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これも戦国ブランド「もののふ」さんの会報に連載させていただいた 4コマのうちのひとつ。 今年の家康公検定の問題にもなった有名なエピソードから。 家康が幼少の頃、三河は今川の占領下にあり、民ばかりか三河譜代までも 今川の搾取に苦しめられていました。 そんな中、松平家の「大人(家老)」の一人鳥居忠吉(鳥居元忠の父)は 今川の城代の眼を盗んで少しずつ武器や銭、米などを自宅に隠していました。 それは自分のためではなく、今川に人質に行っている竹千代が成人して 戦になった時、すぐに役立ててもらうためでした。 15歳の時、墓参のため三河に帰ってきた家康はこれを見、その心遣いに 涙を流して忠吉に感謝したそうです。 …という感動的な逸話なのですが、ごめんね忠吉(-.-)ノ。 (作者が「スペツナズ迷彩の甲冑」というのを描いてみたかった だけという説もある) なお、鳥居元忠についてはこちらのページもご覧ください。 ◆三河武士人物伝・鳥居元忠◆ ◆鳥居元忠紀行◆ ◆鳥居元忠トリビア◆ ◆鳥居元忠・本多忠勝トリビア◆ ◆「マンガで読む三河武士列伝 その一」◆ (孔作画の本。鳥居元忠の一生をマンガでご紹介しています。 他にも本多忠勝・酒井忠次・松平信定を収録) |