと花火が上がった。
 ゲレンデが催すウィンターバケーションのセレモニー。
 花火は花開いて、湖面にその光を映した。
 ワーッと屋根から歓声が上がった。
 青龍はカップを傾け一口飲んで窓辺に置いた。
「・・・・・。」
 はしゃいで落ちるぞと思ったりする。もし落ちたら太陰の風が何とかするのだろうが。
 窓枠に凭れて花火が上がる様を眺める。
 ゲレンデの頂上の松明の光が揺れていた。
 ドオンと再び音がして、花火が湖上に上がる。
 ことりと音がして、視線をやると、天后がカップを持っていて、
 花火に視線を釘付けにして、口に含んでいた。
「・・・・。」
 もともと自分のためにいれたんだろうからかまわないのだが。
「・・・・?。・・・・。」
 青龍は不意に視線を感じて、室内を睥睨した。
 露樹がぱたぱたと手を振っていて、吉昌が口元に人差し指を当てていて、晴明がうむうむと頷いていた。
 剣呑に目を細めるが、付き合ってられるかと、青龍は視線を湖上に戻した。
 松明の明かりがゲレンデに軌跡を描いた。







 ヘアピンカーブの見晴らしのよい場所で、紅蓮と勾陣は足を止めていた。
 缶コーヒーを傾けて。
 ガードレールを越えて、それにもたれ、打ち上がる花火を眺めていた。
 山際に音が木霊する。
「冬に、花火というのもなかなかだな。」
「空気が澄んでいるからな。」
 勾陣の言葉に紅蓮は答える。
 光の粒がはっきり見えるようなそんな鋭さを感じるのが冬の花火だ。
 寒々しさも感じる。
「(いや。違うな。)」
 山から吹き降りてくる風は冷たくて人の身では真実寒い。
 騰蛇に比べて人の身をあまりとらないので体感温度に関してよくわからず、本日はジャケットだけで少々薄着だった。
 勾陣はふむと一人納得して、ガードレールから離れた。
 紅蓮の傍までいって、風の方向を確認して、
「?。」
 紅蓮は首を傾げた。
 彼の腕を取り、その内に入って、トン・・と、背で勾陣は寄りかかった。
 冷たい風がふつりと途切れる。
 花火が打ち上がって、今度のは少しだけ温度のある色に見えた。
「・・・・。」
 意図するところを理解して、紅蓮は目を半分にした。
「・・・・おい。」
 うなるように問いかけられるが勾陣は涼しい顔で答える。
「昌浩にしてたじゃないか。」
「あれは異形の姿の時で、しかも昌浩が勝手にやったんだっ。」
 身の凍るような朝に白い獣の姿をとっていると、ていのいい防寒具にされる。
 とりすました顔で勾陣はくいっくいっとカーキ色のコートの襟を引っ張った。
「まあ、大目に見てやるんだな。」
 その言葉は昌浩に限らず、彼女も含めてなのだろうと推察する。
 脱力とともに、寒いなら寒いと言え、と紅蓮は彼女の胸の前で両手を組んで、顎を頭に乗せた。







 今日は車ではなく電車で来た。
 なんでも安倍の皆様がスキーに出かけて、彼は留守番なのだそうだ。
 有楽町マリオンから出て、少し遠いけれど乗り合わせのいい地下鉄への道を歩く。
 歩くのは好きだった。
 車より好きかもしれない。
 手をつないで、肩を合わせていられるから。
「・・・・。」
 彼女がなんとなく嬉しそうなので、
「どうした?。」
 六合は尋ねる。
 けれど風音は首を横に振るだけだった。
 安倍の家に帰る、帰り道。
 晴明のお達しとはいえ最初彼女は迷っていたが、留守番だからとうちに来てくれることを了承してくれた。
 そのうちいつか本当の帰り道になるといいと思う。
 安倍も十二神将も気にしないのだから。
 日生劇場の手前の専門店の並ぶ通りにはクリスマスの名残のイルミネーションが灯されていた。
 劇場が多いこの辺りは週末にも関わらず賑やかで、舞台やお芝居がちょうど終わる時間だからだろう。
 その一角に人だかりが出来ていた。
 軽快なサックスの音が響き渡り、曲に区切りをつける。
 楽団によるジャズ演奏だった。
 劇内でのBGMだろうか。
「AMAZING GRACE...!」
 とりまきからのアンコールが起こった。
「・・・・・。」
 楽団は応える。
 静かに、そして流れるように旋律だった。
 聞いたことある曲だった。ゴスペルで歌われるが、最近はジャズの方がテレビに取り上げられている。
 風音が足を止めた。
「I once was lost but now I'm found」
 詩をメロディに乗せて彼女は口ずさんだ。
「?。」
 六合が詞を知っているのか?と目を丸くしたのに気づいて、風音は振り返り視線を合わせて、
「Was blind but now I see」
 歌い終わると、小さくくすっと肩を竦めて笑った。







 コテージの2階。南側2部屋あるうちの東側。
「彰子。入っていーい?。」
 昌浩は隣の部屋のドアを叩いた。
「どうぞ。」
 返事がしてドアを開けると、彰子はベットの向こうテーブルにいた。振り向いて昌浩を招く。
 ちょっと前の旅行までは一緒の部屋だったけれど、最近は別々。女の子のプライベートは守ると言う無言のお達しからである。
 バッグとコートがきちんとドレッサーの上に片付けられていた。
「今日のDVDなんだけど。父さんが、おじさんに渡してって。ここ置いておくから。」
 ぽんとコートの上に載せる。
「わかったわ。」
「手紙書いてるの?。」
「うん。」
 何枚かポストカードが乗っていた。
 昌浩は反対側の椅子に腰かけて、自宅宛に書かれた一枚をつまみあげる。
「彰子って、本当、字、上手いよなぁ。」
 万年筆ふうに書けるペンを使って、やや角張った、それでいて流麗な字で、宛名を書く。
 ノートとは違う、人様に見せるための字だ。
「・・・・。」
 彰子が今書いているポストカードをひらりと見せる。
「必殺。書き分け。」
「・・・。」
 それはそれは可愛らしい丸文字が並んでいる。たぶん友人宛。
「恐れ入りました。」
 潔く降参する。
 ふふっと笑って、彰子は続きを書き出した。
「・・・・。」
 要はノートの字も合わせると、最低でも3種類。
 すごいなーと感歎する。
「・・・。」
 その一方で、親宛に余所行きの文字で書かずとも、ととも思った。
 けれど彰子は道長氏の自慢の長女で、
 そのための彼女の努力に対して、末っ子の自分が何を言っても説得力は皆無だ。
 一生懸命さに水を差すだけである。
 昌浩はもう片方の手で頬肘をついて、カードを指に挟んで影にして、
 そんなふうに一生懸命になってしまう彰子を眺めた。

 見ていたい時がある。
 誤魔化さないで、
 子供っぽさを少し捨てて。

 視線に気づいて、彰子が首を傾げた。
「なに?。」
「んー・・、かわいいな、と思って。」
 見つめて、思っていたことそのままに呟いた。
「え・・。」
 書く手が硬直して、彰子の頬が上気した。
 昌浩もだけれど、そこはちょっとこらえて視線を離さない。
「あ・・・ありがと。」
 照れて彰子の方がちょっと降参気味に視線を落とした。
 ちらりと上目遣いに見上げて、目が合って、笑い合う。



 ひょーいとムササビが飛んできて手摺に止まる。ちょんちょんちょんと伝って、ベランダの雪をかきあつめて作った物の怪だるまに、首を傾げた。
 
 しんしんと冷える夜こそ、傍にいる人を知ることが出来る。



 真隣りの風景―――それが、冬景色。





















フリー小説を強奪、もとい頂いてまいりました!(笑)
あああああああああああ、なんて可愛いんだこんちくしょう!
昌彰に六風に紅匂に青后に、なんて美味しい!!
ええ、もう、幸せ一杯です。ご馳走様でした(笑)